焦り
夕方の時間。太陽が沈み始めたころにオラリマのサッカー広場にシュンはいた。
「ちきしょう!」
ボールを思いきり蹴りつけているシュン。すごい勢いでボールが飛んでいく。無人のゴールにシュートを決めていった。彼の放つシュートにはやるせない怒りが見える。
魔導学院のサッカー部特待生試験にすべて落ちてしまったからだ。
最初に受けたトゥール魔導学院、そして他の学院、すべて不合格だ。
「理由はわかるが……納得はできねえ」
サッカー特待生になるための試験にことごとく不合格を言い渡されたシュン。
魔力量が少ないから不合格。
ほとんどの学院がそればっかだ。
その理由に納得できない。
「サッカーは魔法が大事なのか? 違うだろ! 魔法だけじゃあないだろうがよ! 技術も見てくれよ!」
思わず叫んでしまう。
シュンは生まれながら魔力量が低い。
だからこそサッカーの技術で勝負してきたのに、試験の試合で活躍もしたのに、それを評価してくれない。マジックサッカーにおいて、サッカーの技術よりも魔法の方が評価が高い。ゆえにシュンは試験官から低く見られてしまう。
技術はあっても魔法が使える他の人の方がいい、彼らの考えはそういうことだ。
「俺は、エルドラド魔導祭のサッカー大会に出たいのに! こんなんでつまづくのかよ!」
再びサッカーボールを蹴り飛ばす。
感情をむき出しにして打ち出したシュートはゴールのポストに激突。
シュートをはずした。
他の人が見たらそう思うだろう。
「ちっ、ならば!」
しかし、そうではない。
シュンが前に走って、ゴールに背中に向けてジャンプ。シュンお得意のオーバーヘッドキックが炸裂。
ゴールに勢いよく入っていった。
オーバーヘッドキックも慣れたものだ。
「まだ方法はない訳じゃあないんだがな。学院じゃなくて高等学校を選ぶルート……」
魔導学院に入学することを諦めて、魔法高等学校に入学する選択肢がある。
魔法高等学校は魔法の授業は魔導学院に比べて少ないものの、その分学費も安い。両親もサッカーをしたいから入学したい、と頼んだら払ってくれるだろう。
だが学校のサッカー部は去年のエルドラド魔導祭で中等部も高等部も出ていない。
出場したのはすべて魔導学院のサッカー部だ。
それほどサッカーの実力に大きな差があるということである。
「……それはあくまで最終手段。まだ実力のある学院の試験はある、が」
正直ここまで試験に落ちるともう合格できないのではないか、そんな不安がよぎってしまう。
学院が欲しいのはサッカーの技術が優れた選手よりも魔法が優れた選手の方だ。
実際にシュンが試験に落ちているのが証拠。
だとしたら他の学院の試験にいっても、
(合格できないんじゃ…………)
「まてまて、決めつけるのはまだ早いぜ」
どれだけ考えてもいい案が考え付かない。思い浮かぶのは焦りと後ろ向きな考え。
試験に不合格になっていることがシュンの精神に不安を抱かせているのだ。
どうすればいいか、そんなことを悩んでいると、
「あの……すいません」
「ん?」
誰かが声をかけてきた。
声がした方向に目を向けると、十人以上の集団がいる。
全員がシュンを見つめて、
「やっぱり、そうだ! 君の名前はシュンだよね!」
確信したような表情でシュンの名前を言い当てた。
どこかで出会ったことがあるのだろうか。
なぜ彼らが自分の名前を知っているのか。シュンは知らない。
ゆえに聞いてみることにした。
「ああ、そうだけど。君たちは?」
「ほら、覚えてない? 何年か前にこの場所に魔導士さんと一緒来ていたよね」
魔導士さんと一緒に来た。
その言葉を聞いてシュンはすぐさま思い出す。
「あー! 一緒にサッカーをした!」
「思い出してくれんだね」
「ドーロンのパスを受け取れなかった」
「それは思い出してほしくなかったかな」
そうだ、リーザンとドーロンたちと一緒にオラリマに旅行をしたときに、サッカーがしたくなってここにきた。その時に街の人々と初対面ながらサッカーをした。
そして目の前にいる彼は一日だけだが同じチームになったことのある子だ。
「最近、学院のサッカー試験で凄いボール捌きをする少年がいるって噂になってたんだ。試験に受けて合格した人からも聞いたよ。その少年ってシュンじゃないかな、って思ったんだ」
「そんな噂になっていたのか……」
たしかに試験では活躍しまくっていた。
ドリブルでは誰にも止められなかった、点も多くとった、時には守りに混じって相手の攻めを防ぐこともした。
全ての実践形式の試合で勝利することができた。
(それぐらいやったら噂になるのも当然か)
「ドリブルで十一人抜きしたって聞いたよ!」
「いや、ファワード以外のポジションもやって全部活躍したとか! ゴールキーパーをやったら無失点だって!」
「なんか、尾ひれついてないか? 俺、どっちも覚えがないんだけど」
どれも知らない。
だれがここまで嘘みたいな噂を広げたのだ。
「そんな嘘が広がってしまうぐらい大活躍したんだね」
「うーん、まあそれならそれでいいか」
別に困らないし、噂に関してはそのまま放っておいていいや、とシュンはそう思った。
このオラリマでちょっとした有名人になってしまったらしい。
「その噂を聞いて、君がこの街に来ていると思ってたんだ。そしてさっきのオーバーヘッドシュートを見て思ったよ。シュンなのか、って。やっぱり当たってた」
「さっきのプレイ、見てたのか」
「うん、あんなダイナミックなプレイできるのは僕の記憶のなかじゃあ君だけだよ」
ここまで称賛されると素直に嬉しい、照れてしまう。
「ここで再び会えたのも何かの縁。シュン、一緒にサッカーしようよ! 君のプレイも見たいし!」
「うーん……」
「頼む! お願い! 試合しようよ!」
「そうそう! せっかくまたで会えたんだし、一緒にしましょう!」
彼だけでなく周りの人たちもシュンにサッカーをしようと頼み込んでくる。
本当は試験に向けて練習をしたいのだが、
(たまには自由にサッカーするか!)
気分転換に試合をするのは悪くない。それによく考えたら練習は一人でするものもあれば皆でするものもある。
それにサッカーをしようと頼まれたのなら、それを受けるのがサッカープレイヤーというものだ。
「もちろんだ! サッカーの申し出は喜んで受けるぜ!」
「やった!」
「マジ!? 早く始めよう! 夕方だしな!」
「じゃあ早速やろうぜ!」
大喜びでシュンが一緒にサッカーをしてくれることに喜ぶ。
ここまで喜んでくれたらこちらも嬉しい。
「じゃあ、シュン。こっちのフィールドに。ポジションはフォワードでいいよね」
「もちろんだ。魔法は?」
「使った方が面白いから使ってもいいよ」
「よし、やるか!」
ルールの確認を終えて、フィールドに向かうシュン。
ここ数日は試験官に見られながらだったり、試験の成績を気にしながらプレイするサッカーばかりだった。
ただボールを追いかけて、自分の好きなようにやるサッカー、それができるのがたまらない。
「そういや、君の名前は?」
「そういえば名乗ってなかった。ワドゥ・ガルルフだよ。よろしくね」
「おう、よろしく」
名前も聞いて、シュンは自由にサッカーをして暴れまわってやろう。
(ひさしぶりに楽しめそうだ!)
そう思って。
【エルドラドサッカー日誌】
オラリマ
エルドラド大陸にてもっとも発展している街。魔法の技術、大陸を探検する冒険家の実力、街の生活水準などさまざまな部分がハイレベルな街であり、この大陸でもっとも平穏に暮らせる街だと評されている。
実際この街が生まれて、一度もモンスターの襲撃にあっていない。この街を守る城壁に魔道具の防衛システムなどが優秀であるからだ。
名産品は【セブンフルーツシリーズのお菓子】。
グミやゼリー、ジュースなどもあるが、食べる前に魔力を込めると、味が変わるため自分の気分によって食べたい味を楽しむこのができるのだ。