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魔導のファンタジスタ  作者: ルジリオ
序章
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サッカーがしたい

 瞬はこの世界で生まれ、問題なく一人で走り回れるようになり、この世界の言葉を完璧に喋れるようになった。年は七歳、前世の世界なら小学校に入学する歳だ。

 この世界の言語も無理なく覚えた。生まれてからずっと両親から未知の言語を聞いてきたからだろうか。どんどん言葉を頭の中に吸収していくことができた。

 両親からもらった新しい名前を貰った。この異世界での名前だ。

 その名は『シュン』だ。

 この世界でもこの名前を授かった。前世でもらった『風間瞬』という名前も気に入っているため変わるような事が無くて良かった。むしろ異世界まで飛んで名前が変わらなかったのは、運命がこの名前を名乗れと言っているような、そんな気がしてならない。両親に感謝しかない。

 最初は前世の家族や友人に会いたくて寂しかった。だがこの世界の両親も優しく、そして愛情を持って育ててくれた。そのためシュンは新しい両親を受け入れ、心の中にあった寂しい気持ちもだんだん薄れていった。村の人々も大人も子供も皆優しい。そのおかげか新しい人生に向き合うこともできた。家族、村の皆、全員にシュンはお礼を言いたいほどだ。

 そしてシュンはこの村で生活を送りながら、異世界の様々な事を知った。

 シュン自身が暮らしているこの大陸はエルドラドと言われている。

 歴史に関しては、この大陸に人が住み始めたのは五百年前、そこで人々は魔法を駆使して平和に暮らしていた。

だが約百年前、かつて魔王と呼ばれる存在がこの国を支配し、人々に絶望と苦しみを与えようとしていたらしい。

 魔物は暴れ、大地が穢れ、人々は魔王軍の暴力におびえながら暮らしていたという。

 ここから先、恐怖におびえながら暮らしていかなければならないのか、人々は希望を見失った。

 だが、その時、神に祝福された五人の英雄がこの大陸に現れた。

 そしてその五人の英雄は力を合わせ、魔王軍を倒し、恐怖を振り払った。

 国の崩壊が去り、平和が訪れた。

 全ての戦いが終わり、今この大陸で暮らしている人々は平和な日常を送っている。

 これが両親から聞いたこの大陸の歴史だ。子供にもわかりやすいように簡単にしてくれたのだろうけど、ちょっと大雑把すぎるような気がしなくもない。

図書館にでもいけばもっと詳しく知ることが、残念ながらこの村には図書館はないのだ。

 だが、どうやらこの世界は平穏な場所らしい。危険な場所は冒険家にならなければ行く機会もなく、村の外のモンスターも比較的穏やかな気性のものが多いとか。

 あとついでに言うなら、自分の両親はこの村でたった一つの服屋を営んでいる。だから結構繁盛しているため、他の人と比べると裕福ではあるとか。

 この世界の歴史を知った。

 この世界の常識である魔法も知った。

 そしてシュンが一番知りたかったあのことも。




「……サッカーはない、はぁ……」

 空を見上げながら呟く。

 この世界ではサッカーはなかった。

この事実を知ったのはシュンがエルドラドの言語を覚えた三歳の時。両親に聞いてもそんな物知らないと言われてしまった。

 まあ、それは当然か。もし異世界でサッカーがあったら驚く。

 その時からたまに空を見上げて、ため息をつく日ができてしまった。

「俺の夢……プロのサッカー選手になりたい……もう叶う事は無理なのか」

 幼いころから抱いていた夢。

 最初はサッカー漫画を見て、その登場人物たちの活躍を見て、サッカーをしたいと思った。

 そしてサッカーをして楽しいと思った。

 ドリブルでボールを転がすあの感覚、シュートを打つときに伝わってくるあの衝撃、全てがシュンをとりこにさせた。

 そしてサッカーにのめり込んでいき、テレビで放送されるサッカー中継で活躍するプロの選手を見て、自分もああなりたい。プロのサッカー選手になって世界で活躍したい。そう心の中で思ったのだ。

 だから中学校のとき必死になって努力して、全国大会で活躍してチームの皆と優勝する。そしてサッカー名門の高校に入ってそこでも活躍してサッカー選手のプロになってみせる。そう誓った。

 だがしかし、その夢はもう叶わない。

 ――だってこの世界にはサッカーがないからだ。

「プロにはなれなくてもいい。でもサッカーができないことのほうがつらいよ……」

 そもそもこの世界にはスポーツという概念すらない。シュンの知っているサッカー以外のスポーツ、野球、バスケ、卓球だって存在していない。誰も知らない。だって別の世界の、シュンが前世で暮らしていた地球での競技だから。

 その事実がシュンに悲しみを襲う。

「シュートを打って、ドリブルをするぐらいしかできない、か」

 ボールを見つめながら無念の表情を浮かべた。

 これは毛玉を布で包んだだけのものだ。父親から毛玉と布をもらって自分の手で作った自家製ボール。試合で使うサッカーボールを比べると全然はねない上に重たくないからシュート撃ったという感触も全くない。

 だが今はこれがシュンにとってのサッカーボールであった。自分が外で遊べるぐらいの年、五歳から今現在の六歳までずっと蹴ってきた相棒のボールだ。

 それを地面において、ドリブルを始める。

 シュンの目の前に棒が等間隔に立っている。普通にドリブルするのは飽きたため、このようなギミックと取り入れてみたのだ。

 これを右、左、右、左と棒に当たらないように素早くドリブルしていく。

 そのドリブルを何度も何度も繰り返す。

「――もっと早く……もっと緩急をつけて!」

 フェイントを加えたドリブルも行う。シンプルなドリブルは相手に簡単に取られる。シュンのイメージ脳内には自分に向かって襲い掛かってくる敵選手が。それを避けるようにフェイントドリブルを行う。

 そしてドリブルが終えたあとヒールリフト――かかとでボールを真上に飛ばす技――をして、空中に浮かんだボールにジャンプからのボレーシュート。

 蹴り放たれたボールは真っ直ぐ進み、

――バン、地面にさした棒に先端に激突。

「よし!」

 狙い通りのコースに飛ばせて、シュン、ガッツポーズ。

 シュンのサッカー技術はこの世界で初めてボールに触れた頃よりも格段にレベルが上がっていた。

「五歳の時、体を満足に動かせるようなった頃に比べたらうまくなったな、俺」

 五歳のころは体が小さいだけでなく、ボールも久しぶりに蹴ったため、ドリブルも真っ直ぐ進めない、シュートを打てば変な方向に行く、など散々な結果だった。

 だがシュンはそれでもへこたれず、七歳までの二年間、ボールを蹴ってきてようやく、今のプレイができるようになったのだ。

 これも毎日何時間もボールに触れてきたおかげである。

「――でもやっぱ楽しいな」

 シュンの顔には笑顔が浮かぶ。

ボールを追いかけて、シュートを打って、それだけでも楽しい。

 サッカーはボールさえあれば簡単な事なら一人でもできる。そしてサッカーを楽しめる。

 やはりサッカーは素晴らしいものだとシュンはあらためて思った。

「また、フィールドに立ちたい……この世界でもサッカーができればいいな。そしてサッカーは楽しいものなんだって、そんな話ができる日が来れば嬉しいな」

 そんな願いを抱きつつ、足でリフティングしながら微笑む。落ち込むことがあった時、サッカーボールを蹴ると気分が晴れている。サッカーをすると嫌な事なんて忘れられる。

「しかし……今回のドリブルといい、ジャンピングボレーといいうまくなったな。継続は力だぜ。でも、中学生の時より格段に動きいいような……」

 今の自分は前世でいう小学一年。だが中学生顔負けのプレイングができている。むしろ前世の中学背時代の時よりうまく動けている。あそこまで綺麗なジャンピングボレーは前世では打てなかった。もっとも前世ではジャンピングボレー自体滅多に使わなかった技だが。

(俺の体……前世より力が溢れているような気がするぜ)

 魔力という存在が原因なのかもしれない。

あのジャンピングボレーは練習で身につけた技術とこの世界の魔力によって強化された肉体があってできたものなのかもしれない。

「だったら、この身体能力なら……もしかしたらあれができるかも! 憧れのオーバーヘッドキックが!」

 オーバーヘッドキック。

 別名バイシクルシュートと呼ばれ、地面を背に向けた状態で空中にあるボールを頭より高い位置でキックするシュート。

 ゴールを決めるだけでなく、頭上のボールを味方にパスしたり、空中戦でボールを奪い取ることもできるため、攻めと守りを両立したアクロバティックな技だ。

 漫画で見た時、登場人物たちがここぞという場面で使い、そして得点を決めるシーンは鳥肌が立ったほどの衝撃だった。

 いつか自分もこのオーバーヘッドキックを試合の中で使ってみたい。そう思うほどに。

「今なら、この世界の俺の身体能力なら……」

 シュンはリフティングを中断して、ボールを思いっ切り上空に蹴り飛ばす。

 そして体を反転させてそのままバク転。落ちてきたボールに右足を振り上げてぶつけた。

「できた――やべ⁉」 

 形だけはよかった。

 だがとにかくボールを蹴ろうとした結果、狙いを定める前にボールを蹴ってしまい、シュートは庭の柵を大きく超えて飛んでいく。

「ギャアーー⁉」

 子供の悲鳴が聞こえてきた。

 飛ばされたボールの方向を見ると、そこには地面に座り込んでいる少年とその仲間たちがボールを見つめていた。

「あっ、ゴメン。ドーロン」

「シュンか! 危ないな!」

 座り込んだというか驚いて腰を落としたみたいだ。

 ドーロン。

 村の中でよく遊ぶシュンの友達だ。家が隣同士なのでよく顔を合わせた結果、すぐに仲良くなった。周りの子供たちも顔見知りの友人だ。

「ボールを返してくれ! お願い!」

「いいけどよ……でも驚いた。いきなり目の前にボールが飛んできたんだから!」

「というか、ボール遊びか、シュン。それもいいけどもっとスケールの大きい遊びしようぜ。村の外に出て探検とかさ」

「……大人の人に出るなって言われているだろ。モンスターに襲われても知らないぞ」

「三人で話してないで早くボールを返してくれよ」

「ああ、ゴメンゴメン。ほらよ」

 話を切り終えたドーロンは素直にシュンにボールを投げ渡す。

「ありがとよ」

受け取ったボールを地面に置き、足で空に打ち上げる。

(動きは出来ている。着地も大丈夫。なら後は数をこなすだけだ!)

 その後、成功するまで何度もオーバーヘッドキックに挑戦した。参考になる資料は前世で呼んだ漫画の記憶しかない。誰かがやっている所を見ればより早く習得できそうだが、ない物をねだっても仕方ない。

「ボールはきちんと見る。だがボールばかり見ていたら中途半端なバク転になってしまう。そうなったらパワーが乗らずコントロールも悪いシュートしか打てない。これはきちんとバク転をしたうえで、ボールを視界からそらさず、足をボールにぶつけるんだ」

 シュンは何度も何度もオーバーヘッドキックを繰り出す。足がボールに当たらない、当たっても狙いが定まらないスピードがない。

 自分のイメージ通りのオーバーヘッドキックが打ててない。

「イテ!」

 バク転そのものを失敗して背中から地面に落ちることもあった。だが立ち上がって再びボールを空にあげる。

「――まだまだ!」

 失敗してもすぐさまやり直す。やり直す時間はたっぷりあるのだ。成功するまで何度だって行える。

 絶対に成功してみせる、その気概で何度もオーバーヘッドキックを行ってみると、

「ッ!」

 ボールを当てた瞬間、稲妻が走るような衝撃が足に伝わる。芯をとらえたような、そんな感覚でもある。

「飛べ!」

 そのまま足を思いきり前に動かす。するとボールは真っ直ぐ飛んでいき、地面にさした棒の先端に命中した。

「……できた」

 成功した。

 あのオーバーヘッドキックを実際に打つ事ができた。

「やった! できたんだ! あのオーバーヘッドキックを俺自身で行う事ができたんだ!」

 シュンにとってあこがれのシュートを打つ事ができた。おもわずガッツボーズをとるほどの大喜びだ。

「今の俺なら漫画で読んだ他のシュートもできるかも! 前転ヒールシュートや回し蹴りシュート、回転を強烈に掛けるシュートもいいな!」

 憧れていたサッカー漫画のカッコいいシュートが使える。

 サッカー少年のシュンにとっては夢のようなことだった。

「…………」

「――?」

 喜んでいると誰かに見られているような感覚が身体中に走った。周りを見わたして確認すると、ドーロンたちがシュンを驚くような顔で見ていた。

「おい、シュン……なんだ、その動きは?」

「なにって……オーバーヘッドキックだよ」

 素直に教えると、

「スゲー! そんな蹴り方初めて見たぜ!」

「シュン! 俺に教えてくれよ!」

「あ、まて俺も教えてくれ!」

 ドーロンたちが興奮しながら、シュンにオーバーヘッドキックの打ち方を教えてほしいと懇願する。あのシュートがドーロンたちにとって、真似をしたいほどカッコいいシュートだったようだ。

(俺のシュートを……褒めてくれた!)

 嬉しかった。

 サッカーの技術を褒められるのはとてもうれしい。

「もちろん全員教えるよ! コツさえを掴めば誰にでもできるぜ!」

 何よりうれしいのがサッカーのシュートに興味を持ってくれたこと。シュンは自分が大好きなサッカーを友達が知ろうとしていることに喜んでいるのだ。

 だから教えたい。サッカーのことならどんなことでも。

「ホントか⁉ やった!」

「なあなあ、ほかにもカッコいいシュートない?」

「君のあの足さばきならできるよな、シュン!」

 そこまで求められたらこたえてあげたいものだ。

「よし、ならこのシュートはどうかな?」

 シュンはボールを足で空に浮かばせて、そのまま横に回転しながらシュート。ボレーシュートを繰り出し壁にぶつける。

「スッゴ! 空でシュート打ってるよ!」

「まだまだここからだ!」

 勢いのあるシュートボールは壁に跳ね返ってこちらに向かってきた。

(ボレーの次はシンプルに! シュートだ!)

 そのボールをはね返そうと、今度は正統派のシュートを打とうとする。

 足を高く上げて、そのまま全力で振り払う。力を込めた蹴りはボールに伝わり、今までよりも速いスピードで駆け抜けて、壁に激突。

 シュンは蹴ったボールを再びオーバーヘッドキックで決めようとしたが、

「――あっ」

 壁にぶつかったボールは、衝撃に耐えきれずそのまま壊れて、皮が外れて中身の毛玉が出てきた。どうやらシュンのシュートが強すぎてボールが耐えきれなかったようだ。

「ぼ、ボールが壊れた……」

「しまった! 元が柔いボールとはいえ、力を込め過ぎた!」

「シュン。ボール、無くなっちまったよ……」

「あー、安心してくれ。このボール壊れやすいからさ。壊れた時のための予備があるんだ」

「「「おお!」」」

「少し待っててくれ」

 手作りなうえに作りも荒いため、すぐに壊れてしまうお手製毛玉ボール。そのため壊れた時用の予備のボールも作っていたのだ。

「さて、どんなシュートを覚えたい? キッチリ教えてやるし、何度でも見せるよ」

「そりゃ、あの空中で回転しながら蹴るヤツだ!」

「どっちだ」

「それもいいけど、やっぱボールを壊すぐらいの蹴りの方がいいぜ!」

 友人たちがやいやい言い合う中、

(嬉しいな……この世界でサッカーに興味を持ってくれる友達がいるなんて……)

 シュンは喜んでいた。

 自分のサッカーに感心を抱いてくれたこと。

 そしてそれを真似ようとしてくれたこと。

 自分の好きなことに興味を持ってくれたことが嬉しかった。

「……待てよ」

 その時、シュンはある考えが頭に浮かんでいた。

(そっか! この世界にサッカーがないなら――サッカーを作っちまえばいいんだ‼)

 確かにこのエルドラドにサッカーはない。

 だがシュンはサッカーを知っている。前世の世界で中学生の時にサッカープレイヤーとして活動していたから。

 サッカーをこの村に広めていれば――

「なあ、皆」

「なんだ? シュン」

 そう決断したシュンはドーロンたちにこういった。

「このシュートを活かした遊びがあるんだけど、俺と一緒にやってみないか?」

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