爆弾、発射
「うむ……」
トゥール魔導学院サッカー部監督、サーウ・ジグソは唸っている。
自分が監督を務めるサッカー部の戦力強化のために開かれた、サッカー部特待生入部試験。
今回の試験で頼りになる新戦力を見つけることができればいい。そう思ったが、
「圧倒的、ですね」
試験管の一人がそうつぶやく。
「サッカーはチームゲーム。一人だけ強くても意味がない。だが、二人実力者がいればこうも……」
試験官たちが試合のスコアボードを見る。
前半の十五分で4対0。
シュンとティンクレイが一点づつ決めたあと、二人がもう一点づつ決めたのだ。
たった十五分の時間でこの点数差。あの二人の実力の高さがわかる。
「身体能力測定とサッカー技術の試験の結果をもとに振り分けてみましたが、実戦になればここまで実力差が出るものとは」
「エクス・ティンクレイは去年のエルドラド魔導祭で活躍していたから実力は知っていた。だが、あの少年、シュンは何者だ? サッカーの技量なら並の高等部プレイヤーを凌駕している」
まるで足にボールが吸い付いているかのよな鮮やかなボールさばき。ドリブルに関しては誰よりも上手い、そう思ってしまうほどの技術だ。
そしてティンクレイは去年のエルドラド魔導祭での試合で見た通りの実力。圧倒的な魔法と身体能力のパワーで相手を蹴散らすその姿は恐ろしいものである。
シュンのティンクレイ。二人のプレイングは正反対ではあるものの、どちらも素晴らしいストライカーである。
「採用するならどちらにします?」
ゆえに悩む。
「うむ……そうだな……」
ジグソの視界にシュンとティンクレイが映った。
どちらを特待生として迎え入れるか。もしくは両方か。
「まあ、まだ他の選手も見てから決めよう。フォワード以外のポジションのメンバーも評価せねば」
「わかりました」
ジグソの言葉を聞いて先程行われた試合について話し合い始める試験官たち。
ジグソは今回の試験に受けに来た選手の情報を見ながら、
「……どちらが欲しいかといえば、もう決まっているがね」
一方、シュンと仲間たちはフィールドの外にいた。
試合前半が終わり、休憩時間。
チームのみんなが集まっていた。
「皆、頑張ったな! 前半は完全に俺たちのペースだったぜ!」
「シュンやティンクレイがバンバン点を取ってくれたおかげたよ。おかげでのびのびできる」
「こっちは無失点だぜ。それはディフェンダーやゴールキーパーが頑張ったおかげさ。試験官も評価してくれる」
後半も油断せず勝ちにいこう、それをチーム皆に伝えようとしたシュン。
「同点か」
ティンクレイがそんなことを呟いた。
「同点?」
「ああ、オレとシュンの入れた点数がよ」
「あー、そういうことか。まだ後半があるぜ。勝負は決してない」
この試合をやる前にどちらが点数を多く取るか、の勝負のことを言っているのだろう。
だが試合は終わっていない。勝負も終わっていないということだ。
「しかしよ、こんな一方的な試合で決着つけてもな」
つまらなそうにそうつぶやく。
どうやら試合が一方的すぎて、点の取り合いの勝負にあきているようだ。おそらくティンクレイ本人がシュンより点を取っても納得しないだろう。
「……そうだ、面白い方法思いついた」
なにか閃いたティンクレイは試験を受けに来た人を評価している試験管と監督ジグソに近づいていく。
「おい! 監督ども!」
「ティンクレイ、失礼だろ」
「俺をブルーチームに入れろ!」
「「「なっ⁉」」」
ティンクレイがいった言葉にレッドチーム、誰もが驚いた。
まさかのメンバーチェンジ。
(ティンクレイ、点取りじゃなくて俺と勝負で決着をつけにきたか!)
ティンクレイがなぜそのような要望を口に出したかは、シュンはわかっていた。
その要望を聞いたジグソは顎に手を当てて、
「安心してほしい。元から後半はチームのメンバーを複数人交換して試合を行う予定だ。もう少し待ってほしい」
「なんだ、そうだったのか。話が早えな。それでいい」
自分の要望通りに行ったことに気分を良くしたティンクレイ。
そしてシュンに近づいて、
「いきなり監督にそんなこと言って。元から考えていてくれたからよかったものの」
「どうだ、これでどっちが上かハッキリするだろうな」
「まあ、いいぜ。俺も正直なのことを言うと、君と戦いたかったんだ」
「なんだ、俺と同じ考えじゃねえか」
「そうだな。一騎打ちならいつでも受けるぜ」
「ハッ、その自信、打ち砕いてやるぜ」
ようやく違うチームで戦えることに両者闘争心むき出しだ。
そして再びのチーム分け。
シュンとティンクレイはすぐに別れた。二人の実力からして当然のことだろう。
そしてそこからメンバーが決まっていき、再び名前とポジションを聞いてポジションをまた考える。
「…………」
「また一緒だな」
エスバーとも再び同じチームになった。
なんだろう、彼とはよく話しているような気がする。
「さっきのボールカット。よかったぜ。あんなに速く取れるのはそうそういない」
「……その、ありがとう」
お礼を言われた。なにかしてあげたかな、と思っていると、
「……指示」
エスバーの発した言葉に一瞬迷ったが、おそらくボールを見ろ、というアドバイスを送ってくれたことに感謝しているのだろう。
「あー、それはよかった。でも、ボールだけみるプレイングは本来するもんじゃないんだ。相手の体や視線を見ることも大事だよ」
「…………」
(まだむりっぽいな)
シュンのアドバイスに目を逸らして黙り込む。人と接するのが苦手なのはわかったが、予想以上だ。
「相手にティンクレイがいる。止めれる自信はあるかい?」
「…………む、むりかも……しれませんし……できるかも……しれない……」
「大丈夫。君の実力ならティンクレイと戦えるさ。自分のプレイに自信を持って」
「…………わ、わかり……ました……」
勇気づけるように励まして、
「よし、みんな! 試験だとしても勝っていこうぜ!」
「おう!」「だな!」「そうだね!」
試験とはいえ皆サッカープレイヤー。勝負は勝ちたいのが当たり前。
両チームそれぞれポジションについた。
相手にティンクレイがいる。
「おい、俺にボールを渡せ」
「まあ、いいけど」
ティンクレイの命令に渋々従う相手チームのメンバー。
そして笛が鳴り、後半戦開始。
ティンクレイのブルーチームからキックオフ。
「いくぜ、早速勝負だ!」
味方からボールをもらってすぐさまドリブルダッシュ。
彼の視線の先にはシュンがいる。
当然、シュンとの一騎討ちを望んで向かってきている。
「俺が相手をする! 皆はカバーを頼む!」
「わかった!」
チームの仲間にそう指示を出してシュンはティンクレイを迎い受ける。
ドスッ、っと地面を踏みしめながら、
「テメーを倒してオレが上だ!」
シュンに向かってチャージを仕掛けた。
ショルダーチャージをぶつけてシュンを吹き飛ばそうと考えているのだろう。
「わかりやすいな!」
だが単調な攻撃ではシュンは吹き飛ばない。
当たる瞬間に体を回転してギリギリに避けつつボールを奪おうとした。
「――っ! こいつ!」
しかしティンクレイ。察する。
このまま進んだらボールを奪われてしまうと。
ならばボールを踏んで奪われないように地面に固定する。足と地面で挟んでボールをティンクレイの足裏にとどめようとした。
そのおかげでシュンの足がボールに当たっても、わずかたりとも動かずボール奪取を阻止した。
「やるな!」
ボールを取れないなら、より強い力で蹴りつければいい。
そう考えたシュンはシュートを打ち込むような姿勢をとってボールを蹴り飛ばそうとした。
ガンッ!
しかし、それでもボールは動かない。
ティンクレイの強靭なパワーの前にシュンの力ではボールを蹴り出すことができない。
「ハッ! 弱いな!」
「ならば!」
片足で無理なら両足で蹴ればいい。
そう思ったシュンは倒れ込んで、両足をつき出してボールを蹴り飛ばした。
「わざわざ倒れてくれるとはよ! 蹴り飛ばしてやるぜ!」
だがティンクレイは黙ったまま見てはいない。
ボールから足を離して、足を振りかぶる。シュンごと蹴り飛ばそうとしているのだ。
だがシュンは攻撃を来ても自身の攻めを変えない。そのまま足を突き伸ばす。
シュンとティンクレイの足がぶつかりあう瞬間、
――バコンッッ!
轟音鳴り響く。
ボール越しから足に衝撃が伝わる。
「クッ!」
「チッ!」
互いに足に痺れが走る。それほど両者の蹴りの威力がすさまじいごとがわかる。
そして蹴ったボールは二人から離れていき、レッドチームのメンバーがこぼれ球を拾った。
「引き分けか……」
ティンクレイは今の一騎討ちでそう思った。あの場所にレッドチームではなくティンクレイのチーム、ブルーチームがいたなら取っていただろう。
ボールがこぼれたということは互角の勝負。
今の一騎討ちでは勝敗がつかなかったということだ。
「ナイスカバーだ! 皆、前線に上がれ!」
「おう!」
そう指示をだし、シュンの味方たちはパスの連携で前線を上げる。しばらくするとシュンは立ち上がって、
「シュンくん、お願い!」
「おう!」
ボールを受け取り、ゴールにダッシュ。
「させるかよ!」
だがすぐ目の前にティンクレイがいる。
再び一騎打ち。違うのはシュンがドリブル側ということだろう。
(ティンクレイが相手なら、俺はあのドリブルで抜き去る!)
出し惜しみをして勝てる相手ではない。なら最初から本気のドリブルを使う。
シュンは足のギアを上げてティンクレイを抜き去ろうとする。一歩のステップで目にも止まらぬ速度。ハイスピードで抜き去るシュンのお得意のドリブル。
「はえーだけだろ!」
すぐさま反応して肩を突き出す。
このまま進めばシュンはショルダーチャージにぶつかってしまう。
確実にぶっとばしてやる、ティンクレイは肩に力をいれてチャージを仕掛けると、
――シュンはティンクレイの背後にいた。
「お得意の『ギアチェンジドリブル』だ!」
「なっ⁉」
目の前からシュンが消えたような錯覚に陥るティンクレイ。すぐさま振り向くとシュンはもう届かぬ先にいた。
どうやって抜いたのだ。
速いだけではない。それだけなら自分のチャージをぶつけてボールを奪い取っていたはずだ。
(…………右で抜いたと思ったら、左に急転換…………さらに速度も一段上がった)
後ろから見ていたエスバーはわかった。
シュンのドリブルを。
最初のステップは全力の速度ではない。確かに速い、だが少しだけ速度を緩めている。
それで抜けるならよし。だがもし抜けずに相手が防ぎに来たなら。
ならスピードを緩めず、むしろもうひとつギアを上げた状態で方向転換して抜かす。
冷静に考えたらぶっとんでいる。
フェイントをすればスピードが落ちるはずなのにむしろ上げるなんて。
(…………そもそも最初の手加減したステップも普通に速い)
あれを止めるのは無理だ。
そう思ってしまうほどの高度な技術が組合わさったドリブルだとエスバーは理解した。
そしてシュンは相手を抜き去りながらゴールに向かっていく。
「止めろ! アイツにシュートを打たせるな!」
相手チームも必死になってシュンを止めにかかる。
鋭いスライディングタックルでシュンの足ごとボールを奪い取ろうとする。
だがシュンはボールに相手のタックルが当たる瞬間、ボールの下部を優しく蹴り上げて自身もジャンプで相手を飛び越える。鮮やかな跳躍。
「それを待ってた!」
もう一人のディフェンダーが着地の隙を狙って強引にタックルを仕掛けた。
連携攻撃でシュンを止めようとしてきたのだ。
「俺は止まらない! 止められない!」
なんと、シュンはボールを両足で挟んで前転大ジャンブ。
相手のスライディングタックルを再び回避。
アクロバティックなドリブルで飛んで抜いていったシュンを見て、相手はそんなドリブルで!? と内心驚きまくりだ。
「うそ……!?」
「オイコラ! シュン相手は魔法をケチるな! 魔法を使って全力で止めろ!」
ティンクレイが怒気を含ませながら指示を出す。
ブルーチームもその指示に頷き、
「そうだな! あいつを止めるにはそれしかない! 『ファイアチャージ』だ!」
魔法での守りの基礎、炎をまとった足での激しいスライディングタックル。当たればひとたまりもない。
「危ない!」
だがなんとかギリギリ避けるシュン。体を回転させて避けたのだ。
しかし炎が足元をかすり、わずかに動きが鈍くなってしまう。
「止める! 『ストーンチャージ』だ!」
これまたマジックディフェンスの基礎、土を盾のように展開させてシュンに突撃を仕掛けた。
「うお!?」
さすがのドリブラーのシュンでも魔法には抗えない。
土の盾に吹き飛ばされてしまう。それと同時にボールも奪われた。
「ああ! シュンがボールを奪われた!」
「連続で仕掛けてくるとは……」
(そうじゃなきゃあ、止めれないだろうしな。気に食わねーがドリブルに関してはテメーの方が上だ)
認めざるを得ない事実。一騎打ちで簡単に抜かされてしまった。守りをあまりしないフォワードだとしてもあっけなさすぎる。
だからこそ魔法を使えと指示を出した。
味方がシュンからボールを奪ったのを確認して、
「オレにボールをよこせ!」
「わ、わかったわ!」
ティンクレイの声に応え、すぐさまボールを渡す。
今ボールを受け取ったティンクレイの場所はセンターライン。
(だがシュン、お前を認めたのはあくまでドリブルだけだ。シュートはオレの方が上だってことを見せてやる!)
そこでティンクレイは一旦立ち止まった。
「……まさか!」
それはストライカーとしての勘。
シュンの脳裏にはある考えが脳裏によぎった。
「ディフェンダー! ゴールの前に集まれ!」
「えっ!」
突然のシュンの指示に困惑する味方メンバー。
一方、ティンクレイはシュンの言葉に、
(俺の考えを読んだか!)
おそらくは同じフォワードだから読めたのだろう。
「やはり根っこはストライカーか。だがよ」
――言っても無駄だぜ!
例え作戦を読まれても意味がないことをこのシュートで証明してみせる。
「見な! オレとお前、ストライカーとしてはどちらが上かをな!」
ティンクレイ、足を大きく振り上げた。
それでシュンの言葉の意味に気づく。
ティンクレイはセンターラインからロングマジックシュートを放とうとしてくるのだと。
そしてボールに渾身の蹴りを叩きつける。
そこから魔方陣が展開。ボールに猛火が包み込み、灼熱の球体が完成。遠くからでも熱が肌に伝わるほどのエネルギー。
「喰らって壊れろ! これがオレの! 『カノンファイア』だ!」
灼熱の砲弾が、今発射される!
ボガン、と大砲から弾が発射されたような轟音が響き渡り、ゴールに向かって極炎球が敵陣を切り裂きながら直進。
「な、なんだっ⁉」
ハイスピードで飛んでくる『カノンファイア』に驚愕するディフェンダー。急いでシュートボールをブロックしようと走るも、シュートはそれらを振り払うほどの速度で飛んでいく。
「……と、止めるんだ……」
たまたまシュートの軌道上にいたエスバーが体を張ってシュートを止めようとしたが、
「ワアっ!?」
ボールに体が当たるどころか、周りの炎に触れた瞬間に吹き飛ばされてしまう。炎でさえも他者を寄せ付けない。
「うっ!?」
ゴールキーパーも魔法を使って止めようとしたが、
「ハッ、見たか! これが俺のシュートだ!」
吹き飛ばされるキーパーとゴールネットを揺らすボールを見て、両腕を上げた。
【エルドラドサッカー日誌】
マジック技と必殺技
マジック技は魔法を使った技、必殺技は魔法を使わず自身の身体能力と技術で発動する技である。
エルドラドの一流サッカープレイヤーはどちらも覚えている。
・ギアチェンジドリブル
シュンが編み出した必殺ドリブル。
前世から緩急ある動きで相手を抜き去ることが得意なシュンが緩急の差を制御することによって完成した。
少し手加減しつつ素早いドリブルで相手をだまし、次の瞬間トップスピードで抜き去っていく。
また相手の目の前で止まってから、すぐさま最高速の速度で抜くパターンもある。
幼少期の頃どころか前世から信頼しているシュンの十八番だ。