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魔導のファンタジスタ  作者: ルジリオ
二章 大会への道筋
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当主への思い

 朝練を終えて、授業の時間も過ぎ、午後の放課後。部活の時間。

 今日もグラウンドでサッカーの練習。

 全員、全力でボールを追いかけている。

「皆、気合入っているな!」

「そりゃあ他校との練習試合があるんだ。大会にも出れる。やる気でない理由がない」

 クアトルから伝えられた練習試合。最初からサッカー部にいたメンバーは全員やる気に満ちている。

「テリャ!」

「そうそう、いいシュート! この距離でゴールに入るのはコントロールがいいね!」 

 一方、シュンは新入部員たちにサッカーの基礎を教えていた。

 シュート、ドリブル、パス、トラップ、ディフェンスなどなど。

 新入部員の大半は今日サッカーを本格的に始めようとした生徒ばかり。

 今までたくさんの友達や子ども、大人に多く教えてきたシュン。

 前世で覚えたこと、異世界で身につけた技術を丁寧に教えていく。

 わからないまま見様見真似ではそう簡単には身につかない。それは面白くない。

 だから基本を教えていく。

 できるようになることは楽しいのだから。

(正直、今日は新入部員に教えることを専念したほうがいいな……)

 シュンはまだ今日の朝のことを引きずっていた。レイカにサッカー部に入らないかと再び言ったことを。

「なあ、シュン」

「はい、なにかわからないことでも?」

「ヴィルカーナさんはいないのか?」

「あー……」

 そう聞かれて困るような声を上げる。

「あー、そういえばいないですね」

「体調でも悪いのかな?」

「いや、教室にはいました。元気そうでしたよ」

 レイカはサッカー部には入っていない。

 だが前の選抜戦の試合を見れば、レイカがサッカー部の部員だと思ってしまうのも無理はない。

「レイカなら、あの時は助っ人で来てくれたんですよ。正式のサッカー部員じゃあないんです」

「そうだったのか」

「でも、ヴィルカーナさんが入ればこのチーム、もっと強くなれたんじゃない?」

「あんだけうまいんだからサッカーも好きなはずなのにねぇ」

「一緒にお茶……じゃなくてサッカーしたかったなー」

 新入部員たちはレイカがいないことにガッカリしている。

 先日の試合でファンになったのだろう、彼らも一緒にサッカーをしたかったのだ。

「なんだ、俺らが頼りないってか?」

「せ、先輩!」

 リンナイトがいつの間にか新入部員の背後にいた。

「練習せずに無駄話か。へ〜」

「い、いえ、そういうわけでは!」

「シュン! 次の練習にいこうぜ!」

「わかった」

 怒られるかもしれない、すぐに練習に戻ろうとする。

 注意したリンナイトは頭を抱えて、

「……まあ、否定はできねーが。まっ、頼りになるぐらい上手くなるしかねー! オラ! ドンドン来やがれ!」

「おお、リンナイトさん、燃えてる!」

「後輩のシュンとエスバーだけに頼っていられないものね」

 後輩たちには負けられない。先輩の意地がある。彼らも練習に力をより入れて励んでいく。

「……シュン、どうしたのかな」

 練習でゴールを守っているエスバーは心配そうにしていた。

「いくよ〜!」

 そんなエスバーにモーグリンは鋭いシュートを放つ。コースはゴールの隅だ。

「……ヤバい!」

 よそ見をしているときにシュートを打たれた。すぐさま反応してゴール隅を狙っているボールへダイビングジャンプ。そして拳を突き出してパンチング。

 拳はボールにぶつかり、ゴールから外れていった。

「……危なっ――ぶへっ⁉」

 そしてエスバーはそのままゴールポストに顔面から激突。無茶してボールを止めてしまったのが原因か。

 鼻血を吹いて地面に倒れた。

「わー! 大丈夫?」

「ミンホイ! 回復魔法かけてやれ!」

「はいはいはーい!」

 回復魔法をかけてもらっても、しばらくは顔が真っ赤だった。




「シッ!」

 練習を終えて片付けも終えて、シュンはグラウンドの隅で一人残ってドリブルの練習をしていた。

 等間隔にボールをおいて、そのボールを右、左、右と交互に抜いていった。

 新入部員に基礎技術を教えることに集中していたため体力は有り余っている。自主練習にも力が入る。

 だが、

「おっと……」

 ボールがそれてしまう。ボールタッチにしくじってしまった。

「また、たまにはそんなこともあるか……」

 プレイに集中できていない。それをわかっているシュン。脳裏には今でもレイカとの会話がよぎってくる。

(……でもまあ、仕方ないか。これ以上考えても彼女の意志は変わらない。何回も勧誘するのは迷惑なだけだ)

 本当は一緒にサッカーで頂点を目指したかった。たが彼女がその意志がないなら何を言ってもだめだろう。

 思考を切り替えて、次の練習試合に向けて己の実力を鍛えねばならない。

 シュンは再びボールを蹴る。今度は失敗しないように、素早く相手を抜き去るように、目の前に相手選手が妨害してくるイメージをしながらドリブルをする。

 相手は激しいディフェンスで強引に止めてくる。

 ならばシュンはテクニックで翻弄するように動く。

 ボールを足ですくったあと回転しながら突破。次に二人の選手がショルダーチャージとスライディングタックルの連携攻撃。それも一人目は背中を向けつつボールを相手選手を飛び越えさせて、二人目は落ちてくるボールに右足で軽く蹴って浮かばせつつ大ジャンプでかわす。

 テクニック重視の巧みなドリブルだ。

 淀みない動き。

 先ほどまでの動きと全く違う。

「うん、悪くない! 次はスピードを重視したドリブルだな」

 走り出し、スピードのギアを自由に切り替えて、瞬時にイメージの相手を抜き去る。

 スピードの高速フェイントだ。

 得意の『ギアチェンジ』も鋭い切れ味である。

「いい動きだ。もう一回ドリブルの練習だな……あれ?」

 練習をしていると、いつのまにか生徒がシュンの練習を見ていた。

 シュンのドリブルに目を奪われたのかもしれない。

(見られるのは嬉しいな)

 サッカープレイヤーにとって観客に見てもらえるのは喜ぶべきこと。

 見てくれるならもっと驚かせてみようかな。

 次は少し派手なドリブルでも披露するか。シュンはボールを再び蹴り出そうとすると。

「ん?」

 シュンを見ている観客の中に見覚えのある人物が。

 妙齢の女性だ。

 楽しそうに見ているおばあさん。

(あの人って……まさか!)

 昔あったことがある。

 シュンはその人物に近づいて、

「こんにちは! あなたはレイカのお付きの人ですよね!」

「お久しぶりです。あなた様のドリブルはいつ見ても鮮やかですね。しかし、私のことを覚えていてくれるとは、嬉しい限りです」

「覚えてますよ! お久しぶりですね」

 やはりそうだ。

 初めてレイカと出会って、別れのときにレイカのおむかえにきたお付きの人だ。

「レイカ様のおむかえに来たら、シュン様の姿を見かけて。この学院に入学したとはレイカ様から聞きました」

「そうなんですか」

「試合は見ていませんが、先日試合で大活躍されたと」

「ええ、まあ。頑張りましたからね。でも試合に勝てたのは他のメンバーやレイカがいてくれたからです」

 先輩たちやエスバーが頑張ってくれたのもあるが、特にレイカが試合の終盤で入ってきて決勝点を取ってくれたから勝てたようなものだ。

 彼女がいなかったら勝てなかったのかもしれない。

 そういうとお付きの人はレイカの活躍を聞いて嬉しそうに微笑む。

「レイカ様が試合に出ていた、そのことを掲示板で知ったときは驚きましたよ」

「へえ、レイカの活躍も乗っていたんですか」

「はい。掲示板はこの街にたくさんありますか。私はこの学院の近くにある掲示板を見て知りました」

(学院の近くに掲示板あったのか……まあ、冷静に考えるとレイカの活躍がのってないほうがおかしいか)

 勝利の立役者であり、試合の終盤で助っ人としてきた。むしろ掲示板に彼女の活躍がのっているのは当然と言えよう。

「レイカ様。嬉しそうに先日の試合のこと、語っておられました。久しぶりに見ました、レイカ様が笑顔で話すところ」

「……そうですか」

 レイカはあの試合を楽しんでいた。

 やはり彼女はサッカーへの情熱は弱くなったどころか強いままだ。

 だからなおさら気になる。

「あの、レイカは当主になることに必死に勉強しているんですよね」

「はい」

「父親の仕事と家の歴史を継ぐことは凄いことです。それがどれだけ大変なことか、自分が予想できないほどに。ですが、なんというか……」

 伝えたいことを必死に考えて、

「レイカはサッカーが好きです。一緒に朝練しているとき、楽しそうにしています。なのにそのサッカーをすることを耐えてまで、家を継ぐことに専念するとは。俺の知っている彼女ならどちらも選ぶ、そんな気がして」

 レイカは今もサッカーがしたいはず。

 当主になることに専念するというなら納得もするが、最近では一緒に朝練を付き合ってくれる。

 彼女の心の底ではサッカーをすることを望んでいると、思えて仕方ないのだ。

 シュンはそう聞くと、おつきの人は考えるようなそぶりを見せて、

「……レイカ様が必死に頑張っているのはあの事件がきっかけです」

「あの事件?」

 お付きの人の言葉に首を傾げる。

 だがお付きの人の柔和な表情から真剣な眼差しとなったため、大事な話なのだろうと思ったシュンは素直に話を聞くことにする。

「シュン様も知るべきでしょう。この街に住む人々ならあの事件のこと誰もが知っています」

 そしてお付きの人は話し始めた。

「レイカ様にはお兄様がおられました。名前はオロス様。レイカ様のお歳二つ上。とても素晴らしいお方でした。優しく、勇猛果敢、そして努力して磨き上げられた魔法の腕も魔法薬の製作技術も」

「レイカに兄が……」

「学院を卒業して、当主様の仕事を間近で見て勉強すれば、彼こそが当主の位と仕事を引き継いでくれる。誰もがそう思っていました」

 だがしかし、

「『フィニス海沈没事件』が起きるまでは」

「沈没……?」

 聞くだけで嫌なことしか思い浮かばない。

 お付きの人は話を続ける。

「オロス様は学院の授業で、エルドラド大陸から出て他の大陸に行って、その大陸で生まれ育った魔法を習う、大陸留学を受けることになりました。私達はオロス様はお見送りになられました。当時最新の技術で作られた大型船に乗って」

 ですが、

「その船が海に出てから一週間以上たったあと、掲示板で信じられないことが書かれていました」

 それが、

「レイカのお兄さんが載っていた大型船が沈没した……ですか」

「……はい」

 なんてことだ。

 レイカの家族にそんな悲劇が襲ってきていたとは。

「沈没したってなると津波……自然の力に巻き込まれてしまったってことですか」

「いえ……あの事件で生き残った人もいます。その人は『津波にしてはあまりにも波の形が不自然すぎる……モンスターが魔法でも使ったかもしれない……』と言っておりました」

 津波が原因で沈没したのは間違いないみたいだが、どうやら海に生息しているモンスターによって起これた津波で、船が沈没したみたいだ。

 凶暴なモンスターに襲われてしまった。そして姿も見えず、どこからかわからないまま津波に襲われてしまった。それで船が沈んでしまったのだろう。

「あの大型船には名うての冒険家もいました。王族に使える魔導士も、オロス様の護衛も。ですが……彼らの力あってもあの事件の災害を防ぐことはできなかったのです」

「だから凶暴なモンスターが原因だと考えたんですか」

「街の魔導士たちはそう判断しました。オロス様は……船出を見送った後、姿を見たことがありません。私はまだどこかで生きていると思っていますが……」

 生存を信じている。それは生きていてほしいという祈りか。

 長い期間戻ってきていないとなると、オロスは本当に生きているのかどうか。

 シュンはこれ以上は考えず、生きていることを願う。顔は知らぬとはいえ、友人のレイカの兄なのだ。生きていてほしい。

「当主になるはずだったオロス様が不在の今、妹様のレイカ様しか当主の座を継ぐ者はいません。ほかに血のつながった兄妹はいませんので。そして当主様から希望を託されたレイカ様は立派な当主となるために勉強しています。今はまだ見つかっていないオロス様のために」

「……そうだったんですか」

 レイカが家を継ぐために必死に努力する理由がわかった。

 父は母、そして従者たちの期待に応えるため、そして家を存続させるため。理由はたくさんある。

 だが一番の理由は兄のため、なのだろう。

 消えてしまった、今だ再開することが叶わぬ兄のために、家を継ぐと決意したのだろう。

 自分の好きなサッカーを我慢してまで。

「気を悪くさせてしまったのなら申し訳ありません」

「いえ、自分から聞いたようなものです。気にしないでください」

「お気づかい、感謝します。本当のことを言えば、レイカ様がサッカーグラウンドで立っている姿を一度は見たかったのです……では、レイカ様がそろそろ校舎から出られるので。それではまた」

 お付きの人はこの場から立ち去っていく。

 シュンは手を振って見送りながら、先ほど聞いた話を思い返す。

「レイカ……」

 いなくなってしまった兄の代わりに、自分が当主になって家の仕事を受け継ぐ。

 レイカの覚悟が今になってようやく理解した。

(……だがな)

「…………シュンさん?」

「うわっ! ってエスバーか」

 いきなり後ろから声をかけられて驚く。振り向くとエスバーが。いつの間に、気配も感じなかった。

 制服に着替え終えて帰宅する途中なのだろう。

「……まだサッカーをしているんですか?」

「ああ、今日は新入部員に教えることが中心だったからな。体力は有り余っているぜ。それに寮ぐらしだから自主練習も長くできるんだ」

「……本当にサッカーが好きなんですね」

「まあな。ボールを蹴るのが好きなんだ」

「……なにか悩んでいるんですか?」

「……わかる?」

「……はい、練習の動きを見れば……いつものキレのある動きではなかったので……」

 バレていた。

 驚異的な反射神経を持つエスバーならば見抜かれても仕方ない。

 いやもしかしたら先輩たちやクアトル先生にもシュンの動きの鈍さをみぬいていたのかもしれない。

「ちょっと朝にレイカとの話し合い……でね。別にケンカしたってわけじゃあない。

「……伝えたいことがあるなら、伝えたほうがいいと……思う」

「えっ」

「……じゃないと……ずっと引きずる…………と思う」

 エスバーは視線を下に向けながらそう言った。

 彼なりに考えた助言なのだろう。

(伝えたいことがあるなら伝えたほうがいい、か)

 自分が悩んでいるのは、レイカとサッカーができないことだけではない。

 己の本心を言っていないからなのかもしれない。

 ならば、

「よし! もう一回話してみるか! エスバー、相談に乗ってくれてありがとな!」

「……あっ……うん」

 決断したらなすぐに行動。

 シュンはすぐさま校舎に向かっていく。先ほどおつきの人が迎えに来たのだ、今ならまだレイカは教室か図書室にいるかもしれない。

 走り去っていくシュンを見てエスバーは胸に手を当てていた。

 人と話したのにあまり心臓がバクバクなっていない。珍しいことだ。

「……なんだろう……あんまり緊張しなくなってきたかも……」

 自分の家族以外、顔を見るだけで目をそらさずにはいられなかったのに、シュンだとそんな不安な感情はない。

 シュンには緊張していたときに色々と助けてもらったおかげだろうか。

「エスバー! すまん! レイカの家知ってるか!」

「……ひっ!」

 そんなこと考えていると、すぐさまエスバーの目の前に戻ってきた。レイカもすでに帰っていたため、レイカに家まで向かうとしてエスバーに危機に来たのだが、

「おい! 俺驚かせてない! いくらなんでもそりゃないぜ!」

 思考に集注していたため、突然前にシュンが現れたと思ったエスバー。

 まだ俺のこと、慣れていないのか。

 ちょっぴり悲しくなったシュンであった。

【エルドラドサッカー日誌】

 フィニス海沈没事件

 シュンがマギドラグ魔導学院に入学して約半年前に起きた事件。

 雲一つない晴れの天候でありながら、突如大津波が襲いかかってきて船が転覆。そのまま沈んでいき、乗客員のほとんどは船から逃げ出す前に、船とともに沈んでいった。

 凶暴なモンスターが海を揺らし大津波を起こしたと考えられているが、津波の原因は不明。

 乗客数三千四百、死者もとい行方不明者は三千人を超え、生存者も無傷の人はいなかった。

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