ケンカ野郎のカチコミ
朝になった。
運動用魔導服を身につけたシュンは寮を出る。いつもの日課、朝練だ。
「練習試合まで一週間か。早く来ないかな」
試合が待ちきれない。
今度の試合は学院内の生徒相手ではなく他校、しかも前の地区予選で準優勝した中央地区の強豪チーム。
この世界の強者のサッカーがどのようなものか、それが知りたい、そして戦いたい。
「早くグラウンドに行くか! レイカも待っているだろうし」
みなぎった闘争心は練習で発散しよう。昨日朝練を約束したレイカもグラウンドに来ているはず。
待たせないようにすぐさまグラウンドに向かおうとした。
「待ちな」
寮を出ようとしたその時、声をかけられる。
「き、君は! 路地裏で俺を助けてくれた……」
「よう、また会ったな」
前に路地裏で不良たちに追われたときに、追い返してもらった喧嘩の強い改造帽子の人だ。
「いや、会ったなって……ここマギドラグ魔導学院の敷地内だぜ。勝手に入っちゃあダメだろ」
「おいおい、学院内の食堂は誰でも入っていいんだぜ。小説を持ち込んでコーヒー飲みながら読んでも怒られねーよ」
「ここ寮だぞ。学院外の人が入っていいのは寮の食堂じゃなくて、校門近くの方だぜ」
「ああ、知ってる」
注意されても知らんといった態度。
また出会うことになったが、わりとわがままな男だなと感じた。
「じゃあ、なんでここに」
「お前に用があって来た」
「俺に?」
「シュン、だったよな。掲示板読んで知ったぜ。お前、この学院のAクラスに勝ったらしいじゃねーか」
彼もマギドラグ魔導学院の選抜戦のことを知っているようだ。シュンがその試合で活躍したことも。
「そうだ。それがどうした?」
「俺と喧嘩しな」
殺伐とした頼み事を聞かされた。
朝っぱらから血を見るような殴り合いを申し込まれるとはシュンは思いもしなかった。
「喧嘩なんてするかよ! 俺はAクラスにサッカーで勝ったんだぜ! 腕っぷしじゃあねーよ!」
「おっとすまない。言葉の綾だ、俺にとっての喧嘩はルールが定められた勝負よ」
すると、改造帽子の男はシュンに近づいてボールを足で奪い取る。
いきなりのカットに戸惑うも、すぐさま改造帽子の男はシュンに、
「一つ、俺がお前をドリブルで抜かす。そしてお前はそれを阻止する。一騎打ちといこうぜ」
サッカーの申し込み。
一対一の勝負を挑んできた。
まさかの言葉に戸惑うシュン。いつもならサッカーの申し出は喜ぶことだが、こんな朝に学院に勝手に入ってきてそう言ってきたからだ。
「それだけのためにここに来たのか?」
「ああ、俺もサッカーはしてるんでね。ケンカもサッカーも好きなのよ、俺は。受けてくれるよな。」
本当にシュンとサッカーがしたいから、学院のルールを破ってシュンに会いに来たみたいだ。
かなり強引に誘ってきたが。
その誘いにシュンはちょっと困った表情をしながらも、
「まあ、いいぜ受けて立つ。俺はサッカーの勝負は断らないし、わざわざ俺に会いに来てくれたのにサッカーの誘いを断るのはな」
改造帽子の男は色々と学院のルールを無視してここに来たが、それでもシュンは勝負を受け入れる。
サッカーの勝負を挑まれたら、受け入れるのがシュンのスタイル。
それにサッカーを一緒にやってくれるなら断る理由はない。
勝負を受け入れてくれたシュンに改造帽子の男は獰猛な笑みを浮かべて、
「嬉しいねぇ、俺の喧嘩を買ってくれるとはよ!」
この場所で勝負をするのか。
シュンはすぐさま構える。
「俺の名前はイクオス。イルマ・イクオス。行くぜ!」
掛け声とともにボールを蹴り出す。
「先手必勝! 吹っ飛べ!」
肘を突き出してストレートにチャージドリブル。目の前の妨害してくるシュンを飛ばす気満々だ。
それを見たシュンは体勢を低くして相手の攻撃的ドリブルを避けながらボールを奪い取ろうとする。
力任せのドリブルだ。避けた後なら必ず隙ができるはず。
すぐさま足を振ってボールをかすみ取ろうとすると、
「やらせるかよ!」
イクオスは急停止して、ボールを踏みつけてシュンのカットを受け止める。
止められた。
そして反撃とばかりに至近距離での肩ぶつけ。
「ぐっ!」
鈍い衝撃が伝わる。
距離をおいてなんとか体勢を立て直すも、すでにイクオスが攻撃態勢。シュンのディフェンスを崩して進む気だ。
(この男! なんて荒々しいドリブルを!)
一歩大地を踏みしめて来るたびに殺気のようなプレッシャーが襲いかかってくる。
異世界のエルドラドサッカーにおいて接近戦は当たり前。だがここまで苛烈に攻め込んでくる選手はそうそういない。
これ以上思うようにさせない。
シュンは静かに近づいてボールをかすみ取ろうとする。
「アメぇ! 『ボールショット』!」
不敵に笑ったイクオス。足を振り払ってシュート。そしてシュンの胴体に命中して吹き飛ばす。
「なっ⁉」
予想外のドリブルに驚きと痛みが同時に襲ってくる。
シュンはボールとともに吹き飛ばされた。
(アイツ、俺のシュートを受けた瞬間に体を後ろに下げやがったな)
地面に転がっているシュンを見て、コイツやるな、そう感じたアイコス。
見下しているのではなく、むしろ褒めている。
初見であのドリブルを最小限の被害におさめた。普通の選手ならボールに弾かれて体だけが吹き飛ぶ。だがシュンはボールを受け止めようとしてバックステップした。それで受けるダメージを減らして、なおかつボールをできるだけ自身の近くに転ぶように勢いを消したのだ。
「やるぅ! それでこそ、期待できる!」
転がったボールに追いつき、倒れているシュンを飛び越えて抜き去ろうとボールと共にジャンプ。
「まだ!」
飛んでいくイクオスのボールだけをかすみ取ろうと、倒れながらも足を突き上げる。
だがそれを予想していたのか、イクオスはその足をボールとともに蹴り飛ばして、そのまま飛び越えていった。
「がぁっ!」
「へっ、倒れても止めてくるとは。いい根性だ」
「くっ……なんつー技を……」
一騎打ちではイクオスの勝ち。
攻撃的ドリブルを止められなかったのが敗因か。
イクオスを笑みを浮かべながらも、あることを考えていた。
(そいやー、コイツはフォワードだったな。だったら)
「オラよ」
倒れているシュンにボールを渡す。シュンはすぐさま立ち上がってトラップ。急に渡されて驚くもそこはシュン、サッカープレイヤーの癖で受け取った。
「お前のドリブルは誰も止められないって聞いたぜ。今度はお前がこいよ」
「なるほど」
急にボールを渡してきたが、理由はなんとなく察ししていた。
このイクオスという男。
とにかく勝負がしたい男なのだろう。
そして今度はシュンに攻撃を渡したのだ。
(典型的なパワータイプの選手。だが、そのパワーが桁違い。なにより攻めに迷いがなさすぎる)
身体能力で押し込んでくる選手。
そういう相手は大人だったり、先日のAクラスの生徒で何度も戦っているから対応しきれる。
だがしかし、このアイコスという男。ラフプレイに近い行動において迷いなし。相手を吹き飛ばしてボールを自分のものにし続ける。
エルドラドにサッカーが出来てばかり、なおかつ魔法という強力なパワーが試合で使用可能のため、ラフプレイに近い攻撃はファールを取られない。
だからといってすぐさま肩をぶつけたりボールをぶつけて無理矢理突破する選手はほとんど見たことがない。
(この世界のサッカーはやはり面白い! 前世では全くいないプレイスタイルの選手がいるのだから)
業に入って業に従え。
前世ならキレていたシュン。だがこの世界のサッカーのルールに従って戦っているのなら文句はない。
そういうプレイをするなら受け入れるのみ。
そして己のプレイを貫き通せばいい。
「いくぞ!」
ドリブルを開始。
勢いよくボールを転がしてイクオスに近づく。
イクオスは相手の動きを止めようとシュンの動きとボールを確認。
ボールの行方に目を向けて、シュンの体を吹き飛ばそうと肩をつき出す。
「シッ!」
すると、シュンはすぐさま反対側にボールと共に動いて、イクオスのショルダーを避けながら横を抜き去ろうとしてきた。
「なっ⁉」
あまりにも素早い切り返し。
すぐさま自身も体を反転させようとしたが、すでに左方向に力を込めて踏み入れているため、すぐに動くことができず抜かされてしまう。
一瞬であった。
一度も足止めをすることができずに突破されてしまったのだ。
(ボールもコイツの動きも淀みねぇ……直角に曲がっていった?)
「ちっ! もう一回かかってきやがれ!」
再戦を申し込んでシュンに襲いかかる。
シュンはボールを転がして再び抜き去ろうとする。
「――ん⁉」
「――えっ⁉」
二人の足がボール越しにぶつかり合おうとしたその時、横から影が割り込んで、ボールを奪い去っていった。
「遅いって思っていたけど。シュン、あなたここでサッカーしてたの?」
「レイカ!」
ボールを取ったのはレイカであった。
随分と不満げな顔をしている。
先にグラウンドに来ていたが、シュンが来ないなと思ったから寮にやってきた。
「私との朝練は忘れたとか?」
「いや、そういうわけじゃあ……あの人に勝負を挑まれて」
「そう……ねえ。あなた寮に入ったら不法侵入だったわよ。どうしてここに?」
「いやー、食堂でご飯を食べに来たんだがよ。寮に食堂があるって聞いてね。シュンに聞いたら食堂は違う場所にあるってね。間違いちまったよ」
嘘だ。
初めからシュンと勝負する気で寮の入り口まできた。だがイクオスは道に迷ったと嘘付いた。
怪しむ表情をするレイカだが、
「まあいいわ。道を間違えたのなら仕方ないわ。これ以上は聞かない。だからあなたも食堂に向かったら?」
「あー、こりゃ続きはできそうにないな」
つまらなそうに帽子をいじって、勝負が中断されたことに不満を持つも、止められたのなら素直に従うことにするイクオス。
「まあいい。お前のとことの練習試合が俄然楽しくなってきたぜ」
「練習試合……? まさかイクオス。君はダーディススクラプ魔法学校の生徒なのか?」
「まあな。一応キャプテンやってるよ」
驚いた。
前に助けてもらった改造帽子の男は、あの悪が集まるダーディスススクラプ魔法学校の生徒。しかもサッカー部のキャプテンであったのだ。
イルマ・イクオスは、今度練習試合で戦うチームの選手だったのだ。
そして彼の名前を聞いたレイカも驚く。
「イクオスって……あのアルマ・イクオス?」
「俺にそれ以外の名前はない。試合、楽しみにしてるぜ。シュン。それとそこの冷たいやつ」
「それ、どういうことよ! 私の名前はレイカ・ヴィルカーナよ」
「あの名家の! サッカーうまかったのか。機会があったら勝負しようぜ! あばよ!」
そういってイクオスはこの場を走り去っていった。
「失礼な男」
「なあ、レイカ。君は彼のことを知っているのかい?」
「ええ、彼、色々なことやったから。【ケンカ無敗の無頼漢】、イルマ・イクオス。ダーディスススクラプの問題児たちを腕っぷしで全員倒して、さらに問題を起こした教師さえも薙ぎ払った。そんなヤンキーよ」
「そんな男だったのかよ……」
どうりであんなに喧嘩が強いわけだ。集団相手でも一方的に相手を倒せる強さを彼は持っている。
「でも話を聞く限り、乱暴であっても悪い男じゃあないんだよな。学校の悪いやつらを叩きのめしたってことは」
「そうね。でもサッカーもしていたなんて。ケンカと箒に乗って空を飛ぶのが日課だと聞いていたけど」
「まあ、いいさ。勝負するなら相手がどんなにケンカが強くても勝ちにいくよ」
イルマ・イクオス率いるダーディススクラプ魔法学校。
不良たちが集まったチームでも怯えることはない。フィールドで戦うならサッカープレイヤーとしての意地を見せつけることのほうが大事なのだから。
シュンの闘志はむしろ燃え上がったのであった。
【エルドラドサッカー日誌】
マギドラグ魔導学院のカフェ
おらリマの街の人々に人気なカフェ。中でも魔法の技術を使った魔法料理は高い評判を得ており、出汁の出る材料をコツコツを似て、長時間冷めないように保温の魔法をかけた【マギドラグ・ホットスープ】は人気料理。朝はこれで。