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トリガー・ハッピー

 残り時間は三分弱。

 クララが小さな声で喘いだのは、左の「ふくろ」にアレがなかったからだ。

 中身を取り出そうとして空振った左手の仕草でハッとしたクララは目の前の驚異に固まってしまった。


「(弾切れだなんて)」


 そう……アレとは銃弾のことだ。

 元のゲームでのクララは弾丸を裸で百発ほど持ち歩いていたのだが、今回は十五発のマガジンを八セットと、今までよりも多く準備していた。

 だがしかし、今の彼女が手に持つ銃はオートマチック式の自動拳銃。

 リベレイターのような単発式ではない。

 引き金を引けば連発できる銃を使って、トリガーハッピーさながらに打ち続ければ、弾丸などすぐに尽きてしなうわけだ。

 シュミレーターなので死骸は残っていないのだが、パウロの前にある投影ディスプレイに表示されたスコアは一ニ五。

 あと二匹倒していれば一気に百二十八匹が相手となる第八セットに到着するところ。

 犬に似た四足モンスターを相手に怯むクララは、とっさに回避のタスクマクロを発動させた。

 円を描くように体を翻して犬の噛みつきをかわすが相手は二匹。

 一匹目は避けられても二匹目に噛まれたクララは「あん」と悲鳴を上げた。


「ここまでか」


 かわした方にも噛みつかれて、クララの両腕が塞がれたところで、パウロはシミュレーターを停止させた。

 制限時間を残したリタイアではあるが、フナバシ教会での記録としては、ぶっちぎりのトップスコアにパウロは興奮を隠せない。

 上空から降りてきたパウロは、モンスターが消えて痛みが引いたクララに駆け寄った。

 眼を輝かせる彼は年甲斐もない。


「凄いぞクララ。今までの最高記録だ」


 シミュレーターとはいえ、モンスターに襲われたショックで呆けるクララをパウロは揺すった。

 ちょっとしたセクハラスレスレのボディタッチにハッとしたクララは「あ、ハイ」と答え、弾切れで戻らなかったヴェスパーのスライドを手で直し、それを右腰の「ふくろ」に片付けた。


「これなら今からでも遠征に出かけても構わないな。さっそくだが、私と一緒にヤサトにまで行かないか?」

「待ってください」


 シミュレーター内とはいえ、モンスターに噛まれたばかりのクララとしては、パウロの性急な誘いにはたじろぐことしかできない。

 クララは深呼吸をして少しだけ落ち着いてから返事を返す。


「……急な話ですし、心の準備ができていません。それになにより、他の街に行くのならば教会間のワープがあるんじゃないですか?」


 やんわりと否定するクララが言うワープとは、元のゲームにおいて実装されていた機能のこと。

 このワープは神がこの世界にも再現しており、各人ごとに「マイルーム」というプライベート空間を持っていることがその証だ。

 マイルームはどこの街にある教会であろうとも自分の部屋に行くことができる。

 つまりその時点で、教会同士のワープも可能なわけだ。


「それはだな……初めての遠征だから、その間に出現するモンスターや、GM魔法だけでは把握しきれない情報の確認が主目的だからだよ」

「それにしてもヤサトはちょっと遠いですよ。そんなに遠くまで行くんだったら、ネオスドリフトにはわたし以外にも腕利きのプレイヤーがいっぱいいるでしょうに」

「ヤサトが目的地なのは、色々と騒動が多いあの街を調べる為でもある。それに恥ずかしい話だが、このフナバシにいるネオスドリフトの中で、現状最強なのはキミだよクララ。だから私は新人であろうとも構わずに、キミを連れて行くのが適任だと考えている。

 当然私も同行するので、わからないことがあればフォローできる。キミは大船に乗ったつもりで同行して、モンスターを撃ち殺してくれればいい。

 私も銃弾の予備は持ち歩くようにするから弾切れの心配はないし、何よりさきほどと同じような事があれば、私がキミを護るから」


 早口でカッコいいことを言い出すパウロだが、要するに彼はクララの強さを見てホの字と言うやつだった。

 加えて言えば彼はジェム強盗を発端としたヤサトの街で起きている異変を軽視しており、クララと長旅が出来ることに興奮しているだけである。

 心の中で「決まった」とガッツポーズを取っておるわけだが、微妙にニヤける口元はそれを隠しきれていない。


「せめて明日にしてくれませんか?

 いきなりはその……旅の準備も何もしていませんので」

「準備か。たしかにヤサトまでは七十キロ以上の長旅になるし、乗り物も必要だからな。車や食料も準備しておかないといけないし、なにより遠征の許可を取らないと」

「もしかして、何も考えていなかったのですか?」

「そ、そんなことはないさ。ハハハ」


 色ボケで先走っていたパウロは図星をつかれて笑ってごまかす。


「とりあえず、今日のところはここまでにしよう。

 いままでの遠征データをまとめたレポートがあるから、予習がてら目を通しておいてほしい」


 出来れば断りたいなと思いつつも、こちらから「せめて明日にして」と言った手前、明日の出発を了承するパウロにクララは逆らえなかった。

 嫌だなとは思いつつも、シュミレーターで無心に銃を構えていた間の感覚が心地よかったのを思い出すクララは胸が高鳴っていた。

 まさか人間相手には猛烈な吐き気に襲われた自分が、モンスターが相手ならば暴力を振るうことで興奮してしまうなんて。

 初めての感覚にクララの体は興奮の汗で濡れていた。

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