魔導士さんがやってきた
オドロン村にサッカーが広まった。
シュンは友だちと共にボールと戯れる日常を送りながら、今年で歳が十になった。
シュンにとってこの三年間は今まで以上に楽しい年だった。
それはサッカーができるから。
異世界でサッカーという存在が消えたため、もうサッカーができないと思っていた。だが、サッカーはこの村に受け入れられて、今では誰もがサッカーを知っている。そして友達はサッカーを全力でプレイしてくれている。
それがうれしくて仕方ないのだ。
シュンはサッカーの色々な知識、プレイ技術を惜しみなく村の子供たちに教えていく。
(みんなが上手くなれば、サッカーはもっと面白くなる! 皆も色々な技を身につけられるから当然面白い! サッカーはみんなでやるスポーツだからな!)
サッカーを村の中だけでも盛り上げたいシュンはどんどん教えていった。
いつまでもサッカーをしていたいから。
そしてうまくなっていったらサッカーのこまかいルールや用語も教えていく。
段々前世でやってきたサッカーに近づくことに、シュンはよりサッカーに熱をあげていった。
サッカーをしながら、両親の仕事の手伝いをし、村の小さな学校でこの世界のことを学ぶ、そんな日常を送っていた。
そして今日、村の広場に人が多く集まっている。
子供たちは好奇心を、親は緊張を顔に浮かべていた。
「今日はこの村に魔導士さんがやってくる」
シュンの父親、モメントが教えてくれた。
「魔導士さんたちは毎年この日にこの村を訪れて、十歳を超えた子供たちの魔術の才能を確かめるんだ」
「なんでそんなことを?」
「魔導士になりうる人材を求めているからだよ。街の人々は魔法をうまく使える人間を探しているんだ。魔術をより発展させるためにね」
「そうだんだ」
「……あんまり興味無さそうな反応をするね」
「魔法は使ってみたいよ。でも魔導士はあんまり……だな。それよりもサッカーがしたい」
「そうだな、シュン。君はサッカーが大好きだもんな。でもサッカー以外のことにも興味を持ってみたらどうだ?」
「うーん」
そんな他愛のない会話をしていると、
「おお! おかえり!」
どこからか誰かの帰りを迎える声が聞こえた。
声をした方向に視線を向けると、村の大人たちと赤髪の男がいた。
赤髪の男の服装は黒色のローブを着ている。あのローブはこの国が認めた人にしか送られない魔術師のローブ。
すなわち、彼は今日魔力検査に来た魔術師だということだ。
「知らない人だ。前に来た魔導士さんじゃない」
去年、この村に来ていた魔導士ではない。シュンは覚えていた。
(毎年来ていたから忘れることないしな)
「彼はリーザンと言ってね。このオドロン村で生まれて育って、そして去年魔導士になったんだ。この村の誇りだよ」
「え、それ初耳だけど」
「わりと村の中で話題になったんだがね。他の子供達も知っているのに」
「マジか」
まったく知らなかった。
そこまで村のなかでは有名な人だとは。
「リーザン、お帰り! 立派な魔術師になって、俺たち嬉しいよ」
「リーザン、待ってたよ。最近手紙がなくて心配したぞ」
「こっちも忙しかったんだよ。色々とな。引っ越しした街での暮らし、魔術師になるための訓練、そして今も新米魔術師として大陸を歩き回っているんだよ。村に帰るどころか手紙を書く余裕もなかったんだ」
リーザンが村の人たちと会話をしていた。懐かしい知人と話している。
(魔術師、か。なるのは大変そうだがらスゴい人なんだろうな)
国から認められる魔術師になるには、素質、実力、運、全てが重要で、その魔術師になったリーザンはオドロン村の人々がリーザンを誇りに思うのは納得できる。
リーザンは大人たちに手を振って別れたあと、こちら側に向かってくる。今日この村にやって来たよう件を済ませるために。
「あー、みんな。俺はリーザン。姓はないからリーザンって呼んでくれ、魔力の量を検査するっていってもそんな難しいことはしない。すぐに終わる」
鞄の中から小さい種がたくさん入った瓶を取り出して、それをみせるようにかがげた。
「これは魔力の量を判別できる種だ。マジックフラワーと呼ぶ。これに触れて魔力を流すと――」
お手本をみせるように、瓶から種を取り出して握る。
しばらくして手を開く。すると手には赤色の大きな花が咲いていた。
手品のような光景に子供達は全員驚くように騒ぎだす。
「まあ、こんな感じに花を咲かすんだ。はなの大きさや形、色で、君たちの魔力の様々なことがわかる。全員に渡すから親御さんと一緒にやってくれ。魔力の使い方がわからんかったら聞くんだぞ」
そう言ってリーザンは子供達にマジックフラワーの種を渡していった。
「ほら、どうぞ」
シュンももらい、マジックフラワーの種を見つめる。
この種に自身の魔力の素質を解明する力がある。
「こんな便利なものがあるとはね。さて、俺はどうなるのかな」
シュンは種を握り混んで魔力を流してみた。大きく成長してくれたらいいな、そう祈りながら。
「ん?」
時間がたっても花が現れる気配がない。
おかしいな、首をかしげながら手を開くと、野原に咲く小さな花があった。シュンの指先ぐらいのサイズで。
「あぁ……」
(父さん、そんな悲しそうな声をあげないでくれ。せめて家のトイレの中で嘆いてくれよ)
結果を待つまでもないな、とすこし落ち込みながらシュンは花をリーザンに渡しにいった。
おそらくマズイ結果なのだろうな、そう思いながら。
(俺の体……魔力は全くない、か)
魔力検査の結果を父に聞いてみるとその結果が返ってきた。
両親は悲しそうな顔をしていた。息子に魔法の才能があってほしいと願っていたのだろう。魔法という技術がこの世界で生きるうえでのライセンスのようなものだからだろう。
そして検査の後、シュン以外の村の子供たちは落ち込んでいた。
全員合格者無し。
魔導士になる資格はないと言われたようなものだ。
魔導士に憧れていた子供もいる。君にはその素質がないと言われたようなものだ、落ち込むのも無理はない。
「残念だなー。魔導士になるの、少しは憧れていたんだけどな……」
「仕方ないよ、魔導士になるって冒険家になるよりも大変だぜ。魔力だけじゃなくて頭もよくて腕っぷしも強くないとなれないんだってさ」
「そういやシュンもダメだったのか。この村で一番受かりそうだったんだけどな。悔しいか?」
「いやー……俺は最低限魔法使えればいいな、って思ってる」
「マジか! いや、お前はサッカーがあれば生きていけるぐらいのサッカーバカだったな。お前ぐらいだよ。魔導士になるよりサッカーをすることを選ぶぐらいなのか」
「サッカーバカね。それは否定できないな。ハッハッハ!」
村の子供たちにそう言われて、怒るより笑うシュン。
シュンは魔法に興味持ってはいるが、魔導士になることよりサッカーをすることの方が好きだ。サッカーの方が大事なため魔導士になりたいとは思ってないのだ。
「なあ、その嫌な気分はサッカーで晴らしてみないか?」
落ち込んでいる村の皆を励ますようにサッカーをしないかと誘う。
「……そうだな、こういう時はボールでも蹴るか。皆で広場に集まってサッカーやろうぜ」
「ああ、当然! 無性にボールを蹴りたかったんだよね!」
「体動かして今日のことは忘れましょう!」
シュンたちはいつもの広場に向かって走っていった。 今日もサッカーが待っている、そのことを楽しみにして。
「……サッカーだって?」
近くにいた一人の魔導士が興味津々に呟きながら頭を傾けていた。