プロローグ 旅立ちの時
【前章のあらすじ】
風間瞬はサッカーが大好きな少年。チームと共に全国にいって優勝するために、県大会で活躍をしていたが、決勝戦でプレイ中の事故で亡くなってしまった。
瞬は自分が死んだことに気づかずその人生に幕を閉じた……はずだった。
目を覚ますと瞬は見知らぬ世界に赤ん坊として生まれる。そしてこの世界には魔法が常識の世界、すなわちファンタジーに満ちた異世界に風間瞬は新たに『シュン』として転生したのであった。
前世での家族と友人の別れ、そしてサッカーが存在しない世界に生まれてしまったシュン。最初は悲しさに満ちた生活を送っていたが、この世界での両親や村の友人の優しさに触れ、この世界でもやっていけると思えるようになった。
だがしかし、サッカーができないことに悲観していた。
一人でボールを蹴っているとあることを考えついた。
――この異世界にサッカーを広げよう。皆でサッカーをするんだ、と。
そして友達と共にサッカーして、村のみんなにサッカーを教えていく。
最初は村の中だけの遊びだったが、いつしか大陸中にサッカーが広がっていった。
シュンの願いは叶った。
サッカーが広がり、新たな友人に出会い、出会いと別れを繰り返す。
その中でシュンは前世の自分の夢を思い出す。
――サッカーで頂点を取りたい、と。
この異世界でも、自身の夢を叶えるためにシュンはこの大陸の祭典、エルドラド魔導祭のサッカー大会で優勝するために、行動を始めたのであった。
夏の太陽の日差しが照り付ける。 サッカーグラウンドで二十二人の戦士たちがボールを追いかけていた。
『決まった! 風間、決めるときは確実に決める選手だ! この土壇場で見事、ゴールを決めた!』
「よっしゃ!」
ダイビングヘッドで点を取った瞬、地面に倒れながら両手を上げて
「風間! よく決めてくれた!」
「ああ! やっぱり点取り屋はここぞというときにシュートを決めてくれるな!」
「瞬にパス渡してよかったぜ!」
チームメイトも風間瞬の活躍に大歓喜。価千金の一点をもぎ取ったゆえだ。
「あと数分! 皆で守りきれば優勝だ! 全力で守ろうぜ!」
瞬は立ち上がろうとして腕で体を起こそうとする。
「……あれ?」
シュンは立ち上がらなかった。否、立ち上がれなかった。体を動かそうにも石になったかのように固く、動かせない。指先を震わせることすらできない。
まるで時間が止まった世界に閉じ込められかのような、シュンの状態はそうなっている。
「シュン、俺たちはもうお前と一緒にいられない」
突然のチームの仲間たちの言葉。
冷たい声だ。だがこの冷たい声は悲しさが混じっているように聞こえる。
無表情な顔もやるせない顔をしていた。
「待て! 俺の体はまだ動ける! まだ一緒に戦える!」
「無理なんだよ、瞬」
そう言ってこの場から離れていくチームの仲間たち。
立ち上がって追いかけように足も手も動いてくれない。
「ま、待ってくれ!」
手を伸ばすことすらできず、ただ彼らをじっと見つめることしかできなかった。
「――俺たちは祈っているぜ。瞬、新しい世界で夢を叶えることな」
「……ん?」
目を覚ますと、木の天井が目に入る。
シュンは目を覚まして自身の手のひらを見つめた。
「夢か」
嫌なようで嬉しい夢。みんなに会えたこと、そして別れてしまったこと。その二つが同時にやって来て、感情がぐちゃぐちゃになる。
今日この夢を見た理由は何となくわかった気がした。
「中学生の皆は元気にしているのか……」
前世で同じチームであり友であった彼らのことを考えつつ、シュンは寝床から飛び出して着替える。
「叶えてみせるさ。俺はこの世界でサッカーの頂点に立つ」
シュンは前世の記憶をもってこの世界に生まれてきた。
前世はサッカーをしており、この世界でも好きなサッカーができないか、そう思っていた。そしてシュンはこう考えた。
村にサッカーを広めよう。この異世界でサッカーを作ろう、と。
その考えは成功し、自分が住む村に、村のそとに出て大きな街に、そしてこの大陸全土にサッカーが広がっていった。
サッカーの大きな大会が開かれるほどに。
そしてシュンはその大会を観戦して、ある思いが胸に広がった。
――この大陸でサッカーの頂点に立ちたい。
前世で中学校サッカーの頂点に立つことができなかったシュンはこの世界で頂点をとりたいと強く思ったのだ。
そしてシュンは異世界でサッカーのチャンピオンになるために、サッカーの練習に励みながら、大会に出れる高等部になるその時を待ったのだ。
シュンがサッカー観戦をしたエルドラド魔導祭から時間がたって三の月になった。
来月には学園の始業式が始まる季節だ。
シュンはエルドラド魔導祭のサッカー大会で優勝を目指すために行動を始めた。
「ただ毎日サッカーをするだけじゃあ足りないな。魔法だけでなく身体能力もあげないとな」
サッカーの技術を上げるためのトレーニングはもちろん、村の人やこの村にサッカーをしにやっていた観光客とサッカーをしたり、自然に溢れた山や森のなかを全力疾走で走ったりしてしたい能力を上げることもした。
中には大人たちや手慣れの冒険家と一緒に近場のモンスターを討伐することもした。オドロン村の近くで暮らしているモンスターは温厚な気性が多いが、それでも危険。モンスター討伐の経験者の指示にしたがって必死に頑張った。
そうやって鍛えていった。サッカーの頂点を目指すために。
そしてエルドラド魔導祭に出るために必要なものがある。
それはチーム。
エルドラド魔導祭はエルドラド大陸中の魔導学園から選抜される。すなわち魔導学園に入学してサッカー部に入らなければ出られないのだ。
シュンは調べた。オドロン村にやって来る観光客や冒険家からどの学園がサッカーが強いのか、どうやったら入れるのか、入学するための金額はいくら必要か。
そして魔導学院に入学する方法を見つけた。
「ここがトゥール魔導学院のサッカー試験会場か」
シュンが来た場所は三年前、リーザンとドーロン達と観光しに来て、レイカと初めて出会った街オラリマだ。
いまエルドラド大陸の学院はサッカーに力をいれている。
なにせ学院生徒が魔導士になるための祭典、エルドラド魔導祭の競技に入るぐらいだ。それほどエルドラドの住民はサッカーに夢中になっているということである。
ゆえに魔導学院はサッカーの実力をある人物を集めている。
シュンが訪れたこの場所も、魔導学院がサッカー部の新戦力をほしいがために試験会場を開いたのだ。
「スポーツ入学、この制度に近いものだな」
この試験に合格すれば学費は免除される。
さらに寮を貸し出してくれて最低限の生活費も支払ってくれるという厚待遇。
もちろんサッカーでの活躍、そして学園の授業を真剣に受けてテストで最低限成績を残す必要もあるが、それをクリアすれば授業料はいらないのだ。
要は特待生制度である。
シュンは金がない。衣服の店を経営している両親がやりくりして貯金した金でも魔導学院の学費は払えない。それほど魔導学院の学費は高い。
なら試験に合格して学費を免除してもらえばいいだけの話だ。
「サッカーが強い学院にいけばそれだけいい練習もできる。レベルの高い味方と練習できるし設備だっていいものだろう。スタメンだってすぐになってやるぜ」
エルドラド魔導祭に出るにはやはり強いメンバーが揃った学院がいい。
「よし、いくか」
ここで立ち止まっては意味がない。
エルドラド魔導祭のトロフィーを掴むために。
シュンは試験の受付場まで足を運ぶ。
そして受付員から試験に受けに来たと伝えると、試験に受けるための紙を渡されて自分の名前を書く。そして手渡した。
するとパンフレットと自身の名前がかかれた名札を手渡された。
「トゥール魔導学院だな」
試験を受けようとする魔導学院のパンフレットを見る。
トゥール魔導学院。
在籍生徒、352名。
魔導士の技術の結晶、魔導道具の製作を主としている魔導学院。この学園で様々な魔導道具の発明家が生まれ、なかには生活の一部となるような魔導道具も開発されたことがあると言われる。
最近ではサッカーの練習道具の製作に学園全体が力を入れているらしい。
「しかも、去年はエルドラド魔導祭のサッカー大会に出場している」
エルドラド魔導祭に出場できるほどの強豪学院だということだ。
だからシュンはトゥール魔導学院に試験を受けに来たのだ。
ちなみに試験が失敗した場合の他の学院の候補もちゃんと考えてある。
(まっ、落ちる気なんてさらさらないがね)
もっともシュンははなから合格する気満々だ。最初から不合格になるかもしれないって考えて試験を受けるはずがない。
「学園の名前は聞いたが、中身は魔導道具開発の専門学園っといったところか」
オドロン村で育ってきたシュンにとって魔導道具開発のことはよくわからない。魔法を道具で再現するようなものか、そんな風に考えていた。
「まあ、そこは必死に勉強すればいいってだけの話だな」
パンフレットを読んだあと、シュンは試験会場のサッカーフィールドに向かった。
試験はそこで行われる。早く行ってウォーミングアップするべきだろう。
「よし、合格する。そして……」
絶対にサッカー部に入ってエルドラド魔導祭に出る。
そして前世で果たせなかった全国大会優勝の夢。
それをエルドラド大陸でサッカーの頂点に立つことで叶えてみせる。