無頼の不良
夕日が空を赤くする。
シュンはオラリマに住む街の人たちと一緒にサッカーをしている。
魔法を使わない、シュンにとっては馴染み深いサッカー。
お得意のドリブルで縦横無尽にフィールドをかけていた。
「ハッ! 止めれるものなら止めてみろ!」
「うわっ⁉」
相手選手の目の前で一瞬止まって、そこから最高速のステップで相手の横を瞬時に抜き去る。
シュンお得意のギアチェンジだ。緩急ある動きで相手選手をどんどん抜き去っていく。彼の体にも、そしてボールにも触れることができない。
「当たって砕けろ! 一騎打ちだ!」
連続で抜き去っていくと、前から大人の人がハイスピードでチャージを仕掛けてくる。
向かってくる相手を前にシュンはむしろスピードを上げて、
「よっと!」
左足で軽く斜め前にボールを出してすぐさま右足で前に蹴り出して、スピードを落とさず抜き去る。
ダブルタッチだ。
迷うことなく抜き去りゴールへ向かっていった。
「やっぱ上手だなー。足にボールが吸い付いているかのようだ、ボールさばきがうますぎる」
同じチームにいるワドゥがシュンのプレイを見て、思ったことを口にした。
ボールを簡単そうに操るが、足でボールを動かすというのは難しいもの。力加減やボールに触れる場所を間違えたらボールを思うように動かせない。
だがシュンは思い通りにボールを動かしている。ボールと息を合わせているかのように感じてしまうぐらいに。
「決めるぜ! オラッ!」
ゴールが見えた。走りながら足を振り抜く。鋭い振り足から放たれるシュートはハイスピードでゴールに飛んでいった。
ゴールキーパーも何とか反応してシュートに向かってパンチングを繰り出す。
ボールの側面に拳が命中。このまま殴り飛ばしてゴールを防ごうとする。
「なっ⁉」
が、しかし弾かれたのはボールではなく拳の方であった。
ボールは殴られても軌道が変わることなく、真っ直ぐゴールに入ってネットを揺らした。
「いつっ……なんだこのシュート⁉」
「よし! 決まったぜ!」
「すげー! 簡単にゴール決めた!」
「魔法を使ってないのにキーパーの腕を弾いちゃったよ!」
普通ならシュートを止めることができていたパンチング。だがその拳はシュンが放ったシュートに弾かれてしまう。普通のシュートではない。
「ねえ、シュン。今のシュートって回転をかけたシュートだよね」
「そうさ。なにもシュートの威力はパワーやスピードだけじゃない。スピン、すなわち回転の速さも威力に関係しているんだ。回転数が多いほどシュートの威力が上がる。それこそ相手の腕を弾くほどにな」
「それはわかっているんだけど……」
ワドゥはなんだか困ったような表情をしている。
「どうしたんだ?」
「僕が回転をかけるとシュートの威力が落ちている気がするんだ。反応されたら止められるし。なんでかな」
なるほど。
ワドゥが放ったシュートとシュンのシュート。同じ回転を駆けるシュートなのにワドゥは威力が落ちている。
シュンはワドゥのシュートこの広場に来た瞬間にワドゥがシュートを放っているのを見た。それを思い出してなぜ威力が低くなっているか、その原因を考えて。
「それは回転のかけ方に原因があるんじゃないか」
ボールを拾って再びゴールに向かってシュートを放つ。
コースはゴールの左側。外れているコース。だがしばらくすると、右側に鋭く曲がってゴールに入った。
「君の打ち方はこんな感じか?」
「そう! そんな風に曲がるんだ!」
「やっぱりか。君は回転をかけるシュートを打つとき、ボールを擦るように蹴っているんだ」
「擦るように?」
「ああ、その打ち方は回転をかけることを特化した打ち方。魔法が組み合わさると厄介だけど、普通で打つ分には威力が低い。ボールにパワーが乗ってないからね。だけどこの打ち方なら!」
さっきと同じ鋭い振り足でシュートを放つ。
するとハイスピードでゴールに飛んでいき、そのままゴールに入っていって、ゴールネットでボールがキュルキュルと回転し続ける。これだけでボールに強烈な回転がかかっていることがわかる。
「ボールの芯を僅かに外して軽くこするように蹴る。するとスピードとパワーが乗ってこの通りさ。工夫次第ではゴールキーパーの手前で鋭く曲げることもできる」
「わあ、すごい! でも難しくない?」
「うん、難しいよ。わずかに芯をずらすように打たないと大外れのコースになっちゃうからね。だから最初はボールの芯を狙うように打って、慣れたらあえて芯をずらすようにして打つといいよ。回転のかけ方はきちんとマスターしているんだ、練習すれば習得できるよ」
「わかった!」
教えてもらったことを早速実戦で練習しようとするワドゥ。真剣にサッカーをしてくれると教えたかいがある。
(スライスシュート……村で暮らしていたときは友人によく教えていたな)
素早く、そして鋭く曲がるスライスシュート。
先ほど打ったシュートは上回転を軽くかけたため威力だけを純粋に上げたシュート。
「シュン! 今度は俺にパスしてよ!」
「私達もシュート打つわ!」
「いいぜ! 最高に打ちやすいパス出してやるよ!」
パスのコツも教えるもいいかもしれない。
特にドリブルは一番教えたいと思った。
しばらくサッカー広場でボールを蹴り続けていた。
途中、大人の人同士が試合をしていたのでそちらにも混ざった。その試合では魔法を使ってもいいルールだったため、大会の試合に近い実践練習を行うことができた。
いい練習になった。
空を見ると夕日が落ちてきている。もうすぐ夜の時間だ。
「いい汗かいた!」
「シュン、色々と教えてくれてありがとう! 今日教えてもらったシュート、使いこなしてみせるよ!」
「ワドゥ、頑張りな。じゃあ皆、またやろうな!」
「うん!」
「シュン、また来てね!」
今日サッカーをしてくれた人たちに別れを告げる。
(やっぱ、サッカーは誰とやっても楽しいもんだ)
また来てくれと言われた、余裕があったらまたここに来てワドゥたちとサッカーがしたい。
ちらりと街の中に建てられている時計柱を見て今の時間を確認する。寮の門限を破らないように、早めに帰るべきだ。
「やばっ!」
と、考えていたが時間を見たら余裕がない。あと十分で門限がすぎる。
サッカーに熱中しすぎた。シュンは急に体が寒くなるような感覚が襲ってきた。焦りである。
「急いで戻るぜ!」
街の中を走っていくシュン。人に当たらないように周囲を確認しながらダッシュ。
「人が多い……ここは路地裏だ」
狭い道を通ることを選ぶことにした。学院からサッカー広場までの道筋なら覚えている。
路地裏を走って曲がり角はスピードを緩めつつ学院に向かっていく。
「おっと」
路地裏を走っていると、前に人がいた。ぶつからないように早歩きで通り抜けようとすると、
「待て、テメー!」
「ん?」
声をかけられたため足を止める。
シュンに声をかけた人物はガラの悪い人たちだ。服装もゴテゴテしていて他者に恐怖をあおるような姿をしている。
(不良ってやつか? 厄介なもんに絡まれちまったな)
メンチ切られてそう感じたシュン。
間違いないなく不良。この路地裏でたむろっていたのだろう。
「お前……そのミサンガ! シュンだな!」
「そうだけどよ、なにかようかい? すまないけどこっちは忙しいから話があるなら手短に頼むよ」
すぐさま寮に帰りたい。あとこんな危なそうな連中にかまってられない。すぐさまここから立ち去りたいが声をかけられたのなら無下にはできない。
話を聞こうとすると、
「テメー、いい気になってんな!」
「はっ?」
意味が分からなかった。
「掲示板で見たぜ、お前のことをよ!」
「ど田舎の村民が、サッカーが上手い程度でいい学院に行きやがって……見るだけでムカつくぜ!」
「おい、やっちまおうぜ!」
いきなり殴りかかってくる。拳がシュンの顔面まで迫ってきていた。
「危なっ⁉」
紙一重で避けて、暴力を受けないようにこの場から逃げる。
しかし不良たちは怒りながらシュンを追いかけた。
「待ちやがれ!」
もし追いつかれた袋叩きだ。
そんなことされたら大けがをするだろう。あの手の不良はどう考えても手加減を知らない。全力で殴ってくるはずだ。
(無茶苦茶だ! ええい、不良ってやつはワガママで暴力的だな!)
しかし、村育ちの人が活躍したら目の敵にされるって理不尽なものだ。こうして考えてみると学院にいる生徒は皆大人だとシュンは思った。
(俺が村育ちだとしてもあんまり気にしねーし、たまに嫌な態度をするヤツはいても悪口は言わねーからな)
同学年も先輩もそうだった。
やはり名門学院は人の性格も見ているのだな、とシュンは背後から殺意を感じながらそう思った。
「くそ、あいつはえー……」
「だがこの狭い通路じゃあ満足に走れんだろうよ!」
シュンの走力に驚く不良たち。サッカーで鍛えているのだ、当然速い。
だが狭い路地裏では全力で走ることが難しい。曲がり角や極端に狭い道などがシュンの足のスピードを奪っていく。
「このままじゃあらちが明かない……」
このまま追いかけ続けられたら寮の門限に間に合わない。どうやって彼らをまこうか考えていると、
「あっ」
「んあ?」
曲がり角に人が。リングやらチェーンがつけられた改造帽子を被っている男がいた。
避けきれず激突。二人とも地面に倒れた。
「おい、そこの奴! あぶねえな! こんな狭い場所で走るんじゃねえよ!」
「す、すまない! ちょっと追いかけられてて!」
ぶつかった相手にすぐさま謝る。そしてすぐさま立ち上がって逃げようとしたが、
「へっ、バカなやつだぜ!」
不良たちに追いつかれてしまった。これではもう逃げられない。
「へへ、運が悪かったな」
「サンドバックになりやがれ!」
「ちい、こうなったら……」
シュンも覚悟を決める。
ケンカはあんまりしたくない。簡単に他者に暴力をふるのはいけないことだと思っていたが、このまま素直に暴力を受けるのは嫌だ。
徹底的に反抗してやろうと構えを取ろうとすると、
「なるほど、悪いのはこいつじゃなくてそっちの馬鹿どもか」
シュンがぶつかってしまった男が、苛つくように指をポキポキ鳴らしながら不良たちの前に立つ。
不機嫌なのが表情から伝わってきた。
「ああ、なんだテメー?」
「お前ら、弱い者いじめか?」
「違うぜ、こいつはちょっとサッカーできるからってよ、ちやほやされてんだぜ。掲示板に乗ってるのもムカつくな。だからちょびっといじってやろうと思っただけよ、お前も巻き込まえたくなけりゃあ引っ込んでな」
あらためて聞くと理不尽なことしか言ってない。それを聞いて改造帽子の男はため息をついて、
「なるほど、嫉妬からの差別、そして弱い者いじめ。くだらねえ。小物の目立ちたがり屋がやりそうなことだ」
「あ――」
怒りをあらわにして自身に歯向かおうとしてくる男に、不良も不機嫌になりながら殴りかかろうとした瞬間、真上に飛び上がった。
「ゲフッ――⁉」
――違う。
真上に飛び上がったのではなく、真上に吹き飛ばされたのだ。悲鳴を上げて上空に飛ばされて、そのまま地面に落ちる。そしてピクリとも動かなくなった。
男は右足を真上に上げていた。足で顎を蹴りつけて、振り上げの蹴り一発で不良の一人をノックアウト。
一撃で仲間が倒されるのを見た不良たちはたちまち焦った。
「な、なっ⁉」
「喧嘩売ったのはそっちの方だぜ。俺とコイツに殴りかかろうとしたのが悪いんだよ」
「て、テメ――いぎっ⁉」
男の攻撃にキレて反撃をしようとしたが、有無を言わさない先手必勝の拳が不良の顔面を捉えてぶん殴られる。数メートル吹き飛ばされて壁に激突してそのまま気絶した。
「ひ、ひぃっ⁉」
残った不良が男から遠ざかるように後ろに下がる。
仲間が一撃で仕留められてしまった。精神はとっくに敗北を認めている。
このまま逃げようと思ったが。
「あ……あっ……⁉」
「俺は優しくないからよ。一発はぶん殴るぜ、俺は」
――ガン!
足を突き出すケンカキックが不良の腹部に深く刺さった。内臓にも響くほどの重い蹴り。不良は腹を抱えて膝をつきうずくまる。プルプルと震えて、激痛に声を漏らすこともできない。
これはケンカなんて言うべきではない。
一方的な暴力。
数の有利なんて存在しないと言わんばかりの理不尽な戦闘力の差。
「まあ、殴るより蹴ったほうが楽だが」
勝負はすぐに終わった。
改造帽子の男は余裕綽々と立っている。さっきケンカをしたとは思えないほどだ。息も乱れていない。
「た、助かったよ。ありがとう。まさかいきなり不良に襲われるとは思わなくてな」
助けてもらった礼をするシュン。
彼がいなかったら危険な目にあっていたかもしれない。
「おい、お前。この街は初めてか?」
「初めてじゃあないけど、ここで暮らして一月は経ってないな」
「初めて来たようなものだ。夜が近い時間にこんな場所に来るな。オラリマはどの街よりも栄えている街だ。だからこそ、こういった人気の少ない場所は危険なんだよ。広い場所なら警備魔導士がいるから安全だ」
オラリマはエルドラド大陸で一番発展街だ。だからこそ人が集まり、街の面積が増える。そして街が広くなればこういった人の目が少ない場所が生まれて、そこであくどいことをする人物がやってくるというわけだ。
「まあ……まだ不良相手だったのが運良かったな。俺が歩いてきた方向にずっと進んでいけばこの場所から抜け出せる。さっさと家に帰りな。また変な相手に絡まれてどうなっても知らん」
シュンに忠告した後、路地裏の奥に向かって歩いていく。
(す、すげー強い人だったな。冒険家なのか?)
不良たちを一方的にボコったあの腕っぷし。
危険な場所を探検する冒険家なら納得できる。もっとも彼がどんな人物なのかはわからない。わかることは助けてくれたこと、腕っぷしが強いこと、それぐらいだ。
去っていく彼の背中を見送っていると、
「あっ……まずい! 門限が過ぎちまう!」
慌てて学院の寮へと走って戻ってシュン。
寮に戻ってきたときに寮長が心配そうな顔で待っていた。不良に絡まれたせいで時間を食ってしまったため、門限は過ぎてしまった。時間を過ぎたことと、むやみに危険な場所に行かないようにと寮長にこってりと叱られたのであった。
「掲示板に載ってた……か。一体どんなことしたんだ? もしかしたらいい暇つぶしになるかもな」