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「無能な偽物」と追放された私、隣国の氷の王子に「失われた叡智を持つ至宝」と見抜かれ、全力で溺愛されています  作者: シェルフィールド
第3章:芽吹く大地と氷の溶解

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第16話:『至宝』への報いと、深まる『溺愛』

ヴァイス国の王宮は、数百年ぶりに取り戻した「本当の空」の下、歓喜の祝祭ムードに包まれていた。


「古代の呪い」が完全に調和され、国を覆っていた鉛色の瘴気しょうきは消え去った。首都の民は、降り注ぐ本物の太陽の光と、清浄な魔力が大地から湧き上がる感覚に、涙を流して喜んだ。


そして今日、その最大の功労者を称えるための式典が、王宮の「大謁見えっけんの間」で執り行われようとしていた。


「…………」


エリアナ・ノエルは、控室で自分の姿を鏡に映し、深い深いため息をついていた。


王都で着ていたインク染みの司書官服ではない。


ヴァイス国の王宮が「賢者様のために」と総力を挙げて用意した、最高級のシルクで織られた、深く、知的な青色のドレス。 灰色の髪は丁寧に結い上げられ、地味な眼鏡だけが、かろうじて彼女がエリアナ・ノエルであることのあかしだった。


(……私なんかが、こんな場所で、こんな服を……)


王都での「偽りの番人」という罵声と、ジュリアン殿下の侮蔑ぶべつに満ちた視線が、まだ記憶にこびりついている。 あれから、まだ一月ひとつきも経っていない。


それなのに、ここでは「国の救世主」「叡智の賢者」と呼ばれ、国王陛下直々の叙勲じょくんを受けるという。 あまりの落差に、まだ頭がついていかなかった。


「エリアナ様、お時間です」


助手のリタに促され、エリアナは重い足取りで「大謁見の間」へと向かう。


扉が開かれると、まばゆいほどの光と、数百人もの貴族や魔導師たちの視線が、一斉に彼女に突き刺さった。 だが、その視線には、王都で浴びた「嘲笑」や「侮蔑」は一切含まれていない。


そこにあるのは、純粋な「感謝」と「尊敬」、そして「畏怖いふ」だった。


玉座には、この国の頂点に立つ、セオドアの父――国王アルベリク・ヴァイスが、威厳に満ちた姿で座していた。


「賢者エリアナ・ノエルよ。よくぞ参った」


その声は、セオドアの冷徹さとは違う、大地を震わせるような重い響きを持っていた。


「そなたの叡智と勇気が、この国を数百年の永きにわたる苦痛から解き放った。この功績、いかなる言葉をもってしても足りぬ」


エリアナは、王都で身につけた作法(王太子にすら疎まれていたため、実践する機会はなかったが)に従い、完璧な淑女カーテシーの礼をとる。


「……もったいなき、お言葉です。陛下」


「うむ」


国王アルベリクは満足げに頷くと、玉座の隣に立つ息子に視線を移した。


「セオドア。そなたが『見出し』、『選び』、そして共に戦った『至宝』だ。叙勲は、そなたの手で行うがよい」


「御意に」


セオドアが、一歩前に進み出た。


彼は、エリアナが地下で見た「天才魔導学者」の興奮した顔でも、呪いから守ってくれた「戦士」の顔でもない。


「氷の王子」としての完璧な礼装に身を包み、その表情は絶対零度の理性に満ちている。


彼は、侍従が持つ盆の上から、ヴァイス国で最高位の栄誉とされる「青き賢者のブローチ」を、その手袋をはめた手でおごそかに取り上げた。


そして、エリアナの前に静かにひざまずく。


「え……っ!?」


エリアナは息を呑んだ。王子が、自分に跪いている。


「エリアナ・ノエル」


セオドアは、戸惑う彼女の目線を、その金色の瞳で射抜くように見つめた。


「ヴァイス国全土の民に代わり、その叡智と献身に、心からの感謝を」


彼は、王都でジュリアンが『古書』を叩き割ったのとは比べ物にならない、丁重で、どこか壊れ物に触れるかのような手つきで、エリアナのドレスの胸元に、その青く輝く勲章を留めた。


(……この人は、また……)


王都で追放された日。 私を「賢者」と呼び、跪いて手を差し伸べてくれた、あの時と同じ。 この人は、私の「価値」を、私自身よりも深く信じてくれている。 エリアナの目頭が、じわりと熱くなった。



◇◇◇



式典は熱狂のうちに幕を閉じ、エリアナはようやく「賢者の塔」の自室に戻ることができた。


「はぁ……」


ドレスからいつもの司書官服(ヴァイス国で新調された、上質で機能的なもの)に着替えると、ようやく呼吸ができる気がした。


(疲れた……)


人前に立つのは、呪いと対峙たいじするのとは別の意味で、精神力を消耗する。


彼女は、ソファに深く沈み込み、目を閉じた。 その時だった。 コンコン、と控えめなノックの後、許可を待たずに扉が開かれた。


「……セオドア様?」


そこに立っていたのは、式典の礼装を脱ぎ捨て、いつもの黒い研究着に着替えた「氷の王子」だった。


「ああ。少し時間があるか」


「は、はい。もちろんです」


エリアナは慌ててソファから立ち上がる。だが、セオドアはそれを手で制した。


「いや、いい。座っていてくれ。……君は、どうやら『疲れ』ているようだ」


「え?」


セオドアは、まるで未知の生物を観察するかのように、エリアナの顔をじっと見つめている。


「先ほどの式典から、今この瞬間に至るまで、君は非常に『効率の悪い』顔をしている。眉間のシワ、目の下のわずかなクマ、血色の悪さ。総合的に判断して、パフォーマンスが三割は低下している」


「も、申し訳ありません……」


王都でのくせで、エリアナは咄嗟とっさに謝罪の言葉を口にした。 地味で、暗い。ジュリアン殿下に、いつもそう罵られてきた。


この人にとっても、私は「効率の悪い」存在なのだ。


「いや、責めているのではない」


セオドアは、エリアナの思考を読み取ったかのように、首を振った。


「君は我が国の『至宝』であり、君のパフォーマンス低下は、すなわちヴァイス国の研究効率の低下に直結する。―――これは、早急に解決すべき問題だ」


「は、はぁ……」


(また、合理的な理屈が始まった……)


エリアナが戸惑っていると、セオドアは、まるで「仕方がなく」という風情で、懐から小さなビロードの箱を取り出した。


「これを」


「……?」


エリアナが恐る恐る受け取ると、その中には、息を呑むほどに美しい、銀細工の髪飾りが入っていた。 ヴァイス国の清浄な魔力を象徴するような、小さな青い宝石があしらわれている。


「こ、これは……? あの、勲章は先ほど……」


「勲章は『国』からだ。これは『私』からだ」


「え?」


「いや、違うな」


セオドアは、何かを猛烈に訂正するかのように、わざとらしくせき払いをした。


「合理的に考えて、君のその灰色の髪は、地味すぎる」


「―――っ!」


エリアナの肩が、びくりと震えた。


(地味……!)


やはり、そうだ。王都のジュリアン殿下と同じ。この人も、私の地味な容姿が「王子の隣に立つ者」として、不満なのだ。 胸が、チクリと痛んだ。 だが、セオドアの言葉は、エリアナの予想の斜め上を行くものだった。


「いや、地味なのではなく、『保護色』になっている、と言うべきか」


「……ほごしょく?」


「そうだ。その色は、この『賢者の塔』の書庫の壁や、古い羊皮紙の色と酷似している」


セオドアは、心底不可解だという顔で、続けた。


「昨日も、私が集中して術式を解析している時、君が背後の本棚の前に立っていることに気づかず、危うく魔力インクを君の頭に垂らしそうになった」


「え、そ、そうだったんですか!?」


「ああ。極めて非効率的だ。私が誤って『至宝』を汚損するなど、国家的な損失だ」


彼は、その美しい髪飾りを指差した。


「合理的に考えて、君には『識別可能なマーカー』が必要だと判断した。この髪飾りは、そのためのものだ。……ただ、それだけだ」


「…………」


エリアナは、開いた口が塞がらなかった。


(こ、この人は……)


こんなにも美しい芸術品を、「マーカー(目印)」と言い切った。 しかも、その理由は

「自分がインクを垂らさないため」。 完璧なまでに「合理的」な理屈。 ―――だが、その理屈があまりにも不器用で、回りくどくて、そして優しいことに、エリアナは気づいてしまった。


彼は、「プレゼントだ」と素直に言えないだけなのだ。


エリアナの口元に、王都では決して見せることのなかった、心からの笑みが、ふわりと花開いた。


「……ありがとうございます、セオドア様。とても、嬉しいです。大切にします」


「―――っ!」


その笑顔を見た瞬間、セオドア・アークライト・ヴァイスの「氷の王子」としての仮面が、ピシリ、と音を立てて凍りついた。 いや、フリーズした。


彼の天才的な頭脳が、エリアナの「笑顔」という「非合理的な現象」によって、処理能力の限界を迎えたのだ。


「……あ、いや、だから、これは『投資』だと言っている」


「はい。最高の『投資』ですね」


「そ、そうだ。そ、それと、その髪飾りには、私の魔力で『思考安定化』と『精神疲労軽減』の術式も刻んでおいた! 君のパフォーマンスが向上すれば、私の研究効率も上がる! ギブアンドテイクだ!」


「まあ……! そこまで……!」


「わ、私は、次の研究があるので、これで失礼する!」


セオドアは、エリアナの返事も待たず、まるで魔物に追われているかのように、猛スピードで部屋を退出していった。


バタン! と閉まった扉を見つめながら、エリアナは、くすくすとおかしそうに笑い続けた。



◇◇◇



一人残された部屋で、エリアナは、贈られたばかりの髪飾りを、そっと灰色の髪に挿してみた。


ひんやりとした金属の感触と共に、セオドアの魔力が、温かく彼女の頭を包み込むのが分かる。


(……温かい)


王都では、誰も彼女に贈り物をくれる人などいなかった。 彼女は、窓辺に歩み寄り、完全に調和した「叡智」――「古書」と「石碑」のネットワークに、意識を向けた。 それは今や、この「賢者の塔」の魔力循環システムと完全に同化し、エリアナの思考に、いつでも応えてくれる良き「パートナー」となっていた。


(ありがとう。あなたたちのおかげで、私は今、ここにいます)


エリアナが心の中で語りかけると、すぐに、脳裏にクリアな「声」が響いた。 もはや、王都で聞いていた悲鳴のような「警告」でも、地下で聞いた「嘆き」でもない。


穏やかで、知的で、そしてエリアナを信頼しきった、澄んだ「報告」だった。


『―――叡智ノ調和ヲ感謝スル、解読者エリアナ魔力循環システムハ、正常ニ復帰。安定稼働コンディション・ブルーヲ確認』


「本当によかった……。これで、この国も……」


エリアナが、安堵あんどの息をついた、その時。 『声』は、淡々と、しかし重大な事実を続けた。


『ダガ、新タナ課題ヲ検出』


「え?」


エリアナの表情が、安堵から「賢者」のそれへと、瞬時に切り替わる。


『声』は、ヴァイス国の全土をスキャンした結果を、冷静に報告した。


『魔力循環ハ安定。シカシ、大地ソノモノノ栄養(地脈)ガ、過去ノ瘴気汚染ニヨリ枯渇状態ニアル』 『特ニ、北ノ不毛地帯ノ損傷ガ著シイ。要、改善』


「北の不毛地帯……!」


エリアナは、窓の外、首都のはるか北に広がる「死の大地」を思い浮かべた。 瘴気こそ晴れたが、呪いの影響で、草一本生えない場所だ。


「呪い」を解いた今なら、あの土地も、きっと――― エリアナの瞳に、新たな「責務」――王都で負わされていた「かせ」としてのそれとは全く違う、「希望」に満ちた「次なる挑戦」への光が宿った。


お読みいただき、ありがとうございます!


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(※明日の更新も20:00です)

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