ソラビト(1)
「最近冷えてきましたねー」
せつなは話しながら、用意したホットココアを運び、みなに配っていく。
「もう寒すぎて部室になんかいられませんよ。だってあそこ、すきま風だってすごいですし……」
せつなはココアを配り終え、椅子に座りほっとひと息ついた。
同様に、奈子、林檎に亜仁も、各々ココアを片手にゆったりとくつろいでいた。
――だが、ひとりだけ苛立ちの表情を浮かべる人物が。
「……お前ら、またしれっとオレの部室でくつろぎやがって……!」
鉄子はそう言うや、深いため息をついた。
「まあまあ、いいじゃない〜。せつなちゃんがいれてくれたココアでも飲んでいっしょにのんびりしましょうよ〜」
亜仁は「ほらぁ、ね?」と小首を傾げそう話した。鉄子は「わぁったよ」と乱暴に返し、ココアをひと口啜る。
「……。いや待てっ! このココアもオレのじゃねぇか! 何勝手にいれてんだよ!」
せつなたちは悪びれもせず、「ごちそうさまでーす」と口を揃えるだけだった。鉄子は怒りを通り越してもはや呆れたのか、これ以上小言を言うことはなかった。
代わりに、鉄子はこうひと言。
「……奈子はよぉ、最近調子どうなんだ?」
そう言われた奈子はガッツポーズを取りながら、「特に問題はない。変わらず元気だ」と答えた。
「本当によかったです。奈子お姉ちゃん、突然熱が出て……でも、ひと晩経ったらすっかり熱も引いて元気になって、安心しました!」
――文化祭当日の夜。奈子は高熱により倒れ保健部に運ばれたが、その次の日には熱もすっかり引いて、体調もよくなっていた。
「一時的な発熱」と輪香に診断を受け、今は通常通りの生活に戻っている。
「……ただ、生徒会からは異能の使用禁止されてるんですっけ?」
林檎の発言に、奈子は目を伏せた。
鉄子はすかさず、「禁止っつーのは、熱と関係あるからか」と聞いた。
「まあ……な。今回の発熱も文化祭で異能を使用した影響からだろうから、今後も控えろとのことだ。前線は控え、あとは卒業までいち生徒として過ごしていればいいと言われた」
そう話す奈子の表情はどこか悔しげだ。
「またソラビトが出たら……わたしは何もしてやれない。部長なのに……」
ギュッと拳を握る奈子。せつなたちはそんな奈子に一瞬心配の眼差しを向けたが、奈子に寄り添い、みな一様に励ましの声を掛ける。
「大丈夫ですよぉ、部長。一応、副部長もいますしぃ」
「一応って何よ……まあ、とにかく、副部長として部長の分も役割を全うするから、安心してください」
「わたしもです、先輩たちのサポート、全力で頑張りますから!」
奈子は頼もしい後輩に囲まれて「ありがとう」と礼を言い、微笑んだ。
そんな中、暗い表情のままの鉄子。「……どうされたんですか、鉄子先輩?」とせつなは声を掛けたが、鉄子は俯きがちのままに、静かに口を開く。
「……オレ、学園を抜け出そうと思うんだ」
鉄子の発言に、せつなは首を傾げ「な、なんですか、いきなり」と言った。
「学園をこのまま放置してちゃあ、ダメだと思うんだ。外へ出て、誰でもいい……誰かにこの学園の真実を知ってもらう必要があると思う。ソラビトのことも含めて……全部」
せつなは目を細め、「ソラビトのことって?」と聞き返した。
「それは……。……とにかくよ、誰かに知ってもらわなくちゃあならないと思うんだ。オレたちは救われないかもしれない。だけど、ここで起きたことをほかの人たちに伝えれば、この学園は今後、少なくとも争いに加担させられることも――」
瞬間、ガタッと激しい物音が響く。
気づけば鉄子は、床に倒れ込んでいた。
「な……あ、あれ……?」
「そんなことを周りに伝えたって、意味がないですわ」
鉄子は懸命に顔を上げた。自分を見下ろすせつなは、中身はまるで違う人の魂が宿っているようだった。
「――なぜなら、国自身がわたくしたちを軍事に利用しようとしているのですから」
鉄子が周りを見渡せば、せつな以外の三人もそれぞれ意識を失っていた。
一部のコップは倒れ、ココアが床に広がっている。
「……お……お前、せつなをコピーしたのか」
「正確には、尾張さんと三山さんを、ですが」
鉄子は奈子をほうへ視線を向けた。見れば、奈子の姿形が砂上に崩れていく。鉄子は目を丸くした。
「せ……せつなと、奈子まで……アイツらは……?」
「唐栗さん、そう焦らなくたっていいのよ」
せつなはしゃがみ、鉄子の見つめる――否、正確には、せつなのコピー品を操る華乃、だ。
「わたくしがあなたたちを守りますから。永遠に、誰にも邪魔されずに、『死』という恐怖からも解放されて、この学園で楽しく暮らしつづける――そんな楽園を創りあげますから」
鉄子は唇を震わすばかりで、空気を擦る音だけが口から洩れている。
「どちらにせよ、今日はお出かけなさるのは控えたほうがいいですわ――今日の天気は、荒れる恐れがありますから」
鉄子はすでに、目を瞑り眠っていた。
最後まで、華乃の話が鉄子の耳に届いていたかはわからない。
華乃は倒れている愛しい生徒たちを丁寧に横に寝かせてから、部室を出た。
「――どうか許してね……すべては、楽園のためなのよ」
華乃はいよいよ、自分の目的のために動きはじめていた。