召喚士で賞金稼ぎな女冒険者がドラゴンから国を救ったらお姫様がついてきちゃった話
レンガの街並みが美しい王都〝ハルファルト〟に、ボロを纏った一人の女冒険者が靴音を鳴らしてその土地を踏む。彼女の背には身の丈に合わぬ大きすぎる大剣がぶら下がり、その異様な風貌は人々の注目を否が応でも集めていた。
「んぅ~、ここが王都かー! 観光名所なだけあって賑わってるわね!」
気持ちの良い晴天に手を伸ばし、全身で新たな土地の風を感じる。
焦茶色のショートヘアーを靡かせて、水色の瞳は人々の忙しなさを映し出す。
『あまりハメを外しすぎるでないぞ、モナ』
モナと呼ばれた女冒険者の背から空気を振るわせない不思議な女性の声音が響く。声の正体は大剣であり、長らく冒険を共にしてきたパートナーでもある。黒光りする刀身に赤い脈が走る禍々しい見た目は、異様な風貌という印象に一役も二役も買っていた。
大剣からの一言にモナは頬を膨らませ、形の良い眉がへの字に下がる。
「わかってるわよ!」
『どうだかのぅ。前もそう言って壁に頭から埋まっておったじゃろう』
「その話はいい加減に忘れてよ……」
モナには、賞金首を捕らえた褒賞として金品を貰い、気を良くして盛大に乾杯した結果、酒に完敗してしまうという過去があった。
いい薬になる、とこうして何度も失敗を掘り返されて釘を刺されているのだ。
これ以上掘り返されてはたまったものではないモナは、誤魔化すように咳払いをして「ともかく!」と強引に話題を変える。
「まずは腹ごしらえが先決ね」
『いい加減腹の虫を収めてくれんと夜もおちおち眠れぬからのぅ』
「あら、もしかして私の心配してくれてる?」
『違うわい! 睡眠不足は乙女の大敵であるから、ワシの肌が荒れてしまうと言っておるのじゃ!』
モナも乙女と言える年齢だし、大剣の鉄の地肌が睡眠不足で荒れるようなことはない。
こういう素直じゃないところも可愛く思えて、モナは好きだった。
そんな微笑ましい言い訳を受け流していたらそよ風に乗って、神秘性と儚さを兼ね備えた異質な気配が頬を掠める。
『モナ、感じたかのぅ?』
「ええ。ここ……なにかいるみたいね」
具体的なところまではわからないが──精霊か、妖精か、それらに準ずる高位存在の気配。普通の人間には感じ取ることができず、ゆえに彼女たちが目的としている存在の可能性もある。
「確かめるわよ」
『腹ごしらえは良いのか? 腹が減っては戦はできぬであろう』
「戦中に腹を満たしてるやつが居たらバカかアホでしょ」
『一理あるがのぅ……倒れても知らんぞ』
「やっぱり心配してくれてるんじゃない」
『しとらん!』
頑なに彼女の身になにかがあったとしても我関せずな態度を続ける大剣。モナが行動不能になったら手足のない刀身では同様に動けないというのに強情を貫く。
「──この辺りね」
自分と相棒の感覚を頼りに初見の道を歩き、目的地の付近へと辿り着く。
人通りは少なく、人目を忍ぶにはうってつけな路地裏が入り組んでおり、死角も多い。
確かに妖精や精霊の類は人気の無いところを好む傾向にある。が、それを好むのは高位存在だけではない。
「お嬢ちゃん、こんなところで何してんだ?」
「もしかして迷子? 俺らが案内してやろーか?」
と、このようにガラと育ちの悪い輩が好み、縄張りとする陰気な場所でもある。
大柄で力がありそうな男と、細くてずる賢そうな男の二人組であった。
そしてこの言葉はモナにかけられた言葉ではなく、フードを目深に被って顔を隠している先客の少女を取り囲むようにしてかけられた言葉で──
「……これは当たり? ハズレ?」
『当たりじゃな』
「はぁ……」
──見ていて気持ちのいい光景でもないので、モナはあえて相手に聞こえるように、腰に手を当てて大きなため息をついてから、声を上げる。
「そこまでよ悪党ども! ──これ一度言ってみたかったのよね」
「あ? こっちは取り込み中なんだよ見りゃわかんだろ」
「それとも混ぜて欲しいってか? よく見りゃ顔も悪くねぇしな」
男二人は相手が女だとわかると、下品な視線を向け始める。この様子では、先客の少女にも案内などと適当なことを言って罠にでも嵌めようとしていたに違いない。
ならばあえて誘いに乗ることで因果応報という言葉を教えてやろうとモナは画策する。
「せっかくのお誘いだし、混ぜてもらおうかしら」
「おいおい、まさかの乗り気だぜコイツ!」
嬉しそうにはしゃぐ男たちだが、モナの言葉は彼らの期待している意味では決してない。
そして彼女を見た目で判断したのが運の尽き。多少腕に覚えがあるくらいでは絶対に敵わないほどの実力の持ち主なのだから。
「そこのフードの子!」
「は、はぃ?!」
声をかけられると思っていなかったのか、声をひっくり返すフードを被った少女。
「あら可愛い声。一応聞くけど、助けて欲しい?」
「た、助けてくださいませ!」
「──おっけー☆」
『やれやれじゃ……』
素直な言葉に、モナは爛漫な笑みとウインクに加えてサムズアップでこれに応える。胸を張った堂々とした笑顔はフードの少女に大きな安心感をもたらした。
と同時に、男たちは不気味さに包まれる。
──どうしてこんなに余裕なんだ? と。
「頼んだわよ相棒。──ってことだから、私も混ぜてもらうわよ。あんたらを追っ払うっていうイベントにね!」
そう言いながらボロの懐から取り出したのは、一枚の羽だった。それはどこにでも生息している普通の鳩の羽で、この状況で取り出すのがナイフでも銃でも、ましてや背負った大剣でもなく、ただの羽だ。
「「「???」」」
あまりにも不適切な選択に、男たちどころかフードの少女すらも同時に首を傾げた。
だが、これでいい。
水色の瞳は紫色へ変色し、背負った大剣の脈動が活性化する。
「──〝フェニックス・フェザー〟」
眼前に構えて祈るように小さく唱える。
すると羽が淡い光を放ち始め、線香花火のように可憐な火花が散り、一つ一つが炎の羽に変化する。
「行け」
男たちを狙い、炎の羽が一斉に飛翔する。
その炎は断罪と寵愛を併せ持つ神秘の炎。ゆえに焼きたい者を焼き、癒したい者を癒す奇跡を巻き起こす。
「あっづ?!」
「火っ! 火がぁっ?!」
男たちに命中した炎の羽が持つ熱量に飛び跳ねるが、フードの少女は当たっているにも関わらずその反応は正反対。体の疲れや男たちに絡まれたことによる恐怖からの気疲れなどが癒されていく感覚に驚かされる。
「……暖かい?」
「ほら、今のうちにこっち来て!」
「は、はい!」
男たちが服や髪の炎上を叩いて収めている間にフードの少女を呼び寄せ、背に庇う。このまま逃げても良かったのだが、少女が服を掴んで引き留めてきた。
「待ってください! あの者たちは大丈夫なのですか?」
「心配してる場合?」
「わたくしは王都にいるもの全てが大切なのです!」
「博愛主義ってやつ? 身を亡ぼすわよ?」
直前までその王都にいる男二人に迫られて怖い思いをしていたはずなのに、そんな相手ですら思いやれる──いや、思いやってしまうのだから、博愛主義もここまでくると考えものだ。
「お願いです……!」
「……しょうがないわね」
断るに断り切れず、折れるモナ。可愛いものと押しに弱いのはモナの弱点だった。
そしてそんな人間のことは昔からこう呼ばれている。
『お人好しめ』
「アンタに言われたくないわよ」
大剣の柄を軽く小突いてぼやきつつ、今度はポケットから『アイスキューブ』と呼ばれる立方体に加工された石を取り出す。キンキンに冷やし、溶けない氷として利用されるものだ。
もちろんポケットから取り出したものなので生暖かいが、長年冷やされ続けたその石には物理的な現象ではない冷気の力が宿っている。
「──〝シヴァ・ダスト〟」
アイスキューブから超低温の冷気が発生し、自らを霜で真っ白に染め上げて周囲の気温をみるみる下げ、極寒の白い世界に包まれる。
冷気を支配するアイスキューブに優しく息を吹きかけると、キラキラと白く輝いて男二人にふりかかる。冷気は燃え上がる炎の勢いを弱め、熱くなった患部を冷ました。
ついでに冷静になって馬鹿な考えも改まる──そんな淡い期待を抱いていたのだが、死んでも治らないと言われるほど馬鹿というものは重症なもの。
「よくもやりやがったな!」
「覚悟はできてんだろうなぁ?!」
力の差を見せつけたつもりだったのに、怒りに任せて立ち向かってこようとしているのだから、相手の力量を見極められない馬鹿は困りものだ。
「こうなるから私はさっさと逃げたかったのよ」
『乗りかかった船、というやつじゃな。諦めぃ』
「暴走列車の間違いじゃないかしら」
頭に上った血は〝シヴァ・ダスト〟の冷気を浴びても下がらず、それどころか青筋を浮かべて怒りを露わにしている。
逃げるにしても大きな荷物が一人分増えているし、男たちは必死になって追いかけてくるだろうし、土地勘もないし、いっそのこと返り討ちにしたほうが良いだろう。
「ってことでお灸を据えてやろうと思うけど?」
「止めは致しません。ですがどうか手心を」
「言うと思ったわよ」
「出来ませんか……?」
「余裕☆」
もともと誰かを殺さずに捕えることは普段からよくやっている。慣れたものだ。
──賞金稼ぎの腕の見せ所だ。
「女だからって手加減すると思うなよ!」
「私は素人相手だから手加減してあげる」
「な、舐めやがってぇ!」
大柄な男が怒りと寒さに声と体をわなわなと震わせながら、果敢にも──いや無謀にも殴りかかってきた。
「──〝ガルーダ・フォース〟」
これは先程の能力とは違い、触媒を用意する必要はない。どこにでもある風が触媒となるのだから。
路地裏に流れる隙間風がモナを支えるように見えない追い風となり、素早い身のこなしを可能とする。
「甘い甘い!」
いとも簡単に男の拳を躱し、隙だらけの腹部に一発──を入れることはせず、拳の勢いを受け流して利用し、そばの壁を殴らせる。指の一本くらいは折れてしまったかもしれない。
「うっわ、痛そう」
『お主のせいじゃがな』
「共犯でしょ」
戦闘中でありながら余裕な態度で軽口を叩き合う二人に、大柄の男は手の痛みも相まってとうとうブチ切れてしまう。
「こんのアマァ!!!!!」
「──〝タイタン・フィスト〟」
手の平を前にかざし、男の拳を受け止める構え。本来ならモナの細腕では簡単に力負けしてしまうが、足裏から伝わってくる大地の加護が力を分け与えてくれる。
レンガで舗装されていた地面が盛り上がり、体を這うようにして腕に纏わりついて巨大な手が瞬く間に完成。
大地で出来た巨人の手に拳を掴まれ、男からしたらまたしても壁を殴ったも同然の出来事に呻き声が溢れた。
「な、んだよこれぇ?!」
痛みに顔を顰めたのも束の間、次いで驚愕の表情に染まる。
まるで意思があるかのように、モナの腕から男の腕へと大地が移動し、全身を侵食するように飲み込んでいく。
「ここの土地は豊かで素直ね。拘束するだけだから安心して」
顔だけを残し、首から下はまるで芸術作品のようにレンガに包まれ拘束されてしまった大柄な男。本来であれば口も塞いでしまうのだが、助けを呼ぶことができなくて餓死、なんてことにもなりかねないので、そこは彼女の優しさによる配慮であった。
「次はアンタね」
残りの男は線は細いがそのぶん素早そうだ。その足を生かして誰かを呼び、拘束された大柄の男を助け出してくれるとモナとしても手間が省けて助かるのだが。もちろん呼びに行っている間にとんずらだ。
「どうする? やる?」
「お、覚えてやがれ〜!」
「おい待て! 俺を置いてくなぁー!」
「んぅ~! それ一回聞いてみたかったのよねー!」
脱兎の如く逃げていく男を見て恍惚な表情を浮かべ、肩を抱き寄せるモナ。もちろん冗談だがフードの少女にはそうは見えなかったらしく、若干引いていた。
「それじゃ、今のうちにここを離れましょ!」
「あのかたは?!」
「細いのが助けてくれるわよ! 行きましょ!」
少女の手を取り、裏路地から抜け出す二人。そのまま風の流れに任せて適当に走り、距離を取る。
フードが風でまくれ少女の素顔が露わになると、その顔はなぜだか楽しそうに笑っていた。
装飾に紅い宝石があしらわれたサークレットを頭につけた、お人形のように美しい少女であった。
(この子、やっぱり……)
繋ぐ手から伝わるもの。それは単なる温もりなどではなく、もっと特別なもの。モナが求めているものを、この少女は持っている。いや、この少女こそが、モナが求めているものかもしれない。
「──うふふ、あははははは!」
少女の楽しそうな笑顔から、とうとう可愛らしい笑い声が溢れ出る。
「なーに? なにがそんなに面白いの? 確かにさっきの連中は笑えたけど」
「いえ、こんなふうに手を引かれて走るなんて、まるでどこかの物語みたいで!」
「じゃあこのまま世界の果てまで行ってみる?」
半分冗談で言ってみたのだが、少女のノリは打って変わって冷たいものだった。
「……それも良いですね。ですが今はそれどころではないのです」
『ふむ? なにか訳ありっぽいのぅ。あんなところにいた理由が』
少女が意味深な表情になり、のっぴきならない事情を抱えていることを察する。
しばらく走って裏路地からは充分に距離を取ったし、人通りも多い道まで戻ってきた。
「よし、ここまで来ればもういいでしょ」
モナは常日頃から体を動かしているので汗一つかいていないが、少女はそうでもないらしく、ちょっと走っただけなのに息を切らせていた。
乱れた呼吸が整うまで待つと、少女は恭しく身だしなみを整えて、高貴な雰囲気を感じさせる仕草で一礼する。
「助けて下さってありがとうございました。よろしければお礼をさせて欲しいのですが……」
「あ、それならちょうどいいわ」
ぐぅ〜……。
眉をハの字に曲げて困ったように笑うモナの腹部から情けない音が鳴り響く。
「……ご飯奢ってくれない?」
「ふふ、本当に丁度よいですね」
『締まらんのぅ』
***
人目を忍ぶようにフードを被り直した少女の案内に従って連れてこられたのは、大衆食堂であった。繁盛しているようで非常に賑わっている。
「いらっしゃい! ──ってクルル王女?! さてはまーたお忍びかい?」
「ええ、ごきげんようおばさま。席は空いていますか?」
「すぐに空けさせるよ! 少し待ってな!」
新たな客を出迎えた女将はすぐに正体を見破り、そそくさと店の隅っこの席を陣取っている客を蹴飛ばすようにどかして別の席へと移動させている。
「……クルル王女?」
『またお忍び、とな?』
首を傾げるモナと、同じく見えない首を傾げているであろう大剣。
聞き捨てならない言葉が短いやり取りの間で高速移動していて二人は困惑を隠せない。
「ここ、わたくしの行きつけなんです。とっても美味しいんですよ!」
手を合わせて幸せそうに笑うクルル王女と呼ばれたフードの少女。周囲の客も彼女の存在に気づき始め、見て見ぬフリを貫いているのを肌で感じる。
「お待たせさん、いつもの席が空いたよ。注文もいつものでいいのかい?」
「ありがとうございます。二人分でお願いしますわ」
「二人ね。あいよ!」
女将はモナのことを流し見て、歳の近さに友人とでも当たりを付けたのか、ウインクと共に力強い返事をぶつけるようにして店の奥へと入っていった。ボロを纏って禍々しい大剣を背負った女性が王女様の友人な訳がないが、この少女ならばそれもあり得る、と思ったのかもしれない。
今さっき知り合ったばかりのほぼ他人なのだが。
「もはやお得意さんと化している……」
『ずいぶんとお転婆な王女様もいたもんじゃ』
こんなにやんちゃな王族がいるなんて、この王都の将来は本当に大丈夫なのか心配になってきたモナ。だが深刻な表情を浮かべていたし、少なからず王族としての責任感は持ち合わせているようだ。
女将が無理やりこじ開けてくれた席に腰を落ち着け、面と向かい合う。
「クルル王女、だっけ? わたしはモナ。よろしくね」
「モナ様……」
口の中でその響きを確かめるように小さく呟くクルル王女。
相手が王女とわかっても態度を変えなかったモナだが、クルル王女もそれに気を悪くした様子はない。どころか、身分を理由に畏まらないことを快く思ってさえいた。
「改めて、先程は助けていただいてありがとうございました。そちらの、その……大剣さん? も」
『ほう、やはりか』
大剣からの驚きと感心の反応に、クルル王女は「やはり、とは?」と疑問を口にする。
「クルル王女。ズバリ言うけど、あなた人間じゃないでしょ」
「……!」
「大剣の声が聞こえるのがその証拠」
モナの指摘に動揺を隠せないクルル王女。隠しごとは苦手なのか、わかりやすく表情に現れてしまっている。
「……意思を持ち、言葉を介する剣は珍しいですが、無いわけではありません。それだけで人外扱いは解せません」
クルル王女の反論はもっともだ。だがモナは自分の額をコツコツと突く。
「そのサークレット。額の宝石を誤魔化すためのものでしょ」
「…………」
今度は表情が変わらなかった。だが平静を装おうとしているのが見え見えなので、やはりわかりやすい。
そのとき、女将が両手にお盆を持って注文を届けにきた。
「はいよ、いつもの定食お待ち!」
『ふむ、良き彩じゃな。時に女将よ、このスープはなんと申す料理なのじゃ?』
「それじゃ、ごゆっくり!」
女将は大剣の質問を無視して自分の仕事へと戻っていった。実際、クルル王女はしっかりと聞き取れていたにも関わらず、女将が無視したのは声が聞こえていないその証拠となる。
「ね?」
「────」
クルル王女が言葉に詰まっている間にモナは並べられた料理に手をつけ始めた。
「本当だ美味しい! 空腹も相まって5倍美味しいわ!」
『よく噛むんじゃぞ』
「親か」
『あながち間違いではあるまいて』
「やっぱり心配──」
『しておらん!』
ここでも心配なんてしていない、と頑なな姿勢は崩さない。たとえ王女の前であろうと、この二人の態度は揺るがなかった。というよりも、目の前に並べられた料理から目が離せなかっただけだが。
「……そこまでお見通しならば、お二人に是非、ご相談したいことがあります」
なにかを決心したように姿勢を正し、サークレットの宝石と同じ紅の瞳が真っ直ぐにモナの水色の瞳を射抜く。
モナは食事を続けながら「なにかしら?」と耳を傾けた。
「わたくしを、連れ去ってはくれませんか? この王都の物語から、外の世界の物語へ。わたくしの手を引いてくれたときのように」
「……どうして? 王都が大切なんでしょ?」
自他共に認める博愛主義な王女様だ。だと言うのに逃げたいだなんて、矛盾しているだろう。
「もちろん大切です。だからこそ〝偽りの王女〟であるわたくしは、いずれここを去らねばならないと感じていました」
クルル王女は目の前に並べられた料理の皿を愛おし気に指でなぞる。モナには計り知れないほどの思い出が、クルル王女の中に降り積もっているのだろう。それを振り払う覚悟を求めている。
「最後の仕事を全うして、ここでの物語は幕を閉じるのです」
『最後の仕事、とは?』
「王都は今、危機に瀕しています。調査隊からの報告でドラゴンの移動が確認されたそうです」
『その進路上にここがある、ということか』
「はい。遠からずやってくるでしょう」
モナが口一杯に料理を頬張ってしまって喋れないので、大剣が代わりに話を進めてくれる。
『ドラゴンは地上最強の原生生物じゃ。早々に避難勧告を出すのが正しい選択じゃろうて』
「それでは王都を見捨てることになってしまいます。人々の避難先を見つける必要もある。すぐには信じてくれないでしょうし、時間も人手も足りないのです」
この国の王が信頼に値しない、という話ではない。ドラゴンの襲撃というのは、それほどまでに突拍子もない話で、人々にとって眉唾なのだ。時期がはっきりとしていないのも、人々の不安を無駄に煽るだけになってしまう。
だが調査隊の報告が確かならば、遅かれ早かれドラゴンがここに来る。ならば水面下でもできることを進めておくというのが、上に立つ者の務めと言うもの。
「まさか」
そこで、料理を飲み下したモナは一つの考えに思い至る。
「王女様ともあろう者が下町にいた理由って、自分の足で少しでも戦力を集めようとしてた、とかじゃないわよね?」
「そのまさかですわ。思い出巡りも兼ねて。そしてモナ様──あなたと運命的な出会いを果たしました」
「ちょっと待って。私にドラゴンと戦えって言わないわよね?」
「モナ様ならば、渡り合うことも可能でしょう」
「その自信はどこからきてるのよ……私一人では不可能よ。でも確かに──」
モナはクルル王女の──その額でルビーの如く深紅に輝く宝石を指差す。彼女の自信はきっとそこにある。
「クルル王女──あなたの力があれば、可能性はゼロじゃない」
「では、交渉成立ですわね」
「高くつくわよ」
「望むところです。王女ですから」
席を立ち、握手を交わす。ここに迫りくるドラゴンを撃退、あるいは討伐するという個人には重すぎる任務を請け負う。
──そして、その時は待たずしてやってくる。
けたたましい警鐘と共に、鎧を着た兵士が扉を蹴破るようにして飛び込んできたのだ。
「しゅ、襲撃だ! ドラゴンがきた! みんな早く逃げるんだ!」
「そんな?! いくらなんでも早すぎますわ?!」
兵士の一言により、一瞬にして騒然となる大衆食堂。王都のあちこちで兵士たちが駆け回っているようで、この騒ぎはあっという間に王都中へ伝播していく。
『噂をすれば影──いやトカゲ、かのぅ』
「別に面白くないわよそれ。でもおいでなすったわねトカゲ風情が。女将さん、ご馳走様! とっても美味しかったわ!」
「言ってる場合かい?! さっさと逃げるんだよ!」
荷物も纏めず、我が身一つでどんどん人が飛び出していく。兵士たちがなるべく安全な場所へと避難誘導してくれるだろう。
「さてっと、じゃあ行くわよ!」
『うむ!』
「こ、心の準備が……っ!」
「ドラゴンは待ってくれないわよ!」
クルル王女の手を握り、逃げ惑う人々の流れに逆らうように二人と一振りの大剣が大きな脅威へ向かって走る。
「掴まって!」
「え……? キャッ?!」
クルル王女の足が遅く、体力が無いことはすでにわかっている。ゆえにモナは強引に体を引き寄せ、お姫様抱っこの形で王都を駆け抜ける。
ガルーダの追い風を借りて、シヴァで地を滑り、タイタンで壁を駆けて屋根を伝い、フェニックスで一気に城壁を飛び越える。
眼前にはどこまでも続く広大な台地。空を赤く染める夕日は地平線との境界を曖昧に写し、そこに蠢く黒点が浮かび上がる。
黒点はどんどん大きくなり、そのシルエットをはっきりとさせていく。翼をはためかす音と暴風がこちらまで届いてきそうなほどに力強い。
「あれがドラゴン。デカいわね」
「どうにか……できますよね?」
「できるわ。私と、大剣と、クルル王女なら」
左手はクルル王女の手を握り、右手は背負った大剣を握る。彼女の背丈には大きすぎる大剣を片手で操り、足元に突き刺して大地を砕く。
「最強の原生生物と、最強の召喚獣……どっちが強いか、力比べといきましょうか!」
水色の瞳が紫に染まる。
黒い刀身に走る赤い脈動が激しく輝きを帯びて、地面へと流動していき特殊な陣を描き出す。その陣はどんどん範囲を広げていき、やがてはドラゴンと同等の大きさにまで成長する。
「さあクルル王女! あなたの力を私に見せて!」
「……はい!」
繋いだ手から、焼けそうになるくらい熱く漲る力が流れ込んでくるのを感じる。この激動の後押しがあれば、ドラゴンなんて敵じゃない。そう思える程の大きな力がとめどなく流れ込んでくる。
「──カーバンクルの名において、かの者に血炎の恵みをもたらさん。熱く、激しく、怒涛となりて、勝利の道を切り開け!」
詠唱が終わると、先程とは比較にならないほどの力と勇気が湧いてきた。いや、湧いてきたなんて優しいものじゃない。自分でも認識していない深淵の奥底から吹き上がるように、際限なく溢れてくる。
これが、クルル王女の真名であり正体でもある──召喚獣〝カーバンクル〟の祝福。
「こんなに可愛い子にここまでされちゃ、期待に応えないわけにはいかないわね!」
『いいからはよせい!』
ハッキリ可愛いと言われ、横でクルル王女の顔が真っ赤に染まっているのは、夕日のせいだけではないだろう。
「ありがとう。危ないから隠れてて」
「ご武運を」
そっと手を離し、心配そうな面持ちを浮かべながらその場を離れていく。
物理的に距離が開いても、左手の温もりが冷めることはない。昂る気持ちはとどまるところを知らず、ずっと傍らに暖かい想いを感じる。
その想いを胸に、唱える。
「我が身を器に、心を血肉に、顕現せよ──バハムート!!!」
突き刺した大剣を鍵のように捻り、異空への扉が開かれる。展開された陣からせり上がるように最強の召喚獣であるバハムートの姿が現世へと顕現していく。その姿は図らずも、ドラゴンの姿に酷似していた。
そしてバハムートは大きな口を開き、モナの体を丸呑みしてしまう。
「モナ様?!」
『驚かせてすまんのぅ。わしじゃから安心せい』
バハムートから聞こえてくるその声は、大剣から聞こえていた空気を震わせない女性の声と同じもの。
『同じ召喚獣のよしみじゃ、特別に見せてやろうぞ。わしとモナの力をな』
バハムートの背に生える三対の巨大な翼に円環が走り、光り輝く。羽ばたくという動作をせずともドラゴンと同等の巨体を宙へと浮かび上がらせた。
あちらもバハムートの存在を目視し、敵意を爆発させる。鋭い眼光がぶつかり合い、まるで視線だけで環境が変わっていくような緊張感が世界を支配する。
ドラゴンの喉が赤く灼熱し、膨れ上がった。
火山を棲家とするドラゴンの体内にはマグマが貯蓄されており、高圧で吐き出すことによって全てを焼き払うブレス攻撃を行なってくる。
「来るわよ!」
『守護虹壁!』
背後にはクルル王女と王都。回避する選択肢はない。
手を前に突き出し、虹色に輝く障壁がマグマブレスを受け止めて周辺へ拡散させる。ただのレンガの城壁など、ドロドロに溶かされていただろう。
少しでも戦場を王都から遠ざけるため、バハムートは一直線でドラゴンへ向かって飛翔。これだけの巨体同士がぶつかり合うのだ、被害は甚大なものになると容易に想像がつく。
『「どぉりゃぁぁぁあああ!!!」』
モナとバハムートの声が重なり、ドラゴンと正面衝突。衝撃波が辺り一帯の木々を吹き飛ばし、大地をめくれ上がらせる。その余波が王都まで伝わり、ほとんどを城壁がなんとか防いでくれたが一瞬にして半壊してしまう。
それほどにカーバンクルの祝福を受けたバハムートの力は絶大なまでに膨れ上がっていた。
「ヤバ、想像以上の恩恵ね」
『長引くのは酷じゃな。一撃じゃ』
「おっけ!」
爪と爪が取っ組み合い、ドラゴンがバハムートの首筋に牙を立てるが、激しく火花を咲かせながら硬い装甲に弾かれる。
その隙に相手の首筋に噛みつき返し、鱗を突き破って牙が食い込む。そして体を捻って一回転、二回転と勢いをつけ、上空へ向かって全力で投げ捨てた。
相手も翼を持っているから猶予はない。早急に一撃必殺の準備を整える。
口腔から稲光が明滅し、耳を劈く甲高い音が空気を震わせ、遍く世界をざわつかせる。
『「滅・破虹天!!」』
バハムートの口から吐き出される一条の光は天へ繋がる架け橋となり、七色に輝く力の奔流となってドラゴンの肉体を飲み込んだ。
「えっぐい威力出たわね」
最強の原生生物の名は伊達ではなかったようで、バハムートのブレスでその身を滅ぼし絶命するまでには至らず、地平線の向こう側へ点となって消えた。
『カーバンクル、か。確かにこれは危険な力じゃのぅ』
クルル王女の持つ祝福の力は使い方を誤れば大惨事になりかねない。そんな危険性を理解し、彼女が王都を離れようとしている理由の一環を知ったのだった。
***
ドラゴンを撃退することに成功し、王都は無事に静寂を取り戻した。半壊してしまった城壁の補修作業で少しばかりの慌ただしさはあるが、人々はすでに日常を取り戻している。
そしてここにも一人、日常に戻ろうとしている女冒険者の姿が。
「面倒なことになる前に次に行きますか!」
『逃げるとも言うがのぅ』
──朝霧立ち込める早朝。
乗合馬車の始発に乗り込み、背負った大剣は脇に置いて腰を落ち着けるモナ。
どこに行く馬車なのかは知らないが、王都から離れることができれば今はそれでいい。
乗客はモナを除けば冒険者らしい風体のが一人だけ。あとは「出発しまーす!」という御者くらいで、ゆっくりと馬車の車輪が回り出す。
『置いてきて良かったのかのぅ?』
「いいのよ、私についてきてもロクなことにならないし」
あのあと、クルル王女とは別れた。
連れ去ってくれと言われていたが、引き受けたのはドラゴンの撃退であって王女の誘拐ではない。王女としての最後の仕事やその後始末なんかもあるだろうし、また見つかってしまう前にさっさと離れよう、という算段だった。
「あの子なら一人でもやっていけるでしょ」
幸い、周りの環境には恵まれている。行動力も人徳もあるし、困ったらきっと誰かが助けてくれるだろう。
と思った矢先のこと。
「あら、それは買い被りというものですわ」
「クルル王女?!」
「ふふ、驚かれましたか?」
乗り合っていた冒険者は、クルル王女が扮した姿であった。
『気配を隠すのが上手くなったのぅ』
「お褒めに預かり光栄です」
「いやっ、どうしてここにいるのよ?!」
「逃げてきちゃいました♪」
てへ、と舌を出して額をコツンと。
「報酬の話をしていませんでしたよね。わたくしなどいかがですか? ……わたくしのこと、連れ去ってくださいますよね?」
バハムートの評価に相応しい、まさしくお転婆な王女様に頭を抱えるモナなのであった。
──終わり。
初めましての方は初めまして。お久しぶりの人はご無沙汰しております、作者の無限ユウキと申します。以後お見知りおきを。
自分はあとがきというスペースが大好きな人なので、知っている人は知っていると思いますがここから先は長くなります。めんどくさいという方は、ぜひすっ飛ばして〝評価だけでもしてください〟ね。評価だけでも、ね。じゃなかったらなぜ読んだ(圧)
さて、そんなことは置いておいて。
本作は『相棒とつむぐ物語』コンテスト用に執筆した物語なのですが、書いていて思ったことは色々ありますけど、一言で言えば「書いて良かった」です。
普段は長編をよく書いているのですが、お恥ずかしながら大半はエタってましてそれでも書くことが楽しいので続けているのですが、今回のコンテストは12000文字以内の短編ということで、これから自分でもエタることはないだろうと思ったのが参加してみようと思った理由の一つです。おかげさまで自分には長編ではなく短編に適性があるのでは、と今更ながら気づきを得られました。この場を設けてくれた運営様には感謝です。
あと女主人公の物語をよく書いているので、女性が登場することが条件だったのもちょうど良かったですね。あとあと上手くいけばういママがイラストを描いてくれるとかなんとか?!
絵に釣られたわけじゃないけど、良いモチベにはなりました。あざっす!
ではここからは本編に触れようかな。
ストーリーは読んでもらった通りなんですが、良くも悪くも〝失敗〟しました。
なにが失敗だったって、たったの12000文字に収めなきゃいけない物語に設定を詰めすぎたってことです。長編を書いていた弊害です。
言い方は悪いかもですけど、短編は使い捨ての物語。もっとあっさりしていても良かった。それくらいがちょうど良かったはずです。例えば召喚獣はバハムートだけでもチンピラには勝てたのに、考えた設定を披露したいがために他の召喚獣も出してしまったりとか。
他にも失敗はありますよ。この物語は恐らく運営が求めている内容ではない、という点です。たぶん女の子がイチャコラしつつ仲の良さ以上の絆が見られる平和なやつ、だったんじゃないかなって思います。じゃなきゃR指定なんて設けないよね、と。
知ってましたか? このコンテスト「※性描写・残虐描写及び「小説家になろう」にてR15指定が必要な作品は禁止」って書いてあるんですよ。これがなかったらチンピラとかボッコボコのボコにしてたし、ドラゴンとかお空の彼方じゃなくてバラバラの肉片にしてました。そもそもバトル展開のある内容にするなって話だけどね。だからこんなあっさりとした急展開になるんよ。文字数の制限もあるしせざるを得ない。
まぁ参加することに意義がある、くらいの気軽な感じで参加したので、読む方も気楽に流し読みするくらいで楽しんでくれたら嬉しいです。
でも実際は書くの結構苦労してまして、最初に話した設定の盛り過ぎを筆頭に色々あって既定の文字数に収まらない! って案の定なりまして、削る作業に四苦八苦してました。次からはみ出さないように気を付けたいです……。はみ出しても良いからまずは書いて、それから削ればいい! って感じで書いたんですけど削る作業が想像以上に地獄でした。
最初はいいんですよ、余計な文ってのはやっぱりあるもので、それを消したり同じ意味になるように言い回しを変えて圧縮したり。それでも溢れてる! ってなってからが大変でした。
ダイエットで脂肪を落とすまでは良かったけど、それでも目標に到達しなくて、「あと30g……小指を落とせばいけるか……?!」みたいな気持ちでした。まさに身を削る想いという。
だから心して読んでね(おめめグルグル)
唐突だけど、目の色が変わる描写があったのを覚えてますか? 水色から紫へってやつ。この世界では召喚獣は喚び出して戦ってもらうのではなく、力を借りて一緒に戦う、みたいな設定になっています。だから「共犯でしょ」ってセリフがあるわけです。そのモードチェンジの描写として入れました。なので戦っているのはモナでありバハムートです。割合的にはモナ寄り。ドラゴンはバハムート寄りですね。紫なのはバハムートのイメージカラー。じゃあシヴァは青でガルーダは緑でタイタンは茶にならないの? って疑問に思った人はありがとうございます。思わなかった人もありがとうございます。実は召喚獣との契約は一人一体と決まっていまして、モナの場合はバハムートになります。他の召喚獣は〝仮〟契約っていう屁理屈を通そうと思ってました。なので目の色は変わらないし、力をちょこっと借りられるだけ。バハムートはちゃんと契約しているので、本体をその身に宿すこともできちゃうのです。それぞれの召喚獣とのエピソードも気になりますよね。どうやって契約や仮契約を交わしたのか、とか。考えてません。
話が前後しますが、今回のコンテストはバディ物、ということで色々考えましたが、思ったわけです。相棒はなにも人間だけじゃないと。武器だって相棒って言ったりするじゃないか、と。その結果、バハムートは武器になりました(?)。正確にはバハムートの力を借りるための触媒が武器の形をしているだけですが。そしてさらに思ったわけです。相棒は一人限定とは限らないじゃないか、と。その結果、バフに特化したクルル王女が相棒として味方に付きました。モナには武器の相棒と人間(?)の相棒、二人の相棒がいるってわけですね! 贅沢!
みたいな感じで今回の話は考えてみましたよ。
あと、最初の最初は男主人公で書いたりとかしてたんですよ実は。で書きにくさからやっぱり女主人公になって書き直したりとかいろいろありました。お披露目できて良かった良かった。ちなみにハルファルトって王都の名前はその男主人公の名前が引き継がれてます。もしかしたらそいつが王様かもしれませんね。
ちなみにモナはサモナーのモナ。クルルはカーバンクルなのでクルルって感じで安直に名付けました。わかりやすいのが好きなんです。バハムートは知らん。
山あり谷ありそんなこんなで、個人的にはとってもお気に入りな物語になりました。そういう意味でも失敗だったなぁ。終わりって悲しくなっちゃうんですよねー。なりません? 短編書くなら早く慣れないとね。
んで、これから先の物語はモナとクルル王女の二人旅となります。あとバハムートも。
王女誘拐で賞金稼ぎが賞金首になっちゃったりとかしてそう。
戦闘要素を抜きにすれば、この後の話こそが運営の求める物語だったのかもしれませんが、それはまた別のお話、ということで。多分書かない。多分ね。
ではでは、最後までご覧いただきありがとうございました。こんなところまで読んだんだから評価くらいはしていってくれるよね?(再三の圧)
それでは、皆様に良き小説ライフを。
──無限ユウキ。