サッカー選抜戦、試合開始
「…………うそ」
レイカの足取りは重かった。
サッカーの試合がそろそろ始まる。だからシュンに応援の言葉でも送ろう、そう思ってシュンがいるサッカー部の部室に行こうとしたその時、シュンの声が聞こえた。
窓が空いていたため、そこから声が聞こえたのだ。
「シュンが、この学院からいなくなる……?」
始めは盗み聞きなんてするつもりはなかった。気づかれないように相手の会話を聞くのは悪いこと、親しい友人の会話ならなおさら。
だが、シュンが退学するかもしれない、そのことを聞いてつい足を止めて窓からコッソリと話を盗み聞きしてしまったのだ。
「もし負けたら大会に出れない、そしてこの学院からシュンがいなくなってしまう……」
ひさしぶりに再開をはたした友人のシュンがこの学院からいなくなる。
そう思うと寂しさと悲しい気持ちが湧き上がってくる。
「私は……どうすれば……」
サッカーフィールドに向かうレイカの心は重苦しいものに満ちていた。
マギドラグ魔導学院サッカーフィールド。選手たちはウォーミングアップをしている。フィールドの外では生徒たちが集まっていた。
『マギドラグ魔導学院選抜戦最終日! そして最後の競技! 競技はもちろん! 今、エルドラド大陸で誰もが夢中になっているサッカーだ!』
観客席のある場所でヘッドセットマイクのような物を身に着けている女子生徒が興奮しながら場を盛り上げるようなことを言っている。
『実況はワタシ! 新聞部所属、プリン・メロエウタがお送りいたします! 一日目から様々な競技にお邪魔させていただきましたが、疲れてはいません! 試合が終わるまでフルスロットルでお送りいたしますよ!』
「すごい大声だ……」
「いや、あれは違うぜ。あれはマイクっていう魔導道具でな。音を大きくしたり、今いる場所から遠くに置いてあるあの黒い箱に音を送って声を遠くまで届けたりできるんだ」
「……最近の研究によると音は空気の振動だってことがわかったわ。だからあのマイクには空気の振動を大きくする魔法石がはめ込まれて、さらに――」
(カメラもあるから、マイクも存在するのか……都会の魔法技術力は凄まじいな)
リンナイトとトイズの説明を聞きながら、見覚えのある道具がこの世界にこんなにも存在していることに驚いた。
「人、多くない?」
「ほかの競技全部終わったからではないでしょうか。学生だけでなく教師も集まってますよ」
「こんなに見られると〜やる気上がるよね♪」
「だな!」
「うんうん!」
サッカー部ニ年生たちも多くの観客の前にワクワクが止まらない。
「お前ら気引き締めろよ。気を抜くと魔法でぶっ飛ばされるぜ」
「……」
「おい、シュン。お前、なにキョロキョロしてんだ?」
「いやスイマセン。ちょっと人探ししてまして」
「応援してくれる人を探しているのね〜。わたしも〜手を振ってみようっと」
「チコ、呑気だなお前は……まあシュン。あまりほどほどにな。試合には集中してくれよ」
「それは大丈夫です。試合になったらそちらに頭を切り替えますから」
(レイカ……見に来てくれるよな)
応援してくれると約束してくれた友人の姿を探すシュン。しかしその姿を見つけることができない。
観客席は学院の全生徒と教師が集まっているため、大人数になって探すのも大変だが、それでも彼女の姿が見れないのは不安であった。
「……シュンさん。誰を探しているんですか?」
そんなシュンの姿を見たエスバーが心配そうに声をかけてきた。
「ああ、俺のプレイを見せたい人がいるんだよ。ま、ホントのことを言えばその子と一緒にサッカーできればよかったんだがな」
「……そう、ですか」
見つけられなかったがレイカは来てくれるはず。そう思ってシュンは試合に思考を集中することにした。
「シュン、ひさしぶりだな」
「フェネクスさん」
すると相手チームのキャプテン、フェネクスがやってきた。
「君とのサッカー、楽しみにしていた」
「それはこちらもです」
「この試合、君にとっては大事な一戦になる。覚悟はいいかい?」
シュンはここで結果を出さなければこの学院から去ってしまう。
だからフェネクスはシュンにそう問うたのだ。
そしてシュンは目を背けず、
「覚悟はできています。それに覚悟しているのは俺だけじゃないです。この試合に出ている全員が大事な一戦ですから。俺も、サッカー部のメンバーも、そしてあなた達Aクラスの人も。皆覚悟している」
サッカー部もAクラスも、エルドラド魔導祭で優勝をとりたいがゆえに、この選抜戦に覚悟して挑んでいるのだ。
サッカーの戦いは一人だけで行われるものではないのだから。
「そう、だな。私も勝たなければならない。Aクラスとして、そして生徒会長としても、この学院の人たちの希望に応えなければならない。その責任が私にはある」
生徒会長になったからには、生徒たちの模範にならなければならない。そしてその模範とは魔法の実力と実績である。魔法の名門学院の生徒会長ならばそれを証明しなければならないのだ。
この学院のトップにいるフェネクスはその思いでこの選抜戦にでた。
「君はなんのためにこの試合に出ている」
「サッカーをするのが楽しいから、ですね。そして勝てばもっと楽しい。だから勝ちたい」
シュンは即答でそう返した。
大陸で頂点に立つのがサッカーでの目標。
だが試合に出るという理由ならサッカーが楽しいから。サッカーをするのが、ドリブルをするのが、シュートを打つのが、なにより他者とボールを蹴りあうのが一番楽しいと思っているからサッカーをしている。
シュンがサッカーをする理由はそれである。
それを聞いてフェネクスはなるほど、と頷いて、
「そうか。君はサッカーが好きなのだな。己の身を捧げるほどに」
そう言ってフェネクスは自身のチームのところに戻っていった。
「マデュラン。勝負のときは来たな」
「ああ、フロストン」
シュンとフェネクスの会話の最中、マデュランとフロストンが話し合っていた。
「来やがったや! やいやい! フロストンとその他元サッカーメンバーとAクラスの連中! 今日で引導渡してやる!」
「渡してやる!」
するとアイメラの双子組がフロストンを見つけた瞬間、横から入ってきて喧嘩腰に睨みつけてきた。
フロストンは面倒くさそうにため息をつき、
「いつも通りうるさい双子どもだな」
「まって、その他メンバーってなによ! 名前ぐらい覚えてよ!」
「おいそこの双子、その生意気な態度、もうできないようにしてやる」
「やってみやがれ!」
「やってみなさい!」
「まあ、いい勝負をしよう。マデュラン」
「そうだな。悔いの残らない勝負を」
両チーム、顔合わせを終えたあと、センラーラインを挟んで一列に並ぶ。
『さあ、ご覧ください! 選手一同! センターラインを挟んで睨み合い! ワタシも勝負が始まるのが待ちきれない!』
実況のメロエウタも大興奮だ。
当然、観客席にいる生徒たちも早く勝負が見たくてドキドキしている。
『両チームのキャプテン、マデュラン選手とフェネクス選手が集まりコイントス! 結果は……おっと先にボールを持つのはフェネクス選手のチームの方だ! さあ、試合が始まるぞ! 観客席の皆さん、最後まで応援、よろしくお願いします!』
両チームがフィールドに散らばって、中央に置かれているボールの近くにAクラスのメンバー二人が集まる。
(俺の初めての高等部生活、そして高等部最初の試合……前世では高校生になれなかったからな。だから楽しむぜ。そして勝つ!)
試合の準備は整った、
『さあ、キックオフだ!』
――試合が始まる。
・マギドラグ魔導学院サッカー部
シュン FW
チコ・モーグリン MF
トノス・チャーチ・アイメラ MF
プロス・チャーチ・アイメラ MF
モココ・ユーミール MF
リンガル・ミーホ・マデュラン DF
プーニー・トイズ DF
ターキン・バルバロサ DF
スラ・リンナイト DF
マーズ・ミンホイ DF
フレイ・エスバー GK
・マギドラグ魔導学院Aクラス選抜メンバー
コシュタ・セルティ・ドゥラハン FW
カーシャ・ケットシー FW
バニス・ウー・フェネクス MF
ランタ・フロストン MF
マンドラ・トレンツ MF
アラクネス・タルチュラ MF
トーコ・ケロベロ DF
パウル・レジィ・ゴムレス DF
クレータ・タウロス DF
マミー・リデッド DF
カリュ・ドレイク GF