進化する『ウォーターシュート』
突然現れた火柱。そしてそこから強烈な肌を焦がすような熱風がイクオスたちに襲い掛かってくる。
「ぐおっ⁉」
吹き飛ばされかけるイクオスは困惑しか脳裏に浮かばなかった。
どこからやってきた。
この熱風は誰がしかけてきたのか。
「やっほー!」
「げっ! 女の方のアイメラ⁉」
その疑問は元気な声が聞こえたとともに氷解する。この熱風は奇襲してきたプロスが仕掛けたものだ。
(しかしどうやって! ま、待てよ⁉)
「よお! もう一発!」
「空からか⁉」
「喰らえ!」
空を見上げるとトノスが空から突撃。炎をまとった右足で地面に蹴りつけるように着地。再び身を焼く熱風がやってくる。
「ぐおっ⁉」
二連の火風に、至近距離にいたイクオスは耐えることができずに熱を感じながら吹き飛ばされてしまった。
「い、いつの間に現れた⁉」
「ど、どこから!」
「リーダーが吹っ飛んだ⁉」
アイメラ兄姉の突然の襲撃、さらに頼りになるリーダー、イクオスが吹き飛ばされてダーディススクラプの選手たちは混乱状態。足を止め、頭が真っ白になり、攻撃は完全停止。
「こ、この! ボールは俺たちのもの! 『ファイアチャージ』!」
「甘いよ! 『フレイムチャージ』!」
ボールを護ろうとダーディススクラプの生徒の一人が火のショルダーチャージをかまそうとするも、その火を飲み込む炎がプロスの体から放出される。
烈火の如く、プロスの肩が相手選手に激突。そしてそのまま炎を相手の体ごと巻き上げて上空に吹き飛ばした。ボールは零れてダーディススクラプの選手に渡るも奪われるのは時間の問題であろう。
「ぐあっ⁉」
「魔法勝負ならこっちが断然有利なのよね!」
「い、急いで仲間にパス――」
「トイズ!」
「ええ!」
さらに側面からリンナイトとトイズが挟み撃ちを仕掛ける。
「『ストライクタックル』!」
「『ファイアタックル』!」
「吹き飛べ!」
「キャッ⁉」
片方からはリンナイトが高速の弾丸スライディングタックルが、反対側からは火をまとったトイズのスライディングタックルが襲撃。ボールを持っていたシーシャが二人のタックルを同時に喰らって上空に吹き飛ばされていった。
『炎陣悪競』を防いだ。
ダーディススクラプのとっておきと言っていい集団突撃を見事止め切ったのだ。
「見たか! 空はオレたちの味方だぜ!」
「奇襲も得意なのよね!」
『な、なんと! マギドラグ魔導学院! あの『炎陣悪競』を防ぎ切った! 見事なチームプレイでの防衛! ダーディススクラプの猛攻、破れたり!』
「上手くいったな、皆が頑張ってくれたおかげだな」
マデュランが立てた作戦。
それは上空からの奇襲。ゴールに向かって真正面から突撃してくる、さらにイクオスのシュートを邪魔しないように周囲に目を張っている。
だが全力で前に向かって走っている以上、どうしても上空からの攻めに注意を割くのは難しいもの。それにたとえ上空からの攻撃を察知しようにも、そうなれば左右にいるトイズとリンナイトが挟み撃ちを仕掛け、そこまでやれば突撃力も下がりマデュランの『タワーシールド』で防ぎきれる。
前、左右、そして上空の四方向からのプレス。
これによって『炎陣悪競』の突撃力を下げさせてボールを奪い取ることができたのだ。
「お、俺たちの『炎陣悪競』が……」
「上空からの攻撃が弱点だったなんて知らなかった……」
自分たちの奥の手が破られた。
そのことに焦りを隠せないダーディススクラプの選手たち。
「よくやったわ! 今ので完全にダーディススクラプの攻めを封じ込めた!」
ベンチにいるレイカも、今のプレイにガッツポーズ。
後半戦、始まってからダーディススクラプの攻撃を防ぎ続けている。しかもイクオスも自由にプレイさせていない。自分たちの立てた作戦が上手くはまっている。
(ここまでやればダーディススクラプも動揺するでしょ! イクオスが止められ、自慢の攻撃が通じなくなってきたもの)
そして、
「攻めるなら今!」
今の状況ほど、カウンターが決まる場面はない。
「わかっているぜ、レイカ! トイズさん! 俺にボールを!」
それを察したシュンはすぐさまトイズにボールを要求。速攻でゴールを奪いに行く構え。
「わかっているわ! 受け取りなさい!」
『シュン選手にボールが渡った!』
「いけ! シュン!」
ボールを受け取ったシュンは前に向かって走り出す。
先ほどの『炎陣悪競』による集団突撃で敵陣にいる選手の数が少なくなって守りが手薄になっている。
「……今が攻め時だね」
(モーグリンさん、なんか元気ないな)
後半戦が始まってからこんな感じだ。プレイにメリハリがない。
いつもののほほんとしつつも、平常心で慌てないプレイが見られないのだ。
(今までシュートを決めていないのが原因か? ならば)
「モーグリンさん! パス!」
「う、うん!」
後ろにいるモーグリンにバックパス。
「回転をかけるなら魔法の方がいい」
「え?」
パスボールを出した後、モーグリンに近づいて声をかけるシュン。
そして手招きして、モーグリンはシュンの隣に並びながらゴールに向かって走り出す。
回転をかけるなら魔法の方がいい。
その言葉に疑問を抱きながら。
「ど、どういうこと?」
「今のモーグリンさんは力任せにシュートを打っている。それじゃあボールに力を乗せられない。より強いシュートを打つなら魔法に工夫をかけるべきだ」
「よそ見してんじゃないよ!」
ダーディススクラプのミッドフィルダーであるウィナが話し合っている二人を見てイラつきながら激しいショルダーチャージ。バリアもまとって確実に仕留める気だ。
だがシュンは冷静にモーグリンからボールを取って、前から襲い掛かってくるウィナの真横に低い姿勢で回避しつつ素早くステップ。いとも簡単に抜かした。
「なっ⁉」
「さあ! 逆転しに行くぜ!」
そしてウィナを切り離すように全力でドリブル。みるみると距離が離れていき、もう追いつけない。
「あ、まって~!」
モーグリンもシュンをサポートするために走り出す。
(『ウォーターシュート』じゃないシュートかー……)
そう言われてもそう簡単には思い浮かばない。
だがシュンの言葉に納得もする。
誰もが使える魔力属性をボールにまとわせて放つシュートではシガーの守りを崩すことはできない。
だからこそ新しいマジックシュートを作り出さなればゴールを奪えることはできないだろう。
そう悩んでいるモーグリン、シュンはそんな彼女を尻目で一瞬見た後、前を向いてゴールへと走っていく。
「ゴールは貰うぜ!」
「させるかっス!」
守りに集中していたパイプが横からシュンに急襲。魔方陣も展開し、絶対死守。シュンをここでくい止める気だ。
それを見たシュンはすぐさま足を振りかぶった。
(キックフェイクだろ!)
パスに見せかけているだけ、騙されない。パイプは止まらずシュンに近づいていく。
そしてシュンは味方に出すパスボールを空振りし、
「シッ!」
すぐさま足を引き戻してアウトサイドでボールを押し出して突撃してくるパイプの右側に蹴り出す。そしてボールを蹴りだしながらステップを踏んで反対側に移動。抜かし切った後、パイプの背後に回り込んでボールを足元に抑えて、
「飛ぶぜ!」
足元に魔法で風を発生させて、ダッシュスピードのギアを上げて走り抜けた。
「えっ、うおっ⁉」
抜かされただけでなく、吹き飛ばされそうなほどの強風に足を止めてしまうパイプ。
やられた、シュンを止めることができなかった。
『上手い! 柔らかなボールタッチでのフェイント! 鮮やかに抜かしていく! シュン選手には相手選手の動きが見えるのか⁉』
(イクオスが止められたのが原因か、守りも魔法も雑になってきているぜ。そうなれば簡単にフェイントに引っかかるもんだ)
今までより楽に相手のディフェンスを突破できている。
自分たちの得意分野が通じなくなると動揺もするもの。シュンにとって迷いがある選手ほど相手にして楽なものはない。
どんどん相手を抜かしていき、ゴールに近づいていくシュン。乗りに乗ったシュンを止めれるものは誰もいない。誰も彼の足の動きを止めれるものがいない。
「やはり来るか、シュン……今度こそこの筋肉で!」
「ゴール守るよ!」
シガーと周りにいるディフェンダー陣がシュンを警戒。もし点を取られてしまったら逆転されてしまい、そうなったらもう勝ちが一気に遠ざかってしまう。緊張の面持ちでシュンの動きを見る。
「へ、この距離なら!」
シュンは立ち止まり、魔法陣を展開。そして足を振り上げる。
この距離からロングシュートを放ちに来た。
「マズイ! 山なりのシュートの構えだ!」
「打たれたら止められねえ! どうにかして止めねえと!」
シュンの山なり軌道の『ティルウィンドジェット』。もしあれが放たれたらシュートブロックもできず、そのままダイレクトにシガーにボールが突っ込んでくる。そうなるといくらこの距離でも止めるのは難しい。それほどシュンの放つ『ティルウィンドジェット』は恐ろしいほどの威力を秘めているのである。
「何度も自由にさせるかよ!」
『おおっと! イクオス選手! チームの選手と共にシュンに向かっている! ファールを取ってでもシュン選手の攻撃を止める動き! チームメイトとの連携プレスだ!』
絶対に止めなければならないと思っているのはダーディススクラプ全員が抱いていること。必死に自陣へと戻ってきたイクオスたち。シュンを止めようと背後から強引にタックルを仕掛けに行った。
「モーグリンさん!」
「――っ!」
突然、魔方陣を消してモーグリンに向けて鋭いパスを繰り出した。
「なに⁉」
『シュン選手、冷静! 相手チームの視線を集めてからの味方にパス!』
シュンを止めようとダーディススクラプのほとんどのメンバーがシュンに近づいていた。そうなればほかの選手はフリー。そうなれば簡単にパスは通る。
(だがモーグリンって奴ならシガーは止められる!)
だがこの試合中、シガーはモーグリンのマジックシュートを止め続けていた。点を決められたマデュランならマズいが、モーグリンなら止めれくれるはず。
「わ、わたしが打つの⁉」
「さっきのアドバイスを思い出してくれ!」
突然のパスに戸惑っていると、先ほどシュンに言われたことを思い出す。
回転をかけるならボールではなく魔法の水にかけるほうがいい。
それがヒント。
「ボールじゃなくて魔法、水に回転……そうだ! 魔導具!」
モーグリンの脳裏によぎった、自身の手で作り出した数々のからくり魔導具。
その中に新たなるシュートのヒントがあった。
『なあ、チコ。この魔導具なんだ? 樽を斜めに傾けてるだけじゃあねえか』
『違うよ、スラ~。これはね『魔導洗濯からくりマシーン』だよ』
『洗濯マシーン? 洗濯って手洗いか魔法で水を操ってするもんだろ』
『チッチッチ~。なめちゃいけないのよ。これはね洗いたいものと液体石鹸をこの樽に入れて、後ろにある水属性魔法水晶とマナエネルギーバッテリーをセット。そしてボタンをあれこれ押すと――』
『おお! 樽が回った⁉』
『あとは三十分ぐらい待てば、脱水もして完璧に乾いた状態で出るよ! ちょっと熱風ぶつけれ上げればパリパリの衣服が出来上がり!』
『へえ、すげえな!』
(洗濯マシーン! まさに湖の渦潮のように!)
水の回転と言えば水の回転で衣服の汚れを落とす洗濯マシーンを脳裏に思い浮かべた。あれぐらい強烈に回転をかけることができれば……。
『おい、樽から氷が零れているんだけど』
『あれ……?』
『おい! これ水の魔法水晶じゃなくて氷の魔法水晶じゃあ……』
『い、色が似てるからね……!』
『どんどん氷作られているんだけど⁉ うわ、凍ったシャボン玉も出てきた! 急いで止めろよ!』
『やっばー! とめ――いったっい⁉』
『おい、氷に滑って転ぶなよ! 大丈夫か⁉』
(これは余計なことだよ~!)
その後起きた第三次のことまで思い出さなくていい。今は試合中だ。
「決めろ! 決めるんだ、モーグリンさん! 進化したマジックシュートなら絶対にゴールを奪える!」
「――ッ!」
シュンの言葉にモーグリンの心に熱が灯る。
(シュンくん……わたしのことを信じているんだね! ええい、ここで決めなきゃあサッカープレイヤー失格ね! 打っちゃうよ!)
覚悟を決める。
魔力を集中させて魔方陣を展開。
モーグリンを包み込むように大量の水がフィールドの芝を濡らしていく。そしてその水がボールに集まっていきながら大きく回転。すると空中に巨大な激流の竜巻が完成。そしてその水に自らの身を投じて、その激流に身を任せていった。
「『ウズシオスロッシャー』!」
そしてボールにジャンピングキック。
巨大な渦潮が超スピードで一ミリも軌道がぶれることなくゴールの隅へと飛んでいく。
「そんな見かけだまし! 『豪腕ロックハンマー』!」
マジックシュートを打たれた瞬間に、シガーは動き出した。
両腕を岩より硬く、岩石より重く、そしてそれをボールに向けて振り下ろした。
――ガキンッ‼
マジックシュートにクリティカルヒット。ボールの中心を捉えたと腕から伝わってくる。そしてそのまま歯を食いしばり、豪腕により力を込めてボールを地面に向けて叩き伏せようとした。
「――⁉」
だがその瞬間、激流が岩を削るが如く、シガーの両腕にまとっていた岩がみるみると消えていき、そしてシガーもろとも渦潮が飲み込んでいって、
「うわあああ⁉」
そのままゴールへとボールと叩き込んだのであった。
【エルドラドサッカー日誌】
チコ・モーグリン
身長 155センチ 魔力属性 水
マギドラグ魔導学院の女子生徒三年生。
のんびりとしてほんわかとしてゆったりしている彼女。ぼんやりしていていつもゆっくりと行動している。よく机やドアに足をぶつけたりするほどドジ。そのため日常生活では親友だったり、幼馴染のマデュランとリンナイトに頼りっきり。
だがサッカーやからくり魔導具のことになると驚異的なまでの集中力を発揮して、テキパキと素早く行う。ゆえに手先はとても器用で魔導具の修理ならどんなものでも直せて、サッカーでは的確なパスを出す。シュートでもゴールポストを狙って連続で当てれるほど。そのプレイスタイルはいつもの彼女を知っていると驚くものである。
実はスタンプカード集めが趣味。カードにスタンプをためて、それを見ると嬉しい気分になるらしい。