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魔導のファンタジスタ  作者: ルジリオ
一章 魔導学院、入学へ
26/130

試験の前に

 トゥール魔導学院主催のサッカー試験会場のフィールドに足を運んだシュン。

 フィールドにはすでに人が集まっている。

(結構いるな。二十人は越えている)

 体を動かしてウォーミングアップを開始している人もいる。他人と一緒に組んで練習をしているところもある。

 試験に合格するための最後の練習だ。みんな真剣に取り組んでいる。

「俺も体を動かすか」

 その様子を見てシュンも体を動かしたくなった。

 シュンは鞄からマジックシューズを取り出して履く。服装に関しては自由だった。なのでフィールドに持ってきたのはマジックシューズとサッカボール、この二つだ。

 準備体操を始めて体をほぐし、軽く走ってサッカーのウォーミングアップを開始する。

 そしてシュンはサッカーボールを地面において、ドリブルを開始した。

「本番で体を百パーセント動かすなら、やっぱりドリブルの練習が一番だな」

 フィールドのサイドラインギリギリで走る。全力疾走とほぼ同じ速度でボールを転がしていた。

 そしてシュンの目の前には相手チームのディフェンダーを想像する。

 相手が過激なチャージを仕掛けてきたらどうするか、それともスライディングタックルだったらどうするか、そういう想定をしながら、ボールを軽く浮かばせてジャンプしたり、ボールを足首に固定して回転したりする。

 体を大きく動かすドリブルをして体を温めているのだ。

「なんだ、あいつ? あんな難しいドリブルを軽々と……」

「というかめちゃくちゃ速くないか? 普通に走っている速度とほとんど変わらない」

 試験を受けに来た他の人たちもシュンのドリブルさばきに感嘆の声をあげる。

 シュン本人は練習に集中しているため耳に入ってはいない。

「うん、いいね。これなら試験でも――ん?」

 ドリブルをしていると、目の前に赤色のサッカーボールが。おそらく誰かが練習に使っていたボールだろう。

 シュンは立ち止まってあたりを確認する。

(誰かのボールだよな。なんで誰もこのボールを取りに来ないんだ?)

 この世界のサッカーボールには作ったクランの証や色や模様などが学院によって違う。

 トゥールは黄色と黒色の二つの色で構成されたサッカーボール。

 このサッカーボールは誰かが持ってきたものなのであろう。

「誰のなんだろうな……」

 赤色のサッカーボールを拾って周囲をを確認すると、

「…………」

 じっとこちらを見ている中性的な子がいた。橙色のクセっ毛のある短髪、

 シュンを遠くから見ているが、どこか目が泳いでいる。おそらくこの子のボールだろう。

(人見知りな子かな?)

「もしかしてこのサッカーボール、君のかい?」

「――! …………(コクコクッ)」

 そう聞いても黙ったまま。だがしばらくすると頭を上下に動かして頷く。

 当たった、この赤色のサッカーボールはこの子のものだ。

「ほら、どうぞ」

「…………(ペコッ)」

 ボールを受け取った子は、頭を大きく下げて感謝の礼をしたあとこの場から離れて誰もいない場所に一人で練習を始めた。

 建物の壁に向かってシュートを放っては、ボールに追いついては再びシュートを放つ。それを繰り返していた。

「シュートは定まっていないが、ボールに追い付くあの足と反射神経。ディフェンダーか?」

 壁に跳ね返ってきたボールを完璧に追い付けている。

 しかもボールをきちんと受け止めて衝撃を殺している、トラップも上手い。

(守りが上手いなら誰かコンビを組んで練習……できなそうだな。全然しゃべらなかったし。人見知りなんだろう)

 だから一人で練習をしているのだろうな、と思った。自分が声をかけようかと考えたが、近づくと無言で離れていきそうだと考えてしまい、シュンは再びドリブルの練習を再開しようとした。

「雑魚が、オレの前に立つんじゃねえ!」

「きゃあああ!」

 ボールを転がそうとしたその時、暴言と共に悲鳴と轟音がシュンの耳に入った。

 音がした方向に視線を向けると巨漢の男が人を吹き飛ばしながらゴールに向かって進んでいる。力強いドリブルは妨害する人を弾き飛ばすほどの衝撃だ。

「あいつ、ティンクレイじゃあねえか?」

「ああ、あの顔、間違いねえ!」

 フィールドの外から観戦している人が巨漢の男を見て怯え始める。

 彼らはあの男の子とを知っているのだろうか。

 シュンは彼らに近づいて、

「なあ、ちょっと失礼」

「な、なんだ?」

「俺はシュン。目の前にいる暴れん坊のことを知っているようだが」

「お前、サッカーやっているのにあいつを知らないのか?」

「俺は村で生活しているからそういう世間のことはあまり知らないんだ」

「そっか、なら知らなくても不思議じゃないか。なら教えるぜ、あいつの名前は『エクス・ティンクレイ』。昨年のエルドラド魔導祭で様々な競技に出ては入賞してトロフィーを荒稼ぎした『爆弾野郎』さ」

「へえ、そいつは凄いな」

 エルドラド魔導祭は高等部だけでなく、中等部も参加している。 

 彼も去年参加して名をあげたのだろう。シュン以外、誰もがティンクレイの顔を見ると怯えるような表情をしていた。

「サッカーでも結果を残したのか?」

「ああ、あいつがシュートを打っては点を取って、気づけば全試合三点以上とってチームを優勝に導いたんだぜ」

「全試合ハットトリックかよ」

「ハット……トリック?」

「村では使っていた言葉さ。一人の選手が三点とることをな」

 まだハットトリックの言葉はサッカーが流行しているエルドラドでも定着してはいないようだ。

 ちなみにハットトリックとは、試合中に三点以上点を取ることを指す。

 当然、ハットトリックを行うことは難しいことだ。だが彼は大会のすべての試合でそれを成し遂げた、それだけで彼の実力の高さが想像できる。

「サッカーの実力は中等部の中じゃあ最強ってことか」

「それは間違いない」

「しかし『爆弾野郎』とは物騒な二つ名を」

「ティンクレイは乱暴な性格をしていてね。サッカーの他校の練習試合でレッドカードをもらった札付きだよ。魔導祭の競技でも退場させられたこともあるほどにな……」

「レッドカードだと?」

 接触プレイで相手を吹き飛ばすのが大丈夫なこの異世界サッカーで、レッドカードをもらう。どれだけ暴力的なプレイングをしたのだろうか。

「いや、審判に逆らったとかか?」

「よくわかったな、その通りだよ」 

「当たったのかよ」

 ラフプレイがわりと許されているこの世界でレッドカードをもらうのは審判や観客に迷惑をかけたぐらいだろうな、と思って答えを口に出したら当たった。

 本当に凶暴な人だ。

「うぅ……痛い……よ……」

 地面に倒れて悲鳴をあげるティンクレイの練習相手。

「ハン、雑魚ばっかだ。こりゃ合格楽勝だな」 

 倒れている相手を嘲笑うように見下し、一瞬にして興味をなくして周りを見る。

「おい、そこで見ている連中。次の相手はお前らだ! さっさと俺のところにこい! 練習に付き合えよ」

 シュンの方に指を指して練習を誘ってきた。

 正確にはシュン、そして今話している二人全員に言ったのだろう。

「どうする? お前いけよ」

「嫌だよ、絶対にぶっとばされるって」

 シュンと話した二人は震えて拒否の姿勢。

 先程話した噂に加えて、今の乱暴なプレイング。

 もし付き合ったら自分達が目の前で倒れている人と同じようになってしまう可能性がある。そう思うと恐怖が心を支配する。

「ちっ、ウジウジしやがって。仕方ねえ、一人で練習するか」

「俺が練習に付き合うよ」

 ティンクレイがつまらなそうにこの場から去ろうとしたその時、シュンはそう言った。練習に付き合うとティンクレイに近づく。

 するとティンクレイは悪い笑みを浮かべ、だが楽しそうな声で

「なんだ、こんなかにも度胸あるヤツいんじゃねーか。名前は?」

「シュンだ。名字はない」

「名前だけ……村育ちか。まあ俺に付き合えるぐらい上手かったら生まれがどこだろうがどうでもいい。俺はエクス・ティンクレイ。名前でも名字でも好きに呼びな。おっとふざけた言いかたしたら魔法ぶつけんからな」

 互いに自己紹介を終えてティンクレイは、

「ほら、パスだ! 受け止めてみな!」

 足を思いきり振ってパスを出した。だが今の蹴りかたはどう見てもシュートモーション。

 力強いシュートが空飛ぶ鳥のようなスピードでシュンの顔面に向かって飛んでいった。

「ああ! あれはどうみてもシュートだ!」

「避けろ!」

 周囲の人も、エクスの暴力的なパスに悲鳴をあげる。自分に飛んできていないとはいえ、見るだけで恐怖を抱くようなパスだ。あれを真正面から受けたら吹き飛ばされるに違いない。

 ゆえにシュンに避けろと大声でいったのだ。

 そのシュンは自身に迫ってくるシュートのようなパスに、

「おいおい、この距離でロングパスはまずいだろ」

 冷や汗かかず、表情は笑みを浮かべたまま冷静であった。

 シュンは後方に回転しつつ、パスボールを正面ではなく真後ろに足をぶつける。そしてそのまま回転して、ボールを向きを九十度変えて地面に落とした。

 ゴンっ、と地面にぶつかった瞬間鈍い音がしたが、シュンはそのままボールに足をおいて、ティンクレイのパスを受け取ったのであった。

「――なっ!?」 

 驚愕。

 とられるとは思っていなかったティンクレイは呆然としたままシュンを見つめた。

 今のパスは普通の人なら避ける、もしくは反応できずにボールに吹き飛ばされていた。

 でもシュンは完璧にパスとして受け取った。

 あれほどの威力のあるシュートのようなパスを、だ。

「パスの練習か、ほら、返すよ」

 ティンクレイにボールを渡す。ボールを受け取ったティンクレイはしばらくボールを見つめたあと、今度は普通の速度でパスを渡した。

「……なるほど、他の連中よりかは骨がありそうだな」

「そうかい。そういってもらえるのは嬉しいな」

 地面にボールを落とさずにパスを渡し続ける。それだけで試験を受けに来た中で彼らの実力がずば抜けていることがわかる。

「凄い……シュンってやつ、あのティンクレイと一緒に練習している」

「というかティンクレイ、あんなテクニカルなプレイもできたのか……」

「あの子、村からやって来たって言ったわよね。いったいどこから来たのかしら」

 あのティンクレイ相手に練習に付き合えているシュンに驚愕する周囲の人。

 それどこか互角にプレイしているのが一番の驚きどころ。

「皆、集まってくれ!」

 声が聞こえる。

 視線を向けると魔導士の服を着た大人の人が。

 おそらくトゥール魔導学院の関係者、サッカー部の監督であろう。

「サッカー部の特待生を決めるための試験を行う。ウォーミングアップを終了してくれ」

「おっと、そろそろ始まるのか」

 ティンクレイはパスボールを蹴りあげて、素手でキャッチして練習を中断させる。

 そしてシュンを見て、

「テメーの顔。覚えたぜ」

 そう言って監督たちの方に向かっていった。

「おいお前。ヤバイやつに目つけられたな」

「怪我させられても、ヒーラーがいるから治りはするけど……」

 周囲の人が心配そうな顔をする。シュンの実力がどれだけ高くても、ティンクレイの凶暴なプレイングを見れば、心配にもなる。

「大丈夫さ。相手が誰であろうと、俺は全力で挑むだけだ」

 だがシュンは動揺したり体を震わせることはせず、安心させるような声色で言い切った。

 サッカー部の特待生になるために、試験が始まる。

【エルドラドサッカー日誌】

 エルドラド

 シュンが異世界転生したこの大陸の名前。かつては魔王が降臨し、絶望が大陸を蝕んでいたが、五人の英雄が魔王を倒し、平穏を取り戻した。

 凶暴なモンスターは生息するものの、街や村の中は平穏に暮らせるなど、危険な場所はあるがそんな場所に行かなければ平和に暮らせる大陸である。他の国との交流も盛んだ。

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