ぶっちぎり!
試合の流れはすでに変わった。
点数は1対2。
ダーディススクラプ魔法学校の攻めに対応できず、すぐに逆転を許してしまった。
「……くっ」
ゴールを守るエスバーも悔しそうにゴールポストに拳を叩きつける。
前半で二点も決められてしまったことに自身への不甲斐なさを感じていた。
「エスバー、腕は大丈夫か?」
「……問題ないです」
「エスバー……すまない。私たちの守りが甘いばかりに」
「……マデュランさん」
「皆、二点取られちゃったけどまだ一点リードされただけ! ほら、元気出して!」
「監督……」
「クアトル先生の言う通りです。相手の猛攻にビビってはいけません。俺も頑張って点を取りに行きますから」
士気が落ちているチームのみんなを元気づけようとクアトルとシュンが声をかける。
まだ試合が前半。落ち込んではいられない。
そしてダーディススクラプ魔法学校の選手もこの状況に気を緩ませるようなことはしない。すぐに点を取ることを考える。
「お前ら、シュンは俺が止める」
「え、アイツからボール取れるんすか? いくらイクオスさんでも心配っスよ」
「一回限りならすぐに奪い取れる」
イクオスの言葉にパイプもそれ以上は言わなかった。
――ピピィィィッ!
試合再開の笛が鳴る。
そしてシュンがボールを受け取った瞬間を見て、
「飛べ! 『風刃脚』!」
右足に風をまとい、その足で横向きに一閃。すると風の衝撃波がシュンに向かって飛んでいく。
「なっ⁉ ぐあっ⁉」
「キャ⁉」
試合再開からの一瞬の魔法。
シュンにボールが渡った瞬間に『風刃脚』で吹き飛ばしにかかった。
その風の刃がシュンの足元に炸裂。その衝撃にシュンは足を取られて地面に倒れた。近くにいるモーグリンもその『風刃脚』の余波を受けて飛ばされてしまう。
試合開始直後にすぐさまボールを奪い去っていった。
「シュン、いくらサッカーが上手かろうが見たことねえ魔法を止めることはできねえだろよ!」
そしてそのボールをイクオスが奪い、
「さあ、お前ら集まれ! 喧嘩上等! 攻めるといったらとことん攻める! 相手をぶっ壊すほどの攻めこそが俺たちのサッカーだ!」
「「「おう!」」」
その掛け声とともにダーディススクラプ魔法学校サッカー部選手が集まってくる。そしてイクオスの前に矢印のような1ー2ー2の陣形を取る。
「行くぞ! 『炎陣悪競』だ! 全開で行くぞ!」
「「「了解!」」」
イクオスを中心に陣形を取った選手がゴールへと突撃。
そしてイクオスを守るように前に立っている選手が魔力を開放。その魔力がイクオスたちを包み込み、巨大な槍のような形へと姿を変えるのであった。
『これは⁉ まるで巨大な槍! 選手が集団で相手チームの守りを強引に突き進んでいく! これが彼らの連携技だ!』
ダーディススクラプの生徒たちのタクティクスが炸裂。守りに集中しているマギドラグ魔導学院の陣地に無理やり攻め込んでいく。
「なに⁉ 固まって攻めてきた⁉」
「オラオラ! 邪魔だ!」
「つっ立っているとケガするぜ!」
「うお⁉」
「キャ⁉」
イクオスが指揮する集団突撃に自陣を守るマギドラグ魔導学院も巻き込まれて吹き飛ばされる。急いで止めようとしても、一度勢いがついたダーディススクラプ魔法学校選手たちの突撃はそうそう止められない。
(複数人でまとまり魔法でバリアを展開して突撃! そういう戦法かよ!)
シュンは相手チームの動きを見て理解した。
イクオスの周りの選手がバリアを発動。そして守りの円陣を組み、その状態で強引に突破しに行く。
大胆かつシンプルなタクティクス。
異世界のサッカーの魔法はシュートやドリブルだけでなくチームの戦法さえより強力なものへの変えてしまうのである。
「くう! たとえ私一人になろうと!」
『おっと、先ほどの集団突撃にかろうじて耐えたマデュラン選手! イクオス選手に向かっていくぞ!』
「来たな! 吹っ飛ばす!」
「今度こそ! 絶対に止める!」
イクオスの攻撃的なドリブルを止めようと構えるマデュラン。そしてイクオスが強引に突破しようと、足を振り上げてボールに向かって鋭く振り抜き、
「おせえ!」
――空振った足はすぐに地面につける。そしてもう片方の足でボールをマデュランの横を通りすぎるように軽く蹴り押して、そのままイクオス自身もマデュランの横を走って突破した。
「え⁉」
「き、キックフェイク!」
シュートやパスを打つように足を振って相手を惑わせて、その迷った瞬間に相手を抜き去る技。
シンプルなフェイントだが、イクオスには相手選手にシュートを当てる技や、豪快なパワーで味方に鋭いパスを渡すことができる。
シュートボールをぶつけ来るかもしれない、という選択肢があるため、ただのキックフェイクでも思わず足を止めてしまうほどのフェイントになってしまうのだ。
現にマデュランはイクオスの『ボールショット』やボール越しのジャンピングニーに備えて守りの態勢を取った。それでキックフェイクでをされて戸惑ってしまい、抜かされてしまったのだ。
マデュランを突破したイクオス。距離を離すため全力でドリブルする。
完全にフリーだ。
「そのゴール貰った――は⁉」
自身のウイニングショットである『臥竜空牙』を放とうとするイクオス。しかし、背後からプレッシャーを感じ、シュートを中断して振り向く。
「これ以上は取らせん!」
『おっと! 前線にいたシュン選手! ゴール死守のため、自陣まで下がってきた!』
フォワードのシュンがゴールを守りに来ている。さっき『風刃脚』で吹き飛ばされたはずだが、すでに立ち直ってイクオスのボールをカットしようとしている。
(イクオスのシュートはエースストライカーにふさわしい威力だ! フリーで打たせるわけにはいかねえ!)
もし打たせてしまったら確実にゴールを決められてしまう。
この男だけ、ほかのダーディススクラプ魔法学校の選手たちと比べて実力がかけ離れている。
イクオスが放つシュートはディフェンダーが体を張って威力を落とさなければ止められないほどのパワー。
ならば止めるしかない。
すぐにイクオスの横まで走りこんで、そのままボールを奪いに足を振るう。ボールをかすめ取ろうと素早く足を振り切った。
「おいおい、そんな蹴りじゃあ!」
その蹴りを読み切って避けつつ、肩をシュンの胸元に力強く押し付けて強引なチャージを叩き込んだ。その衝撃にシュンは思わず後ろに下がってしまう。
「ぐっ⁉」
「俺を止めたいならもう少し強引に来るんだな」
「まだまだ!」
チャージは食らったものの、その程度では止まらない。確実に突破されるまでは守りは続く。必死になってボールを奪いに行く。
「『スクリューカット』!」
スピードのギアを上げて、体を回転しながらボールを奪いとる。お得意の『スクリューカット』だ。
「ハッ!」
「な⁉ ぐあっ⁉」
だがイクオスはボールを奪われても鼻で笑うだけで、すぐさまシュンのボールをキープしている足めがけてジャンピングキックを炸裂。
その鋭いキックにシュンの足は弾かれて、そのままシュンも吹き飛んでしまった。
あまりにも予想外な止め方。
普通の選手なら『スクリューカット』でボールを取られたとき、すぐさま取り返そうとしてシュンの背中に攻撃を仕掛けに行く。だがそれはシュンが回転しつつ素早くステップを踏むことで回避される。
だがイクオスはシュンからボールを奪われた瞬間に体をひねって、シュンの足をボール越しに蹴りとばしてボールを奪われるのを阻止したのだ。
そしてシュンを抜かせば、ゴールは目の前。
「待て!」
周りには必死になってイクオスを止めようとするマギドラグ魔導学院の選手がいるが、先ほどの『悪競全開』で吹き飛ばされているため距離は空いている。
もう誰もイクオスのシュートを止める者はいない!
「『臥竜空牙』!」
イクオスの必殺シュートが炸裂。
緑の風竜がゴールキーパー、エスバーに向かって牙をむく!
「……こ、今度こそ、『ファイアボール』で」
両手から火球を作り出して、それを最大速度で手のひらから発射。イクオスのマジックシュートに激突するも、
「……う⁉」
一瞬で火がかき消されてしまい、エスバーの胴体に命中。そして勢い止まらずエスバーごとボールをゴールに叩きつけた。
『ゴォォォルゥ! また決めた! イクオス選手、止まらない! 三点目も豪快に決めた!』
「ヨッシャ! こんな簡単に決まっちまうなんてよ! 魔法の名門学院も大したことないな!」
「おお! さっすがイクオスさん!」
「もうこれ最強っしょ!」
チームのリーダーであるイクオスが胸をドンと叩いた後、両手を突き上げた。点を取ったことへの喜びがその姿から見てわかる。
そしてリーダーのイクオスが点を奪い取ったことにダーディススクラプ魔法学校選手全員が活気づいていく。チームのテンションはノリノリだ!
(くそ……予想以上の攻めだ)
守りを捨てた捨て身の攻め。
不良ゆえのファールを取られることを、点を取られることを恐れない特攻精神。
一気に二点も取られてしまっている。先ほどまでの一点取った時からは考えられないぐらい劣勢になってしまった。
「だけど、それ以上に……」
シュンの視線は自陣にいる三年、二年のメンバーに向けていた。
「……くそっ」
「うーん……止められないなぁ」
「不甲斐ないッ……」
ダーディススクラプ魔法学校の攻めを止められなかったマギドラグ魔導学院の守備陣が悔しそうにうなだれている姿がシュンの目に映った。
「ああもう! なんでそんな簡単に決められるのよ!」
「ヴィルカーナちゃん、落ち着いて!」
「いつもの先輩たちなら止めれるはずでしょう! そんな弱気になって……」
「いつものなら……まさか!」
そしてベンチいるレイカとクアトルもチームの異変に気付いていた。
(先輩たちの動きが鈍い!)
理由はわかる。
重圧だ。
シュンたちマギドラグ魔導学院は今回の練習試合で大会に出場する権利を手に入れるかどうかの試合。
勝つことができなければそれを失ってしまう。
それが二年、三年たちに大きくのしかかっている。
試合前に思っていた心配が起こっている。
もしこのチームの状況が続くのならば――
「もう勝負は決まってしまう。逆転はできない」
チームの士気を上げなければ勝つことは無理だ。
なんとしてでも一点をすぐに取り返さなければならない。
【エルドラドサッカー日誌】
アン・ホーラ
身長 160センチ 魔力属性 火
ダーディススクラプ魔法学校在学。
イクオスを慕っているギャル。シガーとはバカコンビと主にパイプが評している。だが頭が悪いことは内心コンプレックスを抱いているため、それについて言及するのは彼女より賢くて彼女より腕っぷしの強いものしかできない。でなければ、すぐさまぶん殴られてしまうからだ。そしてそのことをよく言っているのがパイプである。
サッカーはとにかく全力でプレイすることを心がけている。直感を頼りにしているため頭脳プレイは苦手だ。
実はネイルが得意で、毎日違うデザインのネイルをつけている。だがサッカーのときは赤一色である。