シュンの目標
「サッカーで結果を残せ……か」
学院長との話を終えて、話の内容を思い返していた。
この一年でエルドラド魔導祭に出場すること。そしてそのためには地区予選で勝ち続けて結果を残し、エルドラド魔導祭の主催から実力を認めてもらわなければならないこと。
それができなければ退学。どこかの学院か学校に転校の準備をしなければならない。もしくは生まれ育った村で親の仕事を受け継ぐか。
「この学院に来れたのは教師や学院長が俺のサッカーに期待しているからだ」
マギドラグ魔導学院の教師陣がシュンに望んでいることは、エルドラド魔導祭でサッカー部を優勝に導くこと。
それができるほどの実力があると見込んでいるからこそ、シュンをマギドラグ魔導学院のサッカー特待生として迎え入れたのだ。
自身の肩に大きな思いがのしかかっている気がした。それこそが期待、その重圧だ。
「プレシャーはかかるが、期待されているのはサッカープレイヤーとして嬉しいぜ。無様なところは見せられないな」
「それってどういうこと?」
背後から聞き覚えのある声が。
「レイカ? なんでここに?」
レイカだ。
シュンとクラスは違うが同じ学年で、この学院に来る前に何度かサッカーをしたことがある親友だ。
いつもなら彼女は授業の復習をするために図書館にいるはずなのに。
でもここは学院長室前、周りの部屋は教員室だ。不思議に思って聞いてみると、
「……偶然よ」
「偶然って。普段は図書室や研究室で自主勉しているのに」
「先生に聞きたいことがあってきたのよ」
「あー、なるほど」
(本当はシュンが先輩に連れて行かれるところを見て、またなにか大変なことに巻き込まれたんじゃないかって思った……なんて言えないわ)
本当は心配でシュンにこっそりとついてきただけである。
「で、学院長からどんな話があったの? また退学の話とかじゃあないよね?」
「まあ、似たようなものだな」
「それってどういうこと? 大変なこと言われたの」
「待てって。今回のは納得のいく理由だったよ」
そしてシュンは学院長との会話の内容をレイカに話して、
「なるほど……確かにこの学院は魔法の成績で進学できるかどうかが決まるもの。でもシュンは特殊で、サッカー特待生のあなたはサッカーの成績で決まるのね」
「そうだ。それに期限は今年一年あるんだぜ。頑張れば何とかなるさ」
一年生の授業を終えるまでが約束の期間。それまでにエルドラド魔導祭に出場することができれば来年もこの学院にいられる。
「前みたいに突然言ってきたわけでもないし。エルドラド魔導祭は年に二回行われる。そのどちらかに出場することができれば、学院長からの条件は達成できるわね」
「ああ、だから今から練習して実力をつけなくちゃあな」
「練習も試合も頑張りなさいよ」
試合で頑張って点を取るために練習するべし。シュンは今すぐにでもグラウンドを走りたい気分だ。
そんな様子のシュンを見てレイカも応援する。
(練習か……)
ふと、レイカを見るシュン。
――試合じゃあなくてもいいから練習だけでも一緒にできたらな。
「な、なあ。レイカ」
「なにかしら?」
「もしさ。時間に、余裕があったらさ。一緒にサッカーしないか?」
サッカーのお誘い。
レイカが家の名と仕事を継ぐために勉強している。朝も、昼の休みも、放課後にも。
そんな勉学に励んでいるレイカに対してサッカーがしたいと言ったのだ。我ながら我儘な要求だと、シュンは思う。
だが、先日のマギドラグ魔導学院の選抜戦で僅かな時間だが二人は一緒にサッカーをした。そのことを忘れられないシュンは再びレイカとサッカーがしたいと思ったがゆえに誘ったのだ。
「……」
誘われたレイカは目をわずかに見開くもだんまり。考え込んでいる様子。
「忙しいならこの話はなかったことにするよ」
「いえ、いいわ。少しだけならね」
「――⁉」
まさかの言葉。
正直乗ってくれると思わなかった。レイカは家のことで忙しいと思っていた。
だがサッカーの誘いにレイカは乗った。シュンは驚きながらもレイカが一緒に練習を付き合ってくれることに喜ぶ。
「ほ、本当か?」
「嘘は言わないわよ。あなたの朝の自主練に付き合うぐらいならできるわ。朝に体動かすのは目が覚めて授業に集中できるようになるし」
それに、
「私はあなたが試合で負ける姿なんて見たくないし」
親友には試合で活躍して勝っていてほしい。
シュンに頑張ってほしいから朝練を一緒にすることをOKしたのだ。
「マジか!」
レイカの言葉にシュンは大喜び。
「ありがとう! 早速グラウンド行くか!」
「朝練って言ったでしょう」
「いやー、また君とサッカーできるのが嬉しくてね! じゃあ、俺はボール蹴ってくる! 勉強頑張れ!」
シュンはグラウンドに向かって走り出す。
(レイカとトレーニングか! 楽しくなるぞ!)
練習とはいえレイカと一緒にサッカーできるのは嬉しい。
一緒に試合はしたが勝負はまだしていない。どれだけ強くなったか楽しみで仕方ない。
そんな楽しげなシュンを見つめて、レイカは何故かため息をこぼす。
「私、どうしたのかしら」
自分でも不思議に思う。
朝の時間も早く学院に来て勉強をするのに。なのにシュンとサッカーの練習に付き合うことを約束するなんて。
本当はシュンと一緒に試合にでたいのではないか。
そしてコンビを組んでエルドラドサッカーの頂点を取りたいと心の何処かで思っているのか。
「でもそれは――」
だが、それは諦めたこと。
レイカの家は魔法薬品の生産と研究を生業としている。魔法薬品の生産には様々な知識や国の魔法試験で合格しなければならない。
それは大変なことであり、だからサッカー部に入ることを諦めて家業に専念することにした。
だがレイカはシュンとサッカーの練習につき合う約束をした自身の心に迷いが生まれていた。
「……未練たらたらね。家の名と仕事を断たさず継ぐこと。それが私の使命なのに」
自分でも予想していなかった行動に呆れながら図書室へ向かっていった。
だが不思議と、気分は良かった。