第二話 Dics non est deus
「ちょうど、私もシスターに用事があって……。アセリアさんは、狼のこと……ですよね」
「ええ」
道中歩いているときに気づいたが、この木々はすべて白樺だ。加えて、枝から小さな灯りが吊り下げている。光の色から察するに、これは光と火の魔法の応用で作られたものだろう。
「シスターも、魔術が扱えるんです。その灯りも、あの人が作ってくれました」
そう言って、ミュリラは灯りを指さし笑う。
「ミュリラは、魔法……好き?」
「はい。キレイで、ずっと見ていたくなります。アセリアさんやシスターみたいに、私も魔法が使えたらな、って……」
手を前で組み合わせ、彼女はきゅっとスカートの布を握る。クリーム色の目は木々の隙間にある空へ向けられていた。
私は「それなら」と、杖を取り出して立ち止まる。丁度良く、道は小さな川の上、石の橋で、少し開けているので良く映えるだろう。
光が彼女の足元から水滴のように舞い上がり、硝子のような羽を四枚、形作ってみせる。蝶になった光は彼女の周りをはばたき、一匹は指に止まり、二匹はそれぞれ三つ編みを持ち上げた。
目をまん丸にしてその光景を見るミュリラは、ようやく年相応の顔をして、
「キレイ……!」
と感嘆をもらした。
私も、昔から────魔女になる前から、魔法という“奇跡”に目を奪われていた。
あの頃は未熟者で、すぐに弱音を吐いては師匠に怒られていたっけ。その思い出も、もう六百年位前の出来事になってしまったんだね。
彼女に自分を重ねつつ、暫く見守っていた。
「着きましたね」
良く見る“ロマネスク様式”とかいう形のシンプルな教会。黒っぽい屋根に白い壁、そして十字架。丁寧に手入れされた庭の広さはそこまでではないものの、様々な植物が茂っているようだ。
ミュリラは引き続き先頭で案内していたが、小走りで扉に近付き、ノックをする。
「シスター、いらっしゃいますか?」
「────ミュリラ? あぁ、今開けにいきます。少しお下がりなさい」
言われた通り彼女が一歩下がると、身の丈より少し大きい扉が開く。と同時、
「わっ」
私目掛け一直線、光の弾幕が飛ばされる。が、元より警戒されていたのは分かりきっているので、頭だけ横にずらして避けた。
「シスターっ!」
驚きを顕にしつつ、ミュリラが怒りを込めて扉から除く人影に声を荒げた。しかし等の本人は少しの手違い、とでも言うように呆れた声で
「あら、魔女さんね。……なるほど」
とこぼした。
「怪我は?」と訪ねてきつつ、声の主──シスターは、その姿を現した。
その身なりは酷く無色だ。
正しくは、彩りが無くモノトーンである、か。肌の血色は悪く、髪も銀色で、瞳は黒色。良くも悪くも、その修道服に似合っている。
しかし、前髪から一つ、色がちらりとのぞく。
「…………花?」
「シスターのフロッサ・クランツです。貴方はミュリラのお友達? さっきは勘違いとはいえ、無作法だったわ。……それと、この花は私の相棒、レグルスと言うんです」
「シスター、中に入っても?」
ミュリラが聞くと、シスター────フロッサは踵を返して教会の中へ。その後ミュリラが手招きしたので、頷きつつ続いた。
天井からつり下がるシャンデリアと花束。それから、乾いていて冷たい空気が広がる。真っ白な礼拝堂の中はひどく殺風景──という訳でもなく、奥の机が置かれたスペースの上には、空から降る雪に手を伸ばす少女の姿を模したステンドグラスがはめ込まれている。
あまりの人気の無さに、少し気味悪く思えて怪訝な顔をすると、
「……信じる人なんて、居ないに決まってるでしょう? それでも、人は神に縋らなければ生きて行けないの。それが、どんなに冷酷な人物であっても」
「それが現実なの」と吐き捨てるように言い、フロッサは肩をすくめた。
「そういえば、あなた達、一体なんの御用?」
「私は山に関係あることだけど……ミュリラは────」
「報告ですよ。いつもの」
ミュリラが懐から取り出した革の表紙の本をフロッサに手渡すと、「あぁ」と納得したようにうなずき、私に目配せする。
「ありがとうミュリラ。後で読むね。先ずは、魔女さん。あなたの話を聞きましょうか」
紅茶を淹れてくる、と言い残し、ミュリラが足早にその場を去る。何を感じたのか、自ら身を引くことを選択したようだ。
村の果物屋の一人娘。とても村の根幹にふれるような話を、許可もなしに聞く権利はないと、そう思ったのだろう。彼女らしい気遣いだ。
「…………それで?」
「鉱物から生まれる生物の中に、狼は居る?」
「居ないわ」
鋭い目を細め、フロッサが深い息を吐く。
「なら、この山に、聖獣は? それか、神に匹敵する力を持った────」
私が次を言うより前に、フロッサがステンドグラスを──その中に描かれた少女を指す。
「魔女さん、貴方なら感づいている筈よね? 雪を降らす原因、その根っこを」
「………………」
「最初から、嫌な予感はしていたわ」
フロッサの右目から、ほろりと花弁が剥がれ、舞う。
「貴方は私達に破滅をもたらす魔女の集る目……“厄災”でしょう」
「…………」
「予想するに、山の主の彼女がかけた罪が許されたから、代わりに私達の元へ来たのでしょう?」
「それとも」と言いかけて、フロッサは口をつぐんだ。私の顔を、まじまじと眺めている。
警戒するのも無理はない。この村の者達は、“今”に疎い。現在の世界がどのようになっているかなんて、知る由もないのだ。だって、私が山で見たのは────
※ ※ ※ ※ ※
【図鑑】
“フロッサ・クランツ”
万年雪の中、教会にて祈り続ける女性。丘も村も緑を取り戻した今でも、彼女は“厄災”を恐れている。
“レグルス”
フロッサと契約した光の花。種族・能力等詳細は不明。
“厄災”
約七百年前に現れた十人の魔女、その総称。ある魔女は山と村を雪に閉ざし、ある魔女は街のすべてを水に沈め、ある魔女は城を火に包んだ、という話がある。