この世界のサッカー
「シュン、あんなシュートをいつのまに……」
観客席にいるレイカは思わず手を握りしめる。
シュンの『ティルウィンドジェット』に目を奪われた。
威力も驚きだが、暴風に吹き飛ばされた状態でも、ボレーを打つ姿勢を全く崩さずに足を振りっていたあのバランス感覚に一番驚く。
「シュンは空中のシュートは得意中の得意だったわね」
昔、一緒にサッカーをしたことを思い出した。
「まさか、一年生にゴールを奪われるとは……」
「あのシュートなんて威力……止めようと思ったのに逆に吹き飛ばされたわ……」
「警戒しておくべきだった……せめて俺がマークにつくべきだったな」
「フロストン……」
点を入れられて意気消沈するAクラスのメンバー。
まさか先制点を奪われるとは思わなかった。自分達の魔法の腕なら勝てる、その自信にヒビが入ったような、そんな心境だ。
「みんな、気を落とすな」
「フェネクスさん」
だが一人、Aクラスのリーダーであるフェネクスはあせるそぶりを見せない。いつも通りの態度で励ましの言葉を仲間に送って
「彼らは今までの競技で戦った来た他の生徒とは違う。自分達は今までどんな相手でも勝てるという自信があった。この選抜戦で、結果を出してきたからな」
他の競技では勝ち続けてきた。
それはAクラスたちが他のクラスの生徒より魔法の実力があるという証拠。そしてそれが自分達の自身でもあった。
「だが彼ら相手にはそれは慢心だった。サッカー部の実力を見誤ってしまった。だから点をとられてしまったんだ」
「そ、それは……」
それを言われていいよどむ生徒たち。
確かに自分達の方が実力は上だと思っていた。今までの実績でそう思っていた。
だがしかし、それこそが自信ではなく慢心になっていた。それが原因で相手の実力を冷静に判断することができなくなっていたのだ。
それが今の失点の原因だ。
「彼らは強敵だ。本気で挑もう。私たちが全力でサッカーをすれば勝てない相手ではない。自分達のサッカー、【魔法サッカー】で押していくぞ」
「わかりました!」
「気を引き締めていきます!」
(フェネクスさん、あれがリーダーの器ってやつか。浮き足立っていたAクラスを落ち着かせた)
さきほどまでのAクラスのチームに漂っていた暗い雰囲気が消えている。
これもフェネクスが冷静な態度でチームの士気を上げたおかげであろう。
(……なんだあのシュートは)
フェネクス本人は心のなかで冷や汗をかいている。
理由はシュンのマジックシュートが原因だ。
(あのマジックシュートの魔法は下級風属性魔法の『ウィンド』を元にしたシュートのはずだ。なのにあの威力……魔法以外になんの技術を組み入れたらあれほど威力をあげれるんだ?)
マギドラグ魔導学院の生徒会長を勤めるフェネクスは魔法に関してはこの学院の教師にも負けないほどの実力を持っている。
だからこそわからなかった。
シュンの『ティルウィンドジェット』のあの威力をどうやって作り出しているのか。
(考えられるとしたら魔法剣士が剣術で魔法の威力を上げるように、シュートの打ち方で威力をあげているのか)
魔法剣士は剣の振り方ひとつで魔法の威力や攻撃範囲を広げることができるという。
それに近いものではないかとフェネクスはそう考えた。
「……サッカー特待生としての実力は本物か。あの技術、厄介なものだな」
シュンのサッカープレイングの技術をより警戒しなければならない、と思いながフィールドの中央に向かう。
『さあ、試合再開です! フェネクス選手にボールが渡り、そして攻めていきます!』
「もう一回止める!」
シュンはボールを取ろうとフェネクスに近づく。
再びの一騎討ちが始まるのか。
観客たちはそう思っていると、
「ケットシー!」
「はー!」
シュンを目の前にしてフェネクス、ここで味方にパスを出す。
フェネクスは勝負を避けた。
『ここは勝負しない! ゴールに向かって突き進むAクラスチーム!』
(俺との勝負を避けて点をとることを考えたか)
なにがなんでも一点取り返す。
そういう思いがあって故のシュンとの戦いを避けたのだろう。
(……また戦いたかったが、これもサッカー。チームプレイで点をとりにきたってわけか)
勝負をしないことにちょっと寂しい気持ちになったが、相手は勝つためのプレイをしているのだ。非難はしない。
それに相手がそう来るならこちらもそれにあったプレイをするだけ。
「まだ中盤。なら俺も守りに加わるぜ!」
『おっと、シュン選手。後ろに走っていくぞ! これはボールを奪う気満々だ!』
シュン、ここで大きく下がった。
狙いはボールを奪いこと。ボールを持っているAクラスフォワード、ケットシーにダッシュで近づいていく。
「まずい! ならば!」
警戒しているシュンがやって来た。ならば策は選んでいられない。こちらの強みをぶつけるときが来た。
「魔法でゴリ押す! 『フレイムダッシュ』だ!」
「なっ!?」
『熱気が相手選手を燃やし尽くす! ここで魔法の発動だ!』
魔方陣展開。
激しく燃え盛りながらのダッシュでシュンを吹き飛ばしながら進んでいく。
魔法を活用していく、この戦い方こそAクラスの戦い方だ。優等生揃いのAクラスだからこその戦略。
「ドゥラハン!」
「おう!」
Aクラスチームのフォワードのパス連携。
そこからシュートに持っていく。
「くらえ! 俺の――」
「やらせるかよ!」
シュートを打とうとしてきたドゥラハンにリンナイトが止めてやろうと走ってくる。
「『ストライクタックル』!」
その瞬間、リンナイトの姿が消えた。
そして姿を現したとき、ドゥラハンは上空に飛ばされており、リンナイトはスライディングの体勢でボールを所持していた。
「がはっ!」
「遅いぜ!」
超高速のスライディングタックルでボールを奪い取ったのだ。
『リンナイト選手! 相手の攻撃を見事を防ぎきった!』
「速い!」
「俺の得意魔法は水属性の魔法だけじゃねえ、このスピードよ! ほら、チコ受けとれ!」
ボールを奪い取ったリンナイトはモーグリンにパスを渡して、
「シュンくん! はい!」
シュンにすぐさまパスを出す。
パスを受け取って、今度も点をとるぞ、そう意気込んでドリブルを開始した瞬間、
「通させんぞ!」
「フロストンさん!」
目の前にフロストンがいた。すでに魔方陣を展開している。
不味いと思ったシュンだが、魔法は発動された。
「『コールドミスト』」
その瞬間、シュンの周りに白い煙が現れる。
冷気の煙がシュンに襲いかかり、寒さがシュンの動きを鈍らせ、白い空気が視線を奪う。
シュンの動きを完全に封じた。
「いくらドリブルが得意なお前でもこれなら楽にとれる!」
「うわ!?」
体の動きを止めさせられたシュンにフロストンの激しいチャージが激突。
見えない状態の攻撃に、シュンは簡単に喰らって吹き飛ばされてしまった。
『シュン選手、またもや魔法で動きを止められた! Aクラスチーム、シュン選手を魔法で徹底的に交戦します!』
(そうしないと止められないからな。俺たちに魔法を強要させるだけでもたいしたものだ。だがしかし)
「魔法の戦いなら、俺たちが勝つ! フェネクスさん!」
「ああ!」
ここでフェネクスに攻撃を託すべくパスを繰り出すフロストン。
フェネクスにボールが渡った。
(くっ、これが学院トップクラスメンバーの魔法の制圧力……)
魔法の威力、精密度、発動速度、どれもが自分達サッカー部の選手より上だ。
どうすればいいか、一瞬悩むもそんな暇は相手に有利な時間を与えるだけ。
すぐさま立ち上がって自陣のゴールを確認すると。
「先程はシュートを打つ前に止められた……ならばこの距離から打つ!」
『おっと、フェネクス選手! ここで足を振り上げた! シュートを打つ構えだ!』
フェネクスがすでに、シュートモーション。
学院でトップにたつフェネクスのマジックシュートは警戒しなければならないシュート。
だが止めるには距離が足りない。
ならばここは冷静に考えて、
「マデュランさん! 前に出ず、フェネクスさんのシュートの軌道に立っておいてください!」
「ボールを取るよりシュートを防げと言うことか……わかった!」
シュンの言葉に頷き、マデュランはすぐさま移動してゴールの中心に移動。相手のシュートに備えることにした。
「決める! 『フレイムシュート』!」
炎の一振りがボールに火をつけた。
そのままゴールに向かって突き進んでいく。
『ここでフェネクス選手のシュートが炸裂! 燃える炎も他の選手よりも大きいぞ!』
燃え盛る火を見れば他の選手よりも威力高いシュートだということがすぐにわかる。
「魔法が強いと言うことか。だがどれだけ強力なシュートでも!」
シュートの前に立って止めればいい!
「『ロックタワー』!」
魔方陣から頑丈な岩の塔が出現。
シュートコースの軌道に出すようにしてマジックシュートを防ぎにかかる。
「止める!」
岩と炎、魔法と魔法が激突。
大きな火の粉がフィールドに舞い上がる。
だがフェネクスのシュートは強烈だ。
一瞬にして岩の塔を壊していく。
「まだだ!」
マジックブロックが破かれたところで諦めはしない。
自身の体を盾にするようにシュートに飛び込んでいった。
巨漢の肉体が炎のシュートに衝突! ゴキンッ、と肉体とボールがぶつかった音がフィールド全体に響いた。
「ウオォ⁉ ――グググゥ‼」
体で受け止めたマデュラン、フェネクスのマジックシュートの威力に、思わず息をこぼしてしまう。それほどの威力がこのボールに詰まっている。
だがしかし、ここで簡単に飛ばされてはなんの意味もない。
地面に踏ん張ってなんとかボールを威力を少しでも下げようと己の身を盾にし続ける。
「――ウオッ!?」
だがしかし、我慢の限界が来た。
シュートの威力に耐えきれず、
だが空に飛ばされても、マデュランはゴールを守るエスバーに顔を向けて、
「エスバー! 頼む!」
「……!」
名前を呼ばれると同時に、エスバーは手のひらから火の玉を産み出す。
「……『ファイアボール』!」
そしてそのファイアボールを投げ飛ばしてシュートボールにぶつけた。
だが火の玉は簡単に吹き消され、炎のシュートは止まらない。
「……だが!」
そう簡単にあきらめてたまるかといわんばかりのパンチング。シュートを拳で迎え撃つ!
「…………ぃ!」
シュートの威力に負けて飛ばされてゴールに叩き込まれてしまうエスバー。
――しかしボールがゴールに入っていない。エスバーのパンチングによって軌道がそれてゴールポストにガツンとぶつかった。
「なっ!?」
『おーと‼ シュートが決まったと思ったら、ゴールポストに命中して弾かれた‼ エスバー選手、執念のセービングだ‼』
(……違う、マデュランさんのブロックでなんとか弾くことが出来たんだ。僕一人の力ではフェネクスさんのシュートを弾くことさえできなかった)
体を張ったマデュランのブロックがフェネクスの『フレイムシュート』を弾いて止めることが出来た。
「ナイスエスバー!」
「…………よ、よかった……」
「あ、ボール。危ない危ない……」
『ミンホイ選手、ボールを拾う! そしてそれを見たAクラスチームフォワードがボール奪いに来た!」
「待て!」
「あわわ! トノスさん! お願いします!」
急に攻めてこられてあせるミンホイだが、すぐさま味方にパスを出してAクラスの攻撃を止める。
「だめだったか……」
シュートを止められて悔しがるフェネクス。
これで失点は防いだ。
Aクラスの攻撃をなんとか封じた。
(いいぞ、Aクラスのトップのシュートを止めた! エスバーもマデュランさんもすごい守りを見せたんだ、俺も何とかしてシュートを打ちにいかないと……)
相手の魔法は確かに強力。
しかしそれを越えてこそストライカーというもの。
何とかして攻略しなければ。
己のストライカーとしての実力を見せるために、シュンは相手のゴールを見た。
【エルドラドサッカー日誌】
シュートブロック
この世界のシュートは魔法によって強化されたシュートであるため、胴体や足をぶつけるだけでは止められず、逆に吹き飛ばされてしまう。
ゆえにシュートを防ぐには守る側も魔法を使う。
バリアなどの魔法で作った壁や、魔法で身体能力を上げて蹴りをぶつけるなどバリエーションは様々。
エルドラドサッカーにおいて相手にフリーで打たせるのは愚の骨頂。シュートブロックで相手のシュートの威力を下げることは大事なのである。