アインアイ(3)
魔法陣を描き終えたリオンは、村正の隣に座り込んだ.
村正も黙って座っていた。実弾入りのセミライフルは、放っておくこともできないので、抱えたままだ。
(重いし、暑いし…)
少し遠くでドーンと音が聞こえた。
「なんだ?」
リオンが空を見上げた。村正もその先を目で追う。
「…ああ、花火だ。」
「花火?」
「あっちの方に、なんとかランドってとこがあってな、そこの閉園時間に上がる。」
村正が腕時計を少し見る。21時。
「また、見える。」リオンが立ち上がった。
「ん?」
「綺麗だな。カイとベルにも見せてやりたい。」
「誰って?」
「カイとベル。私の弟と妹だ。双子だ。5歳になる。」
(…弟妹、いたのか。)
「父上とリリの子供達だ。」
「?」
「…リリの言ってた世界だ。」リオンが呟いた。村正は気づかない。
リオンが大きく伸びをした。
リオンが村正に振り返った。
「?」村正が首をかしげる。
「時間だ。」
リオンがそう言ってコートを脱ぐと村正の膝の上に放り投げてきた。
「暑かったぞ。」
革のビキニが文句を言う。
「私は魔法陣の真ん中に行く。
貴殿は、ここにいろ。『アインアイ』に見つかるな。」
「おい!」
村正が慌てて立ち上がる。インカムにしゃべる。
「彼女が『行く』と言ってる。」
水多課長が何か言ってる気がするが、雑音がひどくて聞き取れない。
「おい!」もう一度、リオンに呼びかける。
リオンが彼女の金属棒を村正に向けた。距離を取られる。
「来るな。」
リオンが睨みつける。村正がひるんで足をとめる。
リオンが背中を見せて『魔法陣』の中へ入っていった。
◇◇◇
リオンが両手を月に向けて伸ばす。手の先には、まあるい環に形を変えた金属棒。
その環から天を望むようにリオンが顔を上げた。
「われ、ここにありて、闇に命じる。
その襞に隠し、異形の容をあらわしせしめよ!」
リオンの環の中から、まず、漆黒の煙が立ち昇った。周りの灯りを遮断するように彼らを黒く包み上げる。真上には月が姿を見せ、漆黒の次にはキラキラとした光の柱が伸び始めた。その光柱が闇の中の灯りとなる。
それが眩しすぎて、村正が慌ててサングラスをかける。セミライフルを胸に構える。
光柱がリオンと月を結ぶと縦に裂け始める。その中からずるずると粘った液を垂れ流しながら、赤いものがこぼれ出てきた。目玉のど真ん中に細く長い歯を見せて穴が開いている。目玉の口?
「はぁ、はぁっー! 出てきたな、『アインアイ』!」
「お前のエサはここだっ!」
リオンは、環っかの片方を握ると『オリハルコン』をしならせた。鞭のように宙を舞い、『アインアイ』の歯に巻き付いた。『アインアイ』が奇妙な声をあげる。不快な音だが、村正の耳には不思議と小さく聞こえる。
『アインアイ』にぶら下がったリオンはその反動を使って、目玉の上に駆け上がった。腕を振って『オリハルコン』を回収する。リオンの両手に戻った『オリハルコン』が彼女の身長ほどもある槍に姿を変えた。
「われ、勇者の血にて異形を討ち取る者なり!」
リオンの勢いに押されながらも村正もセミライフルを構えた。暗視スコープを覗きながらリオンの姿を追う。バケモノを倒せるのはリオンだけらしい。村正はその援護だ。下手に撃ってリオンをケガさせるわけにもいかない。
リオンが槍をかざして『アインアイ』の目玉の真ん中に駆け下りた。
(無茶しやがる…)
スコープを覗きながら村正が呟く。
リオンは、槍の先を『アインアイ』の開いた口に突き立てた。歯のそばに刺さったが口を閉じられると爪楊枝を咥えたような形になり、歯を食いしばってぶら下がっているリオンの身体が左右に振られていた。
「ちっ!」
村正がライフルの狙いを槍の刺さった横に定める。
引金の指に力を入れる直前、スコープの中では細い針のような歯が伸びてリオンの背中に迫った。彼女の背中はむき出しの肌だ。とっさに村正が照準を歯に向ける。少し方向が歪んだが弾丸は歯に命中した。微かな金属音を立てて、歯が砕けて飛び散った。薬きょうがコンクリに落ちたが、音が小さい。漆黒の壁に音が吸い取られているようだ。
背中に迫った歯が砕けたせいで、『アインアイ』がのた打ち回り、リオンが落ちてくる。
「おい! リオン!」
村正が銃を背中に回して駆けだした。落ちてきたリオンの身体を受け止める。
「大丈夫か!」
「問題ない!」
リオンが村正の手を振り切って飛び降りた。
彼女の『オリハルコン』は遥か頭上だ。
「あれがないと困る!」
リオンが叫ぶ。
「ったく!」
村正が奥歯を噛み締めて引金を引いた。
弾丸は槍の根元に命中し、『アインアイ』が暴れると槍が抜けてコンクリの上に落ちた。
音がない。
(なんだ…?)村正が辺りを警戒する。
落ちた槍をリオンが掬いあげた。『アインアイ』は大きくうねって二人に歯牙を向けた。
リオンが村正のベストを掴んで自分の背中に引きずり込む。
「おい!」村正が非難の声を上げる。
リオンが村正を庇うように前に立った。
「今度、『アインアイ』が口を開けたら突っ込む!
お前は逃げろ!」
「じょーだんじゃねぇ!」
村正がセミライフルを抱え直して、狙いを『アインアイ』に向ける。
『アインアイ』がリオン達に突っ込んできた。
村正のセミライフルが連射で『アインアイ』の歯を破壊する。
「背中を借りるぞ!」
リオンは村正の背中を踏み台に宙に飛びあがった。
真っすぐ『アインアイ』の口の中に飛び込んだ。
「おい! リオン!」
村正はリオンが『アインアイ』の中に消えたのを見た。その瞬間、音が無くなる。
村正が呆然と立ち尽くす。
(なんだ!?)
一呼吸のあと、『アインアイ』の中心が裂け始めた。ひびが入り、内側に沈み込むように沈んでいく。奇妙な音を立てたが黒い壁に吸い取られる。
内側の一点に収縮するように『アインアイ』が小さくなっていく。
「リオン!リオン!」
村正が叫ぶがリオンの姿は見えない。
代わりに『オリハルコン』の先が見えてきた。
村正が走り寄って、『オリハルコン』の先を両手で握りしめる。
彼も『オリハルコン』ごと、縮退する『アインアイ』に飲み込まれそうになる。
縮んでいく穴の中が見えた。
『オリハルコン』の槍のさきにリオンがぶら下がっている。底なしの闇に吸い込まれそうだ。
「リオン!」
村正の声にリオンが顔を上げて叫んだ。
「その手を放して逃げろ!」
「バカいうな!
お巡りさんは、ンなことできないんだよ!」
「手を出せ!」
村正が叫んで、片手を精一杯伸ばす。
「手を掴め!」
村正の上半身の半分が穴に入り込む。歯を食いしばると、インカムが外れて落ちていく。その先は暗くて見えない。
リオンはただ村正を見上げている。
「リオン! 落ちるな!」
リオンの紫の瞳が村正を見つめた。
また、村正の身体が下を向く。
村正のサングラスがリオンの脇を抜けて落ちていった。
彼女が見たのは、金色の眼だ。
「掴まれ!」
リオンが手を伸ばして、村正の手首を掴んだ。村正もリオンの手首を捕まえる。
(細い…)
村正はリオンの身体を引き上げるために後ろにのけぞった。
少しずつリオンの身体が引き上げられる。彼女のつま先が『アインアイ』の穴から抜けるのと同時に『アインアイ』が消滅した。
リオンはそのまま村正に抱きとめられて、彼の身体の上に乗っかっていた。
柔らかい娘の身体だ。だが、村正は肋骨に酷い痛みを覚えてそれどころではない。リオンを身体の上に乗せたまま、呻き声を上げた。
「おい! 大丈夫か!」
リオンの声が聞こえる。
(なんだか… 遠いなぁ…)
村正は、眼を開けたがリオンの姿は見えない。ただ、空が暗い。月が見えない…。
◇◇◇
規則正しい電子音がする。
聴きなれた音だ。
自分の呼吸音も聞こえる。
(また、生きてる…)
村正の意識が戻ってきた。
リオンを引きずり出して、で、どうなった?
身体が動かない。
(困ったな。)
「村正…」
小声で呼びかけられた。飯田医師の声だ。随分と心配そうだ。いつもならもっと軽口なのに。
指先に触れた布を握った。たぶん、飯田医師の上着の裾。
それに気づいた飯田が微笑む。村正の手を二つ撫でて、ベッドの上に戻す。飯田は顔を上げてICU個室を隔てるアクリル板の向こうに微笑んだ。
ジャージ姿のリオンがアクリル板に張り付いている。飯田の笑みに安堵の表情を浮かべる。言葉がわからなくても表情はわかるらしい。
「生きててよかったよ、村正くん。」
村正は頷いたつもりだが、わかっただろうか。
時々、『死なない』自分に嫌気がさす。若けりゃカッコイイが四十男にはバカみたいな話だ。
(早く、死ねりゃいいのに…)
少し目を開けた。透明な板の向こうに彼女がいる。
革ビキニじゃなくてジャージを着ている。その方が似合う気がする。
(眠いな…)
村正はまた目を閉じた。
◇◇◇
本当に目が覚めて思ったのは「今、何時だ?」
窓がない部屋だから外を知ることもできない。
アクリル板の向こうにリオンの姿を見つけたが、不安げな顔で張り付いたままだ。
村正が様子を見に来た看護師に手を振ると彼女が慌てて部屋を出て行った。
ほどなく、飯田医師がやってくる。
点滴と計器をチェックし、村正を診察する。
「ほんと、『不死身の村正くん』だ。」
飯田医師が微笑う。
(好きでやってんじゃねぇ)
村正はそう言いたかったが口だけがもごもご動いただけだった。
飯田医師が吹き出す。
「元気そうでなにより。」これは医師ではなく悪友のセリフだ。
村正の酸素マスクを外す。
「好き勝手いうな。」やっと村正がまともにしゃべった。
「おや、上司が来たよ。」
飯田医師が村正の点滴を外しながら、アクリル板の向こうを見た。
水多課長がアクリル板をコツコツ叩いた。
「面会したいそうだ。」
「えー」
飯田がドアを開けた。水多が静かに入ってくる。彼女はリオンの腕をとっていた。
「どうだ?」
「どうも。」すねた感じで村正が答える。
「元気そうでなにより。」
(またかよ。)
「で、何がおこったんだ?」
「え?」
「私にインカムで話した後、五分たたないぐらいで、お前と彼女がビルから落ちてきた。」
「はぁ?」
「訳が分からない。」
「俺も、ですよ。」
水多が眉間に皺を寄せる。村正も同じ顔をする。
「リオンが『結界』って言ってましたけど、まあなんか黒いのに包まれてその中で、彼女がバケモンを刺したんです。
そしたらバケモンがメチャ縮んじゃってなくなりました。」
「…?」
「結構、時間かかってましたよ。五分じゃ終わらない。」
「だが、五分ぐらいだった。」
「銃弾、全部使っちゃいましたよ。」
「ああ、空だった。五分では、撃ち尽くせんはずだが。」
「わけわからんなぁ。」
「だが、バケモノはいなくなったんだろう?」
「はい。」
「『終わりよければすべてよし』。」
「そういうわけにはいきませんよ。
彼女、リアルにいるじゃないですか。」
二人の視線がリオンに向けられた。
「お、おい、」
声を出したのはリオンだった。
「貴殿は、大丈夫なのか?」
少し声に元気がない。水多が不思議そうにリオンを見た。やはり言葉は通じていない。
「大丈夫だよ。
それと俺は『貴殿』ではなく、『村正友重』って名前がある。」
「ム、ムラマサ?」
「そう。」肋骨が痛む。
「ム、ムラマサか! ムラマサだっ!」
リオンの顔が少し明るくなった。
「強そうだなっ!」
その顔を見て水多が笑った。
「機嫌が直ったようだ。さっきまで、苦しそうな顔をしていた。」
「…。」
「帰っていいと言ったんだが、彼女、行くところがないようだな。」
「…。」
「しばらく、お前の所に置く。」
「課長!」
「言葉が通じるのお前だけなんだろう。」
「ですが、」
「その間に受け入れ先を探すから。」
「えー。」
「彼女に伝えてくれ。『村正の看病を任せる』」
「え!?」
「じゃ、私は行くから。
あ、差し入れ持ってきたんだった。」
水多が枕元のテーブルにコンビニの袋を置くと外に出て行った。
「ムラマサ、」
「ん?」
「ケガさせて済まない。」
「えらく、殊勝だな。」
「…。」
「なぁ、リオンちゃん、そこの袋、とって。」
村正が顎で示したコンビニ袋をリオンが手にした。村正の前に持ってくる。
「何が入ってる?」
リオンが中身を取り出して並べる。
村正が100円シュークリームを手にした。ギザギザの縁にそって封を切る。リオンはそれをじっと見ている。
村正はそれをリオンに差し出した。
「食べな。なかにふわふわなの、入ってるだろう。」
「え?」
受け取ったリオンが中を覗き込む。
「これは食べ物なのか? やわらかい。」
「噛みつけ。」
言われた通り、リオンが包みの中のシュークリームを頬張った。
口の周りがクリームだらけだ。
「俺の好物でな。課長はよく知ってる。」
「甘い! やわらかくて、甘い…。」
リオンが俯いた。
「リオンちゃん…?」
「おいしい。こんなに甘いのは初めてだ。」
俯いたままリオンがそう言った。
彼女の背中が震えていた。
◇◇◇
深夜の巡回なんてついてないと佐々木は懐中電灯を肩につけた。
倉庫の間を巡回するのだが。
半分ほど終わったところで、隣の倉庫との間から掃除機の吸い込むような音が聞こえてきた。
「なんだ?」
恐る恐る懐中電灯で照らすと二つの大きな穴が倉庫の周りの雑多なごみを吸い込んでいた。
恐怖で声にならない。足がもつれて転んだ。穴の吸い込む力は佐々木の身体を軽々と宙に浮かせた。
叫び声すら吸い込まれる。佐々木の姿も穴に消えた。
地面に落ちた懐中電灯が倉庫の隅に引っかかって取り残された。