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10人の{厄災}と4人の魔女  作者: Aster/蝦夷菊
第一章 旅の始まり、西風受けて
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第六話 旅の先にも旅

 ────鈴の岬 星書庫にて


 アリスが扉の並ぶ空間から書庫に一歩ふみだすと、書庫の管理人──スピカは、その不気味な赤黒い瞳を揺らした。


「あぁ、アリス・ウッドですか。もうそちらの世界は十分楽しんだのでしょうか」


「司書さん、悪いが俺は茶化されに来たわけじゃないんだけど」


 肩をすくめて嫌そうに目を伏せる様子を見て、スピカは悪戯っぽく笑みを浮かべる。それから整然と並べられた蝶の一つを、アリスに手渡した。


「……やっぱり、君は心無い神様だな。司書なんて似合わない」


「人は死すれば蝶になり、その輝きを降らせる……ですか? 随分と昔の風習でしょう。もうあの一族は滅んでいる筈よね」


「あとは桜の木の下には死体が埋まっている、とかな」


 吐き捨てるように、憎悪を込めて、アリスは言う。スピカは白紙に赤と青のインクを垂らしたような髪を指先で弄び、


「あらまあ、見てしまったの? 物語は読者と演者(あなたたち)含め、先が分からないから面白いのに」


「…………チッ」


 軽く舌打ちをして、スピカに背を向け歩き始めるアリスは、手中にある蝶を二つ折にして握りしめていた。


 ※ ※ ※ ※ ※


「……塔の跡地まで行ったの? あそこには塔の魔女が扉の管理目的で居る筈ですけど……」


 戻ってきたアルブスと村の入り口に向かう途中、アセロラが話題を切り替えた。彼はきょとんとしたまま首を傾げ、


「塔には行ってないよ。そこの森で扉が出てきたから」


「……アセリア姉さん、あの人何者なの?」


 普通なら、世界にはそれぞれ一つの扉があり、それを通して鈴の岬と世界とを接続する。しかしあろうことか、彼女──アリスは、神に気に入られでもしたのか、自由に行き来できるようだ。

 それでも、気ままな神は必ずしも扉を出したり望む場所に落としたりしてくれないようだが。


「悪い子じゃないよ。色々と事情があってね。異形になるリスクと引き換えに力を得たんだよ」


「……はあ」


 根が優しいのは事実だし、彼女には借りがあるから。


 だからといって、彼女を信用しきった上で利用することは避けるべきだろう。性質、いや──本質が違えど、彼女が魔女に対しもつ憎悪は、本物なのだから。そう言って、私は入り口の石垣に手をついて二人を見た。


「じゃあ、私は行くよ。他の魔女達の様子も、……確認しないとだから」


「……うん。でも、本当に大丈夫なんですか? 長いこと休んでないんじゃ……この前だって、三十年間ずっと町の結界を見張って魔物と戦ってたんでしょ?」


 アセロラが、きゅっと私の袖を掴む。その顔は不安で強張っていて、目が潤んで揺れている。


「何かあれば、また伝書鳩を送るから」


「だっ、だったら……」


 と、言いかけて黙る。

 この子のことだ、心配して引き止めるだろうと、予想は出来ていた。今も尚、アセロラは私の袖から手を離さない。


 昔の私なら────、腕を振って、無理にでも一人で去っただろう。そして彼女はきっと、アルブスの手を引いて踵を返した。しかし────


「だったら、アルブスを連れて行って」


 胸元に手を添え、真っ直ぐに。アセロラは確かに二百年の責務を守り続けた魔女なのだと、思い知らされる。


「ふ」


 口の端から自然と笑いがもれ、私は頷く。それからアルブスを見やり、


「旅について来るかどうかは、君次第。さ、どうする?」


 問うと、彼は既に答えを決めていたようで、金色の瞳を細めて微笑んだ。


「僕も、アリスとの約束があるから」


 左手を強く握りしめる。


「────よろしくお願いします、アセリア」


 ※ ※ ※ ※ ※


「アセロラは、どうして来ないのか、聞いても良いかな」


 一度アセリアの家へ戻ると聞き、村を発ってから丁度三十分。僕は好奇心にのせられ、不意にだが聞いてみた。脈絡も無く突然破られた沈黙に彼女は、背を向けたまま答えた。


「魔女にはそれぞれのテリトリーみたいなものがあるんだよ。だから、アセロラはあの山野麓までが限界だね」


 そう言って、やっと森を抜けると、アセリアは軽くローブと帽子をはたく。僕もそれに続いて、髪に巻き付いた葉を取った。まだ道は伸び、向こうに見える地平線までを蛇行している。


「思ったんだけど」


 帽子を胸元で抱きながら、アセリアは僕を見て苦笑し、


「魔女感ありありの服って、正直変な目で見られるし……帰ったら着替えようかな」


 と、頬を薄く赤らめて言った。


「今更じゃ……ないかな」



 長い道を歩き、地図で見ると大陸の西方まで来た。右手にはずっと向こうに森の青々とした色が広がっているので、木々の間からペリッダの成鳥が飛びかかって来ないかと不安になったが、アセリアは僕を見かねてか虫除けの薬を燃やして手持ランタンに入れると、それを僕に持たせてくれた。

 また森に入り、蛇行していた道も整えられて来ると、突然アセリアが足をとめた。


「アルブス、ちょっと下がってて」


「う、うん」


 彼女が自分の左耳に着けている羽型のイヤリングに触れる。すると、たちまち目の前に光を纏う壁が現れた。


「……結界」


 そうこぼし、僕は上を見上げる。西の森全体を覆うようにして、ドーム状に結界が張られているのだろう。

 ここ数日思っていたが、彼女の魔力は底無しだ。時偶村に現れるようになったペリッダから村を守るために、木々に細工をしたり、“コトノハ”の魔法で鳥と直接交渉したり……。休まず活動を続けていても、マナ切れや体調不良は見られなかったのだ。

 しかも、食べていたのは三個のグロールの実の携帯食料だけ。


 アセリアはコン、と人差し指で結界にノックする。と、壁は一部分が扉のように開き、僕達を迎え入れた。

 また暫く歩いて、何個か分かれ道を進んで行き、開けた庭に着いた。その少し奥には、家も見える。踵を返し、アセリアは僕の肩を叩いて、


「ようこそ、魔女の家へ。そして、おつかれさま」


 優しく微笑む。


「じゃ、先に中入ってていいよ。私は、ちょっと鳩を飛ばすから」


「分かった」


 そう答えると、彼女はポシェットから呼び笛を取り出して首にかけ、庭の雨よけを軽々と上がって行った。

 風で落ちた帽子を自分のと重ねて持ち、僕は家の玄関へ向かった。


「お、おじゃましまーす……」


 無意識にそうこぼしつつ、中に入り扉を閉める。


 玄関のすぐそばにあった上着をかけるもの(名称は知らない)に帽子を乗せて、靴を脱ぐ。それからゆっくりと廊下の冷たい地に足を落とし、恐る恐るリビングと思われる部屋の戸を開けた。

 カウンター式のキッチンとテーブル、椅子が見えたのに安心して背の開けた扉を閉める。電気のスイッチを押して椅子に座ると、窓の向こうに家の正面────店側だろうか、その小さな看板と道が見える。アセリアが森で店を開いているのは知っていたが、家に溶け込んで営業しているとは思わなかった。道理で、彼女は裏口にしか見えない扉から入れと言ったのだ。僕が困惑して迷わないように、だろう。


「ふーっ、おまたせ」


 考えに耽っていると、アセリアは戸を開け、ローブを腕に抱えて戻ってきた。中に着ていたシャツがあらわになると、彼女の細い体が目に見て分かる。ますます彼女の体力に首を傾げてしまうが、テーブルの上にコップとポットを置いて、


「今日と……あ、店の事もあるから、五日はここで休養になるけど、大丈夫?」


 というので、あまり考えないことにして頷いた。


 ※ ※ ※ ※ ※


【図鑑】

“ペリッダ”

 鳥の魔物。森に生息し、光や音に反応して襲いかかる。視力が良くないため殆ど夜にしか行動しないが、侵入者を見つけた場合は時間など関係ない。

 虫除けの薬のような匂いの強い物が苦手。

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