レイカとの話し合い
朝日がガラスの窓から覗かせる。
ベッドに寝ているシュンの横にある壺から白い煙が飛び出した。
すると煙はシュンの顔を包み、それに気づいたシュンが目を覚ます。
この煙には眠気を飛ばす成分が入っており、快適に目を覚ますことができる。ストレスフリーで目覚ましで起こされるよりは気分がいい。
「……魔法の世界ならではの時計だな」
目を覚まして身支度を整える。
シュンがいるのはマギドラグ魔導学院の学生寮だ。
全生徒の半数がこの寮で暮らしている。それでありながら寮は一人一部屋。しかも部屋の広さも、シュンが村で暮らしていた家の居間ぐらいの広さ。住人ぐらい人がいても窮屈さを感じないほどの。
そんな部屋を貸してもらっている状況、サッカー部の特待生だからこの寮に住めるのだ。
「今日から授業も部活も本格的に始まるな。その前に、ご飯を食べたあと朝練でもするか」
授業の前に朝御飯だ。
食事も寮の食堂で無料である。しかもメニューも豊富で味もいいときた。
高成績を残した生徒や、特待生は無料で食べられるのだ。
食費も学院から支給されることにシュンは感謝してる。
「モッチリパンとハンバーグ、それに今日のサラダをお願いします!」
「朝から食べるねえ。いや、たくさん注文してくれるのは嬉しいけどさ」
朝食を終えて、学院のグラウンドに訪れたシュン。
荷物をゴールポストの近くにおいて一人で練習を始めた。
シュンにとってはいつもの日課。場所が変わってもしまってもやらない理由はない。
「基礎練、始めるか」
ボールを蹴り、ドリブルをする。
この朝練こそシュンのルーティンであり、これをしなければ一日が始まらない。
「……あれ?」
だが今日のシュンのドリブルはキレが悪かった。
いつものような全力疾走と変わらないドリブルも、足技を使った巧みなドリブルも、どれも動きが鈍く感じる。
シュン自身、なぜ動きが悪いのか理由は何となくわかっていた。
昨日の出来事が原因だ。
「レイカ、なぜ君はサッカー部に来なかったんだ」
かつては相手としてサッカーの勝負することを誓った。なのになぜサッカーから離れようとしているのか。
それが気になって練習に身が入らない。
なにか理由があるのだろうか。
それこそあれほど大好きだったサッカーから離れなければならないほど大きな理由が。
「……ずっと悩んでいてもしかたないな」
ドリブルをやめてリフティングを始めたシュンは、ボールを蹴り上げながら自分がするべきことを考えていた。
「もう一回、会って話をしよう」
そう決めたシュン。
Aクラスとのサッカー勝負のために練習することも大事だが、レイカのことが気になっていては練習も試合も集中することができない。
今日中に会って話をするべきだ。
生徒たちが分厚い本を浮かぶかごのなかに入れていた。
ずっしりと本が敷き詰められた本棚が何十も並べられて、生徒や先生は自分が読みたい本を探し、手に取り、そして開く。
ペンの書きしきる音とページを開く音だけがこの場で聞こえてくる。
ここはマギドラグ魔導学院の図書室。
魔導書だけでなく、図鑑や辞書、絵本などもある、街どころか大陸のなかでも一番と言っていいほどの本の種類と数がこの場所にあるのだ。
(国が作った図書館じゃねーのかよ。なんて規模の図書室。一生かかっても全ての本読めねーだろ)
心のなかでシュンはそう思う。それほどの本の数。
あらためてマギドラグ魔導学院が魔法の名門学院だということを認識した。
これだけの本、生徒だけでなく国から認められた魔導士も読みに来たいだろう。本に触れる限り、状態もよくちゃんと大事に管理しているのもわかる。
(この場所にレイカがいるのか)
シュンは休み時間になった後、自分の学年の他の教室に足を運んでレイカを探し始めた。
しばらく探して、レイカは隣のクラスにいることはわかった。
隣のクラスに入って、レイカを探したが姿は見えず。レイカのクラスメイトに聞いてみると図書室に行っていると聞いてので、この場所に訪れたのだ。
ちなみにレイカとどんな仲なのか隣のクラスメイトに聞かれたため、素直に昔サッカーをした仲だよ、と答えたら嘘だー、なんて反応をされてしまった。
どうやらクラスメイトはレイカがサッカーが好きなことを知らないらしい。そもそも村育ちのシュンが貴族のレイカと仲がいいことが信じられないのだろうと、シュンはなんとなくそんなことを察した。
「どこにいるんだ?」
マギドラグ魔導学院の図書室は膨大な本が保管されており、その分図書室も広大な建物で室内も広い。お目当ての本を探すだけで一日がつぶれてしまいそうなほどに。
それでも本を読む場所はあるはず。そこにレイカがいるはずだ。
「ん? いたいた」
予想通り、図書室の中央で並べられている机の場所にレイカがいた。
「…………」
レイカは本を読みながらノートに文字を書いている。勉強している最中だ。
勉強の邪魔をするのは気が引けるが、話せる時間は今しかない。
シュンはレイカに近づいて声をかけることにした。
「なあ、ちょっと聞きたいことが」
「えーと、今勉強中で……ってシュン?」
「よっ、レイカ」
周りの人に迷惑かけないように小声で呼び掛ける。
レイカはシュンの存在に気づいてペンを下ろした。
「勉強中すまないな。でも話したいことがあってさ。だめか?」
「……」
シュンの言葉に黙って考え込むレイカ。
レイカはシュンが聞きたいことについて、何となくだが察している。おそらくサッカーのことであろう。昨日、あんなことを言ってしまった。それを疑問に思ったのだとレイカは思っている。
そしてその考えは当たっている。シュンはレイカになぜサッカー部に入部しないのか、その事を聞きにきたのだから。
両者にとって、長い沈黙が訪れる。するとレイカは覚悟を決めたのか目を閉じて、
「いいわ。ここで話さないのは逃げるようなものだから。場所を移しましょう」
話をすることに決めた。
話をしないと互いにもやもやしたまま、疑念を抱いてしまうだろう。
ならここで話すことは話しておくべきだ。
話し合いが決まった二人は図書室から離れて、学院のカフェテリアに足を運ぶ。
「学院にカフェがあるのか」
「ええ。学院内じゃあ人気の場所よ」
二人は店内に入って席に座る。
店にきたのなら注文をしなければ。
シュンはオレンジジュース、レイカはフルーツアイスティーを店員に頼む。
「本当はデザートでも頼みたかったけど」
「頼めば?」
「今、デザートをゆっくりと味わっていたら次の授業に間に合わないわ」
そして注文した飲み物が机におかれて、互いに飲み物を飲んで一息。
シュンは飲み物を机において本題に入った。
「……なあ、レイカ。サッカー部に入部しないのか?」
率直に聞いた。
「サッカーが好きな君が、サッカー部に入部しないなんてな。俺はまた君をコンビを組めたら嬉しいと思っている……サッカーをやめてしまったのか?」
疑問に思っていたことをレイカに問いかける。
共にサッカーをしてことがあるシュンだからこそわかる。
レイカはサッカーが心のそこから好きだ。
なのになぜサッカー部に入部をしないのか。
それを聞くことにしたのだ。
「…………」
レイカは困ったかのようにだんまりする。
数秒、口を閉じたままうつむいたあと、口を開いた。
「使命のためよ」
「使命?」
彼女の言葉に首をかしげる。
予想してない理由だった。いったい使命とはいったいなんなのか。
疑問に思っているとレイカは話を続ける。
「私の家の仕事はなにか、シュン覚えてる?」
「ああ、覚えているぜ。魔導医薬品や魔法薬品の生産だろ」
レイカの家、ヴィルカーナ家は病院で入院している人や危険な場所に出向いて街の人の以来をこなす冒険家の人のために様々な魔法薬品を製薬して売っている一族。
昔聞いた話では大陸のシェア率は半分を越えているほど。シュンから見れば、大企業と表現するのが正しいか。
「ええ。そして、私が家の代表を継ぐことになったの」
「え! レイカがヴィルカーナ家の代表に!?」
しばらく会わないうちに大きな物事に関わっていた。
レイカが貴族の娘から貴族の代表になる。
いつの間にそんなことが起きていたとは。
「そうよ。といってもまだ先の話だけど……でも魔法薬学って魔法の中でも難しい学問なのよ。覚えることも多いし、調合でも材料をわずかに違っても大失敗を起こしてしまうわ」
薬品を生産することが難しいことはシュンにも理解している。
学院から支給された教科書を見て、めまいを起こしてしまうぐらい難解な言葉と式が書き並べられていたのだ。これの内容をわかる人は天才学者になれるだろうと思うぐらい。
ゆえにレイカが勉強に集中する理由もわかるのだ。
「だから、今のうちに勉強しないと……魔法薬学の知識だけでなく、職場にも足を運んだり、家と同盟関係になっているギルドの代表との付き合い方も覚えていかないと……」
真剣な表情で自分が成すべきことの将来を口に出していく。
それを聞くだけで、レイカは本気で家の名を汚さないために、家の者たちのために頑張っていることがわかった。
(サッカーを一緒にしたいって……頼めないよな)
ここまで家を継ぐために努力しているレイカにサッカー部に入ろうと頼み込むのは、ただ彼女の行動を邪魔するだけじゃあないのか。そう思ってしまったシュンは諦めきれない気持ちになるも、レイカの思いに応えるべきではないか、そんな考えも脳裏に浮かべてしまう。
「そう、か」
「ええ。ごめんなさい」
「いや、謝らないで。誰も悪くないよ。ただ、君とサッカーがしたかった。君とするサッカーはとても楽しいから」
「そういってくれるのは嬉しいわ……じゃあ、勉強に戻るから」
「ああ……レイカ」
席から立ち上がろうとした瞬間、シュンが声をかけた。
「なに?」
「二週間後、エルドラド魔導祭の選抜戦があるんだ。見に来てくれないか?」
一緒に試合ができないなら、せめて試合を見てほしい。
応援来てほしいと思って、その願いを頼んだのだ。
「……それなら」
レイカは見に行くと約束する。せめて応援には行こう。そう思って。
シュンは応援してくれると約束してくれて喜ぶ。
負けられない理由が増えた。
「よかった。俺、頑張るからさ。じゃあ、勉強頑張れ」
「ええ。あなたも選抜戦の試合、頑張って」
「ああ、勝つさ」
話を終えてレイカは席を立ち上がる。
「……私も、本当は……」
個室から出ようとする瞬間、顔をわずかに振り向いてシュンを見て、レイカは思わず自分の思いを口にこぼしてしまった。
その言葉は誰にも聞こえない。
当然、シュンにも聞こえない。
だが、シュンはレイカの後ろ姿を見て、なぜか暗い気分になったのであった。
【エルドラドサッカー日誌】
ヴィルカーナ家
貴族の中でも名門と言われる一族。
彼らが生産しているのはエルドラド大陸の医者や冒険家が使っている魔導医薬品。使用者の約半分はヴィルカーナ家が使っている。ヴィルカーナの紋章がかかれた魔導医薬品は他の魔導士が作るものより品質がよく、そして安い。それが使用者が多い理由であろう。
この家の血を引くのは魔法の才能も高く、氷属性の魔力属性が多い。