Aクラスの実力
二週間後のエルドラド魔導祭の出場する生徒を決めるための選抜戦でサッカー勝負をすることになったサッカー部。
この学院の成績トップの優等生集団、Aクラスに勝てなければサッカー部は大会に出ることができない。
この学院に来たシュンにとっても大事な一戦になるだろう。
「…………」
「なあ、例の新入生見てるけど」
「いいだろ。見るぐらいなら。むしろ俺らの実力を見せてやれ」
「だな」
シュンはAクラスの偵察に来ていた。
Aクラスがサッカーフィールドで練習することになったため、サッカー部は練習する場所を取られてしまったのだ。
サッカー部なのにフィールドを取られるってどういうことだ? と疑問に持つシュンだが、それがこの学院のルール。受け入れるしかない。
サッカー部の先輩、マデュランたちは、
「街の方のサッカー広場で練習することに決めたよ。あそこには相手してくれる街の人もいるから練習になる。シュンとエスバーも来るか?」
新入生二人に練習を誘う。
Aクラスにサッカーフィールドを取られてしまったサッカー部。だからといって練習をしないというわけではない。
勝つためにはちゃんと練習はする。
マギドラグ魔導学院が設立されているこの街オラリマはサッカー広場があり、そこで街の人々がサッカーをしている。
その場所で練習をしようというのだ。
「すいません。もうすぐ、寮に行って自分の部屋や持ってきた荷物を確認をしなければならないんです」
いつもなら喜んで一緒に練習すると答えていたシュン。しかし、寮暮らしゆえに、寮を管理している教師から、部屋の場所や寮生活でのルールを教えてもらう予定がある。さらには学院生活のためのですかに持ってきた荷物の整理をしなければならないのだ。
だから、先輩たちの提案を断らざるをえない。
「そうか。シュンは寮暮らしか」
「これからの学園生活、きちんと準備しないとね〜」
先輩たちはシュンの断りを聞いてガッカリするも、予定があるなら仕方ない、と割り切った。
これからの生活のため大事なことなら無理して練習に呼ぶ訳にはいかない。
「エスバーは来るのか?」
「……いえ……その……ついて……いきます」
(大丈夫かな? エスバー)
しどろもどろになりながら答えるエスバーに心配になりつつもサッカー部と別れた。
シュンは寮に戻る前に、
(少し、Aクラスのサッカーを見ていくか)
寮での準備の時間はまだある。少しぐらいなら観戦できる。
Aクラスのサッカーの実力が知りたい。戦う相手のデータを知るのは勝負の鉄則。
寮での準備も大事だが、戦う相手のことも知りたい。予定の時間、ギリギリまでAクラスの練習と実力を見たい。
(まあ、本当は今から先輩たちと一緒にサッカーしたいが……時間がないから無理か。少ない時間で戦う相手の腕を見よう)
Aクラスの練習が始まる。
ドリブルやパスなどの基本的なサッカーの動きをし始めた。
(うーん……やはり動きはぎこちないな)
サッカーを初めてしたかのような動き。ノロノロと進むドリブルに真っ直ぐ飛ばないパス。
まさに初心者の動き。
ボールを持っていないときの走る速度は速いが、それは自身の身体能力をサッカーで十分に発揮できていないということでもある。
(サッカーの技術は身体能力だけではない。ボールを自在に操る運動能力の方が大事だ)
身体能力が高くてもそれだけでは意味がない。ボールに振り回されている。これでは試合に出ても活躍できないであろう。
「む、難しいな……」
「ええ、今のプレイじゃあボールを相手に取られてしまうわ」
「なら、俺が手本を見せる」
サッカー経験者のフロストンと二人の先輩がドリブルをし始めた。
(フロストンさんを始め、他の先輩の中で動けている人もいる。彼らがサッカー経験者ってところか)
元はサッカー部にいた生徒。
暇な時に遊びでサッカーをしていた生徒。
そういったことでサッカーの経験を積んだ生徒の動きは断然いい。フロストンと先輩たちはドリブルとパスの手本を見せた。
だがそれでもシュンから見れば動きにキレはない。速く、力強い、だが技がないというべきか。基礎だけしか身についていない。
「しかし、それは技を身につければ手強い」
選抜戦には二週間の時間がある。その短期間でできるかぎりの技術を身につけられたら強いチームに成長するだろう。
「よし、魔法の訓練を始めようぜ。まずはシュートだ」
「ああ」
皆がゴールの前に集まる。
「始まるか」
シュンが見たかった練習が見れる。
Aクラスはこの学院の優等生が集まるクラス。魔法を使う練習ならば彼らの魔法の実力を見ることができる。
最初の一人はサッカー部にいたフロストンだ。
(やはり彼が打つか)
経験者がマジックシュートを見せて、他のメンバーに練習させるためであろう。
一体どんなシュートを打つのか、シュンは瞬きせず見る。
「いくぞ! 『フリーズシュート』!」
フロストンのマジックシュートが炸裂。
白いもやがボールの周りに現れて、シュートがゴールに進むたびに、シュートボールの真下の地面が氷の大地となっていく。
そしてゴールネットにつきささる。
(――なっ!?)
シュンは今のシュートを見て驚く。
ストライカーとしての直感が告げる。あのシュートの威力は計り知れない。
(サッカー部を退部した選手の放つシュートではない! 地面もだが、ネットも凍っている!)
地面とネットが凍りつくほどの冷気。村育ちのシュンからしてみればこんな強力な魔法を使ってくるとは思ってもみなかった。
「いい威力だぞ! ゴールにも入った!」
「ああ、だがもっと威力を出せるはずだ。全員打ったらドリブルとブロックの魔法練習だ」
フロストンの指示が飛ぶ。
積極的に魔法の練習をしていくようだ。魔法こそがサッカーと考えている彼ららしい練習メニューである。
(サッカーの基礎的な技術は乏しいが、魔法による爆発力は凄まじいな……先生がAクラスを恐れるのも理解できる)
シュンはAクラスの練習を見てそう判断する。
強力な魔法を組み合わせたサッカースタイルはここぞという場面で牙を向くだろう。
「これは……予想以上に厄介な相手になるな」
Aクラス全員が魔法の技術に関してはサッカー部の誰よりも高いであろう。
その魔法に対してどう対処するか、それが勝利の鍵を握るはずだ。
(しかし、氷のシュート……か)
今のシュートを見て、シュンは彼女のことを思い浮かべる。どこで何をしているのか、ふと思う。
「レイカ。今、フィールドで練習しているのかな」
何をしているのかわからない。だが、レイカに会って話をしたいな、そんな気分になった。
「よーし、次トレンツ。打て!」
「おう!」
そんなことを考えていると、Aクラスの男子生徒がシュート練習を始める。
「最初は『バリアシュート』をやってみろ」
「『バリア』か。わかった」
おそらく彼はサッカーを初めてなのだろう。経験が浅いのだ。
ゆえに最初は簡単な魔法でシュートを打ってみることにしたのだとシュンは考えた。
「シュット!」
バリアをまとったボールを蹴り飛ばす。しかし、ボールの芯を外したのか、予想外の方向に飛んでいく。
「外れちまった……あっ!」
シュートを打った男子生徒が慌てる。
シュートを打った先に生徒が歩いている。
このままでは堅固なバリアがぶち当たり、怪我をさせてしまう。
シュンもシュートの先に生徒がいることに気づいた。
「マズい!」
シュンはすぐさまボールを止めようと走り出す。声をかけて避けろというより、自分が走ってボールをなんとかしたほうがいいと判断したためだ。
幸い、暴走したマジックシュートはシュンが観戦していた方向に来ている。
全力で走れば間に合う。
がむしゃらに走って、足から魔法陣を展開。
そしてそのままボールに向かって大きなジャンプで近づき、
「止める! 『ウィンドボレー』!」
「えっ!?」
風をまとった足で空中ボレーキック。シュートの軌道上にいた生徒は突然現れたシュンに驚いた。
シュンの鋭い蹴りはバリアを壊して遠くに蹴飛ばす。起動を変えて飛んでいくボールは無人のフィールドに落ちて転がっていく。
なんとか被害を防ぐことができた。
「危なかった……ただのバリアシュートなのにこの威力とは……」
足に伝わるこの痺れ。
ボールの威力が高いことがわかる。もしこれできちんとしたシュートモーション、そしてよりレベルの高い魔法を使われたら生半可な蹴りでは、逆にシュンの方が吹き飛ばされていたであろう。
(……俺たちAクラスのシュートを打ち返すとは)
フロストンは今のシュンのプレイングを見て表情には出さないものの、驚いていた。
バリアシュートとはいえ生半可な衝撃では壊せないバリアを展開していたはず。
なのにバリアを蹴りで壊して、シュート返ししたのだ。
「一年と俺たち三年の魔法力では差がありすぎる。魔法で打ち返したのはありえない……魔法とは違う技術を持っているのか? なるほど、実力はたしかにあるようだ」
ひょっとしたら他のサッカー部の生徒より実力があるのではないか。
サッカー特待生としての実力はあるみたいだとフロストンは感じた。
「そこの二人! 大丈夫か!」
男子生徒が申し訳無さそうにシュンの前に現れる。
「ええ、大丈夫です。誰も怪我していません。俺も、後ろにいる生徒も」
「そうか……すまない。今度から気をつける」
シュートを打った男子生徒が謝りに来る。怪我はしていないので心配ないと伝えると、頭を下げてボールを手に取りフィールドに戻っていった。
なにはともかく、怪我人が出なくてよかった。
「間に合ったな。よかった、君が無事で――」
振り向いて相手の顔を見て、シュンは言葉を失った。
白銀のきらびやかな長髪に勝ち気な深紅の瞳。
この姿、忘れるはずがない。
「――レイカ? レイカなのか」
「シュン……なの?」
かつてエルドラド魔導祭で勝負しようと誓った、レイカ・レクス・ヴィルカーナがいた。
「ひさしぶりだな! レイカ、この学院で出会えるなんて!」
「ええ、あなたもこの学院にいたのね!」
両者、まさかこの学院でまた出会えるとは思っもみなかった。
出会えたことに喜びの笑みを浮かべた。
「でも、よくこの学院に合格できたわね。入学テストも難しいのに」
「サッカーの特待生としてこの学院に来たんだ。おかげで学費もタダさ」
「サッカー特待生……この学院にそんな制度あったのね」
「サッカー部の監督からスカウトされたんだ」
シュンはこの学院に来れた理由を話した。レイカもなるほどと納得する。
「レイカがサッカー部に入ってくれるなら頼もしいよ。どちらが優勝するか、勝負の約束したけど、レイカとまた一緒にコンビが組めるのも嬉しいぜ」
マギドラグ魔導学院のサッカー部のチームメイトになれるのは嬉しいことだ。
シュンとレイカが組んだのはたった二回。しかし、その二回で抜群のコンビネーションを発揮した。
さらにレイカのサッカーの腕も高いこともシュンは知っている。
ついでにいうならサッカー部にはシュンしかフォワードがいないため、その点でもレイカが入ってくれれば攻めのバリエーションが増えて助かるのだ。
もしマギドラグ魔導学院のサッカー部で一緒のチームになれば大会優勝間違いなし、シュンはそう思うほど彼女の実力を高く評価しているのだ。
「……」
だがレイカは困ったような表情をする。
「ん? どうした?」
「……ごめん。サッカー部には入れないの」
「え?」
レイカの言葉にシュンは一瞬思考が止まる。
サッカー部に入らない。
サッカーを誰よりも楽しんでいたレイカがそんなことを言ってきたのだ、彼女のことを知っているものなら、ありえないと思うだろう。
シュン自身も嘘だろ、と心のなかで思ってしまうほどだ。
「サッカーが嫌いになったわけじゃないの。私にはやらないといけないことがあるから……それじゃあ、また!」
「あっ、ちょっとまって!」
レイカはすぐさまこの場から離れようと小走りでどっかに向かう。シュンの止める声を無視して。
「……どうしたんだよ、レイカ」
去りゆくレイカの背中をただ見つめるしかなかった。
【エルドラドサッカー日誌】
フリーズシュート
冷気をボールに漂わせて放つ氷属性のシュート。
『フリーズ』は中級魔法であり、高等部で使えるのは高い魔法の技術を持っていることの証明である。