ソラビト(2)
「会長がわたしたちに用事って、なんですかね?」
せつなは奈子と浜辺へと向かいながら、そんなことを言った。
「……あ、もしかしてこのあいだ勝手に瞬間移動、使っちゃったからかなぁ……」
「せつな……また異能を勝手に使ったのか?」
「ごめんなさい、遅刻しそうになっちゃって……」
苦笑いを浮かべごまかそうとするせつなに、奈子は厳しい視線を向けた。
「でも不思議だな。なぜ会長は生徒会室ではなく、浜辺へなんて呼び出すんだ……?」
それについてはせつなも同じ疑問を持っていた。
なぜ、校舎内ではなく、外へ呼び出されるのだろうかと。
そんな疑問を抱きながらも、指定された浜辺へ辿り着いた二人。そこには、華乃が先に立って待ち構えていた。
「よく来てくださいました。今日は二人に、話しておかなくてはならないことがありまして」
せつなと奈子は背筋を伸ばし、話の続きを待つ。
「三山さん。あなたにはいつもこの学園を、そして国を守ってくださいました。卒業を前に異能が使えなくなってしまったこと、あなたにとっては心苦しいかもしれませんが、自分を責めることはありませんわ。あなたは全力を捧げ、その責務をまっとうしてくださいました」
華乃の話を聞いた奈子は、それは誇らしげに胸を張った。
華乃は次にせつなを見やる。
「尾張さん、あなたは今までに例を見ない、素晴らしい異能の持ち主ですわ。時を操る、この世の頂点に立つ力といっていいでしょう」
「えへへ……そんなぁ」とせつなは頬を掻きつつ、頬を緩めている。
「お二人とも、今日までご苦労さまでした。あなた方と出会えたこと、わたくしはとてもうれしく思います」
せつなは「なんですか、改まって――」と返したときだった。
突然、奈子が咳き込み始めた。
苦しそうに身体を丸め、その場にしゃがみこんでしまう。
「奈子お姉ちゃん、大丈夫!?」
せつなは奈子の背をさすり、声を掛けたが、奈子は返す余裕もない様子で、ひたすら苦しんでいる。
「どうしよう、また体調が……! 早く保健部に――」
「その必要はありません。尾張さん、とにかく今は、三山さんから離れるのです」
「え、どうして……」
戸惑うせつなの手を引き、華乃は奈子から距離を取ったところで説明する。
「快復から今日がちょうど三日目。そのときが来たからですわ」
「そのとき……?」
せつなはもう一度奈子へ視線を向けようとしたが、突然、目の前が眩い白い閃光に包まれ、反射的に目を瞑る。
すぐに光は落ち着き、せつなは再び目を開けたそのときだった。
「ギャアアアアアアア」
耳を劈くような悲鳴。
その声は、何度も聞いたソラビトの声と同じものだった。
そして、ソラビトの出現の暗澹たる様を表すかのように、晴れやかだった青空に雲がかかり、風が吹き荒れていく。
せつなは華乃を振り払い、目の前に立つ巨大なそれを見上げた。
雲のようなものを纏う、人間のような形をしたそれは、大きな口に剥き出しの牙、頭からはツノようなものを生やし、鬼のような形相を浮かべていた。
自分を見下ろすそれはソラビトだと、せつなは直感で理解ってしまった。
「……え?」
だが、せつなはまだすべての現象を認められていなかった。
何もかもが突然のことすぎて、脳の処理が間に合わない。
「生徒かいちょ――」
せつなは華乃に助けを求める視線を向けた――が、華乃は目の前のソラビトを捉え、右の拳を握り締めようとしていた。
「――ダメっ!」
せつなは華乃を押し倒す。華乃の異能は狙いを外し、ソラビトの肩を掠めた。
背後から聞こえる悲鳴にせつなは耐えながら、華乃を睨みつける。
「……何、しようとしたんですか」
「それはもちろん、ソラビトを駆除しようと」
「――違うっ! アレはソラビトじゃない! 会長も見たでしょう、今、奈子お姉ちゃんが光って……!」
せつなは話しながら、真実に気づき目を見開く。
「奈子お姉ちゃんが光って……目の前にソラビトがいて……なんで? 奈子お姉ちゃんはどこ? ……違う、そう……奈子お姉ちゃんは……」
華乃はせつなを押しやり、スカートについた砂を払いながら立ち上がる。
座り込むせつなに、華乃はこう言い放つ。
「――ソラビトは、異能使いの成れの果て」
せつなは恐る恐る顔を上げた。
「あなたもわたくしも――異能使いのみなさまは、最後はああなって、破壊だけを繰り返す兵器に成り下がるの」
「……待って、わたし、どういうことか全然……」
「――いいえ、理解しているはずです。ただ、心の内から湧き出る絶望に蓋をしようと必死なだけ」
「ちが……ちがう、ちがうちがうちがうちがう……!」
「思う存分泣き喚きなさい。大丈夫。わたくしが全部受け止めてあげますから」
華乃は不敵な笑みを浮かべる。
「さあ、お見せなさい――あなたの異能の、真の力を」