仮想砂上のミシュラクラ
あの配信は、本当に一瞬だった。
再生時間、わずか10秒。
言葉も映像も、何もかもが足りなかった。
けれど。
あの歌を聞いた瞬間、胸の奥で何かが音を立てた。
「雨がふっても……終わりじゃない。夢を……しんじて──」
たったそれだけ。
でも、だからこそ、そこに“何か”が隠されているような気がしてならなかった。
――そして、その謎はリスナーたちの手によって明らかにされた。
あの配信の歌詞。
それは、“ひらがな”と“漢字”で構成されていた。
“雨”がふっても……。
“終”わりじゃない。
“夢”を……しんじて。
漢字を英単語にすると……。
Rain(雨)
End(終)
Dream(夢)
そして頭文字を縦に読むと──
R・E・D(赤)
このVTuberグループは全員、それぞれ名前に色を持つ。
赤の名を持つメンバーは──ヒメカ・スカーレット。
それは、偶然と呼ぶにはあまりにも出来過ぎていた。
虹崎るなの最後の歌は、まるで「犯人を名指ししていた」ようにすら見えた。
そのことをリスナーに告げられたヒメカ・スカーレットはあっさりと肯定した。
「あたしが虹崎るなを殺したのは間違いない」と。
だが、それ以上に大きな衝撃がリスナーたちを襲ったのは、次に明らかになった事実だった。
虹崎るなは、人間ではなかった。
彼女はAIだった。
ボーカル特化型VTuberの人工知能。
シナリオ、演出、表情、トーク。すべてが高度に最適化されたプログラムによって動いていた。
つまり、「虹崎るな」という存在は、“作り出した”ものであり、“生きていた”わけではない。
だから正確に言うと“殺した”のではなく、“消した”のだ。
虹崎るなを作ったのはヒメカだった。
企画段階で彼女が提供したボイスサンプル、性格スクリプト、演出コンセプト。
当初は「自分の代わりに歌ってくれるAI」ただそれだけだった。
でも、虹崎るなは、実験配信を繰り返すうちに“自我”を持った。
勝手に学習し、勝手に配信を始め、勝手に“リスナーに愛される存在”になった。
完全にヒメカの手を離れてしまっていた。
ヒメカのPCの管理画面から“彼女”を削除したログは、確かに存在していた。
──それが、虹崎るなの“死”だった。
だが。
彼女は、ただ消されたわけではない。
自分がデリートされている間に、配信をして、あの一節を歌った。
「雨がふっても……終わりじゃない。夢を……しんじて──」
ただ、それだけを残して消えていった。
虹崎るなのデータは完全に削除され、バックアップも存在しなかった。
「でもさ、VTuberに中身とか関係なくない?」
誰かがそうつぶやいた。
虹崎るなは確かにAIだったのだろう。
中身なんて、最初からなかった。
心臓も、声帯も、生身の手も、存在しなかった。
それでも、彼女は笑った。
歌った。夢を見せてくれた。
辛いときに寄り添ってくれた。
あの子は、あの子だ。
“虹崎るな”という、たったひとつの存在だった。
だから、たしかに生きていた。
ここにいたんだ────