練習試合開始
「なんだこのフォーメーション⁉」
シュンは思わず叫んでしまった。
驚いたのはダーディススクラプ魔法学校のフォワードが五人いるということ。
(2―3―5のツーバック! しかもミッドフィルダーも前線よりだと? どこまで攻撃に振っていやがるんだ!)
あのフォーメーションの形だけは知っている。
ツーバック。
攻めのフォワードが5人という守りを捨てて点を取ることに重点を置いたフォーメーションだ。
いくら攻撃的なチームでもこのフォーメーションをするチームなんてそうそういない。しかもミッドフェルダーの意味も前線にあげている。すなわち前のエリアにメンバーを増やして攻めの厚みを増やしている。そしてさらに守りも切り捨てている。
あまりにも攻撃に専念したフォーメーション。ここまでくると潔い。
マギドラグ魔導学院サッカー部の反応にダーディススクラプ魔法学校のメンバーは面白そうに笑っていた。
「はっは、驚いてやがるぜ」
「リーダーが作ったこのフォーメーション! 見ろ、相手の奴ら、ビビってやがるぜ!」
「私たちの怒涛の攻めを見せてやるぜ! ねっ、リーダー!」
(まあ一番の理由は、こいつら攻めることしか考えねーから、フォワードしたいって言うやつばっかだから、このフォーメーションになったんだけどな)
パイプが冷めた目で仲間を見ている。
血の気の強い不良軍団にはこのフォーメーションがいい。とにかく攻めて攻めて点を取る。点を取られてしまったのなら取り返せばいい。
残りのディフェンダーとゴールキーパーは割と真面目な部員だからきちんと守れる。
そう考えてこのフォーメーションにしたのだ。
「マデュランさん。気を付けてください。あいつら、ゴールを狙うことにだけ集中しています」
「ああ、彼らのポジションを見ればわかる」
シュンも警戒してほかのチームメンバーに注意を呼び掛ける。
これは点取り合戦になりそうだ。
『さあさあ! やってまいりました、マギドラグ魔導学院、今年初めての他校の試合! 相手はダーディススクラプ魔法学校! うーん、危険な香りがするぞ!』
グラウンドの外でマイクを手にしている生徒がいた。シュンが通っているマギドラグ魔導学院の制服を身に着けている。
『実況は私、プリン・メロエウタがお送りいたします! もちろん! 試合の実況は許可取ってます! なので問題ナッシング、です!』
「あの実況の子、また来てるわ」
「まあまあまあ、いいじゃないですか」
メロエウタがまた実況に来ていた。
試合を邪魔するわけではないため、フィールドにいる選手は気にしない。観客はむしろ盛り上がっている。
『個人的にはもちろん、マギドラグのサッカー部に勝ってほしいですね。同じ学院の生徒にはどうしても応援してしまいますね』「あと、ダーディススクラプの人たち、怖いし」
「マイク切っても聞こえるわよ!」「ぶっ飛ばしてやる!」「あの実況、生意気だぜ!」
「お前ら落ち着け。半分、怖がらせたこちらが悪い。あと、試合に集中しな」
「ねえねえ、イルマ~。相手をぶっ飛ばしても文句言わない?」
「反則をしなければ、俺は何も言わんぜ。むしろガンガン攻めろ! それが俺らの【超攻撃的サッカー】だろ!」
「そうね! わかったわ!」
「よし来た! あいつらぶっ飛ばしてやるぜ!」
「なあ、スラ。彼らやっぱりサッカーを喧嘩と勘違いしていないか?」
「いいじゃねーか。あいつ等の攻撃なんて逆にカウンター決めてぶっ飛ばせばいい」
「そうですね。リンナイトさんの言葉通り、怖気づくことはありません。練習で動けるいつも通りのプレイをすればいい」
「シュン、守りは私たちに任せてほしい。今回は攻めに集中してくれ」
「わたしたちも援護するからね~」
「わかりました!」
そろそろ試合が始まる。
シュンは自分が立つべきポジションに向かっていった。
「シュン……」
ベンチの椅子にユニフォームの姿でグラウンドを眺めているレイカ。
本当なら自分も試合に出たい。
だが先日の教師たちの要求で、選抜戦でスタメンだったメンバーで勝たなければならない。そのためレイカはスタメンメンバーに入ることはできないのである。
彼女ができるのは試合が終わるまで仲間を見守ることだけが。
それが嫌で仕方ない。
「ヴィルカーナちゃん。ほら、あれよ。試合に出れなくても、応援やアドバイスはできるわ! 私たちで元気づけましょう! みんなー! がんばれー! 相手の闘志に吹き飛ばされるな!」
「先生……そうね、サッカー部のみんな! 負けるんじゃないわよ!」
そんな様子のレイカを見て、そう言うクアトル。
応援もプレイの一環、声援を送れば悪い気分も吹き飛んでいく。そう思ってともに応戦しようと言った。
レイカはクアトルの言葉に頷いて、応援の言葉を送ることにする。
今の自分には勝利を祈ることしかできないから。
そしてフィールドのポジションに各選手が立ち止まる。
両チーム準備完了。
審判が笛を吹いた。
『さあ、笛が鳴った! キックオフ、イクオス選手がボールを持った!』
「へ、最初からアクセル全開だ!」
『おおっと、単独で突破してくる! イクオス選手、単騎駆けだ!』
味方からボールを受け取ってまっすぐゴールに向かって進んでいく。横も後ろもみない、ただ前にあるゴールだけを見て前進している。
「いきなり来るか!」
初っ端から攻めてくる。血の気の多い学校の生徒だ、点を取ることしか考えない。
ならばその初手をくじこうと、シュンが迎え撃つようにイクオスの前に出た。
「へっ、邪魔するなら派手にぶっ飛ばしてやるよ!」
カットしてくるが、スピードは落とさずそのまま肘と肩を突き出すような体勢のまま突進。力づくでシュンを吹き飛ばそうとしてくる。
「シッ!」
だがシュンも迷わない。
紙一重でイクオスの攻撃を避けつつ、足を素早く動かしてボールをタッチして奪い去る。
「なっ⁉」
ボールを取られた。
だがそのまま抜かされてたまるか。
イクオスが大地を踏みしめて、そのまま体を反転。そして今度は鋭いスライディングタックルを仕掛けた。両足を地面に滑らせて突撃する両足タックルだ。
「あぶね!」
背後からくるイクオスのスライディングタックルに気づいたシュン。迷いなき猛攻に冷や汗をかくも、ボールとともにジャンプ。
「モココさん!」
そして空中にいる状態で味方にパスを渡した。
ここは味方にボールを渡し、体勢を立て直した状態で再びボールを受けるのがいい。そう考えての味方へのパスだ。
「うん♪ 任せて!」
「ちっ、やるじゃねーか……」
完璧にカットされてしまった。
前に戦った時も手ごわかったが、試合になればよりよい動きになっている。あのシュンをとらえるのは骨が折れそうだとイクオスは悔しがりながらも、次は絶対に止めてやる、という気合も入った。
そしてその光景はダーディススクラプ魔法学校の選手たちも思わず目を見開いていた。
「イクオスさんがボールを奪われるなんてな……なるほど、そりゃあんだけ練習が激しくなるわけっスね」
チームのキャプテンがボールを奪われる。
そのことに驚きつつも、すぐにボールを奪い返そうとパイプがすでに走り出している。
「さてと……『瀑砕昇』!」
呪文を唱え、パイプの足元に魔方陣が展開。
そしてモココのボールを奪おうと、素早くダッシュしてショルダーチャージの構えだ。
そのチャージにモココは慌てず、かわしながら通り抜けていく。
「危ない! 何とか避けれたかな」
「なにっス⁉」
パイプを抜き去ったモココ。魔方陣が現れたときはどんな魔法を使ってくるか警戒していたが、何も起こらなかった。不発だったのだろうか。
「……なーんてな」
だがパイプの顔は笑顔だ。するとボールに水色の光が輝いた。なんと、ボールの下に魔方陣が。
「ふぎゃ――⁉」
そしてその魔方陣から上空に向かって強烈な噴水が巻き起こる。ボールは真上に飛んでモココの顔面に命中。吹き飛ばして、ボールはパイプの足元に戻ってきた。
『あー! 水が空に昇って、モココ選手を吹き飛ばしたっ‼』
「へっ、無様に飛んでるっスね! アン・ホーラ! とっとと前に行くっス!」
魔法で飛ばしたモココを尻目に、すぐさま反対側のライン際にいるホーラにロングパス。
「オーケーオーケー! よっと!」
パスを受け取りゴールに向かってダッシュ。
ゴールを奪う気満々。彼女の視線はゴールにだけ向かっている。絶対にシュートを打って点を取ってやるという気迫が見えてきた。
「これ以上は進ませねえ!」
「えー⁉」
そんなホーラの横からシュンが現れて、ボールをインサイドでカットし、そのまま反対側にUターン。よどみない動きでホーラからボールを奪いとった。
いつの間にか横にいたシュンに、ホーラは反応できず、驚くままボールを取られてしまった。
『これはディフェンダー顔負けのカット! シュン選手の攻撃はまだ終わっていません!』
「飛ばしていくぜ!」
ボールを持ったシュン、すぐさま走り出して近くにいた相手選手を抜かしてゴールへと向かっていく。
このカウンターにイクオスもさすがに焦った。
「チィ! お前ら! シュンを止めろ!」
「「「はい!」」」
これ以上進ませるわけにはいかない。
イクオスの指示を聞いて、ダーディススクラプ魔法学校サッカー部、全員がシュンに向かってボールを奪いに行った。
「うおお! タイマンだ!」
真っ先に相手チームのミッドフィルダー、カメルが猪突猛進のショルダーチャージ。迷いなくハイスピードで接近してくる。
「甘い!」
真正面からのシンプル過ぎる守りに、シュンはひょいっと横によけてかわす。そして前に進んでいく。
「まだまだ!」
「絶対に止めてやる!」
だがまだまだダーディススクラプ魔法学校のディフェンスは途切れない。多勢でシュンに向かって突撃してくる。
前線にフォワードとミッドフィルダーが集まっているため、フィールドの中央エリアなのに、すでにゴール前で戦っているような感覚に陥ってしまうシュン。
だが、ここを切り抜ければ楽に攻めに回れるということだ。
「シッ!」
相手選手のタックルに、目の前で最小限の動きでかわしていく。
「くそ! 全然取れない!」
『当たらない! ダーディススクラプ魔法学校の選手たちの激しいディフェンスも、シュン選手にとってはそよ風か! なんの苦も無く抜き去っていく!』
(単純な動きだぜ!)
ボールを奪うことしか頭にないか動きが単調。しかもスピードやパワーがあっても大振り。シュンにとっては襲ってくる相手選手が突っ立っているようにしか感じない。ボールを奪われてしまう、そんな恐怖は全く感じない。
「よっと!」
「うわ!」
この後もシュンは次々と相手選手を抜かしていく。
「ちぃ! もうちょっと考えて守りに行けって!」
味方選手の不甲斐ない姿にイラつきながら、パイプがシュンの前に現れた。
そして魔方陣を展開している。
(さっきのあの魔法!)
モココを吹き飛ばした、あの水魔法。
あれを発動させるつもりか。
ならばこちらも魔法を使っていくべきか。いや、間に合わない。
ならばとる方法はたった一つ。
「通させ――は?」
パイプがボールに触れようとしたとき、すでにシュンの足元にボールはない。すぐさま周囲を確認して味方にパスを出したのか確認するが、マギドラグ魔導学院の選手にボールは渡っていない。
ボールはどこにいったか。
『――出た! シュンお得意のヒールリフト! まさにイリュージョン! パイプ選手、ボールを見失っているようです!』
そう、ボールはパイプの頭上にあったのだ。
そしてそのままパイプの背後に落下し、シュンがボールを足で拾ってそのまま相手ゴールに向かって走っていく。
相手が魔法を使って止めてこようが、迷わせてしまえば簡単に抜ける。
ダーディススクラプ魔法学校の厚い前線。これを切り抜けた。後はディフェンダー陣とゴールキーパーのみ。
「おい! シュン! 後ろ!」
その声にシュンは顔をわずかに横に向けて後ろを見る。
「待ちやがれ!」
イクオスがこちらに向かって走ってくる。
ほかの選手を置いていくように駆けている。シュンとの距離の間がどんどん狭まっていく。
このままではカットされるのも時間の問題。
「トノスさん!」
ここは味方のトノスにパスを選択。イクオスと勝負を避けて、点を取ることに集中。
「よっしゃ! 任せな!」
パスを受け取りサイドから前線に駆け上がる。
相手の守備陣は手薄。絶好の攻撃のチャンス。絶対にシュンにボールを返してシュートチャンスを作らなければならない。
『ここでトノス選手にパス! おっと、ダーディススクラプのスヌース選手がトノス選手を追い始めたぞ!』
「おりゃあ!」
トノスを止めようと、スヌースが激しいショルダーチャージを仕掛ける。
それを見たトノスはボールを空高く蹴り上げて、
「よっと!」
自身も空にジャンプした後、空中を蹴って加速して、スヌースの頭上から飛び越えるように抜かし切った。
「な⁉」
「へへ! 止めたいなら空に飛んでこいよ! もっとも空はオレのテリトリーだぜ! シュン! ここは渡してやるぜ!」
相手選手を抜かした後、すぐさまシュンへセンタリング。
(まだ試合は始まったばかり……魔法を使うべきか)
試合は序盤。
だが魔法を使うタイミングは今しかない。
シュートチャンスは見逃さないのがストライカーだ。
「『ティルウィンドジェット』! いけ!」
強烈な旋風を足にまとい、そしてその風と共に前に大きく飛んでそのままジャンピングボレー。
全てを吹き飛ばす竜巻の球が今発射され――。
「遅え!」
「なにっ⁉」
シュンの目の前にイクオスが。
魔力を込めた右足を思いきり突き出して、シュンのマジックシュートを止めにかかる。
互いの足がボールに激突した。ボール越しの鍔迫り合いが起こる。
「オラッ‼」
押し返したのは――イクオスの方だ。足をなでる風を無視し、渾身の突き出し蹴りがシュンの足ごと吹き飛ばして、相手フィールドに向けてボールを蹴とばした。
「はじき返された⁉」
「おお! イクオスさんの『ケンカキック』だ!」
吹き飛ばされながらもなんとか空中で体勢を立て直し、地面に着地するシュン。無意識に右足に触れる。
「なんて蹴り……今もまだ痺れてやがる……」
力強い蹴りが足の方にも伝わってくる。
そしてイクオスの突き出し蹴り、『ケンカキック』によって攻守反転。
攻撃のターンはダーディススクラプ魔法学校の方になる。
「さすがイクオスさんっスね! お前ら! さっさと前に出ろっス!」
「パイプ、お前に言われなくても!」
ダーディススクラプサッカー部の攻撃陣が一気に相手のフィールドに駆け込んでいく。フォワード、ミッドフェルダー全員がゴールに向かっていくのだ。もはや特攻といってもいい。
「来るぞ!」
「……め、目が怖い」
怒涛の攻めに備えるマギドラグ魔導学院の守備陣。
(俺はこのチームのキャプテンだ。シュンやエスバー、一年生にだけ頑張らせてたまるか!)
キャプテンの責任感を抱き、マデュランは構えるのであった。
【エルドラドサッカー日誌】
ケンカキック
ダーディスススクラプ魔法学校の選手が使うマジックシュート。足に魔力をためて突きだし蹴りでシュートを放つ。喧嘩で使用する技をシュートに適用したものである。