マギドラグ魔導学院
椅子に座っているシュンは落ち着かない様子であった。
ここはマギドラグ魔導学院の教室。入学式が終わり、生徒たちは自分たちが一年間勉強する場所である教室にいた。
(なんつーか、場違いだな)
周りの生徒を見ると気品に溢れたような佇まい。
シュンの周りは貴族の子供か魔法のエリートばかり。自分のような村から来た子はそういないだろう。
ゆえに緊張していたのだ。
(……俺、高等部になったんだな)
前世では高校生にもなれずに死んでしまったシュン。前世の高校生は今の高等部とほとんど同じ。シュンにとっては初めての高等部生活が始まるのであった。
「あー、皆さん。席に座ってください」
すると教師が教室に入ってきた。
彫りの深い顔をし、髪も服装もキチッと整えて知性が満ちた男性と表するべきか。
「生徒の皆さん、ご入学おめでとうございます。私はクロウ・フギムニンです。本日から一年間、あなたたちのクラスを担当させていただきます、よろしくお願いします」
羽ペンで壁にインクを飛ばし自身の名前を書いて自己紹介。
(壁に落書き……いや、消せるんだろうな。魔法で)
「では自己紹介から始めましょうか。廊下の方からお願いします」
「はい!」
先生の指示を受けて、廊下側の生徒が席を立って自己紹介を始めた。
「…………」
(あ、エスバーだ)
数人、生徒の紹介を聞いていると見知った顔の少年が席をたった。
あの目の泳ぎよう、間違いないエスバーだ。
まさかこの学院に入学していたとは。
「…………」
「君、名前を言ってほしいのですが」
「……フレイ・エスバーです…………」
自分の名前をいってまただんまりして、
「…………以上です」
すぐに席に座った。
あまりにも素っ気ない自己紹介。だがこれでも頑張った方だろうとエスバーのことを知っているシュンは心のなかで拍手をしていた。
「はい次」
(俺か)
シュンの番がやって来た。
席から立ち上がって自己紹介を始める。
「自分の名前はシュンです。性はありません。この学院のサッカー部の特待生として入学してきました。魔法に関してはあまり詳しくありませんがサッカーに関してなら色々知ってます。よろしくお願いします」
頭を下げて自己紹介を終える。伝えたいことは伝えた。
「なるほど……特待生としてこの学院に入学してきたのね」
「性がないってことは村育ちってこと?」
「田舎もんかよ」
小さくしゃべっている周りのクラスメイト。
評価は様々。珍しいものを見るような視線、見下すような眼をするものが大半だ。
村からサッカー特待生として入学してくる生徒なんて珍しいなんてものじゃない。シュン以外そんな生徒はこの学院にいないだろう。
「でも大変そう。サッカーがしたいのにこの学院に来るなんて物好きだね」
(今の反応、どういうことだ?)
今の言葉はどういう意味なのか。
――サッカーをしたいのにこの学院に来るなんて物好きだね。
そんな言葉が生徒の口から聞くとは。
「いやいや、それなら他の部活だって……」
「コラ、無駄なおしゃべりはやめなさい」
フギムニン教師がしかって生徒たちは口を閉じる。
とりあえずシュンは席に座った。
(……考えてもわからんな。サッカー部にいけばわかるかも)
シュンはいつのまにか心臓部分の自分の服をつかんでいる。
不安を感じ取ったがゆえの無意識な反応。
面倒事が起こらないように、そう祈った。
初日は授業らしいものはなかった。
まずはこの学院のことを知ってもらうために
色々な場所をめぐって思ったことはこの学院広い。とにかく広い。
教室もなかなかの広さだったが、研究室と実験室、そして図書室、それらの部屋に入った瞬間度肝を抜かれた。前世でいう体育館並みの広さだ。
ついでに研究で使う道具や本なども見たが、シュンにはさっぱりわからない。こういったものは、この世界に生まれて生活を送っていても目に触れるような機会もなかったため、教師に説明されても頭を捻るだけだった。
あとクラスメイトとは話したりするが優しかったりいい人も多く会話が弾んだ。やはり貴族として育てられた子は他人が見ても恥ずかしくないように礼儀正しく教育されている。シュンが村から来てもそんな気にせず普通に接してくれる。シュンも失礼のないよう態度を正しく敬語で話すように心がけた。
なかにはわがままだったり意地悪な生徒もいるが、まあそれは深く関わらなければいいだけの話。そういう生徒はいままで好き放題に生活してきたのだろう。あとは自身の魔法の才能に自信を持ちすぎて傲慢になったか。
そして時間は進み、今日の授業は午前のみ。午後は長い自由時間。
生徒たちが行う行動、それは――
「ねえ、『剣術部』に入らないか? 剣を振るのは楽しいぞ!」
「ペガサスに乗って大空を飛んでみない? 空を自由に飛ぶのは最高よ!」
部活見学である。
学院の噴水広場では上級生は新入生を自分達の部に入れるためにアピールしながら勧誘している。
新入生たちも熱心な上級生の勧誘に心惹かれて耳を傾けたり、仮入部届けの紙に手を伸ばして部の活動を体験してみようかと検討しているものもいた。
「正直、他の部も興味湧いてきたな……まあまずはサッカー部にいかないと」
自分の知らない魔法の世界に気を引かれるも、シュンが向かうのは当然サッカー部。
この場所のどこかでサッカー部のメンバーが勧誘をしているはずだ。
「どこにいるんだろうな……ん?」
サッカー部を探していると見覚えのある髪型をした少年が。
フレイ・エスバーが縮こまりながら首を素早く左右に振って周りを見ている。
「おーい」
「ヒィッ!?」
突然声をかけられて、ビビって飛び上がるエスバー。
あまりの驚きようにシュンもビクッとしてしまう、なんとか声を出さずいつも通りの口調でエスバーに話しかけた。
「久しぶりだな。エスバー」
「…………あぁ! ……シュンさん、お久しぶりです……」
「……君、男だったんだな」
「…………出会っていう言葉が……それですか……?」
初対面の時は声といい猫背の姿勢といい女性っぽいなと感じてしまった。
だが今のエスバーはシュンと同じ男子の制服を着ている。
そう思って口に出したが、落ち込んでいる様子を見て口に出してはいけなかったな、とシュンは心のなかで反省する。
「気にさわったらごめん」
「……いえ……大丈夫です……よく間違えられますし……」
「いやほんとごめん。しかし、君がこの学園に入学していたなんてな。休み時間に声をかけようとしたら急にいなくなっていたからどこにいっていたんだ?」
「…………その……朝の挨拶で……あんなに人に囲まれて……挨拶するのは……そのあとお腹いたくなって……休み時間までなんとか耐えたのですけど……」
(筋金入りの人見知りだな)
それでもシュン相手にはきちんと話せてはいるので、心を開いてくれているのだなとシュンは感じた。もし開いてなかったら黙ってシュンの言葉に首を縦か左右に振るのが精一杯であろう。
「…………シュンは……サッカー部の特待生で入学……したのですね」
「ああ、その通りさ。君は?」
「……僕も同じで……一人で練習しているときにクアトル先生が来て……」
それでスカウトされたってわけか。
たしかにエスバーのディフェンスは同学年ではずば抜けている。
顔面に全力のシュートを打たれたときに、足を突き上げて防いだあの反射神経は天性のものであろう。
「君の守りの動きが評価されたんだろうな。よし、一緒にサッカー部探そうぜ。早くボールを蹴りたくてウズウズしてんだ」
「……うん……そうですね」
シュンは早くサッカー部にいって練習したい。
「ああ、見つけた」
「ん? あー! よく来てくれたわ! シュン、エスバー!」
「どうも」
ボサボサの癖っ毛ある水色の髪、そして着ている服はしわくちゃ、だらしないない姿で【サッカー部に集まれ!】なんて看板を持っている教師、クアトルがいた。
シュンを見つけた瞬間、こちらにすぐさまダッシュ。走ってくる彼女の表情は笑みがある。サッカー部の新入部員を見つけたからだろう。
「こんにちわ。先生一人で宣伝しているんですか?」
「練習しといてって言っていたからね。部員たち、あなたたち二人のの評判を聞いて楽しみにしてたわ」
「へー」
「といっても今は練習の準備しているんじゃないかしら。今なら挨拶できるかも」
「ならすぐにいきましょう」
「…………(コクコク)」
サッカー部の部室にいきたい。
シュンはサッカーの特待生としてこの学院に来たのだ。
早くこのマギドラグ魔導学院のサッカー部のメンバーと練習がしたい。
「先生、自分達以外にサッカー部に入りたいって来た生徒はいましたか?」
「いやー、まだいないね。でも大丈夫。君たちが入ってくれたからね」
(君たちが入ってくれたからって……)
普通に考えるとサッカー部にはいってくれてありがとう、そんな感謝の言葉であろう。
だがしかし、悪い方に見ると、それはまるでシュンたち以外の新入生は誰も入ってこない、といっているような気がしてならない。
それにいくら上級生のサッカー部員が練習にいそしんでいるからといって、新入部員の勧誘に力をいれないのはどういうことか。
(おかしい)
なにか引っ掛かる。
サッカーはエルドラド大陸でメジャーになりつつあるスポーツ、ならばこの学院のサッカー部に人が集まっているかと思った。サッカーをしたい生徒だっているはずだ。
だが今集まっているのはシュンとエスバーのみ。二人しかいない。
(なーんか、嫌な予感がするんだよな)
朝の挨拶で聞いた言葉がまだ耳にこべりついている。
この学院に来て心が落ち着くことがない。不安ばかりだ。
【エルドラドサッカー日誌】
マギドラグ魔導学院
エルドラド大陸で初めて設立された魔導学院。
『可能性の開花、そして発展』がこの学院の理念であり、大陸中から魔導の才能に満ちたものが集まり、校内の広大な土地に最先端の設備と今も残されている大昔の魔導関係の道具の数々による魔法に関する設備による教育環境のもと、エルドラドで活躍できる魔導士を教育していく。
この学院に入学する生徒は貴族の子か魔術の才能が優れた子がほとんどだとされ、魔導士になりたいならこの学院に入るべし、と言われるほど。
卒業生は様々な功績を残し、在学生もエルドラドの魔導の祭典、エルドラド魔導祭でも多くの大会に入賞するほど。エルドラド一の名門魔導学院なのである。