マジックサッカー体験
リーザンは今日は魔導士の仕事はなく休みのはずであった。
自分の故郷であるオドロン村に帰ってきて、シュン達とサッカーをいい汗をかいて楽しむ、そんな予定であったはずだった。
「リーザン、また来てくれたんだ!」
「サッカーしよ!」
「魔法も教えて!」
リーザンの眼の前には多くの子供と先程シュンと一緒にサッカーをしていた村の人が。
あまりの人数に思わず頭を抱えてしまう。
サッカーして疲れるよりも、他人に技術を教えて頭が着かれるかもしれない。
「多すぎだろ……てか、大人の連中もいるじゃねーか」
「大人気じゃん。やっぱあのシュート見たら誰だって使いたいからね」
「……まあ、教えるって言ったのは俺だ。わかったよ、全員マジックシュートを教えてやるよ!」
覚悟を決めたリーザン。今日一日は魔法講師として、マジックシュートをここに来た全員に教えることにした。
「リーザン! マジックシュート見せて! 燃える火の玉シュート!」
「俺もしたいよ! 派手なシュート打ちたい!」
「わかったわかった。落ち着け」
興奮しながら迫ってねだってくる子供たちを落ち着かせるリーザン。そこまで自分のマジックシュートに興味津々なことはとても嬉しい。技の教えがいがあるものだ。
リーザンは魔法を教える前に真剣な表情であることを伝えた。
「いいか、シュートを見る前に一つ言っておく。魔法は危険なものだ。イタズラ心に使って大怪我させてしまう可能性もある。だから、サッカーの試合で魔法を使うのはもうちょっと歳を取ってからじゃないと駄目だからな」
「「「はーい!」」」
「本当にわかっているのか」
(危険なものだということはわかっているさ)
シュンはリーザンの忠告を噛みしめるように頷く。
(この世界に来て魔法を練習して思ったことは漫画やゲームで見たものが目の前に! って興奮したけど、その後冷静に考えると、魔法は兵器だな)
あの火の玉シュートは確かにカッコいい。シュンもあのシュートを真似たいと思っている。
だが、もし自分がゴールキーパーであのボールが来たらどうするか。
火球が飛んでくるなんて危険だ。ゴールキーパーが魔道士で、魔法で防ぐ方法があるならいいが、シュン達は子供。魔法はまだうまく使えない。
そんな状態で危機感のないまま魔法を使えば、事故が起きてしまうかもしれない。
そんなことが起こらせないためにリーザンは注意をしているのだ。
「まっ、魔法はこの大陸で生きていく以上、必ず付きまとってくる。だからこそ魔法に危機感を持ってほしいんだ。きちんと練習して、知識をつければ事故は防げるさ」
子供たちにそう言って、
「よし、じゃあまず魔法を練習するか。魔法を使えなきゃマジックシュートは打てんからな」
そこから魔法の授業が始まった。子供たちも背をピンと伸ばして真剣にリーザンの言うことを聞いた。
「いいか、魔法に大事なのはイメージだ。魔法陣も言語も、扱う魔法のイメージをより深めるため行っているんだ」
「イメージ?」
「ああ、頭の中に自分が使いたい魔法をハッキリとイメージするんだ。そしてそのイメージを頭の中から外に放出する、って感じだ」
「なるほど?」
「ようは使いたい魔法を思い浮かべて出せ! ってこと。出来なかったら俺と一緒に考えてみようか。そうすりゃできるようになるさ」
「でも魔法の言葉を覚えるの大変だよ」
「最初は魔法の言語を使わなくていい。初めてのうちは魔法の言語を覚えて使おうとすると、魔法を使うことより魔法の言語を使おうってことに集中しすぎて、魔法をうまく使えないんだ。だから、『ファイア』!」
呪文を唱えると手のひらから赤色の魔法陣が現れて、燃え盛る火が生まれた。
「「「おおっ!」」」
子供たち、驚きつつも大喜びだ。
「初めは意味ある言葉を口に出して魔法を使うほうがいいんだ。そのほうが簡単だしな。魔法はイメージ、それを覚えてくれ」
「「「うん!」」」
「よし、じゃあやってみようか。大人の人は子供たちにマンツーマンで見てほしい。危ないことが起きたらすぐ止めたり、そんな異常事態のためにな」
「ああ、わかったよ」
魔法の実践練習が開始。
子供と大人のコンビに分かれて、距離をおいて魔法の練習が始まった。
「わかんなかったら俺に聞けよ。すぐに答えてやるからな」
頼りにしてくれ、そう言って、
「シュン。両親は?」
「今日は店で服売っているよ」
「この場に居ないってわけか。ならお前は俺が見る。魔法の実力を見せてもらおうか」
「見とけよ、リーザン。こう見えてちょっと練習してんだからよ」
「そいつは楽しみだな。どれ、やってみな」
リーザンはシュンの魔法の腕を確かめることにした。どれほどの実力があるのか興味津々とシュンを見つめている。
シュンが魔法を使う前に、この世界における魔力について説明をしておこう。
この異世界の人々は魔力を持っていて、そしてその魔力には属性が宿っている。
地、水、火、風の4つが魔力属性の基本。他の属性もあるが、それら4つの内どれかの属性を持っているのだ。
シュンは前の魔力検査のときに魔力量だけでなく、魔力の属性も知った。
シュンの属性は【風】である。
そして今から使う魔法も風属性の魔法だ。
意識を集中させる。
手に魔力を溜めて、頭の中で自身が扱う魔法をイメージする。
風のイメージ、フィールドを駆け回るときに味わう肌を撫でるようなそよ風を。
「『ウィンド』!」
呪文を唱えると手から魔法陣が展開されて、そこから強烈な突風が吹き荒れる。
「ほーう、うまい。この年でそれだけやれればいい方だ。もしかしたら魔法言語覚えたらもっと強力な魔法になるかもな」
「そうか! でも俺は魔力が人より少ないんだろう? 上手くなれるか?」
「そこは魔法の技術を上げればいいさ。言語以外にも、魔法を使う時にいい感覚を体と頭に染み付かせるとかさ。練習すれば身につく」
魔力が少なくても、それを補う工夫がある。
参考になるな、とシュンは深く頷いた。
「でだ、その練習に向いている魔法があるんだ」
「へえー、リーザンもその魔法を使って練習しているの?」
「ああ、なんなら実戦でも使える便利な魔法さ」
その魔法を見せるために呪文を唱えた。
「『バリア』」
すると半透明の膜のようなものがリーザンを守るかのように包み込む。
これがバリア。
名前の意味からして自分の身を守るための魔法だろう。
「これが『バリア』か。でも、なんでバリアが練習にピッタリな魔法なんだ? 実戦で使うのはわかるけどさ」
「『バリアは魔法の基本』ってぐらい基礎中の基礎でよ。魔導学院の教科書でも最初のページに乗っているくらいさ。バリアを練習すれば魔法の使い方も魔力の扱い方も上手くなってく。消費魔力も少ない、魔法の中では扱いやすい、事故も起こりにくい。練習ならまさにうってつけの魔法さ」
なるほど、リーザンからバリアが魔法練習になぜいいかの利点を言われると納得できる。
確かに周りに被害を出さないバリアなら家の庭でも練習できるはずだ。風魔法なら、もし失敗すると家やら庭やらに被害が出るかもしれない。
「今度からバリアも練習してみるか」
「してみな、なんなら最初はボールにバリアを使ってみたらどうだ? それがうまくできれば他の魔法を使ったシュートをできるさ」
「リーザンさん! ちょっとアドバイスをお願い!」
「こっちにも!」
「おう! シュン、自由に練習しといてくれ。きちんと魔法を教えてくるぜ」
「うん」
シュンから離れて困っている子供たちに魔法のコツを教えにいったリーザン。
(他の子供からしたら気のいいお兄ちゃんみたいだな。まあ、それは俺も変わらないか)
シュン自身も魔法に関してはまだわからないことが多い。
あそこまで親切に教えてくれるのはありがたい。
リーザンが他の子供たちに魔法を教え終えたようで、
「よし、他の皆も魔法を使えるようになったか? できないなら後でコッソリ俺に伝えてくれ。今でもいいぜ。できないままで終わらせるのは辛いだろ? わからなかったら俺がもっと教えてやるからさ」
「大丈夫ー!」
「魔法を使えるよ!」
子供たちの元気な声。
全員、魔法を扱えるようになったみたいだ。
では本命のマジックシュートの授業が始まった。
「よーし、なら今度はマジックシュートの打ち方を教える。まあまずは見本だ」
マジックシュートを子供達にお披露目だ。
リーザンはボールを浮かばせて、その後魔法の呪文を唱える。すると右足に炎が宿り、そしてボールを蹴った。
火の玉が直線上に進んでいきゴールに入った。
「「「おおー!!」」」
子供達大興奮。
「足に魔法をまとって蹴る。するとボールに魔法が移動して、今みたいに燃えるんだ。まあ、あれだ。まずは魔法使ってシュート打ってみな」
「私もマジックシュートやりたーい!」
「俺も俺も!」
「よし、一人づつゴールに向かって自由に打ってみな。あと打つときは周りを確認して誰もいないか確かめろよ。親御さんもちゃんと見ていてな」
「「「はーい!」」」
子供たちと親はボールを持って再び距離をおいて練習を始めた。
「よーし、シュン。お前のマジックシュートを見せてくれよ」
そしてシュンはワクワクしているリーザンからもらったサッカーボールを見つめて、
(ようやく打てるのか! 超次元の魔法シュートを!)
心臓の鼓動が速くなる。シュンもワクワクしていた。
異世界のサッカーだからこそできる技を繰り出せる。
シュンの心は興奮と期待に満ち溢れていた。自身の足が今でも蹴り出したいと疼いている。
(イメージは……風をまとったボールだ。触れたものを突風で吹き飛ばす、そんなシュート)
地面に置かれたボールに向かって走り出す。そして足を大きく上げて、
「『ウィンド』!」
風の呪文を唱えて、魔法陣を展開。するとボールに風の渦が包まれた。
(あとは全力のシュートを打つだけ!)
風の球に向かって蹴りをぶつけようとする。
いつも通り、ゴームに向かって放つシュートの足振り。
思い切ってボールを蹴飛ばした。
すると、風をまとったシュートは突風の如く突き進んで、ゴールに突き刺さった。
「……できた!」
これがマジックシュート。
自分が魔法を使いながら放つシュートに感動する。
超次元のシュートを身に着けたのだ。興奮するのも当然。
「おー、初めてに打ったと考えたら見事なシュートだ!」
「よし、このシュートの練度を上げるために練習だな。魔力が尽きるまでマジックシュートをうちまくる!」
「もう練習に入るのか! 本当にサッカーが好きだな」
シュンのサッカー好きに感嘆するリーザン。
(マジックシュートを覚えただけじゃあ満足はしない! 覚えたことはちょー嬉しいけど! そうだな、今の目標は――!)
シュンは考えた。
今の自分に超えるべき壁はなにか。
「リーザン! ゴールキーパーできる?」
「――! なるほど、俺に挑戦状を叩きつけてきたってわけか」
シュンは考えた。
魔導士であるリーザンを破るマジックシュートを身につけることが今の目標だ!
「マジックシュートを受けて怪我しないのは俺ぐらいだからな。他の子供たちは絶対にダメだし、大人達もまだシュンのサッカーの技術に追いついていない。いいぜ、来い! どんなシュートでも止めてやるからよ!」
「ならPKで勝負だ! ペナルティーエリアの線から打つ! それでいいか?」
「ああ、それでいこう」
二人は戦いの条件を決めて、リーザンはゴールの手前に、シュンはペナルティーエリアの線にたっま。
「見ろよ! シュンがリーザンとPKするらしいぜ!」
「でも流石にシュンでもな。いくらサッカーが上手くても魔法がありならリーザンのほうが勝つよ」
「そんなことないわ! シュンは強いのよ! 勝てるわ!」
子供達が二人の対決に盛り上がり、練習を中断してPK対決を見始めた。
「あの二人が勝負するのか。これは見ないとな」
「ええ、そうね」
ついでに大人達も観戦を始めた。やはり、この二人の対決に村の誰もが興味津々だ。
「準備できたぜ、いつでも打ってきな!」
「わかった!」
グローブをはめて準備完了。シュンの方もボールを地面においていた。
PK対決が始まった。
「いくよ、リーザン。『ウィンド』!」
シュンは先ほどと同じように風魔法を唱える。
するとボールを包むように風が巻き起こり、
「決める! 『ウィンドシュート』!」
シュンの足元から強烈な突風が発射される。
風の如きスピードで進んでいき、シュートコースはゴールバーの近く。確実にゴールを狙ったいいコースだ。
普通のゴールキーパーなら取れないコース。しかも風を纏っているため止めようと手を伸ばしたら弾かれるしまう。
ゴールは決まったようなものだろう。
普通のゴールキーパーなら、だ。
「速い、が!」
すぐさま反応してダッシュ。
そして両腕に魔法陣を展開していく。
マジックシュートを止めるのは魔法を使ったキャッチしかない。そう思ってリーザンは魔法を発動させた。
「『バリア』!」
両手に魔を防ぐバリアを展開。そして飛んでくる風の球をジャンピングキャッチ。風はリーザンの手に触れた瞬間消え去り、リーザンの手にサッカーボールがある、その結果だけが残った。
「な、なにぃ!?」
「いいシュートだが、それじゃあ俺を超えられねえ」
完璧に止められた。
シュンは負けたのだ。
「も、もう一回! もう一回勝負!」
負けたのが悔しいのか、リベンジを挑むシュン。
リーザンは止めたボールをシュンに返して、
「いいぜ、何発でも打ってきな。全部止めてやるからよ」
再開を受け入れた。
彼の顔には余裕に満ち溢れている。次も完璧に止めてやるという自身が見えた。
「ゴールを決めてやる!」
再び、風のシュートを放つ。
今度のコースはゴールど真ん中。
シュートの威力で相手を弾き飛ばしてゴールを決めようとしてきた。
「『バリア』で止める!」
先ほどと同じようにバリアを展開して、今度は体全体で止めに来た。胴体でボールを止めて、両腕で風を止めるように抱きつく。
すると風は消えてボールはリーザンの体の前で止まった。
「なっ!?」
また止められた。
威力重視のシュートも軽々と。
「サッカーの技術では負けても身体能力と魔法の技術で負けるわけにはいかないからな。絶対に止めてやる」
リーザンには魔術士の活動で培った身体能力と魔法の技術がある。
生半可なシュートではいともたやすく止めてしまう。
「や、やるな! さすがリーザン! だが絶対に……破って……」
もう一回挑戦しようとしたシュン。
だが、足元がふらつき膝をついてしまった。
「あれ……なんだこれは……急に気分が……」
「おい、シュン! 大丈夫か?!」
「体が……急に力がつけたような……」
「魔力が尽きかけているんだ。魔力欠乏症ってヤツだ」
魔力欠乏症。
この世界に生きている生物が誰もがなる可能性のある症状。
体内の魔力が尽きかけることによって、めまいや脱力感をおこし、最悪の場合体を動かすことすらできなくなってしまう。
この異世界において魔力は人間でいう酸素や水と同じぐらい生きていく上で大事な存在なのだ。
リーザンはすぐさまシュンの魔力欠乏症を治そうとある飲み物をポケットから取り出した。
「これを飲め。マジックポーションだ。魔力塊の薬だと思ってくれ」
魔術士の仕事で使っているマジックポーションをシュンに渡す。シュンは受け取って、静かにマジックポーションを飲んでいく。
すると苦しい気分が少しづつ消えていくような気がしてきた。
「す、少し楽になったかも。ありがとう、リーザン」
「しばらく休んだほうがいい。また魔法を使うのは止めておくんだ。また倒れたらいけないからな。だれか、シュンについていてくれないか?」
村の人に頼み込むリーザン。
地面に座っているシュンは、
「まだまだ、俺のシュートは未熟、か……」
自分の足を見つめながら、そう呟いた。