表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/34

勧誘

 精神的ショックで気絶したクララが目覚めたのはベッドの上だった。

 傍らには彼女をここに連れてきたルドとヤスダ、そして神父の一人であるマルメガネ。

 マルメガネには強盗を撃ち殺したクララを責めるつもりなどないのだが、彼は「元運営側の人間」として、彼女に興味を抱いていた。

 元のゲームにおいて、教会の神父は基本的にはNPCなのだが、運営サイドでの介入が必要な場合に使用されるGMアカウントで操作可能な設定になっている。

 彼らはその繋がりが影響したのか、神父と一体化してこの世界に迷い込んでいた。

 一応種族は人間に当たるが、元々がGMということで防御、回復に特化した特殊ステータスが割り当てられている。

 その能力を買われて周辺住民のまとめ役を依頼されている彼の目にもクララのタスクマクロは奇特なものに写ったようだ。


「話は聞かせてもらった。具合はどうだい?」

「だいぶ落ち着きました。ですが……あの強盗はどうなりましたか?

 死んでしまったんですよね。殺人ってことは、もしかして死刑になるんですか?」

「その心配はないよ。ハッキリ言えば、今のこの世界にそんな刑法は存在しないからね。

 恥ずかしながら元GMとして神から与えられた力を持ってしても『犯罪を防ぐ手助け』しか出来ないのが現実さ。最悪、殺してでも抗う以外にないよ」

「そうですか」


 クララは元の世界の常識を強く保っていたのだろう。

 ルドのように子供として夢に浸っていれば「最初から抱かない」疑問だし、ヤスダのように大人として割り切っていれば「思っていても口にしない」疑問だ。

 それをあえてたずねる彼女を見た目通りの素直な少女だと判断したマルメガネは話を続けた。


「それに……キミが撃ち殺したという強盗だが、彼は死んでいなかったようなんだ。

 話を聞いて調査をしたが、現場には血の一滴すら残っていなかった。だからキミは人殺しを気にする必要はまったくないよ」


 マルメガネは励ましの意味で言ったのだが、クララは内心「そう言われても」と言いたげな表情。

 なぜなら彼女には手についた血の感触とその匂いを思い出すだけで汚いシチューをおかわりしそうな嫌悪感が残っているからだ。

 もう二度と銃は抜きたくない。

 元の世界に帰れる日までずっと教会に引きこもって平穏に過ごしていたい。

 未成年の彼女がそう思うのも無理はない経験であろう。

 しかし、この世界に順応できていないクララは根本を誤っていた。

 ただ待つだけでは元の世界に帰ることなど不可能なことに気づいていなかったのだ。

 冷静に考えれば当然であろう。

 神を探す冒険に乗り気な人間はルドのようにこの世界に馴染んでいる。

 つまり極論を言えば元の世界よりもこちらのほうが過ごしやすい人間が大多数だ。

 無論、元の世界にいる家族に会いたいと、攻略に躍起になる人間もいるであろう。

 しかしそんな一握りの人間になど頼れないと、クララ以外のほとんどの人間は気づいているわけだ。


「むしろキミの力を我々に貸してほしいんだ。

 キミが撃った強盗はヤサトの教会から厳重注意の知らせがあった、ビリーと呼ばれる凶悪犯。これは我々が持つGMスキルで確認しているから間違いない。

 いままで数多くのネオスドリフトを奇襲してジェムやアイテムを奪っていた手練を簡単に倒したキミならば、神の手がかりをつかめるかもしれないんだ」


 教会ではこの世界について調査し、あわよくば神を発見して元の世界に帰還する手段を得るための精鋭を集めていた。

 ネオスドリフトというのはその調査員のことで「新世界の漂流者」という意味で名付けられていた。

 マルメガネはクララの使うタスクマクロ射撃の力量を評価し、彼女をネオスドリフトに迎え入れたいと申し出たわけだ。

 彼はクララを過大評価しているとも言えるが、闇討ちとはいえ「強盗ビリーが勇猛果敢なネオスドリフトの一員を倒す実力者」と知っている。

 それを踏まえれば、ビリーを瞬殺したクララに期待してしまうのは当然と言えよう。


「待ってください。嫌ですよそんなの」


 だがクララが拒絶するのもまた当然か。

 彼女にはネオスドリフトとしてやっていける自身がないし、なにより両手を血で塗らす感覚を再び味わうことなど御免だからだ。


「どうしてさ?」

「わたしは神父さんが思っているほど強くありません。それにあの感触はもう嫌なんです」

「あの?」

「人を撃つ感触に決まっているじゃないですか。生暖かくて生臭くて、鉄っぽい血の匂い……思い出すだけで吐き気がするんです」

「それはキミが強盗に襲われた影響でナーバスになっているだけさ。調査隊に入って三日くらい働けば、そんな感触すぐに慣れるよ」

「……」


 クララとしては「無茶を言うものだ」と突っぱねたい。

 その意味で沈黙するのだが、マルメガネは強引に彼女をネオスドリフトへと誘う気で満ちていた。

 このマルメガネという男、自ら調査に出向くつもりがまるで無いくせに、ネオスドリフトの人員確保には結構強引な男である。

 ノブリス・オブリージュじみた正義の旗を掲げての行動なので、邪悪さでは営利目的の強盗よりも質が悪い。

 邪悪だからこそ、クララが断ろうにもあの手この手で勧誘するマルメガネを拒絶できなかった彼女は、無理矢理にネオスドリフトの一員にされてしまった。


「人間相手には銃を向けなくていい」


 そういう言い訳と多額の謝礼を押し付けられた上で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ