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アインアイ(1)

 

 月夜の空から降ってきた女の瞳を男は「美しい」と思ってしまった。

 女は自分を受け止めた男の瞳が黄金に見えた…。


 ◇◇◇


 村正友重(むらまさともしげ)、三十八歳、男。は、長い黒のコートの裾を気にした。

 投光器がまぶしく彼を照らす。

 天パのくせっ毛の強い髪は、三か月も美容院に行っていないからボサボサで、髭剃りも適当だから、顔面無精ひげ。邪魔な前髪を掻き上げると、鼻先に落ちてきた琥珀色の丸いサングラスを指で押し上げる。

 鼻歌でリズムをとりながら、ポケットに手を入れ、抱えた銃のマガジンを取り換える。

 サバゲー用の銃なのでゴム弾しか入っていないが、まあ仕方がない。

 モードを連射から単発に切替え、立て膝の上に抱え直した。

 暗視スコープの先に捕らえたのは、狙撃対象だ。

 まあ、構えるだけで打つことはない。

 ()()()()()()()()

 四階建てのビル屋上から下を見る。

 外階段には、制圧のためのSAT連中が昇ってきている。

 テロ対策の夜間訓練だが、犯人役に抜擢された村正はすごく楽しそうだ。

「立てこもっている君、素直に出てきなさい!」

 装甲車のスピーカーからお定まりの呼びかけが始まる。

 犯人の注意を前に、背後から制圧を。

「イレギュラーだって、あるでしょ?」

 村正がつぶやく。

 装甲車のドアを盾に係長が叫んでいた。

「そんなことぐらいで降参するなら、はなっから立て籠もったりしないんだよ。」

 口元に薄ら笑いまで浮かべて、村正は車のドアと係長の頭の天辺を結んだ線に狙いを定めた。

 引金を引く。

 一直線の弾道に美学を感じながら、スコープ越しに地面への着弾を待つ。

 だが、ゴム弾は、立ち上がった係長の鎖骨を砕いた。

「何で、立ち上がんだよ!」

 村正も思わず叫んで、立ち上がる。

 係長は悲鳴を上げて地面に転がったが、ほかの機動隊員たちも村正のほうを向いて総立ちになった。

「え、何?」

 村正のほうも再度、驚く。

 隊員たちも村正のほうを指さして、慌てて逃げ始めた。

 SATも空に銃口を向けている。

 村正はゆっくり後ろを見た。

 背中にしていた月が隠れるような大きな塊が投光器に照らされた。

 塊とほぼ同じ大きさの真っ赤な一つ目が村正を見下ろしていた。

「!」

(ここ、四階屋上だぜ!)

 思わず後ずさると、背中が手すりにぶつかった。

 思わず、連射に切替え、ゴム弾を目玉にぶち込んだ。派手な音が辺りに響く。

 目玉がへこんだ気がしたが、効果がない。

 マガジンが空になり、ポケットに手を突っ込むが何もない。

(万事休す!)

 その時、目玉の上に人影が浮かんだ。

 長く伸びた影に村正が飲み込まれた。

 人影は目玉の天辺からかけ下りながら、細身の光るものを下に振り落とした。

 振り落とされたものは目玉の真ん中に傷をつけ、そこから宙に液体が吹き上がった。

 目玉が甲高い声をあげた。

 暴れた目玉に振り落とされて、人影が宙に放り出された。

 月の光に浮かんだ人影は女だった。

「アブねぇ!」

 村正はライフルを放り出して腕を伸ばし、落ちてきた人影を捕まえようとした。

 身体を伸ばして受け止めたと思ったが、自分も宙に浮かんでいた。

 女の顔が真近かにある。

 透きとおる見開かれた瞳が投光器の光を映す。

 紫!

 月夜の空から降ってきた女の瞳を男は「美しい」と思ってしまった。

 彼女を受け止めた村正のサングラスが落ちていった。

 村正の顔も投光器に照らされる。

 女は自分を受け止めた男の瞳が黄金に見えた…。


 ◇◇◇


 暗がりの中で電子音が鳴っていた。

(煩いな…)

 村正は寝返りを打とうとしたが動けないことに気が付いた。

 口元も何かに覆われて自由にならない。

 手を動かしてみる。

 何かコードがくっついているが、動くようだ。

 手で口元の酸素マスクを外した。

 大きく息を吐いて、目を開けた。白い天井が見えた。

(どこだ?)

 頭の上で覚えのある電子音が続いている。

(ああ、病院か…)

 カーテンの向こうで人の足音が複数している。

 声も輻輳している。

「離れて!」

 男の声の後、AEDのバチっという音がした。

(痛てっ!)

 村正の心臓にピリッと痛みが走った。

(なんなんだ?)

「先生、心拍戻りました!」

 カーテンの向こうで歓声が上がる。

(ああ、誰か生き返ったんだ…)

 ふっと、笑みが浮かんだ。

 通りがかった看護師が村正に気付いた。

「あ、村正さん! 気が付きましたか?

 飯田先生! 村正さん、意識戻りました!」

 カーテンがめくられて、隣から医師が顔を出した。

「お、『不死身の村正くん』、健在だね。」

 飯田医師が笑う。警察病院の救急医で、しょっちゅうケガしてくる村正は彼の常連の患者だ。

「うるさい…」村正がけだるく言う。

 飯田が機器の数値を確認して、点滴パックもチェックする。

「四階建てのビルから転落って、いくら村正くんでも無茶だよ。

 それも、女性を抱えて。

 普通なら、死んでるかもね。

 まあ、肋骨にひび入った程度ですんでよかったよ。しばらくは安静だけど。

 今夜はここでおとなしくしてて。」

 村正が頷く。

(そうだ、落ちてきた女を抱きとめて…)

「センセ、彼女は?」

「…助かったよ。AEDを使ったけどね。」

「死んでないんだ…。」

 飯田が頷く。

「よかった。」

 村正は目を閉じた。


 ◇◇◇


 たぶん、眠ってた、と思う。

 隣のがさがさという音がうるさくて目が覚めた。

 ICUの中は少し光量が落とされ、夜勤の看護師がナーステーションで待機している。

(気ィつけよ、看護師!)

 動くには胸部が痛い。肋骨にヒビって言ってたっけ。

 カーテンの向こうで、ブチっというコードを引きちぎる音がした。

 機器を蹴飛ばす音もする。

「何してるんです! おとなしく寝ててください!」

 看護師が隣の患者を怒っている。

(さっき、AEDされてなかったけ?)

 ガラガラと床に何かが散らばる音がすると同時に誰かが唸り声をあげている。

 仕切りのカーテンが引きずり落された。

 思わず、村正も半身を起こす。

 カーテンを引きちぎったのは、村正が受け止めた女だった。

 紫の瞳で、薄い紫の髪。真っすぐな髪は肩に触れるボブだ。

 女が村正を見つめて叫んだ。

「ここはどこ!?」

「へ?」村正が目を丸くする。

 看護師が彼女を捕まえた。

「何を言ってるんです?

 困ったわ、どこの国の言葉かわからない!」

「え?」

(日本語、しゃべってるぜ?)

「危害を加えることはありません。

 貴女は怪我しているんですよ。治療を受けてください。」

 女が看護師の手を振り切ると村正のベッドの横に転がり込んだ。

 病院着の前が少しはだけ、首や胸の谷間が見えた。首筋が震えている。

「さ、ベッドへ」

 看護師の出した手を村正が制した。

 ベッドから下りた彼は、震えている女に顔を近づけた。

 女といったが、どうも、もっと若い。十七、八の女子高生の感じだ。

 彼女の瞳は村正がみた紫色だ。

「心配、いらないから。

 ここは病院で、看護師さんが世話をしてくれるんだ。

 アンタも休まなきゃダメなんだよ。」

「て、敵ではないのか?」

 娘が村正に言った。ちゃんと日本語をしゃべってる。

「へっ?

 敵って… ンなもんあるかい?

 ケーサツの訓練にアンタが入ってきたんだ。」

「奴はどうなった?」

「奴?」

「一つ目の『アインアイ』だ!」

 娘が村正の袖を握りしめて、彼に身体を寄せた。柔らかいものが村正の腕に当たる。

「…なんか知らんが、俺達が助かったってことは、そいつから逃げられたってことだろ?」

「倒していないのか…。

 しくじったのか、私は…」

 娘が身体を震わせた。

 村正から手を離し、自分の身体を抱きしめた。

「おい、大丈夫か?」

 娘が俯いて、また身体を震わせた。

 膝を固く閉じ、何か我慢しているようだ。

「うっ。」

 彼女が呻いた。

「え?」村正が一瞬、怯んだ。

 娘がしゃがんでいる所から水が溢れてくる。

 娘の肩が揺れていた。娘は身体を半分に折り、顔を下に向けていた。

 微かに何か震えている。

「えーっと。」

 村正が困った顔をした。

(これって、おもらしだよな…)

「かわってください。」

 村正が看護師に場所を譲った。

「あらあら…」

 看護師が彼女の様子を見てため息をついた。

 彼女が震えていた。

 なんだかバツの悪い気がして、痛む肋骨を抱えながら村正はICUを出た。

 左手で点滴スタンドを押しながら。


 ◇◇◇


 肋骨に巻いたテーピングでシャツが着にくい。

 なんとかボタンをとめて、洗面所の鏡をのぞいた。

 無精ひげに、くるくるとした髪が正直、こ汚い。

 ひげをそって、濡らした手で髪を撫でつける。

 入院中の係長に代わって退院の手続きでやってきた隣の班長は眉間に皺を寄せてこう言った。

「一度帰って、きれいにしてこい。」

 数日ぶりの我が家だが、冷蔵庫もからっぽで、腹の中も空っぽだ。

 病院食以来、食べてないことを思い出した。

(こんな生活、やばいよな。)

 村正は、『不死身の…』とあだ名されるほど妙にケガに強い。

 何の因果か、死にかけそうになっても死なない。

 車にはねられても、撃たれても。

 ついた二つ名が「不死身の村正くん」。命名者は、警察病院の飯田医師だ。

(とりあえず、出勤しなきゃな…。)

 しわくちゃの黒いコートを羽織ると、村正は大きなあくびをした。


 ◇◇◇


「おはよう… 」

 だが、もう昼を過ぎてる。

 けだるそうなあいさつで村正が捜査課に入ってきた。

「不死身だ…」

「やっぱ、不死身だ…」

 どこからともなく、囁かれる、いつもの光景。

 壁際のウォーターサーバから水をくんで一気飲みする。

(足しにはならんな…)

「村正、来たんなら、顔出せ。」

 奥に囲われた課長席から、水多課長が村正を呼びつけた。

 長い黒髪にタイトなスーツ。相変わらずの十センチピンヒールに背筋が冷える。

 水多みすず、捜査課課長、村正の上司で、幼稚園の頃からの同期。

 しぶしぶと水多の前に立つ。

「一昨日は災難だったな。

 もう具合はいいのか。」

「…みたい、です。」

 目線が左斜め上を向く。

「さすが、『不死身の村正くん』。

 で、アレはなんだったんだ?」

「アレ?」

「目玉の化け物が出たって、報告を受けたが?」

(目玉の?)

「こっちが知りたいです。」

「じゃ、頼む。」

「はぁ?」

「事情聴取。」

「お前が助けた女性がさっき病院から連れて来られた。」

「え?

 容疑? あるンすか?」

「とりあえず、銃刀法違反。」


 ◇◇◇


 取調室三番、中に書記係の婦警と病院の娘がいた。

 机を挟んで娘の前に座る。娘は俯いている。肩には灰色ジャージの上着がかけられている。

「じゃ、はじめよっか。」

 村正の軽い声に娘が顔を上げた。

「私の剣を返せ。」

 椅子から立ち上がると大きな紫色の瞳で娘は村正に迫った。

 ジャージの下はコスプレか? 革っぽい素材のビキニとミニスカートだ。へそが見えてる。胸の谷間もある。ドキッとするが、ちょっと引く…。

「座ってください!」

 娘が婦警の手を払うが、婦警は力ずくで彼女を座らせる。

(怖えぇ…)

 村正が一つ咳払いをした。わき腹が痛い。

「じゃ、六月二十八日、開始時刻十四時三十七分。担当、捜査課、村正友重。」

 村正の言葉に背中で婦警の入力が始める。

「名前は?」村正が娘に質問を始める。

「名前?」

「何て呼ばれている?」

「リオン。

 リオン・カーラ・イル・フェイズレント。」

「歳は?」

「?」

「年齢。生まれて何年?」

「十九年。次の月には、二十年だ。」

(うそっ!? 幼くねぇ!?)

「私のことを年増だと思っただろう!」

「い、いや… 逆…」

「二十歳過ぎたら、ババアなんだ!」

「まぁまぁ…で、外国人? 国籍は?」

「国籍?」

「生まれた国。」

「フェイズレントだ。」

「フェイズレント? 聞いたことないな。」

 机の下でスマホ検索してみる。カタカナ検索、ヒットなし。

「そんな国はない、ちゃんと答えなさい。」

「国がない? 嘘だっ!」

「リオンさん、落ち着いて。」村正がなだめる。

「…。」

 リオンが黙ってしまった。

 背後にいたさっきの婦警がおずおずと村正に声をかけた。

「あのう… 巡査部長、調書、入力したいんですけど、彼女、なんて言ってるんですか?」

「え?」

 村正が婦警に振り返った。

 PC端末を前に婦警が困った顔をしている。

「外国語、苦手で…」

(だって、日本語、しゃべってるじゃん。)

「ここはどこなのだ…」

 つぶやいたのは、リオンだった。

(日本語、だって…)

「ここは、日本。それも大都会、()()。」

 村正は、婦警から端末を取り上げると自分の前に置いた。

 リオンの瞳が村正に向けられた。

「お前は人だな。」

「ん?」

「ほかの者も人だ。」

「ん、で?」

「なぜ、言葉がわからない?」

「こっちが聞きたいよ。」

 頭を掻いた村正が端末の蓋を閉じた。代わりにスマホの録音アプリをスワイプする。

「あの化け物は何だ?」村正が質問した。スマホを机の上に置く。

「化け物?

『アインアイ』のことか?」

「そ、それ。

『アインアイ』?」

「『アインアイ』は目玉だ。

 怪物ローキスタの目玉。」

「ローなに?」

「ローキスタだ。我が国に害をなす怪物だ。人や家畜を食う。森を焼く。とんでもないやつだ。

 それゆえ、ご先祖様が五体を切り離して封印した。」

「?」

「誰かが封印を破って、出てきてしまったのだ。

 私は、王家の血を引く者として、」

「ちょ、ちょっと!」

「?」

「その話、本気で言ってる?」

「嘘なぞつかぬ!」

 リオンが拳で机を叩いた。

「う…。」

 村正が頭を抱える。

「巡査部長?」

 付き添いの婦警が不安げに村正を呼んだ。

「病院だな、病院に預けよう。

 ショックで記憶が定かじゃない。

 入院して、落ち着くまで、事情聴取は延期。」

「私の記憶は確かだ。」

 リオンが小声になった。

 小さな声だ。

(音、拾えたかなぁ…)


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