リバース・デイ
ニ〇ニ九年一月七日、日曜日。
世界各国で現地時間正午を迎えたセカンド・ユートピア・プレイヤーたちは、己の身に起きた異変に困惑していた。
初めて袖を通す衣服、初めて来た景色、そしてそれらは初めて見るものではない馴染みのある光景。
気がつくと彼らは皆、ゲームの世界に転移していた。
今までは画面越しに見ていた世界に飛び込んだのだから、環境の変化に困惑するのが普通の反応だ。
ゲームキャラに変化した自分の姿に驚き、そして現実に帰れない状態に人々は嘆いた。
セカンド・ユートピアはあくまでゲーム。
この世界で一生を過ごすつもりがなく、早く現実で待っている家族や恋人に会いたいと嘆く声が飛び交った。
転移してきた彼らの腕には揃って「Gリスト」があり、さながらゲーム内のチャット機能そのままのインターフェイスで文字が流れていく。
そんな流れていく文字列をボーッとした顔で眺めていた一人の少女。
プレイヤー名「クララ」、本名「平井亜由美」はあることに気がついた。
「なにこれ?」
クララが見ていたのはエリアチャットという、周辺プレイヤーが不特定多数に発信しているメッセージ。
この中に彼女は見たことのない文字を発見した。
いや、文字と言って良いのかすらわからない。
謎の文字らしき記号が混じっていた。
とりあえず彼女はGリストの投影ディスプレイに浮かぶその文字をポンとタッチしてみる。
すると詳細なリンクでもあるのかと思った彼女の脳内にそれは流れてきた。
「人々よ我の話を聞きなさい。ここはセカンド・ユートピアであってセカンド・ユートピアではない世界。いわゆる異世界である。
諸君らにはこの手のファンタジーを嗜んだ人間もいるだろうが、要するにそれと一緒だ。
この世界はセカンド・ユートピアに似ており、ゲームでのステータスが反映されているが紛れもなく現実。怪我をすれば痛いし死も訪れる。しかし寿命に悩まされることもなければ蘇生呪文で生き返ることも出来る。そんな世界に諸君ら三〇〇万人招集した。
我の行いを恵みだと思うのならば平穏に暮らすが良い。だが気に食わぬのならば、この世界の何処かにいる我を探せ。
我は神だ。この虚構から現実に帰りたければ神を殺してみるのだ」
神を名乗る謎の男。
シルクハットを被った神の演説映像が、クララの頭に注ぎ込まれた。
クララと時を同じくしてその映像を見た人間たちによってこの「神の啓示」は伝播していき、ほぼすべてのプレイヤーが知ることとなる。
いくら生き返れると言われても、それが真実なのか確証はない。
何より剣と魔法で戦うファンタジー異世界に投げ込まれた人間が、おいそれとゲームのように戦えるものか。
神の言葉をすべて信じられる人間も多くないのだが、ほぼ全員が「この世界が異世界である」という情報だけは肌感覚で信用している。
そんな異世界で命を捨てる覚悟など、普通ではなかなか持てるモノではない。
無論それが可能な命知らずもそれなりにいるのだが、比率としては二割ほどか。
元々ミニゲームに興じる程度でクエスト挑戦はほとんど諦めていたクララは当然、残る八割に含まれていた。