シミュレーション
半ば強引にネオスドリフトへと参加することになったクララは、一晩の休養を経て教会にある管理ルームに呼び出された。
ここは元のゲームではGMアカウントのみが立ち入り出来る管理者区画であり、交換アイテムのデータ設定やデバック作業、はてはガチャの操作まで行っていた場所だ。
今現在は街を監視したり、他の街の教会との連絡を行うためのデータセンターとして機能している。
ちなみに運営の手を離れた「似て非なる存在」であるこの世界でも、セカンド・ユートピアとは似た仕組みのガチャが存在している。
これはクララたちをこの世界に転移させた神が、セカンド・ユートピアのモノを真似て、気まぐれで設置しているそうだ。
転移直後の動画を除けばまだ誰も神とは接触していないハズなのに、教会がそのことを把握しているのはやや不自然ではあるが。
「ようこそネオスドリフトへ」
嫌々な表情を機械人形のスキルで隠すクララが入室すると、待ち構えていた美丈夫が手を差し伸べた。
彼は教会神父の一人、パウロ。
本名は佐藤善晴という三十三歳未婚の男性で、彼は各地の教会との連携でネオスドリフトを結成させた後、「裏方として必要だから」という言い訳をして前線に参加しない、他の神父とは異なる行動派だ。
「始めまして。私はフナバシ教会の神父パウロ。しかしここ、ネオスドリフトの一員としては、本名の善晴と読んでほしい」
「わ、わたしは……」
いきなり本名を伝えてくるパウロにクララが困惑するのも無理はない。
自分も本名の平井亜由美と名乗るべきなのか、彼女は言い淀んだ。
少し考えてから「元の世界での名前」でも、「転移してゲームキャラ化したときに紐づけられたキャラクター名」でも、それこそ「今考えた新しい名前」でも、今となっては何を名乗ろうと構わないことに気づいたクララは自分の名を伝える。
「わたしはクララと言います。とりあえずこの世界では」
「ふむ。ではクララ、キミをネオスドリフトの一員として歓迎しよう。早速だけど、今日はキミの能力を確認したい。戦闘シミュレーターを使ったことはないだろう? 使い方を教えるから、私についてきなさい」
戦闘シュミレーターとは、元々はアクション要素のあったセカンド・ユートピアにおいて、戦闘用の操作を練習するために用意されていたシステムだ。
転移後は仮想敵を生成して戦闘訓練を行う施設に変異しており、教会内にあるそれは誰でも利用可能になっていた。
無理矢理ネオスドリフトに入れられたりしなければ冒険に出る予定のなかったクララにとっては、使うつもりなどなかった代物だ。
パウロの言うように「転移してからは」使ったことはない。
言われるがままパウロの後ろを歩くクララがシュミレータールームに入ると、きーんという違和感が頭に響いた。
軽くこめかみをおさえるとすぐに収まったとわいえ、気色悪いものを感じるクララは青ざめた顔をスキルで隠す。
「では早速だが、次々と登場するモンスターを倒してみてくれ」
クララが隠しているのもあるとはいえ、パウロは彼女の不調に気づかないまま話を進めた。
簡単な説明の後、戦闘シミュレーターが開始すると、周囲の景色は見晴らしのいい草原へと変化した。
これはセカンド・ユートピアでは大半の初心者が最初にモンスターと遭遇する、街の周囲を再現したものだ。
監督役として手出しをしないパウロは十メートルほど上空に静止してクララの様子を眺める。
吐き気を抑えつつも、しぶしぶ「ふくろ」から拳銃を取り出したクララは身構えた。
手に持つ銃は「ヴェスパー」と言い、単発銃のリベレーターしか持ち合わせていないクララに合わせてマルメガネから渡された銃だ。
装弾数は十五発プラスワンと標準的なオートマチック拳銃で、使う弾丸はリベレーターと同じ九ミリ弾なので威力は変わらない。
ただしバレルの精度やオプションの豊富さでは雲泥の差と言えよう。
「それではスタートだ。十分間、モンスターを相手に戦ってみてくれ」
しぶしぶこくりと頷いたクララの仕草を同意と受け取り、パウロは戦闘シミュレーションを開始した。
今回の仮想敵は十分間無限に湧き続ける小型モンスターを相手に、何匹倒せるかを計測するというもの。
腕試しの指標としてよく使われているモノで、二十匹も倒せれば上出来という難易度だ。
ちなみに一度に出現する敵は一匹……二匹……四匹……八匹……と、全滅ごとに倍々に増えていく。
大半の挑戦者は十六匹同時出現時にタイムアップかダメージ過多による強制終了になってしまうというわけだ。
パウロもとりあえず、同等程度の数を倒せれば合格だと考えていた。
合格できたら自分の相棒として、情勢が不安定なヤサトの街を調べよう。
そして相手も女の子なので、長旅と大きな仕事の達成を共有すればゆくゆくは……そんな下心を頭に浮かべるパウロは、脳天気にもクララへの注意を怠っていた。
「そろそろ三セット目に入る頃かな?」
開始から二分ほど経過したところで妄想から帰ってきたパウロが下の様子を伺うと、そこにははやくも十匹以上のモンスターがうごめいていた。
投影ディスプレイを開いて状況を確認すると、すでにクララは十六匹同時出現となる五セット目に入っていたのだから、パウロもこれには驚く。
「な!? 早すぎるだろう」
そんなパウロの驚きなど知らぬまま、本調子でもないクララは無心で銃を構えていた。
むしろタスクに身を任せていれば気が紛れると言わんばかりの精密射撃で、三十メートルは離れている相手でもクララは無心で当ててしまう。
これがもしセカンドユートピアであるならばこうも簡単ではない。
ゲームとしての仕組み上、射撃武器に多くかかっていたマイナス補正が、ゲームと現実の融合した異世界ではなくなっていたのだ。
キャラクターの技量ステータスが影響して、理不尽に弾道がそれることもない。
自分の体なので、ゲーム画面越し故に目測を誤ることもない。
むしろゲームキャラとして付与された技量パラメータが、元の世界の現実においては素人の女子高生だった彼女の体に射撃を覚え込ませるほどだ。
射撃と射撃の合間にあるタスクマクロの途切れる息継ぎ。
銃の扱いに慣れ始めていくクララは、次第にタスクの内容を自分から進んで行うようになっていた。
まるでガンシューティングゲームのようではないか。
タスクなのか、それとも自力なのかあやふやなまま、クララは射撃に夢中となっていた。
まるで鳴り響く銃声が、あの嫌な感触を弾き飛ばして行くかのように。
「あ!」
だがそれは、クララが小さく呟いた瞬間に終わりを迎えた。