第15話:『古代の呪い』の完全調和
「あなたの『魔導学』と、私の『声』で、この悲劇を終わらせます!」
エリアナの決意に満ちた叫びが、呪いの触手が荒れ狂う地下空間に響き渡る。
セオドアは、彼女の真っ直ぐな瞳を見つめ返すと、その金色の瞳に宿っていた獰猛な「怒り」を、寸分の狂いもない「絶対的な信頼」へと変換させた。
「……面白い」
彼が、薄く笑った。
「その『解』に、我が国の未来を賭けよう。―――指示を、エリアナ」
セオドアは、エリアナを襲っていた触手を弾き返していた「絶対凍土」の結界を、一瞬にして解除した。
『ギィイイイアアアッ!』 守りを失ったエリアナに、怨念の塊が再び殺到する。
だが、エリアナはもう怯えなかった。 彼女は、セオドアの魔力が即座に自分を護衛する「第二の結界」へと再構築されるのを背中で感じながら、玉座の前に毅然と進み出た。
彼女は、王都から持ってきた麻袋から、ジュリアンに叩き割られた『古書』の石版――その最大の破片――を取り出すと、玉座の背後にある巨大な「力の石碑」に、両手で強く押し当てた。
「セオドア様!」
「ああ!」
セオドアは、エリアナの背後に立ち、自らの左手を彼女の肩に、右手を「石碑」の、エリアナの手とは反対側へと添える。
二人の「賢者」と「王子」が、引き裂かれた「叡智」を繋ぐ、たった一つの「楔」となった瞬間だった。
「『声』が示す『調和』の聖句を詠唱します!」
エリアナは、膨大な情報奔流に意識を集中させ、目を閉じた。
「あなたは、私の『声』に合わせて、あなたの魔力を『破壊』ではなく、二つの叡智を繋ぐ『接着剤』として、寸分違わず流し込んでください!」
「……無茶を言う」
セオドアが、苦笑とも感嘆ともつかぬ息を漏らす。
それは、大陸最強の魔導学者である彼にして、生涯で最も高難易度の「魔力制御」を要求する、無謀な指示だった。
「だが、合理的な判断だ。―――やれ、エリアナ!」
「はい!」
エリアナは、息を吸い込んだ。 そして、彼女の唇から、王都の地下書庫で響いていた「警告」でも、先ほどの「古代言語」とも違う、魂を震わせるような「聖句」が紡がれ始めた。
それは、人間が発する「音」ではない。 引き裂かれた「叡智」が、数百年の時を超えて再び一つになろうとする、「調和」の旋律そのものだった。
「――― "Kha-ra-sia, (ラ) (シ) (ア)" !!」 (嘆キノ同胞ヨ!)
「――― "Lyi-e-l" !!」 (我ガ過チ(あやまち)ヨ!)
エリアナの「声」が響くたび、『古書』の石版と「力の石碑」が、まばゆい光を放ち始める。
「ここだ!」
セオドアの全神経が研ぎ澄まされる。
彼は、エリアナの「声」によって励起した二つの叡智の「隙間」に、自らの膨大な魔力を、髪の毛一本よりも細く、鋼よりも強く調整し、完璧なタイミングで流し込んでいく。
魔力が、熱い。
セオドアの魔力は、彼の「氷」の異名とは裏腹に、エリアナの肩を掴む左手を通して、まるで灼熱の奔流のように彼女の体を駆け巡る。
だが、それは「呪い」の熱さではない。
エリアナの「声」という「設計図」に従い、セオドアの「魔力」という「資源」が、壊れた絆を修復していく、温かい「生命」の熱だった。
◇◇◇
『ア……アア……』
玉座に座していた「呪いの核心(怨念の塊)」の動きが、止まった。
エリアナの「聖句」は、怨念の核となっていた『初代番人』の魂に、直接語りかけていた。
『ワレラハ……ヒトツ……』
(あなたは、一人ではなかった)
「――― "Na-qui-s-t-r" !!」 (我ラ(叡智)ハ、ココニ還ル!)
詠唱が、最高潮に達する。
エリアナが押し当てた『古書』の石版が、ジュリアンによってつけられた「ヒビ」ごと、まばゆい光に包まれていく。
そして、その光は、セオドアの魔力という「接着剤」を得て、巨大な「力の石碑」の表面へと、吸い込まれるように溶け合っていく。
割れた石版が、あるべき場所へと「帰還」していく。 カチリ、と。 数百年ぶりに、最後の「鍵」がはまった音が、二人の脳裏に響き渡った。
『――――――――』
玉座の「怨念」から、最後の「声」が漏れた。 それは、もはや「呪い」でも「嘆き」でもない。 長すぎた苦しみから解放された、「安堵」の吐息だった。
玉座に座していた黒いミイラのような「塊」が、怨嗟の瘴気を失い、ハラハラと、光の粒子となって崩れていく。
黒い触手は、すでに跡形もなく消え去っていた。 そして、「呪い」の発生源が消滅したことにより、この地下空間全体を覆っていた『中央魔力循環炉』の機能が、劇的な変化を遂げた。
ゴオオオオオオオオ……! 不気味な重低音を響かせていた機械が、静かに、だが力強い鼓動へと変わる。
呪詛によって黒く汚染されていた歯車やパイプが、本来の色を取り戻していく。 それは、この国を守る「防護障壁」と同じ、澄み切った、美しい「青白い光」だった。
ヴァイス国を数百年蝕み続けた「古代の呪い」が、二人の「知性」の調和によって、完全に解き放たれ、国を守る「真の祝福」へと生まれ変わった瞬間だった。
大地が、呼吸を再開した。
首都の広場で、奇跡の成就を祈っていた民衆は、その瞬間、自分たちの足元から、温かく、清浄な「魔力」が湧き上がってくるのを感じていた。
「おお……!」
「瘴気が……瘴気が、完全に消えたぞ!」
「見てみろ! 空を!」
人々が見上げた空では、先日の「表層クリーニング」でわずかに見えていただけの「青い防護障壁」が、首都の空全体を覆う、壮麗なオーロラとなって輝いていた。 ヴァイス国に、真の「安定」が訪れたのだ。
◇◇◇
「……終わ、った……」
地下空間が、安定した「青い光」に満たされるのを最後まで見届けたエリアナは、その場に崩れ落ちそうになった。 極度の精神集中と、セオドアの膨大な魔力をその身に受けたことによる消耗が、限界を超えていた。 だが、彼女の体が冷たい石畳に倒れ込むことはなかった。
「―――見事だ、エリアナ」
セオドアが、彼の「絶対凍土」の結界よりもなお素早く、エリアナの消耗しきった体を、その太い腕で力強く抱きとめていた。
「あ……セオドア、さま……」
「喋るな。貴女は今、限界だ」
エリアナは、彼の腕の中で、安心しきったように意識を手放しかけた。 王都では、この呪われた「声」のせいで、追放までされたというのに。 この国では、この「声」のおかげで、国を救い、そして、この「氷の王子」の腕の中にいる。
(……私、役に、立てた……)
セオドアは、腕の中で気を失いかけた「賢者」の、汗に濡れた前髪を、その無骨な指先でそっと払い除けた。 その金色の瞳には、もはや「合理的」な仮面はない。
彼が生涯をかけて探し求めていた「真理(叡智)」を、彼と共に見つけ出し、そして国さえも救ってのけた、唯一無二の存在を見つめる、熱い光だけがあった。
彼は、エリアナの耳元に、彼女にだけ聞こえるように、静かに、だが何よりも強く、告げた。
「君こそが、我が国の……いや、私の『至宝』だ」
その言葉を肯定するように、塔の地上から、首都の民衆が上げる、割れんばかりの歓声が響いてきた。
『うおおおおおおっ! 賢者様、万歳!』
『エリアナ様が、呪いを解き放ってくださったぞ!』
『我らがヴァイス国の、真の救世主だ!』
熱狂的な「賢者」への称賛の声が、新しく生まれ変わったヴァイス国に、高らかに鳴り響いていた。
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(※明日の更新も20:00です)




