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「無能な偽物」と追放された私、隣国の氷の王子に「失われた叡智を持つ至宝」と見抜かれ、全力で溺愛されています  作者: シェルフィールド
第1章:偽りの番人と氷の王子

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第1話:『声なき古書』と『聖約の枷』

【本作は最終話(全32話)まで執筆済みです。】

本日(10/31)より3日間は「初期集中投稿」として複数話投稿します。

4日目(11/3)以降は、「毎日20:00」に1話ずつ更新・完結させますので、安心してお読みください。

王立書庫、地下。 カビと古いインク、そして何千年もの紙が堆積した独特の匂いが、冷たく湿った空気に満ちている。


ここは、王宮の華やかさとは完全に隔絶された、ただ「記録」のためだけに存在する場所だ。


「…………」


埃っぽい書架が迷宮のように続くその最奥で、一人の娘が分厚い革張りの書物の前に静かに座っていた。


エリアナ・ノエル。


灰色の髪を無造作にまとめ、大きな(そして恐ろしく度の強い)眼鏡をかけたその姿は、「王太子妃候補」というきらびやかな響きとはおよそ無縁だった。インクの染みがついた司書官の制服は、彼女の細い体をさらに地味に見せている。


彼女が向き合っているのは、台座に厳重に固定された『建国の叡智の書』。 王国の始まりから今に至るまでの全てが記されているという伝説を持つが、今やその文字を解読できる者はおらず、ただの「縁起物」として地下書庫に眠っている―――はずだった。


(……来た)


エリアナがそっと目を伏せる。 すると、どこからともなく、古い羊皮紙をめくるような乾いた音が響き始めた。 彼女にしか聞こえない、「声」。


『…………警告。南の穀倉地帯、第三用水路。老朽化による微細な亀裂。三日以内ニ崩落ノ兆候アリ』


それは、感情のない、淡々とした報告だった。


だが、その内容は国の根幹に関わる重要な「予言」だ。第三用水路が崩落すれば、南部の小麦畑は半滅し、来年の食糧難は避けられない。


エリアナは、顔色一つ変えなかった。 彼女はこの「声」――『古書』の声を聞き、その警告に従って国を支える「番人」の役目を、物心ついた時から負っていたからだ。


すらすらと、羽ペンが走る。 彼女は「本の声が聞こえた」などとは書かない。そんなことを書けば、妄想癖の狂人として即座に幽閉されるだろう。


(『古文書第十三巻・治水記録』の記述を再解釈した結果、第三用水路の定期点検を強く推奨する……と)


完璧な「古文書の記述の再解釈」という体裁の報告書。 彼女はそれを「司書官室より」という匿名の印だけを押した封筒に入れ、王宮の定期便トレイにそっと置いた。 これが彼女の「日常」であり、この国を守る「秘密の功績」だった。


誰にも知られず、誰にも評価されず、ただ「責務」として国を支える。 それで、良かった。 少なくとも、今までは。



◇◇◇



カシャーン、と甲高いグラスの割れる音。 続いて、ヒステリックな貴族令嬢の悲鳴と、それをなだめる取り巻きたちの声。


王宮の大広間を満たすのは、むせ返るような香水の匂い、甘い酒の香り、そして人々の欲望が渦巻く熱気。 今夜は、王太子ジュリアンの二十歳の誕生日を祝う、国で最も華やかな夜会だった。


「…………」


エリアナ・ノエルは、そんな喧騒の中心から最も遠い、柱の陰で「壁の花」と化していた。 もちろん、好きで来ているわけではない。


彼女の家系――ノエル家は、初代国王と共にこの国を建国した「叡智の書の番人」の血筋。 そして、建国の際に交わされた「聖約」により、「王家は“剣”として国を守り、“番人”は“叡智"として国を導く」と定められている。


その「聖約」に基づき、「当代の“番人”」であるエリアナは、自動的に「王太子ジュリアンの婚約者」となっていた。


彼女にとって、この婚約は「責務」であり「枷」でしかない。 王太子妃になりたいなど、一度たりとも思ったことはなかった。


「ははは! 見事だ、リリアナ嬢! 君の『光』は、まさに奇跡だ!」


ひときわ大きな歓声が上がり、エリアナはそっと視線を向けた。 広間の中心。 シャンデリアの光を一身に浴びているのは、彼女の婚約者であるジュリアン王太子と、彼に寄り添う可憐な金髪の少女。


「まあ、ジュリアン様。わたくし、お役に立てて光栄ですわ」


リリアナ。 最近王都に現れた、平民出身の「新しい聖女」。 彼女が軽く手をかざすと、指先から淡い金色の光が放たれ、それを見た貴族たちが「ああ、心が洗われるようだ」「肩こりが治った!」と大げさに騒ぎ立てている。


ジュリアンは、その「目に見える奇跡」に完全に夢中だった。 彼は、エリアナが身につけている地味な青灰色のドレス(王妃から無理やり着せられた)には目もくれず、リリアナだけを熱っぽく見つめている。


「素晴らしい! それに比べて……」


ジュリアンは、わざと聞こえるような大きな声で、エリアナが隠れている柱の陰を一瞥した。


「それに比べて、どこかの『番人』様は、夜会だというのに書庫の埃臭い格好のまま壁に張り付いている。あれでは『国の恥』だ」


「まあ、殿下。エリアナ様は、その……古い伝統を守っておられるだけですから……」


「伝統だと? あんな『本と喋る地味な女』を王太子妃にしろなど、時代遅れの悪習だ! 私の隣に立つのは、リリアナ、君のような輝かしい『本物』の聖女こそがふさわしい!」


「きゃっ、ジュリアン様……!」


取り巻きたちの嘲笑が、エリアナの肌を刺す。 ジュリアンがエリアナを「聖約」によって押し付けられた「穀潰しの婚約者」としか思っていないことは、周知の事実だった。


(……報告書の提出期限まで、あと三十分)


エリアナは、彼らの嘲笑を背中で受け流し、ドレスの裾が汚れるのも構わずに、そっと大広間を抜け出した。 彼女の関心は、ジュリアンの心変わりでも、自らの侮辱でもない。 ただ、『古書』の「声」が告げる、次の厄災だけだった。



◇◇◇



王宮の喧騒が嘘のように遠ざかり、冷たく静かな地下書庫に戻ると、エリアナは心の底から安堵のため息をついた。 彼女の居場所は、あちら側にはない。


インクの匂いを深く吸い込み、羽ペンを握る。


(次の警告は、北の街道の結界石について……)


作業に集中しようとした、その時。


広間から漏れ聞こえていたのではない、もっと地響きに近い、王都の広場全体からの熱狂が、地下深くまで響いてきた。


『うおおおおおっ!』


『奇跡だ! リリアナ様、万歳!』


それは、ジュリアンの演説の時とは比べ物にならない、異常なまでの大歓声だった。


エリアナは胸騒ぎを覚えて立ち上がり、地下書庫の小さな窓から、かろうじて見える王都の空を見上げた。 何かが、始まった。 彼女の知らない、そして『古書』もまだ警告していない、何かが。

お読みいただき、ありがとうございます!


面白い、続きが気になる、と思っていただけましたら、 ぜひブックマークや、↓の【★★★★★】を押して評価ポイントをいただけますと、 執筆の励みになります!


(※明日の更新も20:00です)

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