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「無能な偽物」と追放された私、隣国の氷の王子に「失われた叡智を持つ至宝」と見抜かれ、全力で溺愛されています  作者: シェルフィールド
第3章:芽吹く大地と氷の溶解

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第19話:『地脈』の詠唱とセオドアの『懸念』

ヴァイス国、北の不毛地帯。


「死の大地」と呼ばれた広大な灰色の土地に、不釣り合いなほど活気のある一角が生まれていた。


セオドアが「合理的」の一言で動員した王宮魔導師団と「賢者の塔」の研究者たちが、エリアナの指示のもと、広大な土地の一角(それでも王都の広場が丸ごと入るほどだ)を「実験区域」として素早く設定したのだ。


魔力測定器が設置され、防護結界が張られる。セオドア自身も、準備された「魔力増幅器」の前に立ち、その膨大な魔力をいつでも地脈に流し込めるよう、準備を整えていた。


「……すごい」


エリアナは、そのあまりにも迅速で、効率的な準備風景に、ただただ圧倒されていた。


王都であれば、これだけの準備を整えるのに、まず貴族たちへの根回しと予算の承認だけで一月ひとつきはかかっただろう。


だが、セオドアは「賢者の緑化計画プロジェクトは国家最優先事項である」と宣言した、ただその翌日に、この布陣をそろえてみせたのだ。


「エリアナ」


セオドアの、張り詰めた声が飛ぶ。


「君の『声』は、準備ができたか」


「は、はい!」


エリアナは、ゴクリと息を呑み、実験区域の中央へと歩み出た。 彼女が頼れるのは、王都のジュリアンのような気まぐれな権力ではない。 自らの『叡智こえ』と、その価値を絶対的に信頼してくれる、目の前の「天才魔導学者」ただ一人。 エリアナは、そっと目を閉じ、完全に調和した「叡智のネットワーク」に意識を接続した。


『―――解読者エリアナ古代地術ちじゅつ、第一階層ノ詠唱ヲ開示。地脈中核ノード座標、"ベリト・アルマ"』 脳裏に、聞いたこともない、神代の言葉が流れ込んでくる。


エリアナは、おそるおそる、その「音」を唇から紡ぎ始めた。



◇◇◇



「――― "S()i()-l()a()-m()... n()a()-t()u()r()-i()..."」


それは、現代魔術の「詠唱」とは、まるで異質のものだった。 力ずくで世界をねじ伏せる「命令」ではない。


大地に、風に、そして枯渇した地脈そのものに、優しく語りかけ、目覚めを促すような、いにしえの「旋律メロディ」。


エリアナの澄んだ声が、死の大地に響き渡る。


詠唱が始まると同時に、エリアナの足元から、淡い、生命力そのもののような光のオーラが溢れ出した。


だが、それは、ヴァイス国の豊かな魔力とは違う。 エリアナ自身の、魂の力。……すなわち、「生命力」そのものを、魔力として変換する、危険な術式だった。


「……っ」


詠唱の第一節を終えるころには、エリアナの額には、玉のような汗が浮かび、その顔色は、目に見えて青白くなっていた。


「今です、セオドア様!」


彼女の合図と同時に、セオドアが「増幅器」の魔力を解放する。


「――― "K()h()-r()a()s()I()n()j()e()c()t()" !!」


セオドアの規格外の魔力が、エリアナの「詠唱(旋律)」によって開かれた「パス」を通って、枯渇した地脈の中核ノードへと、濁流のように流れ込んでいく!


セオドアは、魔力を制御しながら、その金色の瞳で、術式の「結果」ではなく、術式の「核」であるエリアナの横顔を、たかのように鋭く観察していた。


(……顔色が、悪い)


先日の「呪いの調和」の時とも違う。あの時は、膨大な「情報」による精神的な消耗だった。


だが、今は、明らかに「物理的」な消耗。


彼女は、自らの「命」を削り、それを「魔力」に変換している。


「"E()l()-q()-u()-i()-m()..."」


エリアナが、第二節を詠唱しようと、さらに強く光を放つ。 その体が、わずかに、だが確かに、ふらついた。


―――その瞬間。


セオドアは、詠唱の途中であったにもかかわらず、地脈への魔力注入を、強制的に「停止」させた。


「―――そこまでだ」


「え……?」


突然、魔力ちから奔流ほんりゅうが途絶え、エリアナの詠唱も中断される。 彼女は、あと一歩だったのに、という顔で、驚いてセオドアを見上げた。


「セオドア様!? なぜ……! まだ、術式は……!」


「私が『停止』と判断した」


セオドアの、氷のように冷たい声。 彼は、魔力増幅器から離れ、エリアナのもとへと歩み寄る。そして、彼女の顔を、まるで研究対象の標本でも分析するかのように、無遠慮に覗き込んだ。


「エリアナ。君の、現在のバイタル(生命活動)は、極めて『非合理的』な状態にある。顔面蒼白がんめんそうはく、魔力循環の著しい低下、そして……生命力オーラそのものの減衰げんすい。」


「そ、それは……」


「問う」


セオドアは、エリアナの言葉を遮った。


「その『古代地術』の詠唱。術者きみが支払う『対価』は、何だ?」


「……それは……」


エリアナは、言葉に詰まった。 『声』は、この術が「詠唱者の生命力を『触媒』として使用する」と、確かに告げていた。 だが、エリアナは、それを「当然」のこととして受け入れていた。


王都にいた頃から、ずっとそうだったから。 「番人」として、国のために尽くすこと。


そのために、自分の身を削ること。 それは、王太子に疎まれ、民衆にさげすまれようとも、彼女が果たさなければならない、唯一の「責務」だった。 だから、エリアナは、王都にいた頃のくせで、無意識に、そう答えてしまった。


「……仕方が、ありません。これは、私の『責務』ですから」


「―――『責務せきむ』、だと?」


その言葉を聞いた瞬間。 セオアの全身から、魔力循環炉まりょくじゅんかんろの最下層で「呪い」と対峙たいじした時以上の、絶対零度の「怒気」が放たれた。


「っ……!」


エリアナは、そのすさまじい威圧感に、思わず息を呑んだ。 セオドアは、エリアナの細い肩を、つかまんばかりの勢いで見据えた。


「……二度と、その言葉を口にするな」


「え……」


「ここは王都アルビオンではない。君は『聖約』に縛られた『番人』ではない」


セオドアの金色の瞳が、エリアナの「自己犠牲」という、彼にとって最も『非合理的』な思考を、射抜いた。


「君は、我がヴァイス国と『契約』した、『賢者』だ」


「『契約』とは、ギブアンドテイク。対等な『交換』だ。君の『叡智』に対し、我が国は『地位』と『対価』を支払う。……だが」


彼の声が、地を這うように低くなる。


「君が、君自身の『生命』を一方的に削るというのなら、それは『契約』ではない。……『責務』という名の、愚かな『自己犠牲』だ」


「あ……」


「私は、それを『許さん』」 それは、叱責しっせきだった。 王都のジュリアンが、エリアナの「地味さ」や「暗さ」をののしった、あの理不尽な叱責とは、まるで違う。


エリアナの「価値」を、誰よりも正確に理解しているが故の、「それ(自己犠牲)」は、君の『至宝』としての価値を、君自身が毀損きそんする行為だ、という、絶対的な「拒絶」。


エリアナは、セオドアの「怒り」の奥にある、不器用なまでの「心配」に、ようやく気付かされた。



◇◇◇



「……ですが」


エリアナが、セオドアの厳しい視線から逃れるように、うつむいた、その時だった。


「―――セオドア殿下! エリアナ様! ご覧ください!!」


実験区域の隅で、測定器を監視していた助手のリタが、金切り声に近い、歓喜の悲鳴を上げた。


「え……?」


二人が、ハッとして視線を向ける。 そこには、信じられない光景が広がっていた。


「あ……」


エリアナが、詠唱を中断した場所。 セオドアが、魔力注入を停止した、あの灰色の「死の大地」から。


まるで奇跡のように、みずみずしい、みどりの「若葉」が、一斉に、力強く芽吹いていたのだ。 詠唱も、魔力注入も、中途半端だったはず。 だというのに、たったそれだけで、大地は、確かに「生命」を取り戻していた。


「……見事だ」


セオドアが、感嘆かんたんの息を漏らす。


「中途半端な術式で、これほどの『結果』を出すか。……さすがは、『古代』の叡智、か」


彼は、目の前の「奇跡」に満足げに頷いた。


だが、その視線が、芽吹いた「若葉」から、それを生み出した「代償」である、青白い顔をしたエリアナへと移った時。 セオドアの金色の瞳に、彼の合理的な思考では「説明がつかない」、暗い「葛藤かっとう」の色が浮かんだ。


(……王都の二の舞に、なりかねない……?)


彼は、王都のジュリアンを「愚王」と見下していた。 国宝級の「叡智」を「幻聴」と罵り、捨て去った、愚かな男だと。


だが、今、自分はどうだ? 自分は、エリアナを「賢者」「至宝」と呼び、彼女の「叡智ちから」を、この国の「緑化」という、国益のために、「利用」している。 彼女が「命」を削っていると知りながら、その「結果せいか」を、喜んですらいる。


(……私がやっていることは、あのジュリアンと、本質的に、何が違う……?)


彼は、エリアナという「至宝モノ」を、国のために「効率よく」使おうとしている。


だが、同時に、エリアナという「個人ヒト」が、命を削ることを「合理的でない」と怒っている。


この、矛盾。 セオドア・アークライト・ヴァイスは、「氷の王子」として、そして「天才魔導学者」として、初めて出会う「非合理的な感情こころ」に、深く、戸惑い始めていた。


お読みいただき、ありがとうございます!


面白い、続きが気になる、と思っていただけましたら、 ぜひブックマークや、↓の【★★★★★】を押して評価ポイントをいただけますと、 執筆の励みになります!


(※明日の更新も20:00です)

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