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強盗

 神の啓示から一週間。

 クララたち日本プレイヤーが中心に暮らす街「フナバシ」に、ある噂が流れてきた。


「聞いたか? 今度はクラインが襲われたってさ」

「とうとう極道者が狩られたか」


 極道者とはヤクザの意味ではなく、道を極めると言うことで名付けられた「異世界攻略に挑む者」のこと。

 無論その手の命知らずにはヤクザまがいの連中も多いので、ダブルミーニングと言うやつだ。

 その噂話にフードコートでラーメンをすするクララは聞き耳を立てていた。

 この世界は何から何までセカンド・ユートピアそっくりなのだが、ゲームの中ではなく現実である証拠としてお腹もすくしご飯も食べられる。

 一応は転移時の「ゲームキャラ化」により餓死はしないとはいえ、キャラの種族に関わらず飲食等の生理現象は元の人間のままで、飲まず食わずは死ぬほど辛い。

 アイテム売買やモンスター討伐で得られる通貨「ゴールド」の消費をケチって食事を我慢した節約家たちが、身を持って証明していた。


「クラインもジェム強盗でたんまり稼いでいたって噂されていたからな。やり返されるのは自業自得だぜ」


 ジェムとはゴールドとは別の通貨のようなもので、アイテムガチャを回したりアイテム交換を行うために必要だ。

 そしてジェム強盗とはそのままの意味で、他のプレイヤーを襲撃して「ふくろ」からジェムを奪うPK行為のことだ。

 本来のセカンド・ユートピアでは、強奪行為はシステム上不可能なのだが、ここはそっくりな異世界のためルール無用というわけだ。

 最初の数日は良心の呵責もありほとんど発生していなかったのだが、強盗したジェムでレアアイテムを手に入れたことを自慢をする人間が現れてからタガが外れ始めた。

 つまり噂とはクララが住むフナバシにもジェム強盗同士の衝突が起きるほどにジェム強盗が増えてきたと言うわけだ。

 荒くれ者のプレイヤーが多い「ヤサト」の街では既に一般人はジェムを奪われて、再強奪を恐れて他の街に逃げているという。

 そしてさきほどの話を店に持ち込んだヤスダも他の街でジェム強盗されてフナバシに逃げてきたうちの一人。

 彼は極道者同士の対立がジェム強盗事件を激化し、再び襲われるのではないかという恐怖に怯えているわけだ。

 ちなみに課金の出来ないこの世界ではログインボーナスの代わりなのか、神が毎朝プレイヤーの枕元に置いていくものと、クエストの達成報酬が主なジェムの入手手段。

 それ以外は転移前に課金していたジェムの引き継ぎ分しかこの世界にジェムはない。

 クララはリアルでも女子高生だったので課金はしていないが、こまめにログインボーナスやイベント達成報酬でジェムを溜め込んでいた。

 ガチャを回せばすぐに消える程度だが、課金が封じられてジェム不足が発生している現状では十連二回分は大金である。


「お嬢ちゃんも気をつけな。せめて護身用に武器の一つでも持っておかないと」

「ご忠告ありがとう。一応これなら持っているわよ」


 お節介ながら目についたクララを心配して忠告してきたヤスダにクララが見せつけたのは一丁の拳銃。

 リベレイターという射程が短く単発式だが、銃カテゴリーでは最も入手難易度が低い武器だ。


「銃なんて役に立つのかい? 悪いことは言わねえが、ジェム交換で貫き丸とでも引き換えたほうが良いって」

「そんなモノを交換できるほどジェムは溜まっていないわよ」

「でもよぉ……銃はハズレ武器だろ。貫き丸はまだしも、単発ガチャで最低限、剣の一つくらい持っていた方がいいぜ。俺も始めたての頃に銃ガチャを回してSSRを当てたもんだが、当たらないのなんのって」

「そりゃあおじさんは器用さが低い魔族だもん。ただでさえ銃を当てにくいこのゲームで、相性劣悪の種族なんだから当たらないの当然だよ」

「そういう嬢ちゃんは器用さの高い機械人形なんだな。あまり人気のある種族じゃなかったが、ちゃっかりしているぜ」

「わたしの場合はミニゲーム狙いのライトユーザーだったからね。見た目で選んだのと、イベント用に器用さを重視しただけだよ。それに当てにくいけど銃って威力だけはあるし、どうせ工芸の素材集めに弱い敵としか戦わなかったからこれで充分だったのよ」

「なるほどな。でも極道者相手ではそうはいかねえぜ」

「だったらおじさんがボディガードでもしてよ。ちょっとくらいはジェムも報酬に出せるからさ」

「さすがにそこまで出来る自身は俺もねえさ」


 ハハハと笑うヤスダ。

 クララの前でおどける彼に、彼女の依頼を受ける勇気はない。


「でもこのあと帰るまで一緒についてきてくれるくらいは良いじゃない。複数人で行動したほうが、その手の連中は襲ってこなさそうだし」

「それも一理あるな。ええと……クララちゃんか。俺はヤスダだ、よろしくな」


 現実およびゲーム内での知り合いと合流できていなかったクララは彼と意気投合し、食後は一緒に帰宅しようと約束した。

 帰宅と言っても街の中央にある教会まで。元のゲームではジェムを使っての引き換えやガチャ、ゲーム再開時の開始場所として使用されていたからか、ここには全ユーザーが利用できるマイルームが存在していた。

 この部屋は個人のカスタマイズに応じた特殊な空間であり、その出入り口が教会と言う方が正しい。

 転移前のゲーム内で設定していたものがそっくりそのまま再現されており、クララのそれは女の子らしいファンシーな装いである。

 唯一元のゲームと違う部分があるとすれば、部屋の主が許可を与えれば他人も入れることくらいであろうか。


「よろしくね、ヤスダさん」


 食事を済ませた二人は荷物を「ふくろ」にしまい込むと、フードコートから協会を目指す。

 今回、クララは手芸アイテムの売買のために外出していたのだが、途中で食事に立ち寄ったこの場所から教会までは歩いて三十分ほど。

 人目につく大通りを二人で歩けば、まさか強盗には襲われないであろう。

 そんな考えで帰路についたのだが、外はあいにくの曇り空。

 まだ夜には早いのに、街灯の光がなければ前が見えないほどに真っ暗だ。


「なんだか不気味だね、ヤスダさん」

「クララちゃんもそう思うか。やっぱ変だよな」


 ヤスダの言うようにこれは異常事態だ。

 この空模様から既に捕食者の影が見えていることに、戦闘経験の浅い二人は気づいていなかった。


「とりあえず明かりをつけましょう」


 こう言うと、クララは「ふくろ」から丸い球体のアイテムを取り出した。

 これはセカンド・ユートピアにおけるランタンである。

 一度使用したら使用者の近くに浮かんで一定時間光を放ち、時間切れになると消滅する。

 ゲームの都合上ダンジョンでは武器で両手を塞がれるため、そのような場所でも近くに浮かんでくれれば光源を保てるという理屈だ。

 元々は暗闇設定のあるダンジョン攻略のお供にされるぶん、ゲーム内の消耗品購入に使用するゴールドも多い。

 つまりはガチ勢御用達の高級品なこのアイテムをエンジョイ勢であるクララが所有していることにヤスダは驚いた。


「攻略はやってなかったんじゃねえのか?」

「知らなかったんですか? ゴールドで販売されるアイテムって、素材さえあれば大半のモノが作れるんですよ」

「いや知らない。俺はアイテム作りはやってなかったし」


 ちなみにセカンド・ユートピアでのヤスダは主に麻雀やスロットマシンなどに興じていて、弱い敵を倒して獲得したゴールドを賭けてギャンブル欲を解消するのを日課にしていた。

 同じエンジョイ勢でも違いがあったわけだ。


「ランタンはアイテム作りがメインのユーザーにとっての金策要素で、工芸のレベルさえ上げれば量産できるんです。おかげでわたしもゴールドにはしばらく困ってませんし」

「そう言われると損した気分だぜ」


 ちなみにこの情報は名前とは違い相手の所持ゴールドはGリストからは確認できないので、この発言はクララが嘘をついていると言われても仕方がない。

 だがヤスダは疑う理由もないので、彼女の言葉を素直に受け止めていた。

 明かりを確保した二人が道なりに歩いていると、前方には何かの陰が見える。

 もう少し近づけばわかるのだが、あれはいったい───


「ひっ!」


 先に「それ」が何かに気づいたヤスダが悲鳴を上げた。


「大丈夫ですか?」


 声をかけたのはクララだ。

 そこにいたのは若い男で、魔族の証である尖った耳もなければ機械人形の証であるカチューシャもないので人間らしい。

 ゲームキャラ化により顔面偏差値が上がったので気にするほどではないが、転移前ならばクララも見惚れそうなほど可愛らしい顔をした少年だ。


「に、逃げてください」


 このルドという名前の少年はクララを見て顔を赤くしたあと、二人に逃げるように諭した。

 彼はジェムを奪われて、ゲームキャラ化していなければ死んでもおかしくない重症を負わされている。

 出血は止まってこそいるが、衣服には赤い血がべっとりとついていて、彼に触れたクララの手も汚していた。

 そう、彼女の手が血で濡れるということは、ルドが刺されてからさほど時間が経過していないことを意味していた。

 少年の言葉に従うヤスダはすぐに逃げようとするが時すでに遅し。

 背後から近づいてきた何者かに頭を殴られて、朦朧とした意識でうずくまった。


「死ねぇ!」


 敵は一人。

 ルドだけに飽き足らず、彼は通りがかったクララたちからもジェムを奪おうとしていた。

 その手に持っている武器はスタンメイス。

 当てた相手を怯ませる効果のある、サイズの割に重量に特化した武器だ。

 この男は天候魔法で暗闇を作り、暗視魔法で自分への影響を消し、スタンロッドで怯ませてから、標的にとどめを刺す。

 ただのゲームだった頃からこのコンボで堅実にモンスターを狩っていたソロプレイヤーである。

 ゲームキャラと化してゲームっぽい異世界に送られた彼はタガが外れ、ヤサトの街でジェム強盗を最初に始めた男でもあった。

 獲物より後追いの同類が増えたことでヤサトに旨味を見いだせなくなった彼はフナバシまで移ってきたと言うわけである。

 クララたちはそんな彼が獲物としてゴールドを狩った直後に通りかかった運の悪い次の獲物。

 舌なめずりをしながらヤスダを昏倒させた彼は、同様にクララの動きも封じようとスタンロッドを振り回した。


「きゃあ!」


 一方のクララは元々モンスターとの戦いを好まずにアイテム作りやイベント参加をメインにしていた。

 戦いは不慣れなのだが、ここはあくまでセカンド・ユートピアというゲームそのものではなくそっくりな異世界。

 そして今の彼女はゲームキャラ化という、アバターと本人が融合したと言うべき姿。

 つまりゲーム時代には反映されていなかった、平井亜由美としての特性がクララには宿っていた。

 亜由美は気が弱いほうでいわゆるビビリ。

 そして怖いと思うと馬鹿みたいに抵抗をして、初恋の相手から告白されたときにはテンパって自分からそれを不意にしかけたほど。

 その記憶もまだ新しい彼女は無意識に袋に手を入れて、右手にリベレイターを握っていた。

 機械人形としての種族補正もあり「抜いて構える」までの速度はプロの軍人も舌を巻くほど。

 そして流れるように指先を弾いた彼女の銃弾は、男の頭を顎の下から脳髄にかけて撃ち抜いた。

 通りに銃声が響く。

 だが男が使っていた魔法の影響で、その音に気づくモノはいなかった。


「こ、これは?」


 三人の男が倒れており足元には血の海。

 クララがこの惨状に気がついたのは強盗の男が息の根を止めたことで、彼の魔法が解除されたからだ。

 明るくなった空の光に照らされたクララは意識を取り戻し、そして目の前の光景に悲鳴を上げた。

 さきほどの流れるような動作を彼女は記憶していない。

 あの動きは機械人形の種族固有スキル「タスクマクロ」によるものだったからだ。

 これは「あらかじめ用意していた一連の動作を自動実行する」スキルで、クララは無意識で対モンスター用に設定していた抜き打ちを発動させていた。

 元のゲームではプレイヤーは操作不能となった自キャラの動きを外から見ていたわけだが、ゲームキャラ化したクララは発動中、それを認識出来ていなかった。

 なのでスキルが解除され、同時に強盗の魔法も解除されて明るくなったことで惨状に気がついて、自分の行いに驚いたわけだ。


「あ……ありがとうございます」


 そんな呆然とするクララに礼を伝えたルドは、彼女の行動が無自覚だったとは思いもしない。

 単純に悪者を颯爽と倒す姿に見惚れており、クララが強盗を撃ち殺していることなどお構いなしだ。

 ルドは十四歳でいわゆる中二病の真っ只中。

 可愛い上に強くてカッコいいと、彼がクララを意識するのも仕方なしか。

 ちなみに彼は回復魔法を習得しているので、強盗にやられた傷は既に治療済で顔色も良い。


「ねえ……これはキミがやったの?」


 そんなルドと対象的に、自覚のないクララはたずねる。


「え? お姉さんが自分でやったんじゃないですか。銃を取り出して引き金を引くまで一秒にも満たない速さで、さながらTASみたいだったよ」

「タス?」


 ルド出した例え、そして実際に右手には銃が握られているという事実。

 そこからクララはようやく自体を飲み込んだ。

 たしかに機械人形の固有スキルで早撃ちのタスクを準備していた。

 それというのも、元のゲームでは操作性の問題から飛び道具は当てにくく、一度狙いをつけたあとは射撃までをタスク化して操作を簡略化すると言うのは飛び道具使いの常識とも言える小技だったからだ。

 このプレイングで銃や弓の有効性は上がったのだが、既存プレイヤーからすれば「わざわざ銃を使うためにゲームを最初からやり直す手間がもったいない」とそこまで広がらず、クララのように初期からの機械人形使いにしか広まっていなかった。

 それをとっさに発動させた結果がこの血の海のようだ。

 ぷーんと鼻をつく血糊の匂い。

 軽い怪我で嗅いだ自分のそれとは比べ物にならないくらい濃いそれに、クララの胸の中で熱いものが込み上がってきた。

 女の子だからオブラートに包むが、彼女の口は虹色の滝となって地面を塗らす。


「!?」


 そのままクララは気を失ってルドの胸に倒れ込んだ。

 ルドは慌てつつもクララを肩に乗せると、ヤスダを起こして三人で教会に戻った。

 クララは初めての人殺しに気を病んで気を失うほどショックを受けたわけだが、男二人は「最悪生き返らせることだって可能なんだし、相手は悪質な強盗なのだから死んで無力化したほうが世間のためだ」と、強盗をそのまま捨て置いた。

 それからしばらくして、さきほどの騒ぎを知らない誰かがこの場所を通る。

 その時には地面を汚す吐瀉物はそのままに、強盗の死体はどこかへと消えていた。

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