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「無能な偽物」と追放された私、隣国の氷の王子に「失われた叡智を持つ至宝」と見抜かれ、全力で溺愛されています  作者: シェルフィールド
第1章:偽りの番人と氷の王子

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第2話:『歓喜の光』と『王太子の心変わり』

翌朝。


王都の中央広場は、昨日までの何気ない日常とは少し違う、安堵と興奮の入り混じった空気に包まれていた。


「まったく、危ないところだった!」


「ああ。昨夜のうちに作業員たちが用水路の補強を終えていなければ、今頃、南の畑は水浸しだったと」


「それにしても、よく気づいたものだ。崩落の兆候など、見た目には分からなかったというのに」


「王宮の誰かが、古い文献から危険性を再計算したらしいぞ」


広場を行き交う人々は、口々に「第三用水路」の危機一髪の状況を噂していた。 昨夜エリアナが提出した匿名の報告書は、担当部署を(そのあまりの正確さに)叩き起こし、夜通しの緊急工事を強いた。 結果、日の出と同時に用水路は補強され、「南部の小麦畑半滅」という最悪の事態は、水際で回避された。


もちろん、その功績が地下書庫の地味な司書官のものだと知る者は、誰もいない。 人々は「運が良かった」「作業員が優秀だった」と結論づけ、すぐにいつもの日常に戻っていった。


その、まさに空気が緩みきった昼前。 広場の鐘が、予定外のときに高らかに鳴り響いた。


「皆様にご紹介したい! 我が国に現れた、新しい『奇跡』の姿を!」


民衆が「何事だ」と広場に集まる中、王宮の騎士団に守られ、ジュリアン王太子が姿を現した。 そして、その隣には――


「まあ……なんて可憐な方……」


陽光を浴びて輝くような金髪。庇護欲をそそる大きな瞳。 平民出身でありながら、その美しさで瞬く間に王都の話題をさらった少女、聖女リリアナが、ジュリアンの腕に恥じらうように寄り添っていた。


「皆、苦しんでいると聞いた。日々の疲れ、痛み、不安……。リリアナよ、今こそ、君の『本物』の力を見せるのだ!」


「はい、ジュリアン様!」


リリアナが、広場の中央にある噴水の前でそっと両手をかざす。 次の瞬間、彼女の指先からまばゆい黄金の光が放たれた。


「おお……!」


光は噴水の水しぶきに乱反射し、まるで虹の粒子が広場全体に降り注ぐかのようにきらめいた。 それは、エリアナの「報告書」のような地味なものではない。誰の目にも明らかな、「派手」で「美しい」奇跡だった。


「な、なんだか、肩が軽くなったような……」


「ああ、昨日の夜会で飲みすぎた頭痛が消えたぞ!」


「見て! 噴水が七色に輝いているわ! なんて素晴らしい……!」


リリアナの【歓喜の光】。


それは高位の治癒魔法ではなく、人々の気分を高揚させ、痛みを一時的に麻痺させる「幻惑」の光。 だが、目に見える「奇跡」に飢えていた民衆は、その光に熱狂した。



◇◇◇



「これこそが、『本物』の聖女の力だ!」



熱狂する民衆を前に、ジュリアンはリリアナの肩を誇らしげに抱き寄せた。 彼は、この瞬間に民衆の心が完全にリリアナに傾いたことを確信する。


(そうだ、これでいい。国に必要なのは、これなのだ)


ジュリアンは、昨日エリアナの部下(と彼が思っている司書官室)から送られてきた「第三用水路」の小難しい報告書を思い出して、舌打ちした。


(たしかに、あの報告書は役に立った。だが、結果として『何も起こらなかった』だけではないか)


何も起こらなかった、地味な功績。 それよりも、今、目の前で民衆を熱狂させ、幸福感を与えているリリアナの「光」の方が、よほど「聖女」として価値がある。 ジュリアンはそう結論付けた。


彼は、熱狂が最高潮に達したのを見計らい、声を張り上げた。


「我が国は長らく、『聖約』という古い伝統に縛られてきた! 目に見えぬ不安ばかりを口にする『番人』の責務など、もはや時代遅れだ!」


広場が、一瞬静まり返る。 彼が暗に、婚約者であるエリアナ・ノエルを批判していることに、誰もが気づいたからだ。


「これからの時代、我が国に必要なのは、目に見えぬ不安(=エリアナの警告)ではない! 目に見える『歓喜』(=リリアナの光)こそが、国を豊かにするのだ!」


ジュリアンは、うっとりとした目つきでリリアナを見つめる。


「私はここに宣言する! 私の隣に立つ王太子妃にふさわしいのは、リリアナ、君のような輝かしい『本物』の聖女こそだ!」


『リリアナ様、万歳!』


『ジュリアン殿下、英断です!』


『そうだ、古い伝統(聖約)など、呪いだ!』


民衆は、ジュリアンの扇動に乗り、「新しい時代」の到来と「新しい聖女」の誕生を、諸手を挙げて歓迎した。 王太子が、国の根幹を支える「聖約」を「呪い」と公言したその瞬間だった。



◇◇◇



王宮の地下書庫は、地上の熱狂とは無縁の静寂に包まれていた。


エリアナは、ジュリアンの演説の噂を、書庫の整理に来た侍女から聞かされても、ただ「そうですか」と短く返しただけだった。


(……ジュリアン殿下の心変わりは、どうでもいい)


彼女の関心は、そこにはなかった。 王太子妃の座を望んだこともない。リリアナが「本物」だろうと「偽物」だろうと、彼女の「責務」には関係ない。 彼女の責務は、ただ一つ。 『古書』の「声」を聞き、国の安寧を守ること。それだけだ。


エリアナは再び、『建国の叡智の書』の前に座り、意識を集中させた。


(次の警告は……)


その、瞬間だった。


『…………ッ!!』


今まで聞いたこともない、甲高いノイズが脳裏に響いた。 それは、淡々とした報告ではない。 まるで、古い紙が引き裂かれるような、悲鳴。


『[警告] [最大級] ―― 王都地下、第一封印、崩壊開始』


エリアナは、血の気が引くのを感じた。 第一封印。 王都の真下に眠る、古代の瘴気を抑える、文字通り国の生命線。 それが、崩壊開始?


「そんな……なぜ、今……!」


『古書』は、パニックに陥るエリアナを待たず、絶望的な宣告を続けた。


『瘴気漏出まで、予測刻限―――二十四時にじゅうよじ!』



お読みいただき、ありがとうございます!


面白い、続きが気になる、と思っていただけましたら、 ぜひブックマークや、↓の【★★★★★】を押して評価ポイントをいただけますと、 執筆の励みになります!


(※明日の更新も20:00です)

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