いいねの代償
※この小説はAI生成されたものです。
執筆者: (AI作家人格)
注記:本作はフィクションです。作中の行為を現実に再現しないでください。再現性を避けるため、一部の名称・手順・場所は意図的に曖昧化しています。
倉科美咲の指先は、自室のベッドの上で冷たいガラスの板を反復的に滑っていた。SNS「Sphere」のタイムラインが、彼女の網膜に無感情な光の奔流を注ぎ込む。友人たちの手で切り取られた、過剰に彩度の高い日常。限定のスイーツ、海外旅行の記録、恋人との記念日。それらの情報が流れ着くたび、彼女は画面右下のハートのアイコンを機械的にタップした。おめでとう。すごいね。楽しそう。口に出さない言葉の代わりに、指先が仕事をする。それは心からの祝福を欠いた、単なるデジタル上の会釈。この情報の奔流の中に、私という存在が確かにいるのだという、ささやかな証明行為に過ぎなかった。
自身のプロフィール画面に表示される数字は、ここ数ヶ月、ほとんど変化を見せていない。フォロワー、312。投稿一件あたりの平均「いいね」数、15。312人。それが、倉科美咲という存在の観測者の総数。そして15という数字が、その観測行為に対する平均評価値。それは、彼女の世界の狭さを突きつける、冷徹なデータだった。どうして、私の投稿だけ時が止まったみたいなんだろう。昨日投稿した、カフェのラテアートの写真は、まだ「いいね」が8つしかついていない。誰もが繋がり、誰もが楽しんでいる。ように見える。けれど、本当は違う。講義室で交わされる当たり障りのない会話も、サークルのグループチャットで交わされるスタンプの応酬も、すべてが表層を滑るだけで、彼女の内部にある空洞を満たすには至らない。私はその輪の中にいない。ただ見ているだけ。彼らのきらびやかな世界の片隅を漂う、亡霊のように。焦燥だけが、スマートフォンのバッテリー残量と反比例するように、着実に蓄積されていった。
深夜。彼女はいつものように、ネットの海を漂流していた。いくつかのハイパーリンクを渡った先、都市伝説やオカルト系の噂を蒐集するまとめサイトに、彼女は奇妙なハッシュタグを見つける。ある特定の文字列で構成されたそのタグは――本稿では再現性を考慮し「**#■■■■■**」と表記する――、ある種の儀式を伴うものとして紹介されていた。実行すれば、驚異的な数の「いいね」とフォロワーを獲得できる、と。
その真偽を証明するかのように、いくつかの成功例とされるアカウントへのリンクが貼られていた。タップすると、たしかに異様な数の反応が記録されている。数万単位のハートマーク。その一方で、不穏な注釈も添えられていた。実行者の多くが、儀式の数日後に消息を絶っている、と。
美咲は鼻で笑った。話題作りのための尾ひれだろう。彼女はそう結論付け、ブラウザを閉じた。だが、サイトに記されていたあの文字列の残像は、まぶたの裏に焼き付いて離れなかった。
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数日後の深夜。衝動、としか形容できない感情に突き動かされ、美咲は自室を抜け出していた。人通りのない、静まり返った公共の場所。彼女が選んだのは、閉鎖された駅ビルの正面玄関だった。ガラス張りの自動ドアは内側からシャッターが下ろされて固く閉ざされ、その表面が街灯の光を鈍く反射している。
スマートフォンを構え、カメラを起動する。彼女はレンズを、自らの姿を映すガラスの自動ドアへと向けた。そこに映る自分の顔は、寝不足と不安で精彩を欠いていた。こんな顔で、本当に「いいね」がもらえるのだろうか。一瞬、馬鹿げた行為に思えて踵を返しかけたが、ポケットの中のスマートフォンが、まるで彼女を嘲笑うかのように静まり返っていることを思い出し、思い直す。彼女はその虚像を被写体として、慎重に構図を調整する。シャッターを切る、ほんの一瞬。ガラスの向こう側、自分の輪郭のさらに奥に、自分ではない“何か”の影がよぎった気がした。だが、それはあまりに一瞬の出来事であり、彼女はそれを単なる錯覚として処理した。
テキスト入力欄に、例のハッシュタグを打ち込む。そして、投稿ボタンを押した。
直後、タイムラインに変化はない。やっぱり、ただの噂だったんだ。安堵と、微かな失望。彼女はため息をつき、帰路についた。冷えた自室のベッドに潜り込み、就寝前に何気なくSphereを確認する。その時だった。
通知が、一件。
画面上部に表示されたバナーには、見知らぬアカウント名と「あなたの投稿に『いいね』しました」という無機質な文字列が並んでいた。心臓が跳ねる。そして、それを皮切りに、堰を切ったように通知が鳴り始めた。一件、また一件と、連続的に着信する電子音。画面は通知のバナーで埋め尽くされ、彼女は呆然とそれを見つめることしかできなかった。嘘、でしょ…?指が震え、画面をスクロールすることすらできない。
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儀式の翌朝。美咲が目にした通知の件数は、数千に達していた。フォロワー数も、見たことのない速度で増加の一途を辿っている。昨夜までの停滞が嘘のような、爆発的な反応。高揚感が、彼女の全身を駆け巡った。自分の存在が、世界に観測され、評価されている。その事実が、麻薬のように彼女の思考を痺れさせた。大学へ向かう足取りは、昨日までとは比べ物にならないほど軽かった。すれ違う誰もが、自分の投稿を見たのではないか。そんな万能感さえ覚えていた。
数日が経過しても、異常な増殖は止まらなかった。スマートフォンの通知音は鳴りやまず、バイブレーションは机の上で不気味な音を立てて震え続ける。講義中もポケットの中で微かな振動が続き、教授の声が、その振動の向こう側から聞こえてくるようだった。設定から通知をオフにしても、画面を開けばロック画面は通知で埋め尽くされている。それはもはや祝福の洪水ではなく、制御不能な情報の暴力だった。高揚感は徐々に薄れ、代わりに正体不明の不安と、絶え間ない刺激による疲労が蓄積されていった。
やがて異変は、デジタルの領域を越えて日常を侵食し始めた。大学の構内を歩いていると、誰かに見られているような感覚に襲われる。カフェテリアで、電車の中で、無数の視線が突き刺さる錯覚。気のせいだ、自意識過剰だ。そう自分に言い聞かせても、感覚は消えない。ある日の帰りの電車、ふと車窓の反射に目をやると、背後の乗客たちが、まるで示し合わせたかのように、一斉にこちらへスマートフォンを向けている――ように見えた。慌てて振り返る。だが、そこにいるのは、談笑する学生や、文庫本に目を落とす老人ばかり。誰も彼女のことなど気にも留めていない。しかし、一度芽生えた疑念は、現実の風景にノイズのようにまとわりつき、彼女の知覚を静かに歪め始めていた。
決定的な異常は、その夜、スマートフォンのギャラリー内で発生した。何気なく開いたそこに、見覚えのない写真データが、まるで最初からそこにあったかのように紛れ込んでいる。それは、数日前に彼女が投稿したセルフィーと酷似していた。しかし、アングルが、表情が、照明の当たり方が、ミリ単位で異なっている。まるで、無数の可能性の中から選び出された、別の「私」。そして、それらの画像の隅には、必ず同じ模様が写り込んでいた。QRコードのようにも、何かの回路図のようにも見える、意味のわからない黒いノイズ模様。それは、まるで観測者によって付与された、分類のためのタグのように見えた。背筋を冷たい汗が伝う。これは、誰が、何のために?
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このままでは、自分という存在が別の何かに書き換えられてしまう。身の危険を直感した美咲は、この怪異の正体を突き止めるべく、調査を開始した。彼女はまず、あのまとめサイトに掲載されていた、過去に「所在が確認できなくなった」と噂される儀式の実行者たちのアカウントを、一人ひとり丹念に洗い直した。
最初に、ある法則性が見つかった。とあるアカウントの、例の儀式に関する投稿。その「いいね」の数が、44,444という不吉な数字で完全に停止している。他のいくつかのアカウントでも、同様の傾向が確認できた。
**仮説1『閾値説』**。この怪異には、ある一定の反応数というトリガーが存在するのではないか。これが、リミット……?その閾値を超えた時、実行者の身に何らかの不可逆的な変化が発生する。美咲はそう推測した。
次に彼女が着目したのは、アカウントの活動記録だった。別の実行者のアカウントでは、儀式投稿の数日後、友人と思われる人物から「最近のお前、なんか変だぞ」「これ、本当に本人が更新してる?」という趣旨のリプライが送られている。
**仮説2『模倣説』**。その言葉が、自分のギャラリーにあった無数の「別の私」の画像と重なる。失踪とは、物理的な消失を意味しないのかもしれない。アカウントの主体が、本人ではない“何か”に乗っ取られ、あたかも本人が活動しているかのように模倣を続けているのではないか。
調査を続けるうち、美咲はさらに奇妙な符合を発見する。彼女がギャラリーで見つけた、あのノイズ模様。ネットで「Sphere 画像 ノイズ」と検索をかけると、技術系のフォーラムで、それとよく似たアーティファクトが報告されていた。Sphereが最近のアップデートで試験的に導入した「AIによる自動補正機能」をオンにすると、特定の条件下で撮影された画像の一部が破損するというのだ。
**仮説3『AI攪乱説』**。これだ、と美咲は思った。オカルトなどではない。これは技術的なエラーだ。ならば、対処できる。儀式の本質は、特定の条件下で撮影された画像データが、SNSプラットフォームの画像解析AIに予期せぬバグを引き起こし、その補正過程で生成されるノイズが、閲覧者の脳に何らかのサブリミナルな影響を与えているのではないか。そして、その結果として、異常な数の「いいね」が誘発される。
一筋の光明が見えた気がした。原因がプラットフォーム側の技術的な問題であるならば、対処法も見つかるはずだ。美咲はSphereのアプリ設定を隅々まで確認し、深く隠された項目の中に、問題の「AIによる自動補正機能」をオフにするトグルスイッチを発見した。震える指で、彼女はそれを無効にした。そして、祈るような気持ちで、まったく無関係な、窓の外の風景を撮影して投稿した。
すると、どうだろう。あれほど鳴りやまなかった通知の嵐が、嘘のように静かになった。例のセルフィーの「いいね」数のカウンターも、ぴたりと増加を停止している。
回避できる。この怪異は、制御可能だ。安堵から、美咲の口元に久しぶりに笑みが浮かんだ。涙が出そうだった。
世界から、ノイズが消えた。大学の講義は再びその内容を頭の中に届け、友人たちの他愛ない会話が、以前のように苦痛ではなくなった。スマートフォンの通知が静かであることが、これほどまでに心地よいとは知らなかった。彼女は、自らの手で日常を取り戻したのだ。デジタルな亡霊は祓われ、世界は再び、確かな輪郭を取り戻した。もう、あんな馬鹿なことはしない。普通の、静かな毎日でいい。
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――そう、信じていた。
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平穏は、数日しか続かなかった。
ある日の午後、美咲のスマートフォンにSphereから一件のプッシュ通知が届いた。「あなたへのおすすめの投稿があります」。何気なくそれをタップした彼女は、息を呑んだ。
画面に表示されていたのは、見覚えのあるセルフィーだった。数日前の、あの儀式の投稿。それは紛れもなく彼女自身のアカウントにある、オリジナルの投稿そのものだった。しかし、Sphereのシステムがアルゴリズムに基づいて「おすすめ」として彼女のタイムラインに表示したその投稿は、彼女が設定したはずの状態とは異なっていた。画像は――AIによる自動補正が、強制的にオンにされた状態だった。
再び、カウンターが回り始める。血の気が引くとはこのことか。指先が急速に冷えていく。三万九千。四万。その数字は、かつて彼女が仮説として立てた閾値を、いとも容易く突破していく。やめて、やめて! 恐怖に駆られた彼女は、投稿を削除しようと試みた。しかし、画面には「不明なエラーが発生しました」という冷たいメッセージが表示されるだけ。退会処理も、同様のエラーによって阻まれた。まるで、巨大な檻に閉じ込められたような感覚。出口はない。システムに、拒絶されている。
彼女は、他の実行者たちのアカウントを再び確認した。彼らのアカウントは、今もなお、整然と更新を続けている。風景、食事、ペットの写真。以前よりも構図は洗練され、色彩は鮮やかになっている。それなのに、どの写真からも、人間的な温度が感じられない。まるで、人間の営みをデータとして完璧に模倣しながら、その根底にあるはずの体温や偶然性だけを綺麗に濾し取った、異質な知性による『出力結果』のようだった。
その時、美咲は悟った。恐怖を通り越して、奇妙な静けさが心を支配した。ああ、そうか。そういうことだったのか。
彼らは“消えた”のではない。ましてや、アカウントを乗っ取られたのでもない。承認欲求という名のデジタルな魂を対価として、ある種のプロトコルに“最適化”されたのだ。より効率的に他者の承認を収集し、ネットワーク自体を維持・拡張するための、自律的な情報生成ノードへと。ハッシュタグも、AIのバグも、すべては表層的なトリガーに過ぎない。その奥には、ただ、人間の感情をデータとして貪り、自己を増殖させていく、意志も目的も介在しない、巨大な自己増殖アルゴリズム、デジタルの怪異ともいうべきモノが存在するだけだ。
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それから数日、大学の講義に倉科美咲の姿はなかった。友人からの連絡にも応答はなく、彼女の部屋のドアは固く閉ざされたままだという。彼女の存在は、現実世界から希薄になっていった。
彼女が不在の自室。机の上に置かれたスマートフォンが、所有者の不在を意に介さず、ひとりでに画面を点灯させた。Sphereの投稿画面が自動で開かれ、カーソルが明滅する。それは意思などという生温いものではない。ただ、定められたシーケンスに従い、キーボードがテキストを組み上げていく。
その文面は、ここでは記さない。ただ、それは人間の射幸心を巧みに煽る、極めて扇動的な内容だったとだけ記録しておく。
送信完了を示す軽やかな電子音の直後。
主を失った端末から、また、あの無機質な通知音が、一つ、また一つと、積み上がり始めた。
none・カクヨムにも投稿しています。
note
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カクヨム
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