エピローグ 頂点への一歩
「今回の選抜戦は見事でしたな」
「ええ、とくにサッカーの試合は熱中して観戦しましたよ。まさかAクラスが負けるとは」
「まだエルドラドでのサッカーの歴史が浅いとはいえ、サッカー部はこの学院の優れた生徒が集まるAクラスに勝った。何年ぶりでしょうかね」
「サッカー部の生徒も頑張っていましたね」
「……そうか? 私は納得していないぞ。突然、助っ人が乱入して。しかもあのヴィルカーナの令嬢だ。今年の入学テストで文句なしトップの成績を収めた、あのレイカ・レクス・ヴィルカーナだ。サッカー部が勝てたのは彼女のおかげだろ」
「確かにな。もしヴィルカーナさんがいなければ勝っていたのはAクラスのチームであっただろうな」
「だけど、彼女がサッカー部の助っ人になることを認めたのはAクラスの生徒たちでしょ? 私たちが文句を挟む権利はないわ」
「だとしても納得できんぞ! 私は!」
「まあまあ、ちょっと熱が入りすぎてるんじゃない」
「学院長!」
「今回ここに君たちを呼んだのは、選抜戦の内容を語るためじゃあないよ。だからここでこの話は終わり。ね」
「わ、わかっています。しかし……」
「後で存分に話してくれ。じゃあ、始めよう。『シュン』をこの学院のサッカーの特待生として認めるかどうかをね。まあ、あまり話す必要はないかもしれないけど」
グラウンドからボールが蹴り飛ばされる音が聞こえる。
ゴールに向かってシュートを打っているのはシュンだ。
いつもの日課、朝練だ。
「いやー……昨日はいろいろと大変だったぜ」
前日行われたマギドラグ魔導学院選抜戦の試合で勝利を勝ち取った。だが試合の後に先輩たちから様々なことを質問されたのだ。
レイカとの関係や、試合に負けていたらシュンはどうなるか、などなど。
前者はちゃんと答えても、もっと深い関係じゃないのかとアイメラ兄姉やモココにしつこく聞かされて、後者は素直に話したらそんな事情があったのかと神妙な顔をしていた。
今度からそんな大事なことは俺たちに話せよ、そうリンナイトに言われて、それは確かに、とシュンは反省した。
「まあ、試合には勝てたんだ! 大会に出れる!」
そうだ。
エルドラド魔導祭のサッカー大会に出場する権利を得ることができた。
気合が入るというもの。ボールを鋭い振り足で蹴り飛ばしていく。
「おっと」
ゴールの前に目にも止まらぬ速さで誰かが現れた。
そしてそのボールを片手でつかみ取る。ワンハンドで止めた後地面にボールを置いた。
「速いな。いつものこの時間で練習を? シュン」
「フェネクスさん!」
ボールを止めたのはフェネクスだ。
そして服装を整えてシュンの前に立つ。
なにか用があるのか? シュンはそう思った。
「すまないな、練習をしているときに。でも君に伝えないといけないことがあってな」
「いや、いいですよ。でも、普通に横から声かければよかったのでは?」
「君のシュートを見ていると、少し体を動かしたくなったのさ。あーそういえば。まずは、これを」
するとフェネクスはシュンに手のひらサイズのサッカーボールを渡してくる。表面は冷たく、銀紙のようなもので包まれている。
「なんですか、これ?」
「ミニサッカーボールのチョコだ。プレゼントだよ。食べるといい」
またお菓子のプレゼントをもらった。
素直にありがとうございますといってポケットにしまう。後で朝ごはんの後に食べよう。
「じゃなくて! ひょっとしてお菓子をプレゼントするためにここに来たんですか?」
「いや、違うぞ。練習の時間を奪ってしまった詫びだ。足りなかったらまだいろんなお菓子があるが」
「いえ、お気持ちだけで結構です。それで、要件は?」
早く話を進めようとせかす。
お菓子をあげることができなかったフェネクスは少し落ち込んだ表情をして、
「そうか……今回来た理由は、簡単なことだ――君はこの学院に去る必要がなくなった。学院長、教師陣、ほとんどの人が君をサッカー特待生として認めた、そのことを伝えに来た」
それはシュンが今もっとも知りたかったことであった。
そしてシュンは退学になることはなく、この学院の生徒として学生生活を送ることができる。
シュンはそのことを知って大喜びだ。
「ってことは、俺はこの学院に残り続けることができるってわけですね! よっしゃ!」
「君の活躍なら当然だろうな。何回も私達をドリブルで抜かして、三点も得点を取った。これで不合格だなんて評価されたら負けた私達が無様だ」
「でも、心配だったんですよ。試合中に倒れかけましたし」
「ああ、魔力切れのことか。だが君は最後までフィールドに立ち続けていた。倒れてはいない。問題ないと評価したんだろう。それに君のサッカー技術は凄いと言われていたよ」
そこまで評価されるのは嬉しい限りだ。
「正直言って前代未聞だ。このマギドラグ魔導学院で魔法以外でこの学院に入学し、それを上層部が認めるなんてな。シュン、君は凄いことをしてくれたものだ」
「まあ、普通だったらこの学院に入学なんてできませんからね」
「学院の教師陣は君に期待を寄せている。エルドラド魔導祭でトロフィーと優勝旗を持って帰ることな」
「できる限りその期待には応えてみせますよ。自分の目標はこの大陸で一番のサッカープレイヤーですから」
自信満々にそう告げた。
大好きなサッカーで一番を取る。
それがシュンの目標であり、夢である。
「大きく出たな。私は健闘を祈っておくよ。君がエルドラド魔導祭で表彰台の頂点に立っていることを」
「フェネクスさん……はい、がんばります!」
「それでは、私は生徒会の仕事があるのでな。じゃあ、よい学院生活を」
そう言って指を鳴らして箒を呼び出してそれに立って乗る。そして学院のどこかに飛んでいった。
「俺……この学院に残っていいんだな」
「シュン、フェネクスさんと何話していたの?」
「レイカ! 早い登校だな」
退学の危機から逃れられたことに安堵したシュンにレイカが声をかけてきた。
「寮暮らしとはいえあなたもね。で、何の話していたの?」
「聞いてくれよ! 俺、この学院に残ってもいいんだってさ! 教師たちに認められたぜ!」
「ほんと? それはよかったわ」
「ああ、それに試合に勝てたからエルドラド魔導祭に出場することができる! たとえ学院に残れたとしても試合に出場できなきゃあここに入学した意味ないからな」
「いいことづくめね。私も頑張ったかいがあったわ」
事情を話すとレイカは嬉しそうに微笑む。
シュンがこの学院に残れたこと、そしてサッカーの大会に出場できることが嬉しいのだ。
「シュン、応援してるわ。私と互角に戦えるあなたなら優勝できるって」
「……レイカ」
レイカの声援に、シュンは嬉しさよりも寂しさを感じた。
やはりレイカはサッカー部には入らない。
彼女は家を継ぐことを覚悟している。
ヴィルカーナ家の当主としてふさわしい技量、実力、そして心構え、それらを身に着けて家の名を汚さぬために真剣になっている。
家の名前だけではない、ヴィルカ―ナ家をしたっている従者や民のためにこの学院で学ぶのだろう。
それを否定してサッカーを一緒にやろうなんて――
「…………」
「シュン? どうしたの? そんな険しい顔をして」
「――! いや、なんでもないよ」
ごまかすようにいつも通りの声量で言葉を返すシュン。
本音のことを言って困らせるわけにはいかない。
「レイカも……家のこと、頑張れ」
「ええ、もちろんよ」
そう言ってレイカは学院に向かっていく。
朝早くから勉強するのだろう。
彼女も頑張っている。
「……よし、頑張るぞ! 頂点を取ってやるぜ!」
朝練を再開するシュン。
――夢は前世から変わらない。
自分はサッカーでトップに立ちたい。
それを叶えるために、シュンはボールを蹴りだした。
【エルドラドサッカー日誌】
レイカ・レクス・ヴィルカ―ナ
身長167センチ 魔力属性 氷
エルドラド大陸で使われる多くの魔法薬を生産、販売しているヴィルカーナ家の令嬢。
負けん気の強い性格で、サッカーにおいても内心では自分が一番でなければならいないと思っている。そのため誰よりも努力するストライカー。
高等部になって多少は荒い気性も落ち着いてはいるが、負けず嫌いなところは変わっておらず勝負事では燃え上がる。
幼い頃からの英才教育で身につけた驚異的な身体能力と魔法技術、そしてシュンを参考にして練習したサッカー技術によって繰り出す圧倒的パワースタイルが彼女のサッカー。
特に魔法を組み合わせた強烈なシュートは誰にも止められない。
実は料理は普通のそこそこだが、お菓子作りは大の得意。魔法薬品を作る技術を利用して作った魔法のお菓子は従者や家族からは好評。レイカの作ったお菓子をレシピにして、それを生産してヴィルカーナ家の商品として売られていたりもする。