三度目の勧誘
エスバーにレイカの家の場所を教えてもらったシュンはすぐさま向かった。
ヴィルカーナ家はオラリマにとって誰もが知る名家。なのでエスバーもレイカの家の場所は知っていたためシュンに場所を教えることができた。
寮の管理人には今日は少し遅れて帰るかもしれません、と伝えている。少しぐらいなら遅れてもいいよ、といわれたため大丈夫だ。
「レイカの家……でけえ。博物館にでも住んでいるのかよって思うぐらいによ」
目の前にある大きな扉。
さらにその扉の上からのぞかせる豪邸。
名家の貴族とは知っていたが、やはり貴族の財力はすごいんだな、とシュンは驚きながらそう思った。
「うう……さすがに緊張してきたぞ。そもそもこの場所に入らせてもらえるのか?」
あまりの建物の大きさに少し委縮するも、
「いや、レイカから俺のことを知っているはず。入れさせてもらえるさ」
レイカの友人なのだ。
名前を言えばわかってもらえるはず。
シュンは入り口の大きな扉についているドアノックに触れて音を出す。
しばらくすると、扉が開かれて、
「おや、シュン様。こんばんは。また会いましたね」
「こんばんは、おつきさん」
先ほど学院で出会ったレイカのおつきの人が顔を出す。
知っている人が出てくれて助かった。話がしやすい。
「どのような用件で?」
「少しレイカと話がしたくて。いいですか?」
「もちろんですよ、レイカ様のお友達様なら。レイカ様は今お部屋にいます。シュン様、客室へ案内します。そこでレイカ様が来るのをお待ちになってください」
わかりました、と返しておつきの人の後ろについていくシュン。
(うわ、庭ひろ! でっけえオブジェ! なんか、こう、空気が違うっていうか……まじで金持ちの家って感じだ)
マギドラグ魔導学院の教室に初めて入った時に感じた、別の世界に足を踏み入れたかのような、そんな緊張と興奮が同時にやってきた感覚。
思わず歩幅を狭めてしまう。
それでもおつきの人に迷惑が掛からないようにきちんとついていく。
そしておおきなげんかんをくぐりぬけ、家の中に入ると大広間に入った。
(お城に来たんか俺は? 誰もいなかったら走り回りたい気分になる……いや、俺は何を考えているんだ)
初めての貴族の家に入って、気分が高まりすぎているのか、それとも緊張して変なことを考えているのか。
とにかく落ち着いて冷静になって、おつきの人についていく。
しばらくすると客室にたどり着いた。
「レイカ様をお呼びしますので、椅子に座ってゆったりとしながら待っていてください」
「は、はい」
「では、ごゆっくりと」
おつきの人はレイカを呼びにこの部屋から離れていく。
一人になってレイカを待つことにしたシュンは、とりあえず椅子に座ろうとする。
「……もふもふだ」
椅子に触れたら沈んでいく。全身をこの椅子に乗せたら、人の家なのに寝てしまうかもしれない。
ここまで柔らかい椅子は学院でもなかった。
しばらく無心にソファーの背もたれに指で押して柔らかな感触を堪能する。
「シュン、座らないの?」
「レイカ!」
ソファーの感触を楽しんでいると、レイカがやってきた。
「いや、なんというか……暇つぶし、てきな?」
「そう。座ればよかったのに。で、シュン。こんな時間に私の家に来るなんて。何か用?」
「まあな」
さきほどあった緊張は消えていた。
やはり親しい人の顔を見ると不安は消えるものである。
シュンは立ったままレイカの目を見て、
「話がしたい。いや、回りくどいことはなしだ」
自分の伝えたことはとっくに決まっている。
「レイカ、サッカー部に入ってくれ。そして一緒にエルドラドでサッカーの頂点を目指そうぜ」
勧誘だ。
レイカにサッカー部に入部してもらうために、三度目の頼み込みをしにきた。
その言葉を聞いたレイカはうんざりした表情で、
「……何度も言ったよね。私は、ヴィルカ―ナ家の当主となるために、家の歴史と名を後世に残すために勉強しなければならない。だからサッカー部には入れないって」
「ああ知っている」
何度も入ってきてくれと頼み込んできたのだ。
レイカがサッカー部に入れない理由は知っている。
だが知っているといっても、シュンはそこで止まったりしない。
これは、わがままな申し出だ。
「俺がマギドラグ魔導学院に来た理由、そしてこの学院で優勝を目指そうとした理由、わかるか?」
「考えられるとしたらサッカー特待生として招待された恩義に答えたいから。あともう一つの方は、この学院のサッカー部は結果は出せてないけど、実力はあるわ。この学院ならエルドラド魔導祭のサッカー大会で優勝を狙えるから。この二つが理由じゃないかしら」
「それもある」
間違ってはいない。シュンはレイカの考えに頷いた。
サッカー部の特待生入部試験で落とされまくった自分にクアトル先生はスカウトしてくれた、その恩。
そして一緒に練習し、選抜戦でチームとして戦って、このサッカー部なら優勝をねらえる。最初きたときは心配だったが、今は違う。頼れるメンバーだ。
しかしシュンがこの学院に来て残った理由はそれだけではない。
「だが一番の理由は。レイカ、君がいたからさ」
まっすぐと自分の言葉を伝えたシュン。
それを聞いてレイカはえ? と小さく声を上げる。
「私が? なんで」
「試合で一緒にコンビを組んだ回数こそ少ない。でも、俺たちのコンビは最強だと思っている。朝の練習で、久しぶりに連携攻撃をしてもまったくミスすることなくできたじゃあねえか」
それに、
「君とするサッカーが一番面白い。俺はそう思っているぜ」
「え、ちょっと!」
レイカの頬が赤く染まった。直球でそう言われるとは思わなかったからだ。
あんだけ息の合うプレイをし合える。パスもシュートもこの二人のコンビプレイなら誰にも止められない。
最強で最高に楽しいこのコンビなら、誰にだって負けはしない。
「は、はっきりと言ってくれるわね……まあ、嬉しいけど……でも、一緒にサッカーをするなら朝練があるでしょう」
「朝練だけじゃあダメだ。一緒にやるなら部活動で練習して、そしてやっぱ大会出て優勝目指すべきだろ。なあ、俺たちならエルドラド魔導祭でテッペンとれる。サッカー部に入ってくれ! 頼む!」
熱意を秘めて、レイカに頼み込む。
「同じ学院にいる今じゃなければ、一緒に大会に出ることはできない。俺は君と一緒のチームになりたいんだよ」
「……そんな時間はない。サッカーは好きだけど、時間をかけるほど情熱はないわ」
「じゃあなんで俺と一緒に朝練するようになったんだ? 前の選抜戦の試合は俺を助けるためって理由はある」
「それは……あなたの負ける姿なんて見たくないからよ」
「本当か? いやそれも理由なんだろうな。だがそれだけじゃあないだろ、選抜戦の試合をして、サッカーをもっとしたい、そう思ったから俺の朝練に付き合っているんじゃないのか?」
「っ⁉」
そう言われて言葉を詰まらせるレイカ。
違う、そんなはずはない。
だが、シュンの言い分に否定することはできない。
(ヴィルカーナ家の責務を果たすために私はサッカーをやめた。そうよ!)
そう思っていても口に出すことができない。
本当はサッカーがしたい、でもサッカーをして立派な当主になれるのか? だからこそサッカーをすることを止めたのに。
「レイカ?」
黙り込むレイカを心配そうな顔で見つめるシュン。
ひょっとして言ってはならないことを言ってしまったのか。
だがそれでもいい。
この勧誘はおそらく最後になってしまうだろう。これ以上サッカー部に誘い込むのは彼女に迷惑がかけるだけだ。
だがこの話し合いだけはたとえ迷惑だとしても、自分の思いは全部伝えた方がいい。
シュンはもう一度、レイカにサッカー部に入らないかと頼み込もうとすると、
「――いいわ。外に出て」
冷たい声が部屋に響く。
レイカは振り向いて部屋の扉に向かっていった。
「いきなりなにを?」
「私と一緒にサッカーがしたいんなら好きなだけさせてあげるわ。それで満足させてあげる」
「ちょ、待って!」
そういって部屋を出る。
サッカーがしやすい服装に着替えてくるのだろう。シュンが止める前に出ていった。
「レイカ、本当は思いっきりサッカーがしたいはずだ。そうだろ」
閉じた扉の前で、確信めいた表情で、はっきりとそう言い切った。