ハーフタイム マギドラグ魔導学院視点
(まずいな……)
シュンの心の中は焦りの感情に満ちていた。
掲示板の点数は二対四。シュートが決まった回数六回。この点数を見ただけで今行われている試合の展開がすぐに想像できる。
(……サッカーの試合の点数か? これ)
他のスポーツをしているんじゃないか、と思ってしまう。それほどの点取合戦。いくら相手チームが攻撃重視のチームとはいえここまで点の取り合い勝負になってしまうとは。
魔法があるとはいえ。
(――だが、まあ)
そこは問題ではない。
この点数はこの世界ならあり得ることだ。シュンからしたら信じられないことだがほかの皆にとっては当たり前のような光景。
今目に向けてべきは自分たちが負けていること。
そして――
「…………はぁ」
「…………どうしよ」
(流れが悪いな)
チーム内でただよっている雰囲気
だろう。
暗い気分だ。
(まずい、気持ちで負けている……)
「負けているこの状況……点取ればみんなの視線ひとり占め⁉」
(モココさんはいつも通りだけど)
ほとんどのメンバーが意気消沈している。
この点数の差に、相手チームの怒涛の攻めに、皆気が滅入っている。
さらにこの試合にはエルドラド魔導祭に出場するための権利がかかっている試合。負けている今の状況、自分たちは大会に出場機会することができないかもしれない。そのことが重圧になっている。
それに、シュンはもう一つ不安に感じることがあった。
(俺の魔力はもう限界に近いか……)
そうだ、シュンの魔力が尽きかけている。前半で無茶をしたのが体に響いてきている。
(今の休憩時間で魔力が自然に回復することができるが、回復できたとしても少しぐらいだ。試合が再開してもしばらくは魔法が使えない。無理してドリブルの『ゲイルステップ』ぐらい……だな)
試合後半のはじめは魔法は使えない。使ってしまったら膝をつくことすらなく気を失って倒れる。そんな予感がする。
「シュン君、あなた身体の方は大丈夫?」
「はい。試合に影響は少ないかと。あれぐらいのマーク、慣れっこですよ」
「そっちじゃなくて魔力の方よ。もう魔法を使えないぐらい限界なんじゃない」
クアトルもシュンのことが心配なっている。
シュンの体質のことはチームの誰もが知っている。試合が再開してまた倒れかけました、なんてことがあったら気が気でならないのだ。
「まあそうですけど、だからといって後半戦でないなんてことは――」
「監督」
クアトルを心配させないように言葉をかけると、横からレイカがクアトルに向かって、
「後半、私が出ます」
「え⁉」
選手として、後半戦に出場すると宣言する。
これにはベンチにいる誰もが驚きの声を上げた。
「ちょ、ちょっとヴィルカーナちゃん、試合に出たい気持ちはわかるけど、Aクラスの担任から言われたこと覚えていよね?」
この試合の前にAクラスの担当から言われこと。
選抜戦の時のメンバーでこの練習試合に勝って実力を証明せよ、と。
レイカが入ったらそのルールを破ってしまうことになる。
だがレイカは、
「もうそんなことどうでもいい! 負けっぱなしの状況でベンチに座ったままでいられるわけないじゃない! なにがなんでも出場するわ!」
「俺達のプレイが不安ってのかよ!」
「前の選抜戦の時と同じじゃない。シュンが無茶しすぎて……それにあんたたちが負けることにビビっているのに不安を抱かないわけないじゃない!」
「く……っ!」
そう言われると口を閉じてしまうリンナイト。
確かに負けているこの状況。しかも自分たちのプレイができていない。
レイカの言葉に納得をせざる得ないレギュラー陣。
するとシュンがレイカを止めようと声をかける。
「レイカ、ストップ、落ち着いて。出場したい気持ちはわかるぜ。だがな、もし君が出場してしまったらAクラスとの約束を破ってしまう。それじゃあこの練習試合に負けたのと一緒だ。それはわかるだろ」
「わかってるけど……でもこのままじゃあ試合に負けるわ! 何もしないまま終わっていいわけないでしょう!」
もしこの試合に負けてしまったら、レイカは何もしないままエルドラド魔導祭のサッカー大会の出場権をAクラスに渡ることをただ見届けるだけになる。
それが嫌で仕方ない。だからこそ試合に出ようと奮起している。
シュンもレイカの気持ちは十分に理解できる。大会に出るか出ないか、それが決まる試合にただ見ているだけ。苦痛でしかない。
シュンからしてみてもレイカと一緒に大会に出られないなんてこと、本当は想像したくいない。
だがそれでも出場させるわけにはいかない。ルールを破って大会に出場できませんでした、なんてそんなことはさせない。
「……大丈夫だ。確かに今の状況はかなりまずい。だが後半戦、練習の時と同じようにプレイすればいい。そうすれば勝てるさ」
「……本当にできるの?」
「できるさ。ねえ、先輩の皆さん」
「うんうん♪ モココの大活躍するシーン、たっぷり見せるからね♪」
「ほら、モココさんもこう言っているだろ」
「いや、前半戦ずっといつも通りにプレイできていたのシュンとモココさんだけじゃあ……」
「それに、何も試合に出場するだけが選手のして活躍することじゃあない。ベンチからでもできることがあるだろ?」
「話を無理やり変えてごまかせると思っているの? ……まあそれはそうだけど」
「ベンチから見て相手のチームのこと、どんなチームだと思った? それを聞いて参考にしたい。レイカの観察眼なら信頼できる」
サッカーをし続け、様々な技や魔法技を持つマジックシューター、レイカ。
そんな彼女ならダーディススクラプのチームの特色はすぐに見抜けるはず。
「よし! ヴィルカーナちゃん、どんどん喋っちゃって。シュン君とヴィルカーナちゃんの話を聞いて、後半戦の作戦を決めましょう!」
「え、いいんですか?」
「私よりサッカーが詳しい二人のほうがいい作戦考えられるはずよ。うまくいかなかったら私が考えたって言いふらしていいから」
サッカー経験が長いシュンとレイカのほうが自分よりいい作戦を考えてくれるはず、そう思ってクアトルは二人を中心に話し合いをすること考えた。
マギドラグイレブンたちの前でレイカは作戦会議、もといダーディススクラプがどんなチームなのかを話すことになった。
「シュン、相手チームのことをよくわかった?」
「ああ、彼らチームのプレイスタイルは大体把握した。ダーディススクラプ魔法学校は確かに超攻撃的チーム。フォーメーションや彼らのプレイスタイルを見てそれは想像できる」
「そうね。ダーディススクラプのチームは守りを捨てた超攻撃のチーム。実際に四点取られているからね」
「それはわかる。私達も彼らとフィールドで戦っているからな」
「……あまり私たちと考えていることが変わっていないような気がしますが……」
「それでどんな作戦を立てるってんだよ」
「そして、彼らのチームの攻撃と守備の要はイクオスただ一人。ダーディススクラプ魔法学校はイルマ・イクオスの個人技のチーム」
作戦を聞こうとしたら、レイカの言葉に皆が疑問に思った。
「イクオス個人のチーム? それはどういう……」
「簡単に言えば、ダーディススクラプ魔法学校サッカー部はイクオスのワンマンチームです」
「え?」
レイカの答えにチームほぼ全員が首を傾げる。頷いたのはシュン一人だけだ。
「攻撃においても基本はチーム全員で打ちに行くけど、イクオスだけシュートの威力が桁外れよ。まあだから確実に決めに行きたい時イクオスは自分にボールを渡せと味方に指示を出し、ボールをもらって打ちに行くのよ。四点の内、彼が三点決めているし」
そして、
「守備においてもイクオスが味方に指示を出し本人は相手のエースをマークして敵チームの攻撃を封じる。シュートブロックも積極的に行う。あれはフィールドを走りながらゴールキーパーしているようなものね」
さらに、
「しかも他のチームメンバーは気性が荒い選手も多いのに、見事に統一している。キャプテンとしての実力もあるわ」
「それってイクオス頼みのチームってわけか?」
「そうであり、そうとも言えませんね。さっきも言いましたけどイクオスは他の選手をきちんと引っ張っている。そして肝心な時は暴走しがちなダーディススクラプの生徒たちもイクオスの指示には聞きます。それはイルマ・イクオスを信じているからこそ指示に耳を傾ける」
すなわち、
「一人のエースを信頼して、サポートするときはとことんサポートに徹底する。ワンマンチームの理想的な形ね」
「ああ、まとまりのいいワンマンチームはチームプレイもあんがい上手いものだ。実際イクオスが指示を出しているときの相手選手は皆いい動きしている」
「じゃあ、イクオスを止めればダーディススクラプのチームの動きも止まると言うことか?」
ダーディススクラブがイクオスのチームならば、イクオスを封じれば勝てる。
そう思ってマデュランはレイカに聞いてみると、
「……今はあまり意味ないですね」
「なぜだ?」
「イクオスはシュンを警戒して自陣まで下がってシュンをマークしています。攻めるより守ることに集中している」
「そうか、今イクオスはゴールの防壁をやっているのか」
「そうですね。俺ら、攻撃陣がイクオスを突破してシガーから点を奪う」
「そして、こちら側が点を取らなければイクオスも全力で攻めてはこない。点差を縮めてイクオスを攻撃に向かわせないとならない」
「そしてイクオスの攻撃を止めれば勝てる。ダーディススクラプ魔法学校の攻撃も守りも全てイクオスにかかっているからです」
「……できるのか……あの攻めを止めることが」
苦い顔をするマデュラン。
イクオスの猛突進を思い出して、あれを止めれることができるのか不安がよぎってしまう。
「マデュラン君」
「監督?」
「負けても責任感感じない! 大丈夫よ、学院長に全力で頭下げてサッカー部をエルドラド魔導祭に出場できるように頼み込んでくるから!」
「えっ」
びっくりするような声を上げるサッカー部メンバー。
そしてそんなメンバーたちに力強く言葉を続けるクアトル。
「みんなもしこの試合に負けたらエルドラド魔導祭の出場権を取られることにビビっているんでしょう。でも安心して、もしAクラスの生徒が来たって説得してみせるから」
「か、監督……」
クアトルなりのプレッシャーの消し方だ。
チーム皆がこの試合に負けて大会に出場できないかもしれない、そんな重圧を消すためにそういった。
もっともクアトルは言ったことは本気で行おうとしている。サッカー部の皆の頑張りに応えたいと思っているからだ。
「さて、そろそろハーフタイムが終わるわね。皆、ヴィルカーナちゃんとシュン君の言葉通り、イクオス君を止めることが大事よ! 攻めは苛烈だけど、魔法に比べたら耐えれるはず! だから頑張って!」
「「「はい‼」」」
そろそろ試合が再開する。
選手たちはフィールドの自分のポジションに向かっていく。
「シュン、あまり無茶はしないで。魔法の多用は厳禁よ」
「わかってるぜ」
心配そうにシュンを見送るレイカ。わかっている、そうは言ってもシュンのことだ、絶対に無茶して魔法を使うという確信がレイカにはあった。だからシュンが倒れないかどうか不安でならない。
「監督にあそこまで言われたら、このままビビっていたままでいられるかよ! ヴィルカーナの奴も安心して観戦できるぐらい全力で攻めてやる! なら、お前ら!」
「そうね、このまま負けっぱなしじゃあいられないわ」
「私もこのサッカー部のマネージャーとして、サッカー部として大会に出れないなんてこと、嫌ですからね。頑張りましょう」
三年生たちは気合が入る。レイカとクアトルの言葉を聞き、前半戦のような無様な試合はしないと強く思ったからだ。
「…………ああ」
だが一方、マデュランは感情を感じさせないような表情でリンナイトの言葉にそう返す。
それを聞いたモーグリンは心配そうな顔をして、
「リンガルくん……大丈夫? 不安そうな顔をしてるけど」
「……大丈夫だ。チコ、監督もああ言ってくれたんだ。必ず勝つさ」
「あっ、待って!」
そう言って自分のポジションに小走りで向かっていくマデュラン。
モーグリンにはマデュランの声がか弱そうに聞こえてしまった。
(ヴィルカーナの言うとおりだ。シュンに無茶ばかりかけさせている。せめて点を奪われないようにプレイすれば今のようには……)
心の中では後悔と責任が積み重なっていた。
このチームのキャプテンである自分が不甲斐ないプレイばかり。その結果が今の点差。
こうなってしまったことに悔やんでいた。
「……マデュランさん。あなたのパワーならもっと大胆に行けばどんな相手にも負けないのに」
そんなマデュランをベンチからレイカが不安そうに見ている。
マギドラグ魔導学院にとって、負けられない試合。
その後半戦がとうとう始まる。
【エルドラドサッカー日誌】
・ユニフォームについて
試合で着用するユニフォームは色は統一させること、ユニフォームのどこかに数字を入れること、そして学院の紋章を入れること、これががこのエルドラド大陸のマジックサッカーのユニフォームのルールである。
魔法が飛び交うため半袖では危険と見なし、ほとんどの学院が魔道服を着ているため、衣服の形は定まっていないのである。