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「無能な偽物」と追放された私、隣国の氷の王子に「失われた叡智を持つ至宝」と見抜かれ、全力で溺愛されています  作者: シェルフィールド
第2章:賢者の契約と古代の呪い

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第10話:賢者と王子の共同解読

「……治せる」


そのか細い呟きを、セオドアの耳は正確に捉えていた。


凄まじい情報奔流によって意識を手放しかけたエリアナの体を、セオドアは冷静に、だが力強く支える。


その細い肩は、瘴気と冷や汗でぐっしょりと濡れていた。


「エリアナ」


氷のように冷たい声。だが、その声には、彼女の身を案じる合理的な配慮と、それとは比べ物にならないほどの強烈な「期待」が込められていた。


「無理はするな。貴女という『至宝』がここで壊れては、我が国の損失だ。……だが、問う。見えたか?」


「……はい」


エリアナは、セオドアの腕の中でかろうじて目を開けた。ずれた眼鏡の奥の瞳は、焦点こそ合っていないが、確かに「叡智」の光を宿していた。


「……第一階層……循環炉を覆う、呪詛術式の……全構造が……」


途切れ途切れの、だが確信に満ちた言葉。


「……全て……見えます」


その瞬間、セオドア・アークライト・ヴァイスの「氷の王子」という仮面が、初めて音を立てて砕け散った。


いや、砕け散ったのではない。彼が常に貼り付けていた無表情の奥から、彼本来の「本質」――未知の真理を前にした「天才魔導学者」としての、純粋な歓喜の輝きが溢れ出したのだ。 「……そうか」 彼の金色の瞳が、まるでこの世で最も美しい術式を見つけたかのように、ギラギラと輝く。


「『設計図』が見える、か……!」


王都の愚かな王太子が「幻聴」と罵り、捨て去った力。 それは、この国を数百年蝕み続けた「解読不能な呪い」を解体するための、唯一無二の「鍵」そのものだった。


セオドアは、エリアナの体をゆっくりと立たせると、彼女の肩を掴み、その瞳を真っ直ぐに見据えた。


「立てるな。……いや、立て。エリアナ・ノエル」


その声は、もはや彼女を「賓客」として扱うものではない。 対等な、あるいは、彼が生涯で初めて出会った「最強の知性」を持つ「共同研究者」に対する、絶対的な信頼の響きだった。


「今から、この『病巣』の解読を開始する」



◇◇◇



二人による、共同作業が始まった。


そこは、瘴気が満ちる、循環炉の最下層。執務室も、研究道具も、紙一枚すらない。だが、二人にとって、それは何の問題にもならなかった。


「エリアナ。その『声』が示す『設計図』を、そのまま言語化しろ」


「ですが、これは……言葉では……」


「構わん。貴女の脳内に響いている、その『音』のまま、発声しろ」


セオドアは、循環炉の瘴気に汚染されていない、わずかに残った地下の壁面を指差す。


「私が、それを『解読』する」


彼は自らの指先を魔力で研ぎ澄まし、魔導チョークの代わりとする。エリアナはゴクリと息を呑み、そして、覚悟を決めた。


彼女は、再び汚染された石碑にそっと触れた。


『―――第一階層、構造言語ストラクチャ・ラングヲ開示』 再び、脳内に膨大な情報が流れ込む。だが、今度は「見る」だけではない。セオドアの指示に従い、エリアナは、その「音」を唇から解き放った。


「――― "Kha-ra-s()ia, (ラ)t()i()-m()on()is()h()e()l()i()x()" !!」


それは、人間の声帯では発音不可能な、いくつもの音が同時に重なり合う「古代言語」だった。 意味など、エリアナ自身にも分からない。


だが、セオドアは、その「音」を聞いた瞬間、壁に向かって超高速で指を走らせ始めた。 カリカリカリカリ……! 魔力で刻まれる光の線が、エリアナの発した「音」を、現代魔術の「術式」へと翻訳していく。


「……馬鹿な。この音の配列シーケンス……"魔力の飽和と逆流の定義"か。……次だ、エリアナ!」


「"A()l()k()-e()t()o()r()" ! "N()a()-q()u()i()" !!」


「『アルク・エトル』……"固定"と"流動"の二重定義だと!? なんという無駄のない構造だ……! 『ナア・クイ』……これは、瘴気の循環ノードそのものだ!」


エリアナが「声」を紡ぐ。 セオドアが「真理」を解き明かす。


彼女が「叡智」を読み上げ、彼が「魔導学」で組み伏せる。 王都では「暗い妄想癖の女」と蔑まれた司書官と、「冷酷な魔導人形」と噂された王子。


だが、今、この地下深くの密室で、二人は大陸の歴史上、誰も到達し得なかった「神の領域」の設計図を、互いの最強の能力だけを頼りに解読していた。


それは、どちらか一人が欠けても成立しない、完璧な共同作業だった。


エリアナの脳が情報過多で焼き切れそうになれば、セオドアが即座に冷却の魔術を彼女のうなじに当てる。セオドアの魔力が解析速度に追いつかず枯渇しかければ、エリアナが『声』の調律を変え、石碑から漏れ出す魔力を彼へと誘導する。


二人を繋ぐのは、王都の祝宴にあったような甘い言葉や偽りの光ではない。ただ、絶対的な「知性」の絆だった。



◇◇◇



どれほどの時間が経ったのか。 数時間か、あるいは、半日か。


瘴気が満ちる地下空間で、二人は疲労の色も見せず、ただひたすらに壁の術式を刻み続けていた。 エリアナの声はとうにれ果て、セオドアの指先からは血が滲んでいた。


だが、二人の集中力は、むしろ極限まで高まっていく。 壁一面を埋め尽くした光の術式。 それは、ヴァイス国を数百年苦しめてきた「古代の呪い」の、完全なる設計図だった。


そして、ついに。 エリアナが最後の「音」――最も複雑で、最も禍々しい呪詛の中核――を発した、その瞬間。 セオドアの指が、ピタリと止まった。


「……ここだ」


セオドアが、壁に刻まれた術式群の、その一点を指差して、低く呟いた。 そこは、瘴気の流れが不自然に淀み、術式同士が異常な癒着を起こしている「結節点」。


「エリアナ」


セオドアが彼の「賢者」を呼んだ。


「この循環ノード……『ナア・クイ』の第三接合部。ここが、全ての瘴気を循環させている『心臓』だ。ここを逆流させれば、呪いの表層を一時的にだが、剥がせる」


彼は、エリアナに向き直った。その金色の瞳は、獲物を見つけた猛禽類のように、あるいは、解を見つけた数学者のように、獰猛どうもうなまでの輝きを放っていた。


「―――エリアナ、私に合わせろ。やるぞ」
































第10話:賢者と王子の共同解読



「……治せる」


そのか細い呟きを、セオドアの耳は正確に捉えていた。


凄まじい情報奔流によって意識を手放しかけたエリアナの体を、セオドアは冷静に、だが力強く支える。


その細い肩は、瘴気と冷や汗でぐっしょりと濡れていた。


「エリアナ」


氷のように冷たい声。だが、その声には、彼女の身を案じる合理的な配慮と、それとは比べ物にならないほどの強烈な「期待」が込められていた。


「無理はするな。貴女という『至宝』がここで壊れては、我が国の損失だ。……だが、問う。見えたか?」


「……はい」


エリアナは、セオドアの腕の中でかろうじて目を開けた。ずれた眼鏡の奥の瞳は、焦点こそ合っていないが、確かに「叡智」の光を宿していた。


「……第一階層……循環炉を覆う、呪詛術式の……全構造が……」


途切れ途切れの、だが確信に満ちた言葉。


「……全て……見えます」


その瞬間、セオドア・アークライト・ヴァイスの「氷の王子」という仮面が、初めて音を立てて砕け散った。


いや、砕け散ったのではない。彼が常に貼り付けていた無表情の奥から、彼本来の「本質」――未知の真理を前にした「天才魔導学者」としての、純粋な歓喜の輝きが溢れ出したのだ。 「……そうか」 彼の金色の瞳が、まるでこの世で最も美しい術式を見つけたかのように、ギラギラと輝く。


「『設計図』が見える、か……!」


王都の愚かな王太子が「幻聴」と罵り、捨て去った力。 それは、この国を数百年蝕み続けた「解読不能な呪い」を解体するための、唯一無二の「鍵」そのものだった。


セオドアは、エリアナの体をゆっくりと立たせると、彼女の肩を掴み、その瞳を真っ直ぐに見据えた。


「立てるな。……いや、立て。エリアナ・ノエル」


その声は、もはや彼女を「賓客」として扱うものではない。 対等な、あるいは、彼が生涯で初めて出会った「最強の知性」を持つ「共同研究者」に対する、絶対的な信頼の響きだった。


「今から、この『病巣』の解読を開始する」



◇◇◇



二人による、共同作業が始まった。


そこは、瘴気が満ちる、循環炉の最下層。執務室も、研究道具も、紙一枚すらない。だが、二人にとって、それは何の問題にもならなかった。


「エリアナ。その『声』が示す『設計図』を、そのまま言語化しろ」


「ですが、これは……言葉では……」


「構わん。貴女の脳内に響いている、その『音』のまま、発声しろ」


セオドアは、循環炉の瘴気に汚染されていない、わずかに残った地下の壁面を指差す。


「私が、それを『解読』する」


彼は自らの指先を魔力で研ぎ澄まし、魔導チョークの代わりとする。エリアナはゴクリと息を呑み、そして、覚悟を決めた。


彼女は、再び汚染された石碑にそっと触れた。


『―――第一階層、構造言語ストラクチャ・ラングヲ開示』 再び、脳内に膨大な情報が流れ込む。だが、今度は「見る」だけではない。セオドアの指示に従い、エリアナは、その「音」を唇から解き放った。


「――― "Kha-ra-s()ia, (ラ)t()i()-m()on()is()h()e()l()i()x()" !!」


それは、人間の声帯では発音不可能な、いくつもの音が同時に重なり合う「古代言語」だった。 意味など、エリアナ自身にも分からない。


だが、セオドアは、その「音」を聞いた瞬間、壁に向かって超高速で指を走らせ始めた。 カリカリカリカリ……! 魔力で刻まれる光の線が、エリアナの発した「音」を、現代魔術の「術式」へと翻訳していく。


「……馬鹿な。この音の配列シーケンス……"魔力の飽和と逆流の定義"か。……次だ、エリアナ!」


「"A()l()k()-e()t()o()r()" ! "N()a()-q()u()i()" !!」


「『アルク・エトル』……"固定"と"流動"の二重定義だと!? なんという無駄のない構造だ……!……これは、瘴気の循環ノードそのものだ!」


エリアナが「声」を紡ぐ。 セオドアが「真理」を解き明かす。


彼女が「叡智」を読み上げ、彼が「魔導学」で組み伏せる。 王都では「暗い妄想癖の女」と蔑まれた司書官と、「冷酷な魔導人形」と噂された王子。


だが、今、この地下深くの密室で、二人は大陸の歴史上、誰も到達し得なかった「神の領域」の設計図を、互いの最強の能力だけを頼りに解読していた。


それは、どちらか一人が欠けても成立しない、完璧な共同作業だった。


エリアナの脳が情報過多で焼き切れそうになれば、セオドアが即座に冷却の魔術を彼女のうなじに当てる。セオドアの魔力が解析速度に追いつかず枯渇しかければ、エリアナが『声』の調律を変え、石碑から漏れ出す魔力を彼へと誘導する。


二人を繋ぐのは、王都の祝宴にあったような甘い言葉や偽りの光ではない。ただ、絶対的な「知性」の絆だった。



◇◇◇



どれほどの時間が経ったのか。 数時間か、あるいは、半日か。


瘴気が満ちる地下空間で、二人は疲労の色も見せず、ただひたすらに壁の術式を刻み続けていた。 エリアナの声はとうにれ果て、セオドアの指先からは血が滲んでいた。


だが、二人の集中力は、むしろ極限まで高まっていく。 壁一面を埋め尽くした光の術式。 それは、ヴァイス国を数百年苦しめてきた「古代の呪い」の、完全なる設計図だった。


そして、ついに。 エリアナが最後の「音」――最も複雑で、最も禍々しい呪詛の中核――を発した、その瞬間。 セオドアの指が、ピタリと止まった。


「……ここだ」


セオドアが、壁に刻まれた術式群の、その一点を指差して、低く呟いた。 そこは、瘴気の流れが不自然に淀み、術式同士が異常な癒着を起こしている「結節点」。


「エリアナ」


セオドアが彼の「賢者」を呼んだ。


「この循環ノード……第三接合部。ここが、全ての瘴気を循環させている『心臓』だ。ここを逆流させれば、呪いの表層を一時的にだが、剥がせる」


彼は、エリアナに向き直った。その金色の瞳は、獲物を見つけた猛禽類のように、あるいは、解を見つけた数学者のように、獰猛どうもうなまでの輝きを放っていた。


「―――エリアナ、私に合わせろ。やるぞ」

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(※明日の更新も20:00です)

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