リーザン、夢の旅路に
(リーザンがこの大陸から離れる……か)
前日、馬車の中で言われたことが頭の中にずっとこべりついていた。
自宅のイスに座って、シュンはリーザンとの会話を思い出す。
『そもそも、今回の旅行は思い出作りみたいなものさ。じゃなきゃ突然旅行にいこうぜ、なんて言わねえよ』
『そうだったんだ……ねえ、リーザン。この大陸から離れるってどういうことだ?』
『魔導士としての仕事さ。上から、この大陸の外に出て他の大陸の国で魔法の情報収集を頼む。とお願いされてな。だから俺はエルドラドから離れることになるんだ』
『そうなんだ、俺は魔導士の仕事がどうなんかわからないから、今のは喜ぶべきこと?』
『この仕事を貰えるのは上に期待されているからだと思っている。だって他の国に訪問するんだぜ。重要な仕事を貰ったのは大変だけど嬉しいな』
『そうか、ならリーザン。大抜擢の仕事、おめでとう』
『ああ、ありがとよ』
『でもさみしいな。リーザンと会えなくなるなんて』
『それは俺もさ。だが俺は魔導士だ。仕事はしないといけないし、今回の件は俺の夢につながることでもあるんだ』
『夢につながる?』
『ああ、俺はこの世界の様々な魔法を知りたい、そして身に着けたい、そう思ってオドロン村から離れて魔導士になったんだ。だからこの仕事は俺にとって大事な仕事でもあるんだ。他の国の魔法の技術を見れるからな。俺はより魔法を探求する。だから今回の仕事は絶対に成功させてみせるさ!』
あの時のリーザンの目は希望に輝いていた。
自分が叶えたい夢に向かって一歩前進できた。
それは素晴らしいことだ。自分が掲げた夢のために全力で行動する。
成功を祈って応援したい。
「でもな……」
それと同時に寂しい気持ちも湧いてくる。
リーザンはたまにしか村に帰ってはこなかった。だが村に帰ってきたら必ずシュンとサッカーをしてくれた。シュンだけでなく村の大人子供、誰とでもサッカーをやった。魔法だって聞いたら丁寧に教えてくれた。
そんな村に帰ってくる日もなくなってしまう。
もっと村に来てほしいと願っている自分がいることにシュンは納得もしてきた。
「会えなくなるのが、さびしいってことなんだろうな」
一緒にサッカーをしてきた仲間がこの大陸からいなくなることにシュンは寂しい気持ちになったのであった。
「明日には、もうこの村ともしばらくの間、おさらばか」
村の中を歩きながらそうつぶやくリーザン。歩いている理由はない。ただなんとなく歩きたかっただけ。妙に体を動かしたい気分だったのだ。
「やっぱ故郷を、家族と離れるのは慣れないもんだな。だけど」
これは自分が選んだ道。
魔導士になるときもこの村に別れを告げた。
再びこの村から離れて別の大陸に行く、それだけのこと。
「……村にはしばらく帰ってこれないな」
たが他の大陸に行くということは休みに村に帰ってくることができないということ。
何年この村から離れることになるのだろうか。
だけど、自分が望んだ仕事を断ることなんて考えにない。
「広場に行くか。この村での最後のサッカーを楽しみに行くか」
「リーザン!」
サッカーをしにいこうとしたその時、シュンがリーザンに声をかけた。
リーザンはシュンを見て手をふる。
「よう、シュン。ちょうどよかった。サッカーしにいこうぜ。いいだろ?」
「いいよ。でもその前にお願いがあるんだ」
「なんだ?」
シュンはお願いを言った。
「二人っきりで勝負しない?」
場所は移動して村の広場。
サッカーフィールドにシュンとリーザンが立っている。
この場には今二人しかいない。
「で、勝負の内容はなんだ。PKか?」
「いや、違う。俺からボールを奪えたらリーザンの勝ち、突破されたら負け。一回やったら攻めと守りを交代。シンプルな一騎打ちをしたい」
ドリブルとディフェンスでの一騎打ち。
身体能力だけでなくボールテクニックも重要となる勝負。
サッカーの技術ならシュンの方が上に、逆に身体能力ならリーザンの方が上。
いい勝負になるだろう。
「いいぜ、シュンの得意なドリブル勝負だろうと関係ねえ。止めてやるよ。回数は」
「何回でもやろう」
「わかった」
ルールは決まった。
リーザンはシュンにボールを渡す。シュンに足でボールを受け止めて地面に落とした。
「ほら、お前から来な!」
「ああ!」
地面にあたった瞬間、両者一斉に動き出す。
シュンはドリブルでリーザンを近づきつつ前方を確認。
リーザンの構えを見て隙をうかがうが、シュンを止めようと警戒しながら構えている。
(ならば隙を作り出すしかない)
シュンはボールを繊細にタッチして左右にボールを動かす。
リーザンの視線はボールに奪われて、シュンの体を見ていない。
「そこ!」
一瞬にして最高速のスピードになり、そのステップでリーザンを抜き去ろうとする。
「見えた!」
だがリーザンはすぐさま反応して、片足を伸ばしてボールとシュン両方を止めようとした。
リーザンの足はボールに当たりシュンは体勢を崩しかける。
「うわっ!」
ボールは止められた。
「くそ、舞い上がった!」
しかしリーザンの足はボールの真下に当たったようで、ボールは真上に飛んでいく。
リーザンはすぐさまジャンプ。そして足を振ってジャンピングボレーの構え。ボールを取ろうとした。
「まだ、間に合うぜ!」
シュンも体勢は崩れているものの、片足でジャンプしつつ背中を向ける。ボレーでは間に合わない。だからオーバーヘッドキックでボールを奪おうとしたのだ。
両者の足が、同時にボールに命中。
「くっ、やるな! だが!」
パワーなら魔導士であるリーザンのほうが上。なら押し通せるはず。
「なんてパワー! なら!」
押され気味のシュン。ならよりパワーを加えて押し返してやる。
するともう片方の足を動かして、両足でボールを蹴り押した。
ダブルレッグオーバーヘッドだ!
「両足だと!? うお!」
「うわ!」
空中では踏ん張ることが難しいため、ボールを蹴ったあと二人とも地面に向かって落ちていく。そして無事に着地。
ボールの行方はどこかというと。
二人の間に落ちていた。
それに気づいたシュンはすぐさまボールを取る。それと同時にリーザンかシュンの目の前まで来ていた。
ボールを奪いに来ている。
どうやって抜き去るか。
「ローリングドリブルだ!」
「なっ!?」
シュンはボールを軽く浮かばせて、そのボールを右足首に固定させる。そして、そのまま前にステップを踏みつつ左方向に回転。
リーザンの突撃を回避しながら抜き去ったのだ。
「やられた……いつの間にそん技を」
「ドリブルは得意だからな、たくさん編み出しているぜ」
今のドリブルも、前世で読んだ漫画やゲームなどを思い出して作り上げたものだ。
シュートだけでなくドリブルも模倣することができたのだ。
「なるほどな。だがシュン。お前のドリブルって技巧派なもんが多いよな。力づくで突破するタイプのラフプレーじみたドリブルとかは使わないのか?」
「あー、それは肌に合わないっていうか、相手を吹き飛ばすより抜き去ってゴールに早く近づいた方がいいなって思って」
異世界にとってのラフプレーは力押しのプレイング。ファールになるようなプレイでも異世界ではよほど卑劣なプレイでない限りファールにはならないのだ。
そしてシュンは前世のサッカー経験によって異世界のゴリ押しパワープレイをするのは戸惑ってしまう。それが原因でパワープレイはあまりしない。
それに練習し続けた結果、相手を抜き去るドリブルの技術が上がったため、力で押すより技で攻めるほうがシュンにとってはいいのだ。
「なるほどね。よーし、もう一回攻めてこい」
「いいよ」
「ちょっと次はマジでいくぜ。そのほうが面白いだろう」
マジでいくぜ。
すなわち魔法を使うぞ、そういう意味なのだろう。
リーザンは本気で戦おうとしてくる。
「いいよ、全力でするほうが楽しいからね!」
シュンは当然、リーザンの要望を受け入れる。
今日で二人とやるサッカーは当分先になるかもしれない。なら全力でサッカーを楽しまなければ。
「ケガさせたらすぐさまポーション飲ませてやるからよ」
「それはありがたいね。もう一回いくよ、リーザン!」
サッカー再開。
シュンはボールを転がしてドリブルを開始する。
(一瞬で決めなければ!)
リーザンが魔法を使ってくるならこちらも使うまで。魔法を使いながらドリブルをすることを決める。
(まだ納得のいく出来まだ完成していないが、それでも使わなければならない!)
「飛ばす! 『ウィンドドリブル』!」
足元に風が吹き荒れ、爆発するような突風がシュンの体を押す。
まさに風と一体化したようなスピードでリーザンを抜き去ろうとした。
普通の人には認識できないほどのスピード。ボールを足首に固定しながらリーザンの横を通り抜けようとした。
「『ファイアチャージ』!」
その時、炎の衝撃がシュンを襲う。
リーザンが火をまとってショルダーチャージをぶつけてきた。
「うおっ!?」
右肩に熱い衝撃。
そのまま吹き飛ばされて地面に倒れる。
ボールはリーザンの足元に。
「俺の勝ち、だな」
「イテテ……読まれちまったか」
「風がお前の進む方向を教えてくれたぜ。肌に風が来たからな」
どうやらシュンのまとっていた風によって、どちらに進むかを読まれてしまったようだ。
相手を吹き飛ばないスタイルのシュンは魔法を使う場合でもそのスタイルを貫く。
だが未熟な魔法では相手に行動を読まれるだけのようだ。
「くそ、俺のマジックドリブルはまだ未完成か」
「いやいや、魔法の腕はあるぜ。お前なら、そのドリブルの欠点も消せるだろうよ」
「……もう一回だ! 今度は俺がリーザンを止める!」
「やってみな! ふっ飛ばしてやるぜ!」
二人は再び一騎打ちを始めた。
シュンとリーザンの戦いはある意味一方的であった。
魔法を使わない場合、シュンのサッカーテクニックでギリギリな勝負になりながらも紙一重で上回って勝つ。
逆に魔法ありなら魔導士であるリーザンが圧勝する。
そして一騎打ちを重ねていくたびに二人のサッカーへの熱が高まっていく。
その勝負は一時間ぶっ通しでおこなわれたのであった。
「ふー……ちょっと休憩しよう」
「ああ……そうだな」
シュンとリーザンは地面に座り込んで、休息タイム。
さすがに一時間全力でボールを追いかけていたら疲れも貯まる。
「シュン、お前は相変わらずサッカー上手いな」
「他の皆が上達しているんだ。俺も負けられないからさ」
村にいる子供や大人たちはみんな上手くなっていっている。シュンがサッカーの技術を教えているのもあるが、一番の理由は村の人々全員が上手くなりたいという意思があるからだ。
そしてシュンは彼らに負けじと自分自身もサッカーの技術を上げていく。
大好きなサッカーでは誰にも負けたくないから。上手くなるのは楽しいから。
理由はたくさんあるが、多くあるからこそサッカーが大好きなのだ。
「お前らしいな」
「そうかな……そうかも」
「サッカーにハマったのはさ、魔法を使ったらより面白い遊びになるんじゃねえか、ってのが最初のの理由だった。でも今は違う。シュンのサッカーに対する熱意に引っ張られたのが一番の理由だな」
「サッカーに夢中になってくれたなら嬉しいよ」
そしてサッカーを一緒にしてくれる。それが一番嬉しいのだ。
サッカーを楽しむためには相手がいなければ。
「シュン、正直に言うとさ。お前と話していると、なんか同じ年の友人と話している気分になるんだ」
そう言われて一瞬ドキッとしてしまったシュン。
誰にも言ったことない、前世の記憶を持って生まれた、そのことがバレたのかと思ったからだ。
(俺、前世の記憶もっているからな……そう思われても仕方ないか)
そんな気分になるというだけでシュンの真実を見抜いたわけではない。
落ち着いてリーザンの言葉に返事を返す。
「そうなんかね」
「お前って妙に鋭いっていうか、子供が考えつかないような思考しているっていうか……悪口じゃあないぜ。考え方が大人っぽい部分もあるって思ってよ」
「大人っぽいっていっても、これが俺だよ」
「そういう部分だよ」
シュンは前世と現世の歳を重ねれば大人の年齢になっている。
シュンを大人っぽいと直感でなんとなく感じるとはリーザンは鋭い。
「なあ、シュン。聞いてくれるか?」
「いいよ。聞くよ」
「俺はな、魔法が好きなんだ」
リーザンは空を見ながら呟くように語り始めた。
「子供の頃からさ、魔法ってこんなにスゴイもんだなって思っていてよ。だって考えてみなよ、自然を自分の意志で操れるんだぜ。皆は当たり前のように思っているけど、よう考えたら奇跡の力を操っているんだぜ」
そう語るリーザンの瞳はキラキラと輝いているように見えた。本当に魔法が好きなのだろう。その表情で伝わってくる。
「だから、魔導士になるチャンスを得たときは嬉しかったもんだ。だって魔法に関係する職に就ける。オラリマに行って必死に勉強して、魔導士になって、そして色々な魔法を知った。魔法を知って覚えていくのが楽しくて仕方ないんだ」
だから、
「今回の仕事を受けたとき、マジで嬉しかった。他の大陸の魔法技術を見に行くことができるだからな」
シュンにはわかった。
リーザンは魔法が大好きだ。自分がサッカーを大好きであると同じように、リーザンは魔法に心を焼かれている。
今回の仕事はリーザンにとって魔導士としての人生に大きな転機であろう。
なら贈る言葉はもう決まっている。
「リーザン」
「なんだ?」
「俺はリーザンの夢が叶うことを応援している。頑張って」
「ああ、ありがとう。大陸の外で一段落ついたら戻ってくる。その時はまたサッカーしようぜ」
「しよう! 未知の魔法を覚えたらリーザンとのサッカーはとっても面白いものになるね」
リーザンの無事に心の中で祈り、応援の言葉を送る。
そして再びサッカーをする、その約束を交わした。
「あー! リーザン見っけ!」
「シュンもいるじゃん」
子供達が二人を見つけて声を上げる。周りを見ると子供達だけでなく大人もいる。
リーザンとサッカーをしにここに集まったようだ。
「リーザン、サッカーを続けようか」
「ああ、だな。なんなら一緒にチーム組むか?」
「それはいいけど。友達は反対しないかな?」
「今日ぐらいは許してくれるさ。なんなら大人のところに混じればいいだろう」
「そうだな」
シュンとリーザンは読んでいる子供たちに向かっていく。
今日で最後のサッカーをするために。
(夢……か)
走り出しながら、シュンはそんなことを考える。
(俺はこの世界でサッカーができる。夢は叶った……はずだ)