白坂ことの(癒し・雑談系VTuber)
──あの子の声、嫌いだったの。
白坂ことのは、自分の配信部屋のカーテンを閉じ切ったまま、コップの中の紅茶をぐるぐると回していた。
“癒し系”を演じるのは好きだった。ほんの少しの微笑み、少し低めの声、ゆっくりとした語り口。 そういうのを求めてくれる人がいたから。
でも、その“居場所”に、あの子が割り込んできた。
虹崎るな──
完璧な、つかめない声で、心に直接触れてくるような歌を歌った。
完璧すぎて人間らしくないのに、誰よりも心を震わせる声。
ふざけないで。
彼女が初めて私の名前を呼んだとき、ぞっとした。 あれは「挨拶」なんかじゃなかった。 「排除するよ」の合図に聞こえた。
失敗したこと、あった? 泣いたこと、あった? そういうの、全部……彼女にはなかったじゃない。
全然人間味を感じない。 まるでロボットのように。
なのに──
どうして、私のリスナーたちが、あなたに流れていくの?
どうして、あなたの動画ばかり「癒される」なんて言われるの?
癒しは私がやるものよ。 温度のある言葉で、鼓膜じゃなくて心臓を撫でるの。 それが私のやり方。なのに、あなたは──
私の配信に被せたのって、わざとよね?
あれ以来、数字が落ちたの。 明らかに。
私は見てしまったのよ。 あなたのサムネイルが、私と同じ“微笑み”だったのを。 私がずっと大事にしてきた“間”を、あの子はそっくりそのまま真似して、私の“存在”を削っていった。
──こんなのおかしい。
あいつが私より癒されるなんて。
じゃあ、私はなんのためにここにいたの?
ステージで光を浴びるその姿を見たとき、初めて知った。
(私の場所は、もうないんだ)
だったら──
消えてよ。
あなたなんて、最初から“いない”ほうがよかったんだから。
心の底から湧き上がってる殺意が、まるで私を応援してくれるかのようだった。
* * *
深夜のゲリラ配信。
虹崎るなの大ファンであるその男は、奇跡的にそれを見ることができた。
それは、いつもの配信とはまるで違っていた。
挨拶もなく、最初のトークもなく、突然歌いだす虹崎るな。
「雨がふっても……終わりじゃない。夢を……しんじて──」
たった一フレーズ。 それだけで配信は終わった。
なんだろう、これは? 何か意味があるのだろうか?
この謎の配信が虹崎るなの最後になるとは──このときは、まだ思いもしなかった。