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「無能な偽物」と追放された私、隣国の氷の王子に「失われた叡智を持つ至宝」と見抜かれ、全力で溺愛されています  作者: シェルフィールド
第2章:賢者の契約と古代の呪い

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第11話:浄化の始まり

「―――エリアナ、私に合わせろ。やるぞ」


セオドアの獰猛どうもうなまでの宣言に、エリアナはこくりと頷いた。


もはや、彼女にかつての地味な司書官の面影はない。極度の集中力と、自らの「声」への絶対的な自信。


そして、目の前で同じ「知性」を共有する王子への信頼が、彼女を「賢者」へと変貌させていた。


「いつでも、どうぞ」


セオドアは、血が滲む指先を、壁に刻んだ「呪いの中核ノード」へと押し当てる。そして、彼が持つ最大級の魔力を練り上げながら、詠唱を開始した。


「"我が名はセオドア・アークライト・ヴァイス"」


王族のみに許された、魔力循環炉への「介入権限」の行使。空気がビリビリと震え、地下空間の瘴気が一斉に二人へと牙を剥く。


「"ことわりの名において、命ずる。万象、我が指定座標に集え"!」


だが、詠唱はそこから先へ進めない。あまりにも複雑怪奇に絡み合った「呪い」の術式が、彼の魔力の介入を拒絶しているのだ。


「エリアナ!」


「はい!」


エリアナは、再び石碑に手を触れ、脳内に流れ込む膨大な「設計図」に意識を集中させる。


『―――座標"ナア・クイ"第三接合部。逆流シーケンス、解号三十七、"ルクス・ヴァーテ"ヲ指定』


「セオドア様! 解号三十七、『ルクス・ヴァーテ』です!」


「『ルクス・ヴァーテ』だと!?」


セオドアの目が驚愕に見開かれる。それは、現代魔術では「禁忌タブー」とされる、魔力を反転・消滅させるための古代言語だった。こんなものを「呪いの中核」に叩き込めば、術者セオドアごと魔力が暴走しかねない。


だが、彼は一瞬たりとも躊躇ちゅうちょしなかった。


「……面白い。やってみる価値はある」


彼は、エリアナの「声(叡智)」を、自らの「知性(魔導学)」以上に信頼した。


「"解号三十七―――ルクス・ヴァーテ、起動"!!」


セオドアが放った膨大な魔力が、「禁忌」の術式へと変換され、呪いの結節点へと突き刺さる。


『ギィイイイイイイアアアアアアアアアアアッッ!!』


それは、生き物の断末魔だった。 数百年もの間、この国の中枢にこびりつき、ヴァイス国そのものを蝕んできた「呪い」が、初めて「痛み」を上げたのだ。


循環炉の表面を覆っていた、おぞましい黒いタールのようになった呪詛が、バリバリと音を立てて剥がれ落ちていく。


「やった……!」


エリアナが歓喜の声を上げる。だが、セオドアは顔色一つ変えない。


「まだだ! 止めるな、エリアナ! 奴が再生する前に、次のノードを叩く!」


「は、はい!」


『―――第二階層、解号九十四、"アンク・ソレム"!』


「『アンク・ソレム』!」


『―――第三階層、術式番号〇四五、"イグニス・ファトゥス"!』


「『イグニス・ファトゥス』、受領した!」


エリアナが叫び、セオドアが応える。 彼女の「声」が、数万、数億と絡み合う術式の迷路の中から、唯一の「正解(弱点)」だけを正確に抜き出し、セオドアへとパスする。


セオドアは、そのパスを完璧な「魔術」として行使し、呪いの装甲を一枚、また一枚と、的確に剥がしていく。 それは、王都の誰もが見たことのない、真の「奇跡」の瞬間だった。


ジュリアンが求めた、リリアナの「歓喜の光」のような、表層的でまやかしの奇跡ではない。 国の根幹を蝕む「病巣」そのものを、二人の「最強の知性」が、外科手術のように解体していく、本物の「叡智」の輝きだった。



◇◇◇



その「奇跡」は、暗く閉ざされた地下空間だけではなく、ヴァイス国の「地上」にも、目に見える形で現れ始めていた。


ヴァイス国、首都。


この街は、セオドアが説明した通り、中央魔力循環炉から漏れ出す「瘴気」によって、常に薄暗い、鉛色の雲に覆われていた。


人々は、その重苦しい空の下で生まれ、生活するのが「日常」だと思っていた。太陽の光というものを、書物の上でしか知らない者も珍しくはなかった。 人々は、いつものように、重い空気の中で、足早に家路を急いでいた。 その、瞬間だった。


「……え?」


市場で買い物をしていた一人の主婦が、ふと空を見上げて、持っていたカゴを落とした。


「……光?」


彼女の視線の先。 数十年……いや、あるいは百年以上も、この首都を覆い尽くしていた、分厚い鉛色の「瘴気の雲」。


その、ちょうど中央。 「賢者の塔」の真上にあたる空が、まるで、内側から不純物が浄化されていくかのように、ゆっくりと、ゆっくりと、薄くなっていく。 人々が「空」だと思っていた鉛色が、剥がれていく。 そして、その向こう側から現れたのは―――


「あ……」


「ああ……! あの、色……!」


それは、人々が忘れていた、この国の「本当の空」の色だった。


国境を覆う、あの「防護障壁」が放つ、淡くも美しい「青白い光」。


瘴気が晴れたことで、その「青いドーム」が、初めて首都の民衆の目にもハっきりと見えるようになったのだ。 だが、奇跡はそれだけでは終わらない。 その「青い防護障壁」を、さらに透過して。


一本の、純粋な光芒こうぼうが、青を突き抜け、首都の大通りへと差し込んだ。 それは、リリアナの「幻惑の光」のような、まばゆくも中身のない輝きではない。 「防護障壁」の青に染まりながらも、確かに届いた、本物の「太陽の光」。


青みがかった神々しい光が、瘴気に汚れていた建物の壁を照らし、石畳の濡れた色を、初めて人々本来の色で見せた。


「太陽……だ」


「瘴気が……瘴気が、晴れたんだ……!」


「そして、あの青い光……あれが、我らを守る『障壁』の、本当の輝きだったのか……!」


一人、また一人と、人々が足を止め、空を見上げる。 誰もが、その信じられない光景に、言葉を失っていた。この国を覆っていた「呪い」が、今、確かに晴れていく。 王都から追放され、この国にやってきた、一人の地味な司書官によって。



◇◇◇



「見てください! 賢者の塔が……!」


「光が……!」


首都の広場に集まった人々が、呆然と空を見上げ、あるいは、この国の「叡智」の象徴である「賢者の塔」を見上げていた。


「まさか……あの『王都の賢者様』が、本当に……?」


「我らが王家の悲願であった、『古代の呪い』を……?」


熱狂が、広場を包み始めた。王都の民衆がリリアナに向けた「幻惑」による熱狂とは違う、「救済」への確かな希望に満ちた熱狂だった。


だが、その熱狂の中心地である、塔の最下層。


「……まだだ」


セオドアの冷静な声が、荒い息を繰り返すエリアナの耳に響いた。 彼は、壁に刻んだ術式を睨みつけたまま、油断なく魔力を練り続けている。


たしかに、循環炉の表面を覆っていた「呪い」は、その大半が剥がれ落ちた。地下空間の瘴気も、先ほどまでとは比較にならないほど薄れている。


だが、術式の「核心コア」は、まだ奥深くで不気味に脈動していた。


「喜ぶのは早いぞ、エリアナ」


セオドアは、この国を数百年苦しめてきた「病巣」の、その本当の恐ろしさを見据えていた。


「我々が今やったのは、あくまで『表層』のクリーニングに過ぎん。……核心はまだ、その奥だ」


お読みいただき、ありがとうございます!


面白い、続きが気になる、と思っていただけましたら、 ぜひブックマークや、↓の【★★★★★】を押して評価ポイントをいただけますと、 執筆の励みになります!


(※明日の更新も20:00です)

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