縛られないサッカーを
街のサッカーフィールドは大きく賑わっている。
ここに集まっている人たちのほとんどがひとつのサッカーフィールドにいる一人の選手にしせんを向けていた。
「ちょっと、なに。この人の集まり? なにかあるの?」
ちょうどこの場所に訪れた女性がなんの騒ぎなのか、近づいてサッカーフィールドを見ている人にそんなことを聞いた。
「いや、スゴい動きをする人がいてね。もしかしたら噂になっているあの少年かもって思ってしまいまして」
「噂になっている少年ってあの?」
聞いたことがある。
魔導学院が開いているサッカー部特待生になるための試験を受けに、この街に来た少年のことを。
試験には落ちているが、彼がいるチームは負け知らず。それどころか彼はどんな選手をも圧倒するほどの実力者の持ち主であるということを。
「噂になっている少年がここに?」
興味をもった女性は人混みをかき分けて前に出る。後ろからだと人の頭が邪魔で噂の少年を確認できないためだ。
前にでてサッカーフィールドに視線を向けると、
「ほら! どんどんいくぜ!」
ボールを持った少年――シュンが走っている。
得意のドリブルでフィールドを駆け回り、相手の守りを抜き去っていく。
「何度見ても止めれる気がしないぜ……」
「弱気になるな! 全力でぶつかっていこう!」
「ええ!」
相手三人も全力でシュンを止めようとしてくる。
だが三人連続で襲ってくるのはシュンにとっては楽なこと。
「守りが甘いぜ!」
なぜなら一対一を三回すれば一気に抜き去れるからだ。
一人目は待ち構えていたので、アウトから抜き去ろうとして、すぐさま反対方向にボールと体を動かして抜き去る王道のフェイントで一人目を抜く。みごとシュンのフェイントに騙されて、相手は体勢を崩してしまいシュンを止めることができない。
二人目はスライディングしてきたのでボールを浮かばせてからの無駄のないジャンプで華麗に飛び抜いた。
三人目はショルダーチャージをして来たので、シュンの十八番であるギアチェンジドリブルで相手の目の前に止まってからのトップスピードで瞬く間に抜いた。
シュンが得意のドリブルコンビネーション。
魔法を使わなければ止められないほどの技術。
シュンは軽々と三人抜きを達成した。
「今だ!」
だが相手もそう簡単には終わらない。三人目の人が、抜き去った瞬間を狙って背後からのショルダーチャージ。
先程のはわざと抜かされた。背中から奇襲ディフェンス。
いくらドリブル巧者のシュンでもこれでとらえられるはず。そう思ったが、
「見えてるぜ!」
シュンはその場に立ち止まって、ボールを足ではさんでそのまま背後にバク転。
オーバーヘッドで上空に逃げ、背後からの奇襲を交わした。
「なにっ!?」
(エルドラドサッカーは見えないところからの激しいチャージは基本戦術だからな。俺の視界は前だけじゃあねえんだぜ、ちゃんと周囲を見れるように鍛えたんだからよ)
「ほら、パス!」
上空で片足を動かして味方にパス。
そして味方はボールを受け取ってそこからパスとドリブルで前に進んでいった。
「いいね、決めにいくか!」
着地してすぐさま前進。ペナルティーエリア内に入って味方のパスを待つ。
「好き勝手させてたまるか!」
相手もシュンにシュートを打たせたら不味いと思ったのか、シュンにマークをつく。
「ど、どうすれば……」
「俺にパスを渡してくれ!」
マークがついて迷う仲間だが、シュンはすぐさまパスの指示。
その言葉を聞いて迷いを振り払ったのか、仲間はシュンにパスを送った。
「よし! ダイレクトシュート、決めるぜ!」
すぐさまジャンプ。高い位置でシュートを打つためだ。
「やらせるかよ!」
シュンのシュートを妨害しようとマークについていた相手もジャンプ。空中戦が勃発。
「ダイレクト!」
制したのはシュン。
そしてオーバーヘッドでボールを蹴り、
「なに! パス!?」
「おい、ガルルフ! 決めてくれ!」
「わかった!」
突然のパスに相手誰もが予想つかず。
その結果、フリーになっているガルルフにパスが通る。
邪魔するものは誰もいない。まさに決めてくれといっているような状況。
ガルルフはボールをトラップせず、そのままダイレクトにシュートを打つべきだと思って、
「『ストーンヘッド』! お願い、決まって!」
前にダイビングジャンプしながらヘディング。するとボールの周りに拳ほどの大きさの石がいくつか出現し、ボールと共に発射される。
「くっ! 『ウォーターキャッチ』だ!」
両手に水をまとって、その腕でシュートボールをつかむ。
しかしボールの勢いは止まることを知らず、そのままゴールキーパーの腕を弾いてゴールを決めた。
「やった! 決めれた!」
「シュンがシュートを打つと思ったら……」
「シュートを打つだけがストライカーじゃないのさ。点をとるのがストライカーよ!」
点がとれればなんだってやる、それがストライカーがもっとも大事にする要素。
警戒されてなおかつ魔法を使えない状況ゆえに味方にパスを渡したのだ。
「すげーな、アイツ一人だけレベルがちげえ」
「ああ、ドリブルやシュートに目を向けがちだが、サポートやディフェンスも上手い。あそこまでレベルの高い選手はそうそういないぜ。もしあの少年が噂の少年だとしたら中等部だろ。あの若さで……」
「……凄い」
野次馬の観客もシュンの活躍に舌を巻く。
そんな声は聞こえないシュンたちはすでにサッカーを再開していた。
「ここまでスゴいんだ。とっておきの技とかない?」
「そうだな、俺のウイニングショットでも見せるか!」
ガルルフの言葉に応えようとシュンは気合いをいれる。
打つシュートはもちろん、あのボレーだ。
「なら、絶対にボールを渡すよ!」
「ああ、頼むぜ!」
味方の言葉を頼りにして、試合が再開。
相手がこちら側に攻めてくる。
「何度も取られてたまるかっての!」
「くっ!」
ボールの取り合いが白熱。
魔法も使ってフィールドが騒がしくなった。フィールドの中盤は大人数で攻め合いだ。
「うりゃ! 『バリア』でチャージだ!」
「うわっ!」
シュンの味方が複数人の魔法連携ディフェンスでボールを奪い取る。
「シュン! 君のとっておきを見せてくれ!」
「おう!」
そしてすぐさまシュンにパス。
パスをもらったのならシュートを打つのみ!
「いくぜ!」
ボールを浮かばせてバックステップ。
そして足元から強烈な旋風を起こして自身の体を吹き飛ばして加速。
「これが俺のウイニングショット! 『ティルウィンドジェット』だ!」
最高速のジャンプステップから放たれた音速のボレーキックでボールを蹴り放つ。
疾風のボールがゴールに向かって一直線で進んでいく。
「え!?」
試験では誰も防げなかったほどの速度で飛んでいくマジックシュート。
相手チームも対応できず、
「な!?」
ゴールキーパーも反応できない。
認識したときには背後のゴールネットにあった。
「は、速い! 音のような速さで飛んでいった!」
「よっし! 一点もらったぜ!」
フィールドの選手は驚きつつも凄いシュートだと称賛し、シュンは点を取ったことに喜ぶ。
(やっぱサッカーは面白い。最近は試験の子とばかり考えていたから、純粋にサッカーに勝ちたい、楽しみたい、そう思ってプレイするのはこの街に訪れて初めてだ)
試験に合格しなければならないというプレッシャーがあった。それも楽しいと言えば楽しいが、やはりサッカーは自由にプレイしなければ。
「もっと点をとってやるぜ!」
シュンはこの後、日が沈むまでボールを追いかけたのであった。
「ふー、楽しかった」
「僕たちも楽しかったよ」
日が沈みかけ街の魔力街灯に明かりが点る。
街のなかは明るくとも子供はもう帰る時間だ。シュンも今日も止まる予定である格安の宿に帰られなければならない。
「シュン、また君と一緒にサッカーやれて楽しかったよ。アドバイスも貰えたし、もっとうまくなれるかも」
「それは俺の台詞さ。こんなに楽しいサッカーは久しぶりだ。お誘い、ありがとな」
ガルルフたちの言葉にシュンは笑顔で返した。
試験の結果が悪く暗い気分になっていた時に声をかけてもらえたのはよかった。
「こんだけ上手いんだ。シュンなら合格できるって!」
「そうそう、高等部どころか大人の人が混ざってきた、と思ってしまうぐらいシュンは上手いんだから」
「そうか。そこまで誉められると次は受かるかもな」
「じゃあね、シュン! 明日もあのフィールドに僕たちいるから、暇があったらまたサッカーをしよう!」
「当然だ! その時は試験に合格したことを報告してやるからよ!」
ガルルフたちに別れを告げる。
彼らとのサッカーをしてよかった。
試験に絶対受かってやるぞ、とやる気がみなぎる。
「そうだな、どっかの学院に俺の技術を求めている人もいるはずだ。合格するまで全部受けてやるし、ダメだったら学校にいって――」
「そこの少年!」
宿に戻ろうとしたシュン、そこに誰かが声をかける。
女性の声だ。
「えっと、どちらさまで?」
「少年! ウチの学院にこない!? ねえ!」
「え?」
突然のスカウトにシュンは思わず戸惑いの声を上げてしまった。
【エルドラドサッカー日誌】
オラリマのサッカー広場
サッカーがエルドラドに広がった時に、街のすむ人々にサッカーができる場所を作ろうと街の管理人が思って作られた場所。魔導士たちに頼んで天然芝のフィールドが作られている。
サッカー広場にはいつものフィールドだけでなく少人数で行えるミニサッカーフィールドなどもあり、広場にはサッカーボールも常備されている。
街の人々には人気なスポットで、サッカーが好きな人はいつもここにいるらしい。