サッカーと家の思い
外に出て、と言われたシュンは部屋の外で待っていたおつきの人に案内されてヴィルカ―ナ家の庭にたどり着く。
そこには大きなサッカーフィールドがあった。
芝はきちんと手入れされており、これほどいい状態のグラウンドがあることに、ヴィルカーナ家の財力の高さがうかがえる。
「本当にサッカーフィールドが。家の庭に」
「初めてですね、このグラウンドにお客様が足を踏み入れることは」
いつもはレイカとこの家の従者が使っている。
レイカがサッカーをするために作られたグラウンドだ。
「あの子誰? 知ってる?」
「いや知らん。だが服装を見る限り、レイカ様と同じ学院の生徒、といったところか?」
「ねえねえ、まさかシュンさんじゃないの? あの頭に着けたミサンガ、間違いないよ」
「本当かそれ⁉」
「シュンって……誰?」
「お嬢様から聞いてないのか? 昔、一緒にサッカーをしたことがある友達だよ」
この屋敷で働いている従者たちがシュンを見てコソコソと話している。
急な来客に戸惑っている様子。
「待たせたわね」
すると動きやすい服に着替え終えたレイカがやってくる。手には水色のサッカーボール。ヴィルカーナ家の紋章が入っている特注品だ。
「ほら、さっさとやるわよ」
「……レイカ、考えは変わらないか?」
「ええ、まったく」
「そっか。ならサッカーを楽しむか! 俺、レイカとガチの一騎打ち、してみたかったんだよな!」
レイカをサッカー部に入ってもらうために勧誘してきたが、サッカーが始まるならそのことはいったん後回し。
二人のサッカーを楽しむことのほうが大事だ。
それに、
(言葉で伝わらないならプレイで伝えるさ。俺たちはサッカープレイヤーだ。そうだろ?)
レイカの心の中にサッカーへの熱い情熱が秘めているのは、もうわかっている。
ならその熱意の炎をより高めてやる。
誰もが見開くようなファンタスティックなプレイングを。
「俺から行くぜ! 止めてみな!」
ボールを転がし、シュンが突っ走る。
二人が見合い、勝負が始まる。
シュンとレイカの距離が狭まり、シュンが仕掛けた。
体を揺さぶり、左に進むと見せかけての反対方向に進む方向を切り替えてのフェイントドリブル。
普通の選手ならだまされて体勢を崩し抜かされてしまうだろう。
「甘い!」
だがレイカは体勢を崩すことなく、体の向きを切り替えて足を振ってボールを取りに行く。
動きが読まれた。
だがまだだ。
「シッ!」
シュンはそこから足をボールで拾いつつ回転。さらに逆向きの方向に急転換。
「やると思った!」
だが迷わないレイカ。急なフェイントでも冷静。
のばした足は地面につけて、そのまま肩をシュンに向かって飛んでぶつける。
「ぐっ⁉」
強烈なパワーが背中から伝わってくる。
まさかこのフェイントにも対応してくるとは。
このままで体勢が大きく崩されてしまいボールを奪われてしまう。このまま距離を放つべきか。
そんなことを考えている暇はないようだ。
「飛べ!」
シュンは伝わってくるパワーに身を任せて、そのまま吹き飛ばされつつ、空中で体を動かしてボールを足元にキープ。
そして華麗に着地。レイカから距離を取るように離れてボールを奪われるのを阻止した。
「ちっ、ボールまでは奪えなかったわ」
「へへ、キープ力なら負けねえよ」
ドリブルにおいては誰にも負けない自身を持つシュン。そう簡単には取らせない。
(……やっぱうめえな)
だがここまで多くのフェイントを混ぜてドリブルを仕掛けたのにすべて対応されてしまった。
普通の選手だったらシュンの動きに惑わされて迷いが生じてしまい、簡単に抜かされてしまうだろう。
レイカの技術も中々だがどのようなドリブルが来ても冷静でいられるメンタルが一番厄介だ。
(大人の人や優等生の学生相手ならてこずることはあるが、同学年ではいなかった。やっぱレイカは強いな)
「もう終わり?」
「まさか!」
抜かせなかったもののまだボールは奪われていない。再び攻めるのみ。
「十八番のドリブルよ!」
ギアチェンジ。
緩やかに走っている途中に急速にスピードを上げて抜かすシュンお得意のドリブル。
レイカの視界には数メートル先のシュンがいつの間にか横に現れた。ワープして来たかのように思ってしまうほどのダッシュだ。
「――見えた!」
だが真横にいるということはわかった。すぐにチャージでボールを奪いにいく。
「なっ⁉」
だがしかし、ボールがない。
シュンの足元にボールが存在しないのだ。
焦りはするも、ここで迷うのはシュンの思うつぼ。すぐさま立ち止まって周囲を確認。
するとボールは頭上にあった。
考えられるとしたら、ヒールリフトで移動している途中にボールを浮かばせたのか。シュンと足元のボールに目を離していないのに。
(やられた……だがまだ間に合う!)
ヒールリフトは相手を欺き惑わせるフェイントドリブルだが、ボールを浮かばせてしまうため、どうしてもスピードが落ちてしまう。
ならばすぐに追いかければボールを奪い切れる。ボールを見た瞬間振り向いて走り出す。
「おっと取りゃしゃしねーぜ!」
簡単にとらせるわけにはいかない。
シュンはレイカよりも早くボールに追いついて全力ダッシュ。巧みなボールタッチでレイカから距離を取りつつ抜き去ろうとする。
「まだまだ!」
だがレイカはそう簡単には諦めない。
抜かされても距離が近いなら、抜かし切れていないということ。すなわちボールを奪い返せる守備範囲からまだ脱してはいない。
レイカは足に力を込めて、そのままステップ。シュンに距離を詰めて、そこから背後からスライディングタックルだ。
「よっと!」
それを見越してボールとともに軽々とジャンプでタックルをかわす。
攻撃が単調だ。
シュンにとっては簡単に抜かせるディフェンスだ。
完璧に抜かされてしまった。
「どうしたどうした! その程度か!」
「くう……まだまだ!」
抜き去ったことを確信して、立ち止まってかかってこいと手で招き挑発するシュン。
そんな態度をするシュンに負けてたまるか、とすぐに立ち上がり全力で追いかけて、そこからショルダーチャージの構え、そして突撃だ。
「パワーで攻めても俺には勝てんぜ!」
「そうね! ならば!」
ショルダーを打つ、と見せかけての足を振ってボールをカットしにいく。鋭く力強い蹴りはシュンの足元のボールにぶつけ、強引に奪い取ろうとする。
シュンの足にボール越しから強い衝撃が伝わってくる。
レイカの方がパワーがある。魔力による身体能力の向上効果で差が出ている。このままでじは奪い取られてしまう。
「そんなの!」
そのカットは前に受けた。選抜戦の時に。
シュンはレイカが足に力を入れた時を見逃さず、その瞬間に足をひっこめる。
「なっ⁉」
「よし!」
体勢が崩れた。この時なら確実に抜かせる。スピードのギアを上げて抜き去ろうとする。
「何度も……抜かされてたまるか!」
体勢が崩されて地面に倒れかけるレイカ。だがその目はまだ諦めていない。
片足だけで踏ん張って、無理やりシュンに向かってショルダーチャージを仕掛ける。
「ぐお⁉」
レイカの執念の守りにシュンはショルダーチャージをくらってしまう。
肩に衝撃とともに彼女の執念が伝わってくる。
だがそれでも体勢を崩さず、レイカの攻撃をかわしながら抜かそうと考えて、体勢を低くした状態で加速。
これで抜かしきる。最大限のスピードで突破しようとする。
「何がなんでも止める!」
するとレイカも体勢を低くして、そのまま回し蹴りカット。
「なにっ⁉」
レイカの鋭い蹴りがシュンの足元のボールに命中。そしてボールを強引に奪い去り、シュンは大きく体勢を崩して地面に倒れ込んだ。
「うわっ! ちくしょう! 止められた!」
「はぁ……はぁ……読んでいたわ」
「やるぅ~……」
まさか抜かし切れないとは。
一回目は抜かしきれたものの、二回目は一度や二度の攻撃をかわされても、それでもあきらめずボールを奪いに来るそのレイカの意地に負けた。
「マジかよ……」
得意なドリブルで止められるとは、どんな相手でも悔しいものだ。シュンは深く息を吐く。
「やっぱ楽しいな」
だがやはり、サッカーは楽しいもの。それはレイカ自身もそう感じているはずだ。
「さあ、立ちなさい。今度はこっちの番よ!」
レイカが力強くボールを転がす。
攻守交代。
レイカがドリブルを仕掛けてきた。
「へっ、止められたんだ、俺も止めてやるよ!」
シュンはすぐに立ち上がってレイカがどのようにして切り込んでくるか警戒する。
ただまっすぐ走ってくる。
シュンをよけようとせず一番短い距離を通っている。
(俺を吹き飛ばして突破する気だな)
パワースタイルの彼女らしい選択。
シュンもレイカに向かって走り出しつつ、レイカの動きとボールの流れを見ながら、
「シッ!」
レイカの直進的ドリブルをよけつつボールをかすめ取ろうとする。
「そんな守りで!」
だがレイカもそれを呼んでいたのかスピードを上げて、わずかに横にずれながら前に進む。
ダブルタッチ。
ボールに素早く触れてスピード落とさずに横にズレながら抜き去るドリブル。
シュンの足をかわして抜き去る。
「それもあったな!」
だがそう簡単には抜かさんと、思い切りしゃがみ込んで足を突き出して、ボールを弾き飛ばした。
「くっ、しぶとい!」
「お互い様だろ!」
弾かれたボールを二人とも追いかける。
ボールに先に触れた方がボールを奪えるはずだ。
先に動けたのはシュン。ボールを弾いた瞬間に追いかけたからか。その差は頭一つ分か。わずかな距離ではスタートダッシュの方が重要だ。
シュンが先にボールに触れた。
「そこまで!」
その瞬間、背後から重圧が。
レイカが突っ込んでくる。肩を突き出し、シュンを吹き飛ばしてボールを奪うつもりだ。しかもスピードも速い。シュートボールが飛んでくるような、そんなイメージが目の前に迫ってきている。
「『ハイパワーチャージ』! 吹き飛べ!」
背後からきているこの状況。振り向いてよけようにも時間が足りない。すぐに弾き飛ばされてしまう。
「シッ!」
ならば振り向かずに避ければいいだけの話だ。全方向から激しいディフェンスが展開されるエルドラドサッカー、その対策はすでに考えている。
足元のボールをかかとでレイカの右側に蹴りだし、シュンはボールとは反対側の左側に向かってバックステップで移動。レイカの『ハイパワーチャージ』を避けつつボールをキープし続けた。
「なっ……?」
さすがのレイカも動きが鈍る。
レイカの背後に回ったシュンは勝ち誇った顔をし、
「へへ、得意のドリブルで二度負けはしねーよ。まあ俺は守りの方だったが」
「く……だ、だまされたわ。まさかそんなドリブルがあるなんて」
「まだまだあるぜ。俺を止められるかな!」
「さっき止めたわよ! なんならもう一度止めてあげるわ!」
二人は再びボールとともに駆けだした。
シュンとレイカ、二人は長時間グラウンドを駆けまわった。
それこそ今の時間が夕方だってことを忘れて。
ただひたすらボールを追いかけるのが楽しい。
ドリブルして、守って、たまにはシュートも打って。自由にプレイをするのが楽しい。そして相手が信頼しているコンビ相手ならなおさらだ。
(ああ、懐かしい……)
ボールを追いかけるレイカはシュンと初めて出会ったことを思い出した。
あの時はサッカーがしたくてたまらなかった。自分が貴族の生まれだという理由で、サッカーをする相手誰もが手を抜いていた。それがつまらない。気に食わなかったものだ。
だがあの時、街に住む一般人の服装を着て変装し、街のサッカー公園でシュンと出会った。
彼と、その友達をするサッカーが楽しかった。
まるで初めてサッカーをしたかのように、本当のサッカーに出会ったのはあの時だったのかもしれない。
(ああ、そうよ。私はサッカーがしたい。本当はサッカーがしたいわよ!)
本心はそうだ。
あの時、選抜戦で試合に出たとき、シュンの退学を阻止するという思いだけでなく、久しぶりにサッカーフィールドに立てたことに嬉しさと高揚が湧き上がった。
シュンからパスを受け取ったこと、点を奪って試合に勝てたこと。サッカーができたことが嬉しかった。
(だけど……この家を守らなければならない使命がある)
大好きなサッカーよりも優先しなければならない、家の伝統を継ぐ使命がレイカにはあった。
(先祖レクス様が作り上げたヴィルカ―ナの名と魔法薬学の技術、そしてそれを守ってきたかつての当主、パパやママ、従者たち、そしてこの家に頼ってくれる人々のため)
何より、
(……今はまだ会えないお兄ちゃんのために、使命を放り出すことなんてできないのよ)
サッカーが楽しくなっていくにつれて、胸の奥に重たいものがのしかかっていく。
使命に目を向けろと心の自分が訴えかけてくるような、そんな気がしてならなかった。