鋼鉄の巨塔
ハーフタイムが終了し、両チームの選手がフィールドに戻ってくる。
キックオフはダーディススクラプから始まる。
笛が鳴る前に、イクオスがマギドラグ魔導学院のベンチを見ていた。
「なんだ、結局ヴィルカーナのお嬢さんは試合に出ねえのか。本人も出たがっているみたいなのにな」
「イクオスさん。後半はどうするんっスか」
「初っ端から攻める。そのあとは自陣に戻って守りに集中するさ。だから俺にボールを渡しな」
「了解っス」
『さあ、乱打戦のこの試合! 見ててハラハラしますね! ダーディススクラプの怒涛の攻めでリードするこの展開! このまま引き離すのか、それともマギドラグが反撃の狼煙を上げるのか⁉』
――ピィィィィッ!
『笛が鳴る! イクオス選手が最初からギアマックスでゴールへと走っていくぞ!』
「行くぞ! 俺は四点程度じゃあ満足できねえんでな!」
キックオフ、パイプからボールを受け取り、速攻でゴールを取りに中央直進で走り出した。
初っ端から容赦なしのゴール突進。脇目もふらずゴールへと向かい、シュンもイクオスを止めようと立ちふさがる。
「通すかっての!」
「シュン! 今のお前じゃあ俺の相手にならん! 『疾駆韋駄天』!」
「ぐっ⁉」
嵐の突進でシュンを軽々と吹き飛ばしていく。
『試合開始早々、マジックドリブルでシュン選手を吹き飛ばした! イクオス選手! 攻めを緩める気は全くありません!』
「やはりハーフタイムの時間だけじゃあ魔力を回復しきれねえようだな」
魔法を使えないと判断し、イクオスは『疾駆韋駄天』でシュンを吹き飛ばしながら前進。
その言葉通り、シュンの魔力は器の半分も回復していない。前半で無茶して三発目のマジックシュート、『ティルウィンドジェット』を放ったことによって起きた魔力切れの反動が原因だと推測する。
「さあ! 俺を止めれるもんなら止めてみやがれってんだ!」
「また来やがって! 止めてやる!」
「ええ!」
するとアイメラ兄姉のコンビがボールを取りに魔方陣を展開させながら突撃。トノスはスライディングタックルを、トノスは空中からのショルダーチャージの空地の両方からのディフェンスを仕掛けた。
「「『ファイアタックル』‼」」
(二段構え! だが!)
「おせえ! 『ボールショット』!」
「ぐぇッ⁉」
トノスのスライディングタックルをジャンプで避け、空中ショルダーチャージをかますプロスに向けて風をまとった右足でボールを蹴り飛ばしてぶつけて吹き飛ばす。
腹にぶつけられたプロスが上空に飛んでいき、イクオスはぶつけたボールは地面に落ちてそれをすぐさま拾って再びゴールへと走っていく。
「ああ! プロス大丈夫か⁉」
『おお! 乱暴ではあるが技ありの突破! ジャンプしつつ上空から迫ってくるプロス選手目掛けて『ボールショット』! これは痛い!』
「くっ……」
「ボールぶつけられて飛ばされるようじゃ俺は止められねえよ!」
「力づくできやがって! 止めてやらっ!」
今度はリンナイトが止めに入る。
(と、止まらないのか……)
ゴールに向かってくるイクオスを見て、マデュランは焦りの表情。
(後輩たちのために活躍すると心で決めたが……どうやって止めればいいのだ?)
もう一点を取られてはいけない状況。絶対にイクオスの攻撃は封じなければならない。
プレスをかけに行くか。
魔法を使って止めるか。
「でも、それで止められるのか……」
「ビビってはダメ!」
「――ッ⁉」
そんなマデュランに向かってベンチからヴィルカーナが大声で激昂を届けに来た。
「ヴぃ、ヴィルカーナちゃん⁉」
「マデュランさん! あなたはこのチームのキャプテンでしょ! イクオスの攻撃に怯えちゃあダメでしょ! またシュンに頭下げて点を取ってくれって頼みこむの⁉」
「ヴィルカーナ……」
「あなたはマギドラグ魔導学院の三年生! しかも防御魔法ならAクラスの優等生集団にも負けない! なら本気の防壁魔法なら誰が相手でも止められる! 細いタワー建ててそれで満足かしら⁉ もっと大きな、誰にも壊すことができない砦の一つや二つ作って見なさいよ!」
「……」
「だから! 怯えないで最後まで頑張って! 止め切ってみせて!」
レイカの激励にマデュランは揺さぶられるように目を見開く。
(ヴィルカーナ……君の言うとおりだ。私は怯えているのだろうな。まったく、最後まで決断できない奴だ、私は)
負けることを考えるな、と思っていたのにいつの間にか後ろ向きになっていた。
いつまで脳裏にイクオスの攻めがこべりついていた。
あの怒涛の攻め、そしてサッカー出場権を奪われてしまうかもしれない、その二つの恐怖がマデュランの脚に重い枷のように絡みついていた。
そのことをレイカに言われてようやく気付いた。
「シュンが前の試合も、この試合も誰よりも頑張っている。ヴィルカーナだってこの試合に出たいだろうに」
ここまで頑張ってくれている後輩に情けない姿なんて見せるわけにはいかない。
覚悟を決めて向かってくるイクオスにじっと視線を向けた。
「なんかアドバイスを送っているみたいだが、おもしれえ! 本気の防御魔法ってやつを見せてみやがれ!」
「よそ見すんじゃねえ!」
自身のスピードを生かして高速スライディングタックルをかますリンナイト。
それをイクオスはボールでそのスライディングタックルを防いで、そのままボール越しに蹴るをかまして吹き飛ばした。
「ぐあっ⁉」
「喧嘩の最中によそ見する奴なんているかよ! いくぜ!」
――魔方陣展開!
「全部ぶっ壊す! 『臥龍空牙』!」
蹴りだされるとともに緑の龍が咆哮をあげながらゴールを進む。
「……と、止めなければ」
もしここで止めなければ相手チームに五点目、差がまた開き三点差になる。
そうなったらもう逆転はできない。
絶対に止めなければならないが、このシュートに何度も破られゴールを決められ、どうやって止めればいいか苦渋の表情をするエスバー。
それでも心の不安を消してボールと立ち向かい魔方陣を展開しようとするエスバー。
全力の魔法なら軌道をそらすことだけでもできるはず。そう考えて『ファイアボール』を発動させて迎え撃つことに決めた。
「エスバー! 君だけには負担はかけさせん!」
するとエスバーの前にマデュランが現れ、襲い掛かってくるシュートの軌道の上に立ち止まる。
(取られた四点は私の責任だ。相手に自由に打たせ過ぎてしまった。もっときちんと守っていたらエスバーの負担も減っている)
チームの失点は己の不甲斐ない守りこそが原因だと強く思い込むマデュラン。
ならばその責任を取らなければならない!
マデュランの足元に巨大な魔方陣が展開される。
「……マデュランさん!」
「私が止める!」
「――『タワーシールド』‼」
魔法の言葉と共に魔方陣が強烈な光を放つ。
すると、マデュランの背後に鋼鉄の巨塔が地面から浮き上がっていった。そしてその塔から半透明のバリアが構築され、ゴールを守るようにそびえ立つ。
「なっ⁉」
突然現れた巨塔に驚きの声を上げるイクオス。
そして風の龍に巨塔をぶつけて、激しい風が周囲に巻き起こる。
「止まれえええっ‼」
巨塔にぶつかった『臥龍空牙』が食い破ろうとするも、風の勢いが次第に弱まっていき、魔力が失っていく。しばらくする風の龍が力尽きたように消えて、ボールもパワーを失って壁に弾かれてしまう。
勢いを失ったボールはそのまま地面に落ちて、マデュランの足元におさまった。
『と、止めた! マデュラン選手! 打てばゴールを決めていたイクオス選手の『臥龍空牙』を魔法で作った塔の盾で止め切りました!』
「い、イクオスさんの『臥龍空牙』が、と、止められた⁉」
「なに、あのかべ⁉ すっごいたかい⁉」
「ま、マジか! おいおいおい! アイツ俺のシュート止めやがったぜ!」
イクオスを除いたダーディススクラプの選手たちがありえないようなものを見るような表情を浮かべた。止められたイクオスは逆に獰猛な笑みを浮かべていた。
頼りにしているエース、イクオスの龍の一撃をゴールキーパーではなくディフェンダーが完璧に止めたのだ。驚くのも無理はない。
「凄いわ! マデュランさんならやってくれると思ったけど! こんな高レベルな魔法を使えるなんて!」
「マデュラン君は『バリア』の魔法を扱わせたら全学生トップよ! 私が太鼓判するわ!」
「すげえ……あんなでけえ魔法障壁を展開できるのかよ!」
ベンチにいるレイカもシュンもマデュランの活躍に大歓喜だ。
「……マデュランさん!」
「なんとか防げたな」
「リンガル! お前その魔法! 冒険の時にモンスターの魔法を防ぐために使ってたやつじゃねーか!」
「前のAクラスとの試合をしたとき、相手キャプテンのフェニクスも冒険で使う魔法をサッカーで使っていただろ。そのやり方を真似ただけだ」
今までの技を使っても止められない。
なら、冒険の時に使った魔法をサッカーに活用する。
その結果、ゴールを守る巨大な盾が完成した。
龍の行進を止めるほど堅固な盾が。
「皆! 後ろは私が守る! だからゴールを奪うことだけに集中してくれ!」
そう言ってトノスにパスを出す。
「はい!」
そして、マギドラグ攻撃陣、相手ゴールに攻め込み始めた。
(シュン! もう君一人だけに負担はかけさせん! このチームのキャプテンは私だ。イクオスの攻撃にビビっていられるか!)
マギドラグの反撃の狼煙が、今上がった。
【エルドラドサッカー日誌】
・タワーシールド
マデュランが使う鋼鉄の塔盾。
土属性魔法で鉄を作り出し、塔を形成。そこから防壁のバリアを展開。ありとあらゆるものを防ぐ盾となって相手選手の攻撃を防ぎ切るマジックディフェンス。
元は冒険で巨大なモンスターの攻撃を封じるための防壁魔法である。普通の魔法ではあの巨塔には傷一つつけることはできないであろう。