第17話:不毛の大地と『緑化計画』
翌朝。
「賢者の塔」の最上階で、エリアナは昨夜『声』から受け取った「新たな課題」を、即座にセオドアに報告していた。
「北の不毛地帯の……地脈が枯渇している?」
セオドアは、エリアナが贈られた髪飾り――彼が「マーカーだ」と言い張ったそれ――を、どこか満足げに(だが本人は無自覚に)眺めながら、彼女の報告に耳を傾けていた。
「はい。『声』によれば、呪いの瘴気によって、大地そのものの魔力が吸い尽くされてしまった、と」
「……ふむ」
セオドアは、数秒間、その天才的な頭脳で情報を処理すると、すぐに立ち上がった。
「行くぞ、エリアナ」
「え?」
「『百聞は一見に如かず』だ。君の『声』が示す『現場』を、私の『目』で確認する。これほど効率的な調査はない」
彼は、すでに外套を羽織り、エリアナにも防寒具を手渡していた。
「古代の呪い」という最大の脅威が去った今、二人の関心は、次なる「国の復興」へと、スムーズに移行していた。
◇◇◇
ヴァイス国の首都から、魔導馬車で北へ数時間。
そこは、昨日までのヴァイス国であれば、瘴気に覆われて立ち入ることさえできなかった「死の大地」だった。
馬車を降りたエリアナは、目の前に広がる光景に言葉を失った。
空は、呪いが晴れたことで、抜けるような青空が広がっている。 だというのに。 大地は、まるで違った。
見渡す限り、灰色。 草一本生えず、枯れた木々が、まるで墓標のように立ち並んでいる。地表は乾燥してひび割れ、風が吹くたびに、死んだ土埃が舞い上がるだけだった。
「……これが」
「ああ」
セオドアは、馬車から降り立つと、その「死の大地」に躊躇なく足を踏み入れ、ひび割れた土をひと掴み、指先でこねるようにして分析した。
「魔力、ゼロ。いや、マイナスか。大地そのものが『餓死』している状態だ」
彼の金色の瞳が、冷静に、だが厳しく細められる。
「これほどの土地が、ただ『放置』されている。国家として、最大の非効率だ」
瘴気があった頃は、この土地の存在そのものが「脅威」だった。 だが、瘴気が晴れた今、この広大な不毛地帯は、ヴァイス国にとって「活用すべき」広大な「負債」となっていた。
「セオドア様、『声』は……」
エリアナは、完全に調和した「叡智」――「古書」と「石碑」のネットワーク――に、意識を集中させた。
もはや、彼女が意識せずとも、『声』は彼女の疑問に、最適な答え(データ)を返してくれる。
『―――解読者。現状ヲ分析。地脈ノ完全ナル枯渇ヲ確認。通常ノ農耕魔術デハ、回復不可能』
「やはり、普通のやり方では……」
「当然だ」
セオドアが、エリアナの呟きを引き取る。
「この規模の『死』を覆すには、現代魔導学では、それこそ数百年単位の『地力回復』を待つしかない。合理的ではないな」
セオドアでさえ、「不可能」と断言する。 だが、エリアナの「叡智」は、その「不可能」を覆す答えを持っていた。
◇◇◇
「セオドア様」
エリアナは、彼女の「パートナー」であり、この国で唯一、彼女の「声」の価値を理解している男に、向き直った。
「『声』が、解決策を提示しています」
「……ほう。言ってみろ」
セオドアの金色の瞳に、王都での「呪いの解読」の時と同じ、知的な昂奮の色が浮かんだ。 彼は、エリアナの『声』が、現代魔導学の「不可能」を、いともたやすく超越することを、すでに知っている。 エリアナは、脳裏に響く『声』の指示を、そのまま言語化した。
「二つの手順が必要です」
「第一に、枯渇した地脈の『中核』に対し、外部から強大な『魔力』を直接注入する。大地に『栄養』を与える作業です」
「ふむ。それだけなら、私の魔力でも可能だ」
セオドアが、こともなげに言う。国家規模の地脈に魔力を注入するなど、並の王宮魔導師長が束になっても不可能な、まさに「規格外」の力技だった。
「ですが、第二の手順がなければ、魔力は地脈に定着せず、霧散してしまいます」
「……第二の手順、だと?」
「はい」
エリアナは、ごくりと息を呑んだ。 『声』が示しているのは、文字通り「神代」の技術。
「失われた『古代の地術』。大地そのものに語りかけ、土壌を強制的に『蘇生』させるための……『詠唱』が必要だ、と」
「―――っ!」
その瞬間、セオドアの「氷の王子」の仮面が、驚愕に揺らいだ。
「古代地術……だと? 馬鹿な、それは神話の時代の産物だ。文献にこそ残れ、その詠唱は、数千年前に完全に『失われた(ロスト)』はずだ……!」
天才魔導学者である彼が、生涯をかけて探し求めても、触れることすらできなかった「ロストテクノロジー」。
王都では、「不吉な妄想」とジュリアンに罵られたエリアナの「声」は、その「神の領域」の設計図さえも、当たり前のように持っていたのだ。
「エリアナ」
セオドアの声が、かすかに震えている。
「……その『詠唱』、君は、できるのか」
「いいえ」
エリアナは、きっぱりと首を振った。
「私にはできません。ですが―――」
彼女は、自らの胸を指差した。
「この『声』が、その詠唱の『すべて』を知っています」
◇◇◇
セオドアは、数秒間、黙り込んだ。 彼の頭脳が、この「奇跡」を、どう実行すれば最も「合理的」かを、猛スピードで計算していた。 やがて、彼は、その金色の瞳で、目の前の「死の大地」ではなく、ただ一人、エリアナだけを見据えた。
「……そうか」
彼の口元に、あの地下で呪いの中核を見つけた時と同じ、獰猛なまでの笑みが浮かんだ。 「『鍵』も『設計図』も、すべて君の中にある、というわけだ」
「は、はい」
「ならば、話は早い」
エリアナは、王都にいた頃の自分とは、もう違う。 この「声」の価値を信じてくれるこの人の前でなら、自分も臆することなく、提案できる。
「私が、『声』の詠唱を担当します」
エリアナは、セオドアの瞳をまっすぐに見つめ返した。
「そして、セオドア様には、その詠唱に合わせて、地脈に『魔力』を注入していただきたいのです。……あの『呪い』を解いた時のように」
二人の、共同作業。 「叡智」のエリアナと、「力(魔導学)」のセオドア。 この二人でなければ、決して成し得ない、国家創生レベルの「奇跡」。
セオドアは、その挑戦的な提案に、心底満足そうに頷いた。
「―――君にならできるだろう」
彼の信頼は、絶対だった。 エリアナの「声」が「できる」と言い、彼女自身が「やる」と言うのなら、彼はそれを実現させるための「手段」を、無制限に提供するだけだ。
「リタ(助手)に命じ、すぐに『賢者の塔』の全リソースを凍結。この『緑化計画』に回せ」
「えっ!? い、いえ、そんな、まずは小規模な実験から……」
「非合理的だ」
セオドアは、エリアナの「常識的な」提案を、一言で切り捨てた。
「君の『声』の正確性は、すでに『古代の呪い』の調和で実証済みだ。実験など時間の無駄だ。やるなら、この不毛地帯すべてを、一気にやる」
「い、一気に、ですか!?」
エリアナは、目の前に広がる、地平線まで続く「死の大地」を見渡して、眩暈がしそうになった。 だが、セオドアは、まるで裏庭の家庭菜園に水をやるかのような口調で、続けた。
「この計画は、我が国の『食糧問題』と『国土問題』を、同時に解決する、最重要国家プロジェクトと認定する」
彼は、彼の「至宝」であり「賢者」であるエリアナに向き直ると、完璧な「氷の王子」の無表情で、こう言い放った。
「合理的に考えて、必要な投資だ」
「―――賢者エリアナ。国の予算は、好きに使え」
それは、王都のジュリアンが聞けば、泡を吹いて倒れそうなほどの、まさに「王子のスケール」でしか成し得ない、とてつもないバックアップの宣言だった。
エリアナとセオドア。 二人の次なる「共同作業(国家プロジェクト)」が、今、静かに、だが確かに始動した。
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(※明日の更新も20:00です)




