レネゲイズ
V.Pに所属するレオとトロイは、ある任務のため荒廃した都市ヘルムロックへと向かう。
ハイエナたちが潜む建物を慎重に進む中、突如現れた謎の男――ダンテ。彼の言葉は、まるで心を試すかのように二人へ問いを投げかける。
その出会いをきっかけに、二人はこの街の闇と向き合うことになる。
腐敗した街、剥き出しの暴力、そして失われた正義のかけら。
これは、“何が正しいか”を見失った世界で、迷いながら進む者たちの物語。
「ったく……ここまで大掛かりなバリケードを作ったはいいけどよ。本当に来るのかよ、V.Pなんて。」
「知らねぇよ。俺たちみたいな下っ端は、黙って働いてりゃいいんだ。」
「……帰って、酒でも飲みてぇな。」
マスクをつけた二人組の男が、廊下に立って他愛もない話を交わしている。
レオはトロイにハンドサインを送る。
トロイは小さく頷き、音を立てないよう階段を上っていった。
──やはり、どこの建物にもハイエナは潜んでいる。
レオの予想は間違っていなかった。
この建物も例外ではないのだろう。
階段を上がりきったトロイが、物陰からそっと奥を覗き込む。
そして、レオへ向かって手をかざし、進行を制した。
『奥に……また二人。』
トロイの報告にレオは頷くと、階下の警戒を任せて場所を交代する。
屋上へ向かうには、さらにその先の廊下を抜けなければならない。
しかし、その先にも二人……扉もいくつか並んでいる。
中にさらに潜んでいる可能性も高い。
かといって、引き返すのも危険だ。
このままでは、戦闘は避けられないかもしれない――。
トントンッ。
トロイがレオの肩を軽く叩き、反対側の窓を指さした。
レオは一瞬で意図を理解し、小さく息を吸う。
ハイエナたちの動きを注視しながら、トロイに合図を送った。
音を立てぬよう、慎重に窓際へ進んでいくトロイ。
身をひそめるように隣の建物へと飛び移り、今度はトロイがレオに手招きをする。
レオも同じように身を滑らせ、二人は無事、人気のない隣の建物に着地した。
屋上まで上がり、ようやく肩の力を抜こうとした、そのときだった。
「……そんなところで、何をしているのかな?」
耳元に、氷のように冷たい囁き声が届いた。
まるで最初からそこにいたかのように、気配もなく現れた男。
振り返ると、フードを深く被った人影。
微かに吊り上がる口元。
それが微笑なのか、嘲笑なのか――レオには判断がつかなかった。
不気味な静けさが、二人の背筋を凍らせる。
レオは即座に銃を向けた。
だが、引き金に指がかかったその瞬間、背筋に嫌な予感が走る。
──撃てば、何かが終わる。
本能が告げていた。
こいつは……ただの敵ではない、と。
「おいおい、そんな物騒なものはしまってくれ。僕は丸腰だ。」
男は両手をゆっくりと広げ、まるで歓迎するかのような仕草を見せる。
その余裕に、レオの指先がわずかに止まった。
「……誰だ、お前は。」
「誰……か。」
フードの奥で、男の口元がにやりと歪む。
「君たちは、僕らのことをこう呼んでいる。……ハイエナ、とな。」
「ハイエナの仲間か。」
「そうだね。でも、僕らはそう呼ばれたくはない。」
男は一歩、ゆっくりと近づいてくる。
その動きは滑らかすぎて、まるで人間ではないようだった。
「僕らには、名前がある。レネゲイズ……そう呼んでくれ。」
「反逆者、か……いい趣味だな。」
「そう言うなよ。」
男はまた一歩、距離を詰める。
トロイの指がわずかに震え、銃口が揺れる。
男は、そんなトロイをまるで子供でも見るように、優しく微笑んだ。
「君は……レオ、だろ?」
名乗っていない。
それなのに、こいつは知っている。
「……なぜ、俺たちの名を?」
「知ってるさ。君のことも――トロイ、君のことも。」
男は静かに呟く。
まるで、ずっと昔から知っているとでも言いたげに。
「……お前の名は?」
レオが低く問いかける。
男はふっと笑い、肩をすくめるように答えた。
「レネゲイズだよ。」
「それは……お前たちの組織の名前だろ。俺が聞いてるのは――お前 自身 の名前だ。」
レネゲイズ。
その名に聞き覚えはない。
だが、犯罪組織の一員であれば、一度くらいは耳にしていてもおかしくない。
……それでも、何も思い出せない。
男は、レオを真っ直ぐに見つめ、微笑みながら口を開いた。
「……僕は、ダンテ。」
その名を聞いた瞬間、レオは無意識に記憶を探る。
だが――やはり、何も浮かばなかった。
これほど不気味な男なら、どこかで噂くらい聞いていてもいいはずだ。
それなのに、その名前はまるで、今ここで初めて生まれたかのように……不自然なほど、記憶に引っかからない。
レオは、嫌な予感を拭えずにいた。
「さて、質問をしよう。」
ダンテはゆっくりと一本の指を立てる。
「君たちは……世界を救うためなら、大切な人を殺せるかい?」
その言葉に、レオの背筋が凍りついた。
この男は、本気で問うているのか?
それとも――ただの遊びか?
唐突すぎる問いに、隣のトロイが息を呑む。
どう答えていいのか分からず、口を開きかけるが――
「……答えなくていい。」
レオの低い声が、トロイの言葉を塞いだ。
──これ以上、惑わされるな。
そう言い聞かせるように、レオは銃口を僅かに下げる。
ダンテの挑発に、これ以上乗るわけにはいかなかった。
この場で騒げば、すぐ下にいる兵たちが押し寄せてくる。
それは最悪の展開だ。
それがわかっていても、指先に力が入るのを止められなかった。
「……遊び心がない。真面目な人だね。」
ダンテは肩をすくめ、くすりと笑う。
そして手をひらひらと振ると、こちらに背を向けて歩き出す。
「いいよ。好きに通りなよ。」
そのまま屋上の先へと消えていった。
「……撃ったほうがよかったっすか?」
トロイが、少しだけ躊躇いながら尋ねる。
「いや……今は先に進むんだ。」
レオの言葉に、トロイは銃口を下ろし、深く息を吐いた。
一瞬の出来事だったはずなのに、何故か何時間も経ったような疲労感が、二人を包み込んでいた。
ダンテは、二人の視界から消えると無線を取り出す。
「オーケー……やっぱり、V.Pは現れた。あとは、手筈どおりに頼むよ。」
不敵な笑みを浮かべ、暗闇へと消えていった。
⸻
二人は気配が完全に消えたことを確認すると、再び前を向き、屋上から市街地へと向かう。
背中に、まるで死神に見張られているような、嫌な気配を引きずりながら――。
やがて、目的地である市街地の検問所へと辿り着いた。
門の前には、重武装の検問兵たちが立ちふさがる。
「どこから来た?」
「南部のアステリアからだ。通行証もある。」
レオは迷わず証明書を差し出す。
兵士はそれを受け取ると、仲間に通信を飛ばした。
数分後、無線を終えた兵士が許可を出す。
「通っていい。」
二人は中へ進もうとしたが、次の検問で別の兵士に止められた。
「ここでは武器の携帯は禁じられている。全て置いていけ。」
「……。」
トロイが渋々、銃を差し出そうとしたその時――
レオが、そっと彼を制した。
「最近……配給以外で何か欲しいものは、手に入ったか?」
「……いや。」
「そうか。」
レオはポケットに手を入れ、小瓶を指先で転がしながら差し出す。
受け取った兵士は、しばらくそれを見つめ、ニヤリと口元を緩めた。
「許可を出しておこう。通れ。」
銃の確認もなく、二人を中へ通す。
「今……何を渡したんすか?」
トロイが小声で尋ねる。
「酒だ。市街地の外で、任務中に拾ったものさ。」
「……それ、規則違反じゃ……」
「俺に言うな。カイルに言え。」
任務中、拾得物はすべて報告・提出するのが決まりだ。
だが、中には隠し持って帰る奴もいる。
カイルはその道の“プロ”だった。
レオが渡した酒も、以前カイルが手に入れて預けてきたものだ。
「酒で武器を持ち込むとか……なんか、プロっぽいっすね。」
「そう思うなら、これも受け取っておけ。」
レオは、トロイに黒い布を手渡す。
「布?」
「それを羽織って、マスクのモードを切り替えろ。」
「何でっすか?」
「ここじゃ、V.Pは嫌われている。そのままじゃ、誰も協力してくれない。」
「……なるほど。」
トロイは頷くと、言われた通りに布を羽織り、マスクの形状を変えた。
「よし。じゃあ、カーテルを探しに行くぞ。」
「今回の護衛対象っすね。どんな奴なんすか?」
「さあな。会ってからのお楽しみだ。」
⸻
二人は検問所を抜け、ヘルムロックの街へと足を踏み入れた。
すぐに、荒れ果てた空気が二人を包み込む。
壁には落書きが並び、路上にはゴミが散乱している。
人々は警戒するように目を伏せ、足早に通り過ぎていった。
ここでは、V.Pの名は通用しない。
むしろ、政府の犬として憎まれ、冷たい視線を浴びる場所。
かつてこの街はV.Pの管轄下にあった。
だが、資源不足を理由にV.Pが撤退してから、街は自分たちの力で生きてきた。
再び政府やV.Pが戻ることを、歓迎しない者も多い。
それだけではない。
賄賂を渡せば、ハイエナすら堂々と街を歩く。
法などあってないような場所だった。
“パンッ!”――。
突き刺すような破裂音が、静寂を切り裂く。
トロイが思わず息を呑んだ。
その先で、大柄な男と地面に尻もちをついた子供が、道端にいた。
「……また揉めてんな。」
レオは呟き、状況を察する。
「……子供が、食いもんを盗んだんだろ。」
「クソガキが……ぶっ殺すぞ!!」
男は怒鳴り声を上げ、子供の胸ぐらをつかみ、無造作に投げ飛ばす。
子供の頭が地面に叩きつけられそうになる――
その瞬間、レオが素早く手を伸ばし、子供を受け止めた。
「……何見てやがる。」
男が睨みつけながら近づいてくる。
レオは決して目を逸らさず、静かに返す。
「別に。こっちに飛んできたから、それだけだ。」
「……気にいらねぇな、てめぇ。」
男が唸り声を上げる。
だが、レオは鼻を鳴らし、男の背後を指さす。
「……いいのか? 食いもん、放っといて。」
男が慌てて振り返る。
だが、そこに食料はもうなかった。
レオは何も言わず、トロイとともに歩き出す。
「テメェ……待ちやがれッ!」
男が怒りに任せて殴りかかろうとした、その瞬間。
トロイの足が、男の顔面にめり込んだ。
「……行くぞ。」
「了解っす。」
二人の背中を、子供がそっと見送る。
弱々しく、それでも確かに、微笑みを浮かべながら。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、物語の重要人物となる「ダンテ」が初登場しました。
彼の問いかけ――「世界を救うために、大切な人を殺せるか?」というセリフは、この作品全体のテーマに深く関わっています。
また、舞台となるヘルムロックは、かつて政府に見捨てられた街です。
“正しさ”が崩れた場所で、それでも人はどう生きるのか。
レオとトロイ、それぞれの在り方を、これから少しずつ描いていければと思っています。
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次回もどうぞよろしくお願いいたします。